ホーム創作日記

 

7/3 幻を追う男 ジョン・ディクスン・カー 論創社

 
 クイーンにしろ、カーにしろ、どうしてこんなにラジオドラマも巧いんだ
ろ。クリスティも戯曲の名手だったしね。しかも、こういう制限された形式
に落とし込むと、作者独自のカラーが色濃く表れるのも面白いところだ。

 クリスティは比較的俗な人間関係の中に、非俗で大胆な仕掛けを隠し込む
のに、抜群の手腕を示した。視聴者(観客)は、何が問題なのかもわからな
いうちに、シンプルな着想ながら最大級の驚きを伴う、意外性に直面させら
れてしまうのだ。この「見せない」演出が、クリスティの持ち味である。

 クイーンはやはり人間模様よりも、ミステリとしてのロジックや成立性へ
のこだわりが強い。あらかじめ容疑者の範囲を特定した上で、視聴者も推理
に参加できる形式を得意としている。さすが「読者への挑戦状」形式を普及
させた張本人である。「見せる」演出と言ってもいいだろう。     

 カーはやはりミステリ作家という以上に、天性のストーリーテラーなんだ
なってことが、本書などを読むとよくわかる。クリスティもクイーンも、比
較的最後の逆転劇、最後の謎解きに重心が偏っているのに比較して、サスペ
ンスや怪奇趣味で全編をエンタテインメントする工夫に腐心している。これ
はもう「魅せる」演出と表現しても構わないだろう。         

 これらは彼らのミステリ作品を通しても、おぼろげに浮かんでくる特徴と
呼んでも構わないようにも思う。しかし、それが戯曲やラジオドラマという
凝縮された形式(また地の文がないという特徴も大いに影響しているのだろ
う)だと、はっきりと見て取れてしまうのだ。            

 密室やトリックといった特徴でカーを捉えている読者は、本書などで氏の
天分を知ることが出来るだろう。文句無し、採点は
8点。       

  

7/5 人柱はミイラと出会う 石持浅海 新潮社

 
 このとぼけた非日常感と緩いユーモア感、意外な形で事件に結びつく冒頭
の細かい伏線、発想の飛びをロジック・レベルまで昇華させるテクニック、
ああ、これはまさしく現代に蘇る亜愛一郎シリーズではないか。    

 上記は私に三人のミステリ作家を思い浮かばせる。         

 最初の一人は勿論、シリーズ名称も挙げた泡坂妻夫である。氏の逆説と伏
線、これは明らかに本書の骨格として存在している。         

 そして倉知淳。氏のすっとぼけたユーモアと日常的な非日常感、これが本
書に、非常に目に見えやすい形での肉付けを与えている。       

 最後が柄刀一。氏の比較的硬派なトリックとロジックの結びつきが、本書
の隅々まで流れ込んでいる血液としての役割を果たしている。     

 これら三人の特徴の巧みな融合が、本書を傑作の域に持ち上げている。後
半戦は残念ながら、動機のロジックのみに重点が偏ってしまって、作品とし
ての完成度は落ちてしまっている。前半の完成度が維持されていたら、ミス
テリ史上に残り得る、名短編集の仲間入りも約束されていただろうになぁ。
まぁそれでも質の高い短編集であることは間違いない。採点は
7点。  

 しかし、表題作はこれこそ「本格ミステリ05」に選んでおかなくちゃい
けない作品だったのでは? これだよ、こういうのだよ。ね?     

  

7/9 浦島太郎の真相 鯨統一郎 カッパ・ノベルス

 
 シリーズ前作「九つの殺人メルヘン」の自分の感想読み返したら、氏のミ
ステリとしてはベストだなんて書いてるよ。そもそも氏にミステリ作品なん
てあるのか、というツッコミはこの際置いとくとして。        

 さて、では本作はどうか? 「心のアリバイ」なんて表現してるけども、
ようは動機を中心軸に事件の様相を少し変えてみせる、ってところで、前作
に比べてミステリとしては随分弱々しくなった。           

 ミステリ部分だけでなく、昔話の新解釈なんてそれこそお手のものだろう
に、こじつけ方も全然弱い。嬉々として書いてるのはなつかし話だけ。まぁ
ほぼ同年代の私としちゃ、やっぱりここが一番愉しめてしまうわけだけど。
しっかし、それじゃ、ここにさえ付いていけない若いファンはどうなる?

 しかも表紙裏の自虐ネタが、う〜む、なんとも言えない。「この作品は、
ミステリ部分、昔話の新解釈部分、なつかし話部分その三つがお互いに少し
も関連していないという珍しい構成をとっています」だってさ。    

 苦笑いを狙っているとはわかっちゃぁいるけどね。でもさ、新解釈からミ
ステリを無理から捻りだしてるわけなのに、関連してないと作者の筆で書か
れてしまうと、ちょっと泣きたい気分にさせられてしまうよ。     

 この作者の場合、一編一編がどうのこうのとか、ベストがコレ、とか選ぶ
気分にさせてくれないんだよね。全体の趣向として丸ごと一本、みたいな雰
囲気。ベスト3選びなんかは早速と放棄して、採点は低め
6点。    

  

7/12 トンデモ日本史の真相 原田実 文芸社

 
 ま、歴史が自分の生活に直接関わってくるなんてことはないんで、トンデ
モ日本史なんてぇのはネタとして楽しければいいんだけどね。でも、それを
ひっくり返す理屈を知っておくのも、これまたネタとして使えたりもするの
で有意義なのだ。そんなダブルのネタの豊富さが愉しめる本。     

 これまた本書の「真相」部分を鵜呑みにするのも、同じ轍を踏むのかもし
れないが(おお、なんだかメタ・ミステリの入れ子構造みたいだな)、それ
なりに説得力のある根拠を提示してくれるので、納得感はあるかな。  

 状況に応じて(って、そんな状況は滅多にないがな(笑))、「こんな俗
説もあるんだよ」で面白話で止めておくのも構わないし、「なんて俗説もあ
るんだけど、実は」って感じで蘊蓄話に持っていっても構わない(けど、ち
ょっとやり過ぎになる場合もあるので、状況は選ぼう(笑))。    

 勿論本書は別に話のネタ本ってわけではなくて、単純にトンデモ日本史の
真偽をたっぷりと楽しめる本である。分量的に一つ一つの説を深く掘り下げ
た内容ではないが、網羅されているので結構オトク感は高いだろう。  

 トンデモ系がお好きな人にはお勧め。採点対象外の7点。      

  

7/18 新・本格推理07 二階堂黎人編 光文社文庫

 
 素人公募作品集でありながら、アンソロジーとして充分なレベルを兼ね備
えた、安定したシリーズと言えるだろう。勿論”小説”としてではなく、あ
くまで”本格”という前提ではあるが。               

 この感想でも書いたように、”本格”という定義には二つの大きな軸があ
るのではないかと、私は考えている。代表的な言葉として「論理性」と「意
外性」というように、暫定的に分けている。ロジックやトリックなど主に作
中の世界で完結する、旧来からの本格のイメージが前者に当たる。後者は騙
しのテクニックを中心要素として、主に作者から読者に向けて仕掛けられた
作品をこれに分類している。                    

 この前提で論旨を展開すれば様々な考察が可能になるのだが、それは別の
機会に譲って、ここではこのシリーズのみの特徴に絞って書いてみよう。

「新・本格推理」になって枚数制限が増えてから、後者の意外性のみで一本
を構成することが困難になってきた。他のトリック等との組み合わせが不可
欠であり、そこが腕の見せ所になっているのだが、そこがまだ素人公募の限
界か。双方で見事な出来映えを示してくれるのは、本当に稀なのだ。  

 本巻も特にそういう特徴が感じられる。前者のタイプだけでは物足りなさ
が感じられ、私がベスト3として選んだ作品は全て、両者のタイプをミック
スした作品達である。しかしながら肝心の騙し部分はミエミエだったり、不
自然なネタを強引に組み合わせたり、隅々まで満足させてはくれないのだ。

 順不同で、七河迦南「暗黒の海を漂う黄金の林檎」、青山蘭堂「床屋の源
さん、探偵になる」、園田修一郎「ホワットダニットパズル」がそれ。過去
ベスト3に選んだことのある作者ばかりが揃ってしまった。採点は
6点

  

7/19 解放 赤木かん子編 ポプラ社

 
「あなたのための小さな物語」と銘打たれたシリーズの第8巻。「赤毛のア
ン」のモンゴメリ、「たんぽぽ娘」のヤング、「火星年代記」のブラッドベ
リ、「笑う大天使」の川原泉という、作家陣容が素敵ですわん。大体一編、
漫画が入っているというのも、ユニークな構成でGood!      

 しかし、びっくりしたのは赤木かん子って、意外にミステリファンだった
のね。若い読者のための紹介という意味のあるこの選書でも、全16巻中、
「安楽椅子の探偵たち」「暗号と名探偵」「花のお江戸のミステリー」「一
発逆転ミステリー」「人間消失ミステリー」と実に5巻を占めている。 

 というわけで、意外にミステリファンにもお薦めのシリーズなのかもしれ
ない。かみさんが図書館から発掘してきた本だけど、一巻一巻はさっと読め
ちゃう分量だから、気軽な気分転換にちょうど良い選書ではないかな。どう
いう作品が収められているかは、ここを見るのが便利かも。      

 さて本書だが、初出一覧を見たらモンゴメリ以外は全て既読だった。でも
長期的記憶槽が貧弱だと、何度でも楽しめてしまうのが弱み転じての強み。
「解放」というテーマがピタリと当てはまるのは、モンゴメリとブラッドベ
リの二作品だったが、この初読のモンゴメリが特に良かったなぁ。キリスト
教的素養は一切無い私だが、なんだかうるうるしちゃったよ。     

 ここ一番の作品というわけではないので、採点は6点とするが、手軽に楽
しむのには最適な本。シリーズの他の巻もちょっと読んでみたいな。  

  

7/20 赤石沢教室の実験 田代裕彦 富士見書房

 
「キリサキ」「シナオシ」、そして私は未読だが平井骸骨シリーズで、ラノ
ベ・ファンのみならず、一般のミステリ・ファンの注目をも集め始めてきた
作者。彼がついに堂々と、本格ミステリの土俵に上がってきた。    

 う〜む、しかし、「がっぷり四つに組む」というところまでは行かなかっ
たというのが、私の感想。勿論、これは「シナオシ」を本当に高く評価する
私だからこそ、その期待感の裏返しの厳しい評価になるのだろうが。  

 この勝負を勝ちと取るか、負けと取るか、それは読者によって分かれるだ
ろうが、いずれにしろ軽い決まり手ではなかったかと思うのだ。どちらかと
いえば、奇手で攪乱し、相手のぶっつけをかわしたような勝負筋。   

 ミステリ作品としては比較的端正で立派な作品だとは思う。雰囲気もいい
んだよなぁ。特に赤石沢宗隆の描き方は絶品。仕掛けも確かに気が利いたこ
とをやってきている。これだけでも評価すべきかもしれない。     

 しかしなぁ、肝心のミステリ・ネタは一本で、わかってしまったらおしま
いという感じが否めないのだ。しかも正々堂々としたルールの下に仕掛けを
展開しているから、最初の段階で気付きやすい(というより、最初の段階が
最も気付きやすい、と言っていいかもしれない)。          

 しかも豊富で巧みな伏線とか、他の小技との組み合わせというのは、あま
り感じられなかった。元々伏線の薄さと解明のプロセスの弱さは、氏の弱点
だと感じていた点。そういう余裕の無さに、プロパーとの違いを読み取って
しまうのは、果たして意地悪な見方だろうか?            

 氏の魅力だと感じていたロジックも本書には見あたらない。まぁ比較的美
しくはあるものの、ネタ(奇手)一つでかわし切った(個人的には”かわし
切れなかった”)作品だと、総合的には評価する所以。採点は
6点。  

  

7/23 偽りの学舎 青木知己 小学館

 
 なんだかすっごく古臭〜いミステリ読まされた気がした。      

 職歴を活かしたものなんだろうが、乱歩賞の落選作みたいな雰囲気。業界
の内幕物としてならば、知らない世界を見せてくれる中身が欲しい。一般人
のイメージの範疇を越える情報はなかったように思う。        

 雇われ素人ハードボイルド探偵、妻子いるのに女性にモテモテ、だけど女
から誘われても一線は越えません(キスまではOKよん)…てぇだけでも、
すっかり引いた気分にさせられてしまうのは、果たして私だけだろうか?

 ミステリとして手堅い内容はあるのだが、そういう衣が全部残念なものに
なってしまってる。採点としては平々凡々の
6点といったところ。   

 氏は「新・本格推理」出身。「本格ミステリ04」や「ザ・ベストミステ
リーズ2004」に「Y駅発深夜バス」が選ばれたので、ご存じの人も多い
だろう。「新・本格推理05」の感想にて、カッパワン(あれっ、でも、こ
れってちゃんと続いてたっけ?)からの登場を期待した三人のうちの一人。

 しかし、「俺の趣味に合わせろ」と言い続けている選者の、その足枷がは
ずれた状態で初めて氏が書いたのが、これだっていうのがちょっと悲しい気
分になった。本当はこういう作品が書きたかったのかと。       

 ところが聞きかじった話によると、今回の作品傾向は出版者側の要望が反
映されてしまったものらしい。2時間ドラマみたいな雰囲気も、そういうも
のが要請されたものだとしたら、仕方ないところなのかもしれない。  

 氏の次作はきっちりとした本格物だという。不幸なデビュー作は忘れて、
そちらへの期待をつなごうではないか。柄刀一霧舎巧黒田研二石持浅
東川篤哉加賀美雅之……と、本格推理出身者は独自の本格道を突き進
んでくれている人達ばかり。是非ともその一員に加わっていただきたい。

  

7/28 雪霊伝説殺人事件(上)(下) 天城征丸・さとうふみや 講談社

 
 わざと”見せつける”ことで(「それはわかってたよぉ〜」と言わせてお
いて)、読者の一歩上を行く犯人トリック。             

 まさかそれに上巻まるごとを使うなんてなぁ。最初から私も(おそらく相
当数の読者同様)”あのこと”には気付いてた。しかし、それをどこでどう
使うんだろと、じれったく思い続けてて、こう来たかの上巻ラスト。  

 最終的には私も真犯人に辿り着けたが、こういう具合に”読者を手玉にと
って”系の展開は珍しかったような気もしたが、どうだったかな?    

 でもって、も一つ、今回のメインはバカミスの密室トリック。比較的わか
りやすかったかな、とも思うが、大胆な着想でなかなかのものだと思う。

 それに単純なワン・アイデアだけでいっちょ上がりじゃなくって、複合技
でトリックを成立させているのが好印象。こっちには気付かなかったなぁ。
まぁ、欲を言えば、そういうトリックが必要なんだという不可能性を、きっ
ちりと状況として描いておいて欲しかったけどね。          

 この犯人トリックと密室トリックだけなので、最近の時間を掛けた作品群
としては、盛り込みには若干物足りなさがあったかも。        

 そか、も一つあったか。しかし、ダイイング・メッセージだけど、これは
心理的に不自然すぎる。殺されることが前提で意識してメッセージを残すな
んてことは、この状況では(ホントはそうでなくてもだけど)あり得ないで
しょ。ダイイング・メッセージってやっぱ駄目だ。          

 一応の満足感はきっちりと与えてくれるが、採点はやはり6点。   

  

7/30 虚空から現れた死 クレイトン・ロースン 原書房

 
 本当は「ザ・グレート・マーリニ」(ロースンの死後出版された短編集)
が出るもんだと、すっかり思いこんでいたのだが、これはスチュアート・タ
ウンという別名義で出版された奇術師ドン・ディアボロもの。     

 まぁ、あっちの方は全作品がEQMM,HMM,HPBに訳出された作品
ばかりみたいだから、早川書房に期待するしかないのだろうなぁ。そのため
にも、この本がランキング上位に喰い込むといいなぁ。        

 でもって、それは単なる”希望”ではなくって、”確信”と言って良い。

 ロースンが読めるってだけでも嬉しくてたまらないミステリ・ファンは、
きっと数えきれないほどいるだろうに(私の思い込み?)、これは隅々まで
たっぷりとロースンを愉しめてしまう痛快作なんだもの。       

 通俗的ではあるものの、ケレン味に富んだ謎と軽快極まる展開。何せ犯人
はこうもり男だったり、透明人間だったりするのだから。ディアボロは毎回
毎回犯人扱いされてるは、絶体絶命の危機に陥ってしまうは。     

 そして、マジック・ネタの目眩くオンパレード。いやあ、さすが本職のマ
ジシャン。たっぷりと見せてくれること、魅せてくれること。ケレンで翻弄
しながらも、様々なトリックを、次々に繰り出してくるんだからぁ。  

 謎も展開も、そして実は解決に至るまでも、同じ原理の元に書かれている
ため、二編とも似すぎた印象を与えてしまうのが若干難ありなところ。だが
幸いにも一作目の「過去からよみがえった死」よりも、二作目の「見えない
死」の方が、意外性含めて様々な要素でスケールアップしてる。これじゃ、
飽きてる間なんて、とてもじゃないけどないんだってば。       

 とにかく、愉しさ抜群! でもって吃驚! もっちろん、採点は8点

  

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