理解できたなんてことを言う自信はさらさら無いが、ロジカルなSFであ
りながら、漂うユーモア感が妙な味わいを醸し出している。 .
これは奇想であるが、”想”ではない。論理、いや、理論だな。「奇理S
F」とでも表現したい作品だった。てことは勿論、バカSFでもある。 .
ぬけぬけとした世界観。論理型のハードSF(でいいんでしょうか?)の
くせして、”巨大知性体”やら”アルファケンタウリ星人”やらの単語出し
てきてる辺りからも、敢えて脱力系のネタ繰り出しとしか思えない。 .
「銀河ヒッチハイクガイド」そのものみたいなシチュエーションがあるのも
その味が狙いであることを、暗に告白してるのだろうと思う。 .
そして、ぬけぬけとした論理。題名通りの自己言及の詐術(笑)や、様々
な奇理を駆使して、自らが滅亡していることにも気付かない知性体など、け
ったいな状況をさもありそうに描いてしまう。まぁそれは、現実的な”あり
そう”というよりも、思考実験的な”ありそう”ではあるんだけど。 .
そんな中で恒例のベスト3を選んでみれば、やっぱミステリファンとして
はこれ選ばなきゃだわの「A to Z Theory」、これは奇理では
なく間違いなく奇想だよねの「Freud」、作中でも最も奇理SFっぽい
「Disappear」の三作としてみる。 .
決してとっつきやすい作品ではないので、ロジカルだったり、オバカだっ
たり、その両方を同時に楽しめてしまう、大人な読者向けではないのかな。
自分自身本当に楽しめたかどうかさえ、自信持てないかも。採点は6点。.
ついに初めて「警察小説」という枠から外れた横山秀夫。しかも「真相」
という、ミステリとして最重要要素を題名に置いた作品集。 .
……なのに、これまでで最もつまらない出来映え。残念。 .
いったいそれは何故なのか? 警察小説でないことが決してマイナスにな
っているとは思わないのだが、組織小説でなくなったことは大きく響いてい
るような気がしてしまう。たまたま舞台が警察であっただけで、氏はきっと
”組織小説”の第一人者だったのだ。 .
というのも、氏が最も得意にしていたのは(というか、こだわり続けてい
たのは)、組織としてのしがらみや執着(特に出世欲)ではなかったかと思
うのだ。そこには警察である必然性の要素はない。 .
本作は警察小説を離れただけではなく、組織小説すら離れてしまった。だ
から、氏は別のものにしがらみや執着を求めているように思えてしまう。.
加害者としての、あるいは被害者としてのしがらみ。忌まわしい過去のし
がらみ、あるいはそれへの執着。それを短編一つの中に盛り込もうとするか
ら、どうしても物語の比重が高くなってしまう。 .
勿論、その方がいいと思える人も多いのだろうが、私はそれでもやはりミ
ステリを望んでいる。それぞれの作品に逆転劇は盛り込まれてはいるが、物
語の中に折り畳まれて、その枠を越えることが出来ないでいる様に見える。
ある程度パターン化されたしがらみを描く中で、それとは別の(あるいはそ
こからはみ出していく)意外性を与えてくれてきたのとは対照的に。 .
しがらみを描くことに多くが費やされ、逆転もそのしがらみに寄り添う。
一つの短編が一つの枠を形作り、そこでこじんまりと完結してしまう。 .
組織小説という非常に大きな枠の中でこそ、氏が本当に得意としている、
意外性や逆転劇に自由な展開軸が取れるのではないかと私は思う。 .
たまにはこういった作品群も作者にとって必要ではないかとは思うが、や
はり大きな枠の中での組織小説を読ませて欲しいものだ。採点は6点。 .
ちなみにベストには、読後感は悪いのだが「他人の家」を選択しよう。.
今回の二作品はいずれも、飛び抜けて素晴らしいというほどではないもの
の、作品としてのバランスや魅力に恵まれていて、少なくとも佳作と呼ぶに
ふさわしい作品だったと思う。 .
まずは「鏡像」。双子を題材としながらも、犯人特定のロジックをピタリ
と決めているのは、ミステリとして非常に好印象。 .
それでいて、人情物としての帰結も抜群。謎を解くことで、心も解きほぐ
される。ミステリを物語の中に取り入れるやり方としては、それは一つの理
想でもあるよね。非常にバランスの良い作品だったと思う。 .
続く「立証責任」は、この短さの中で、裁判員制度と裁判そのものの難し
さを描き切った意欲作。漫画という表現が、いかに簡潔に問題提示が可能か
ってことを、改めて認識させてくれたような気がした。深く描くには別の形
式が必要だろうが、誰にだって短時間で理解できるという要素は大事。 .
ロジカルかどうかには少々疑問はあるが、納得できるレベルでミステリと
しても完結しているし、全般的に満足できる仕上がりだと思う。 .
というわけで、ずば抜けてはいないが、二作品いずれもが佳作。久しぶり
に7点付けてみようかな。 .
「赤朽葉家の伝説」が予想以上の傑作だったので、こっちもかじってみる。
これがシリーズ長編6作目。全体のシリーズとしての流れはあるものの、各
作品は一応単独作として読めそうなので、最新の本作を。 .
自らを“死者”“木こり”“孤児”“公妃”と仮の姿で名乗る奇妙な乗客
達というのが、まずは十角館以来の恒例っぽくてそそられる。 .
それがちゃんとミステリ的な仕掛けになっててさぁ……なんて具合に、凄
いことになっちゃってるわけではないのだが、作者がこれをどう料理してい
るのかは、読んだ人だけのお楽しみってことにしておこう。 .
そして、やはり本サイトとしては、続いてはこう切り出さねばなるまい。
では、ミステリとしてはどうなのか?……と。 .
狭い視点で見るならば、かなり弱々だろう。とても長編を支えられるよう
な代物ではない、短編トリック・ネタが一つだけ。正直物足りない。また、
フーダニットがどうのこうのって、語るような作品でもあるまい。 .
それでもだ。全体視点で見てみれば、非常にユニークな構成とまとめ上げ
方は、下手すりゃ感動的だったりもするぞ。う〜ん、ドラマティ〜〜ック!
「心の声を追加した再現VTRをどうぞ」みたいなシーンだって、馬鹿馬鹿
しくて笑っちゃうくらい、新しい趣向を楽しめたりもしたな。
たった二作品しか読んでなくて何を言うか、だろうけど、ひょっとしたら
この作者は作品全体の構成力に長けた人なのかもしれないな。 .
ミステリとしての期待感はないので、このシリーズを追いかけようとは思
わないが、今後の展開が気になる作者ではあるかも。採点は6点。 .
「あなたのための小さな物語」第14巻。 .
消えた貴婦人テーマにこれ以上のアレンジは望めないだろうカー「B13
号船室」。脱獄テーマの傑作であり、オールタイムベスト級短編のフットレ
ル「13号独房の問題」。教科書とも言うべき二編に、今回の漫画枠は寺沢
武一「雷電の惑星」。 .
勿論、初読はそのコブラの短編のみ。オチは読めるけど、たしかにSFや
らミステリやらうっちゃりやらバカらが詰まった、楽しい作品かも。 .
しかし、せっかくならこの13つながりで、「ゴルゴ13」から選んで欲
しかったかも。秀作にこだわらなければ(本末転倒?)、人間消失物くらい
きっとありそうだもの。でも、お子ちゃま向けには辛いかな? .
あるいは「B13号独房の問題」に続けて、ホック「十六号独房の問題」
を重ねてみるとか。しかしそうなると、テーマは脱獄ミステリだな。 .
叢書の性格上、あんまし血なまぐさい物は選べないみたいだけど、もしそ
ういう制限無しに、このテーマで自分が初心者向けに作品を選ぶとすれば、
やっぱり「妖魔の森の家」「二壜のソース」「天外消失」の三作かなぁ。.
とはいえ、フットレルはともかく、カーのこのラジオドラマはそう簡単に
読む機会もないだろうから、こういう作品集に収められるのは大歓迎。ここ
からカーに走る読者がいないとも限らないからね(って、これはかなりいつ
ものカーとは作風が違うけどさ)。 .
自分としての採点は6点だけど、短編どちらかを読んでない人があれば、
7点もしくは8点の価値のあるアンソロジーかもよ。 .
密室。密室。密室。密室。密室。 .
とにかく密室。ひたすら密室。みっしりと密室。まさしく密室の王国。.
ご多分に漏れず、密室(に限らず、不可能犯罪全般)が大好きな自分だか
らこそ、不可能犯罪には大きな弱点が幾つかあることも勿論認識している。
そのうち最も大きなものは、不可能性が堅固であればあるほど、解けちゃ
ったら終わり、だったりすることだと思う。解答が幾つもあるようでは、謎
としてのインパクトの弱さに通じてしまう。解は一つであることが望ましい
し、だとすると読者が一つでも解が示せれば、それで正解のはずなのだ。.
これが不可能犯罪のハウダニットとしてのジレンマであろう。このハウが
同時にフーダニットの解にもなっている場合だって多い。ハウが解けただけ
で、全てがガラガラと崩れ落ちる作品は、よっぽどのとびっきり中のとびっ
きりなアイデアでなければ、良作には成り得ないだろう。 .
そして柄刀一もそんなことなど百も承知なのだ。本作のメインはハウでは
ない。それがメインだったらば、物理トリック大好きぃ〜という、一部の好
事家しか満足させない作品になっていたことだろう。 .
トリックは次々と解かれていく。解かれることで、また新たな謎とトリッ
クが産まれる。それらを繋ぐのはロジック。本書は密室とトリックの積み重
ね以上に、連鎖するロジックで築き上げられた本格の大伽藍なのだ。 .
そして、またその中で深く静かに響き続けているのが、”ホワイ”の謎。
これが作品全体を貫いているからこそ、本作を傑作たらしめてるのだ。 .
更には、そんなにもトリックとロジックを充満させた空間で、犯人当ての
火種をくすぶらせる稚気もステキだ。さあ、扉を開くがいい。一気に燃え上
がるのはきっと、”バカミス”という名の炎なのだ。 .
ハウを組み上げるトリック、ホワイを貫き通すロジック、フーを吹き飛ば
す奇想。いずれもが読者を圧倒する大作。傑作ではあるが、100%ではあ
るまい。物理トリック自体はあまり好みではなく、採点は7点としたい。.
「あなたのための小さな物語」第13巻。 .
取りあえず教科書(サキ「開いた窓」)は抑えといて、あとはマイ・フェ
イバリットという感じなのかなぁ。 .
サキ以外は、ダール「ヒッチ=ハイカー」、スレッサー「アミオン神父の
大穴」、ラブゼイ「ミス・オイスター・ブラウンの犯罪」泡坂妻夫「雲見番
拝命」の全五作品。今回は漫画枠は該当作無し。 .
「一発逆転ミステリー」という言葉から期待される作品セレクトになってな
いよぅな。このシリーズの性格としては、もっとふさわしい基本作品が他に
いくらでもありそうなもんなのに。あまりにもありすぎるからこそ、ああ、
もういいや、好きなの選ぼって開き直っちゃったのか? .
ラブゼイの選択は納得としても、ダールのセレクトは疑問。素直に「南か
ら来た男」で良いだろうし、ちょっと後味が残酷ってことであれば、「味」
でも良かったろうに。少なくともこの叢書から別の作品への導きを意識する
のであれば、「あなたに似た人」からチョイスして欲しかったな。 .
スレッサーもこれ自体は味のあるいい作品だけど、どんでん劇とは言い辛
い。短編の名手なだけに、そういう逆転型の作品は多いのにな。読者に裏切
りを予想させておいて、裏をかいて存外素直ってあたりが、逆に逆転劇みた
いな(うわっ、なんか若者言葉っぽい)ってこと? 捻くりすぎでは? .
でもって、泡坂妻夫に至っては(絶句)。作品自体からして一発逆転とは
言い難い、いかにもシリーズ・プロローグな作品なんだもの。お好きなシリ
ーズなのかもしれないけど、薦めるならまずは亜愛一郎からでしょ。 .
これまでとは一転、納得の行かないセレクションで、採点は6点低め。.
時間ループ物の秀作という評価を目にして読んでみたのだが、う〜ん、コ
レは残念ながら自分にはとても”合わない”作品だった。 .
まずはこの読みにくさに参った。難しいとか、下手だとかじゃなくって、
とにかく個人的にセンスが合わないのだろう(こういうのは評価の”逃げ”
だとは思うが、でも、やっぱり感覚的な話に思えるので許して欲しい) .
文体だけでなく、視点移動などの文の構成にも違和感を感じる。ラノベ特
有のキャラ立てのセンスも、なんだか大袈裟で気持ち悪い。この程度は軽い
ものなのかもしれないけど、そこはオジサン感覚で申し訳ない。 .
肝心の時間ループに関しても、一見もの凄く論理的なようでいて、その実
なんだかあまり論理性が感じられなくて、おお、これは、と思えるほどの内
容ではなかったなぁ。 .
たしかに小説作法上ではロジカルに組み立てられているのは理解できるの
だが、作中の論理としては生きていたとは思えなかったのだ。結果、いった
い何が変わったの、と言いたくなっちゃったし。 .
う〜ん、私がちゃんと理解できてないのかな? .
でもって、これだけ展開させておきながら、しょうもないハッピーエンド
で締めるのは、もう大いに不満あり。いったいそれじゃ、これまでの全部は
何だったんだよと、もの凄く脱力しちゃったよ。 .
珍しい作品ではあるから6点とするが、敢えて読む必要はなかったな。.
「トリックスターズ」シリーズの作者の新シリーズ。 .
時間を操作出来る道具が7種類、それを探していくという物語の枠は使い
勝手が良さそうだ。とはいえ、それは同時に縛りにもなってしまうわけだか
ら、作者の手腕が要求されるところとなる。 .
トリスタは凄いハイペースで刊行されたが、それ故か自分自身でもシリー
ズを消化しきれないうちに、ちょっと中途半端な形で中断させてしまったよ
うな印象がある。全5作のうち3作までもが、同じ学園祭を舞台にしている
という偏った構成も、シリーズとしての見通しの甘さを感じさせる。 .
厳しいことを言うようだが、せっかく期待できる力を持った人なだけに、
勿体ないシリーズの使い捨てなどはして欲しくないのだ。デビュー作からは
がむしゃらなところがあったろうが、今度は少し心の余裕もあるはず。 .
さて幕開けの本作だが、シリーズ設定の説明に大きく割かざるを得ないた
め、ネタ的な軽さは感じられた。しかしながら、道具の意想外の使い方には
吃驚させられたし、それがロジカルな面白味を伴っているのがいい。 .
デスノート(漫画版・映画版)のように、道具からロジカルな驚きを引き
出す作品となることが予想されるし、それが期待できるところだ。しかもそ
れは、時間物のロジックと来ている。 .
これを巧みに展開できさえすれば、傑作を生み出すポテンシャルのあるシ
リーズであることは間違いあるまい。書き急がずに、ちゃんと組み立てられ
た作品を提供して欲しいものだ。ポイントはロジック、これに尽きる。 .
本作はワン・ポイントだけだったので(フーダニットのロジックもあるに
はあるが、すっきり感は若干薄い)、やはり採点としては6点どまり。でも
上に書いたように、今後の期待感は高いシリーズだと思うぞ。 .
「あなたのための小さな物語」第3巻。 .
漫画以外は既読作だったのに、O・ヘンリ以外は新鮮に読めてしまった。
記憶が不自由だってことは得することもあるんだよねって、ここではポジテ
ィブ・シンキングしておこう(笑)。 .
「よみがえった改心」に加えて、アシモフ「お気に召すことうけあい」に、
ヤング「空飛ぶフライパン」。今回は漫画枠も贅沢に二本。今市子「夏の手
鏡」に、坂田靖子「春の磯」。 .
編者の言うように、「ひとくせもふたくせもあるラブ・ストーリー」で、
「この五作はどれも後味がいいと思います。そういうのを選んだの。」って
のが、ホントに納得のセレクション。今回はケチは付けませぬ。 .
O・ヘンリのこの作品は私も最も好きなものの一つ。”変わり種密室”と
いうテーマで作品選択するなら、「二壜のソース」、山沢晴雄「仮面」、狩
久「虎よ、虎よ、爛爛と?101番目の密室」などと共に選びたい作品。そ
れぞれどこがどう変わり種なのかは、ここでは述べないけどね。 .
漫画の方は、もう坂田靖子風味がなんともかんともいい感じ。またまた編
者の言葉の引用で申し訳ないが、「この脳天気さとこの味って、この人にし
か出せないと思うよ」ってのには、全く同感。 .
よござんした。採点は6点だけど、ほんのりと楽しませて貰いました。.
「あなたのための小さな物語」第16巻。 .
読んだ当時、猛暑真っ盛りだったというのに、クリスマス。季節違いもは
なはだしいが、いい話は時と場所を選ばず(泣ける話は選ぶけど)。 .
やはりクリスマスは子供が主役。というわけで(ってなこともないのかも
しれないが)、子供が主人公の話が光ってたと思うなぁ。 .
では収録作。クリスマスだけど、ミステリ枠が半分の三人もいるのは、や
はり編者がミステリ・ファンである故? ラブゼイ「クレセント街の怪」、
クリスティ「水上バス」、ジョン・ラッツ(この人のことは私はよく知らな
い)「生きたクリスマス・ツリー」の三作。 .
クリスティは全然ミステリじゃないけどね。しかもあんまり面白くない。
こういうタイプは読めないから貴重ってだけかも。ラブゼイはやっぱり既読
だったけど、本当に見事な短編なので、作品集として締まってるな。 .
他三編は作者名省略。「マギーの贈り物」「わんぱく天使」「三びきめの
羊」。今回も残念ながら漫画枠は無し。どれも素敵な小品だと思う。無神論
者なのに、「解放」の時と同様、クリスチャ〜ンなお話(三びきめの羊)に
うるうるしそうになったわん。未読作ではこれがベスト。採点は6点。 .
作者と等身大ではない主人公の作品は珍しいが、それでもやはり加納作品
であることに、間違いはなかった。幾つもの謎(ここでは”秘密”と呼んだ
方がふさわしい)が、解かれそして結び合わされる。 .
ミステリとしての構造を強固に持っているとは言いにくいが、次々に現れ
る謎とそれが複層的に重なって徐々に露わになっていく真相は、全編を通じ
てミステリのカタルシスを感じさせてくれる。謎をおろそかにしない、彼女
の小説作法上の姿勢が、作品としての筋を綺麗に通してくれている。 .
日常でありながらも、どこかファンタジーな雰囲気を醸し出してくれるの
も、やはり加納作品。一昔前のセピア色に変色した白黒写真から切り取った
ような日常でありながら、淡い夢の色彩がほんのりと重ねられている。 .
その夢の中を飛び跳ねるような少年には、”パック”という妖精の名前が
与えられている。これは本書のファンタジー性を端的に示している。本書は
「真夏の夜の夢」であるという、作者の宣言なのかもしれない。 .
いや、実を言えば、この少年には”パン”という名前こそがふさわしかっ
たのではないだろうかと私は思っている。子供達に守られて、決して大人に
はならない永遠の少年、ピーター・パンに重ねるのはむしろ自然かと。 .
ぐるぐる猿が、そして歌う鳥が、街に大きく浮かび上がる。この幻想的な
光景こそが、小さな世界をネバーランドに変える合図だったのではないか。
しかし、真夏には終わりがある。秋が来る。冬が来る。夢もいつかは醒め
る。最後に、ファンタジーを現実に引き寄せた論理は、いつもとは違う”重
さ”が感じられた。 .
ピーター・パンの魔法が解ける光景を、彼女は描きたかったのか。物語の
終わりの「そしてみんなは幸せに暮らしましたとさ」の、その一歩先まで踏
み込んでみたかったのか。ちょっと残酷だけど、作品としてはキリッと引き
締まった感はあるので成功か。叢書としては上位の7点で、コレも更新。.
あっ、なんかいいかも?! .
そうか、彼女に不要だったのは”推理”だったんだ。日常の謎がミステリ
になり得るのは、そこに充分な”飛び”があるから。それを無理に推理でつ
なごうとしてたから、妄想推理になってしまってたわけだったんだ。 .
つまるところ、妄想推理になるということは、逆に言えば、それだけ真相
の飛び幅が大きいということだろう。ただしこの場合、私が時々使うミステ
リ的な”飛び幅”とは、若干ニュアンスは違うのだけど。彼女の場合のソレ
は奇想としてのぶっとびの”飛び”ではなく、ちょっと離れたところにある
飛び地の”飛び”っていうようなイメージなんだもの。 .
でも、それだけの飛び幅があるということは、あまりにも普通に思い付く
というのとは、微妙にずれた地点まで読者を引っ張っていってくれるわけな
のだ。それはやっぱり彼女の魅力の欠かせない部分なんだと思う。 .
でも、それに対しての充分な伏線や、論理的な道筋を立てておくことは、
彼女はあまり得意とはしていない。それを強引に推理という形で結びつけよ
うとしてたから、おのずと推理自体も飛んでしまってたわけだろう。 .
本作では、推理ではない形で、真相に辿り着くように描かれている。これ
はある意味ミステリを捨てる方向性と言えるだろう。でも、それが作品とし
ては成功しているのだから、彼女の本質はミステリ作家ではないのかも?.
推理を捨てることで、こんなスッキリとした作品に仕上がるなんてね。.
採点は6点だけど、PTA感覚の謎といい、個人的には結構好きな作品。
うわぁ、しかし、相変わらずと言っていいのか、自分自身に対して厳しい
縛りをかけてくる人だなぁ。それでいて、その趣向自体は、比較的地味に見
えちゃうのが、ちょっとと言えばもうちょっとなんだけど。 .
しかし、今回は「ダイニング・メッセージ」よりかは、ずっとわかりやす
い趣向になっている。何せ表紙折り返しの粗筋説明に、最初っから書かれて
るんだもの。いわく、「落語を演じて謎を解く」ってね。 .
まぁ、これだけだと地味な惹句だし、なんだかわかるようなわかんないよ
うな書き方だけど、これって実は凄いことなんだってば! .
主人公が演じる落語がね、謎解きになっちゃうんだよ。うん、たしかに、
これだけやりたいだけだったら、実はそう難しい話ではない。落語から逆に
ミステリを着想しちゃえばいい。作品はその逆回しを辿るから、ミステリの
謎解きが落語そのものになる。普通はそういう発想になるだろう。 .
本書の凄さは、内容そのものではないってことなのだ。さっきの私の書き
方も悪かったな。「落語」が謎解きなのではなくて、落語を「演じること」
が謎解きになるってぇんだから(おっと口調が)。 .
この違いが何かは、是非、本書に当たって、その意味を納得して欲しい。
どう演じさせるのか、また、そのために落語をどう扱っているのか。そこに
は、ある意味メタ・レベルから落語を解釈したような着想も見受けられる。
これは落語界の中にいる人からは、決して出てこない発想だろう。 .
あと一つだけ。個人的には日常の謎路線で通してくれた方が良かったな。
最後まで読むと、最初の殺人が余計な色彩のように思えたのだ。題名として
ミステリの彩りが必要だったのかもしれないが、この作品全体の雰囲気は、
重みよりも人情が心を軽くする方に傾いていて欲しいと思った。 .
プレゼンテーションとしては、ほぼ完璧な作品。普通ここまではやれない
よってことで、ミステリ的な弱さは若干あれど、採点はギリギリ7点。 .