ホーム創作日記

 

5/7 酸素は鏡に映らない 上遠野浩平 講談社ミステリーランド

 
 なんだかさっぱり通じ合うものがなかった。            

 これは相性というべきものなのだろうか? 何が自分に合わなかったのか
ちょっとだけ自己分析してみよう。                 

 まずはコレ。多分私のひが目なんだろうが、なんだか思わせぶりなだけの
かっこつけに見えてしまうのだ。九州弁で「なんばつやつけとっとや〜!」
と、言いたい気分にひたすらされちゃったんだよなぁ。        

 続いては、ゲーム感覚のご都合主義。現代でライトなファンタジーを書け
ば、たしかにゲームチックな作品になってしまいがちなんだろうけどね。で
も、たまたま正解にぶち当たっていくような都合の良さは、ゲームとしての
展開では良くても、本として読みたくはないな。           

 この辺、いずれもセンスとしての、気色の悪さを感じてしまったのだ。互
いの立つ足場そのものが、そもそも違っているような違和感。     

 で、極めつけがコレ。知らないと意味が通じないようなレベルまで、露骨
に他シリーズとのリンク張られると(だと思うんだけど)、うわさ話の輪に
まるで入っていけないような、疎外感すら感じてしまって結構不愉快。 

 いずれも感覚的な問題なので、あくまでも私個人によるものだろう。 

 というわけで、講談社ミステリーランド順位表を更新。ワーストにしよう
かとも思ったが、「子どもの王様」への批判的な意味合いは残し続けたいの
で、かろうじてその上の順位とする。採点も同じく
5点としよう。   

  

5/10 首無の如き祟るもの 三津田信三 原書房

 
 いやあ、凄いっ! しかも悔しいっ! 「たった一つのある事実」は、そ
う考えれば幾つもの伏線が回収できることはわかっていて、それを核に散々
と頭を悩ませはしたのに。                     

 挙げ句にコレは無いなと放棄した私……いや、そんな自分を責めはせぬ。
だって、「婚舎」事件の構図は凄すぎるよ。こんな絵図は決して描けぬ。

 責めるべき自分は、「厭魅」の感想において、氏のミステリ作家としての
センスに疑問を呈してしまった自分。愚かなり。           

 とにかく本作は、紛う事なき”本格ミステリ”の傑作!       

 今後首斬りをテーマに語る場合に、本作を落としては語れまいと思えるほ
ど、”新しい古典”の登場であると言っても過言ではないだろう。   

 いやあ、何度繰り返しても飽き足らないほど、この構図の凄まじさは空前
絶後。「
占星術殺人事件」と「双頭悪魔」が合体したような、衝撃度抜群
の奇想だろう。盆と正月が一緒にやってきた、ハレの祝祭だよ、これは。

 その上にまた、これだけ凄まじいトリックを繰り出しておきながら、読み
どころがそれだけじゃないのも、本書の凄いところ。         

 終盤のどんでん返しの連続とそれを彩るメタ的趣向は、一歩バカミスへと
踏み出そうとしてギリギリで踏み止まっている。自分の場合で言えば、「そ
れは考えてたけど、でも……」と一旦言わせておいて、「……」で飲み込ん
だ部分を巧みな裏返しで処理されてしまった。演出までもが心憎いぞ。 

 首無し死体講義にしたって、マニア泣かせの意味合いが……     

 ああ、もう思わず9点にしょうかとも思ったくらいの8点。今年の自分の
ベスト1はおそらくこれで確定だろうし、「日本ミステリ百選」に加えるこ
とにもする。さあて、どれと入れ替えようかな。早すぎる予言かもしれない
が、来年の本格ミステリ大賞は、この作品に捧げられるに違いない。  

  

5/17 ウルチモ トルッコ 犯人はあなただ!
 
                 深水黎一郎 講談社ノベルス

 面白い。この究極トリック(多分題名は「アルティメイト・トリック」な
んだろうね。何語かさっぱりわからないけど)自体は、ミステリの枠を逸脱
しているので、実はあまり高くは評価していない。          

 が、それを成立させるための努力や、他のエピソードの出来映えなどはな
かなかのものだと思う。「読者が犯人」トリックを、まるで見せネタとでも
したかのように、違う線に仕込まれていたトリック。         

 中でもメインとも言うべきトリックの、あまりにも実用的なことには驚か
された。これは巧いなぁ。                     

「読者が犯人」という色物ネタで登場してきた作家だが、地力はありそうな
ので、いきなりタイプはがらっと変わっても楽しめるかもしれない。次にど
ういう作品を送り出してくるか楽しみだ。勿論次も色物ネタでも、わたしゃ
一向に構わんけどね。                       

 それでも7点付けるほどの作品ではないか。採点は6点。      

 ところで私も「読者が犯人」のアイデアを持っているんですよ。それも全
作品ミステリのコードを破る、という趣向で統一した短編集の一編として。
少なくとも5個のコード破りが含まれる予定のこの短編集。「読者が犯人」
一編のみなどとは言いません。全部まとめて1億円で買いませんか?  

  

5/19 少年検閲官 北山猛邦 東京創元社

 
 世界を創造して、その世界でしか成立し得ないロジックで解決に導く。ト
リックも動機もかなり強引すぎるところはあると思うが、上記の試みとして
は、一応の成功を収めた作品だと思う。               

 ミステリの存在しない世界では犯罪という概念すら存在しないという着想
は、これだけで色々と発展できそうな雰囲気はあるが、本作では別の面に着
目して、この世界でしか成立し得ないトリックや動機を打ち出してきた。

 ガジェットというアイデアも楽しい。但し、「首斬り」というガジェット
であるからには、ミステリとしての「使われ方」をとことん意識した作品に
して欲しかったとは思う。本来の”ミステリとしてのガジェット”という、
意味のある”首斬り”でなくては、このアイデアも台無し。      

 特に私はこれを読む少し前に、「首無の如き祟るもの」を読んでしまった
だけに、どうしても見劣り感を覚えてしまうのが悲しいところだ。   

 ただ、もう一つのアレの登場は、なかなかに良かった。これをシリーズに
するのであれば、その端緒としてはぴったりはまっていると思う。   

 やはり、ガジェットというアイデアは、今後いかようにも引き出すことの
出来る、魔法のポッケのような使い勝手が期待できるので、当然のようにシ
リーズ化を目指していくのだろうな。                

 個人的には、こういう幻想風味があまり好みに感じられなかったため、そ
れを楽しみとは思っていない。だけど、きちんと作品のテーマとして”ガジ
ェット”が取り込まれてくるのであれば、面白いミステリとして発展する可
能性は感じられる。今回のところはまだまだ採点は
6点。       

  

5/23 シャーロック・ホームズの栄冠 北原尚彦編 論創社

 
 この作家陣の名前を見ただけでも嬉しくなってしまう。それでいて単なる
珍品の寄せ集めというわけでなく、それぞれ充分に愉しませてくれるのだ。
発掘度・面白度、双方で高得点を叩き出す、「超一級のホームズ本」と呼ん
で差し支えあるまい。                       

 実は正直なところを言えば、私はあまりホームズ物を好んでいない。意外
にトリッキーな真相が待ち受けていたりもするのだが、総じては物語の枠と
して単調で地味すぎるように思っている。              

 しかし、この”単調な枠”というのは、逆を返せばパロディの土壌として
は最高だったりするのだ。だから、本家やパスティーシュにはあまりそそら
れないが、パロディとなると目がないのだ。             

 本書は必ずしもパロディ一辺倒ではないが、バラエティに富んだ品揃えで
飽きさせることはない。ということで恒例のベスト3だが、今回は五部構成
になっているので、各部から一作ずつを選んでみることにしよう。   

 有名作家目白押しの第1部「王道篇」からは、ノックス「一等車の秘密」
を。本書中最も聖典の雰囲気とまとまりを示した作品だと思う。    

 第2部「もどき篇」のメインは、なんと言ってもステイトリー・ホームズ
の三作。中でもバカミス史上最高級の破壊度を示す「新冒険」は超傑作!

 第3部「語られざる事件篇」は比較的地味だったが、その中では完成度の
高さが感じられた「疲労した船長の事件」を選択。          

 第4部「対決篇」は2部と並ぶ面白さ。どれも捨てがたいが、逆転の意外
性だけでなく、ピタリと当てはまり具合が絶妙の「…対007」が白眉!

 第5部「異色篇」はその名の通りの変わり種揃い。一つだけ選ぶとするな
ら、皮肉の効いたプロンジーニ「…なんか恐くない」かなあ。     

 採点はやはり8点は進呈すべきだろう。ホームズ縛りでの採点であれば、
9点を付けても構わない名アンソロジーだと思う。          

  

5/25 九月の恋と出会うまで 松尾由美  新潮社

 
 時間物はやっぱりラブ・ストーリーでなくっちゃね。        

「たんぽぽ娘」にしろ、「愛の手紙」にしろ、「ある日どこかで」にしろ、
「夏への扉」にしろ、カジシンの名作短編群にしろ、やはり時間物はラブ・
ストーリーというフォーマットがピタリとはまる。          

 タイム・イズ・ラブ、「時は愛なり」なのだ!(勢いだけで言ってみた)

 でも何故なんだろう? たとえば「この人を見よ」とか「アーサー王宮廷
のヤンキー」とか「戦国自衛隊」なんかの、偉人物系統ってのもたしかにあ
る。けど、これは時間⇒歴史という着想の方向性が明らか。      

 時間というものが、決して乗り越えられない障壁であるからこそ、そこで
隔てられる辛さを表現するのに、”愛”が最適ということなのかな? ある
いは単純にそういう作品が好きだから、印象に残ってるだけなのか?  

 おっと脱線しすぎたようだ。「エアコン用の穴」からの声という、さほど
ロマンチックではないアイテムから始まるこの物語は、サスペンスやミステ
リ風味を巧みに織り交ぜながら、ラブ・ストーリーへと収束していく。 

 風味といってもおざなりではないぞ。「大江戸線問題」というタイム・パ
ラドックスをSFとしてのキーにして、ミステリとしての収束さえも綺麗に
見せてくれるのだから。だてに本格ミステリ作家クラブのメンバーじゃあり
ませんぜってか。「本来の流れ」の処理にこだわるあたりは、時間物として
のユニークさだけでなく、やはりミステリ者だなぁと思わせてくれる。 

 ラブ・ストーリーであるが故に、結末は多少予定調和的ではあるものの、
後味の良い爽やかさが心地良い。秀作だろう。採点は
7点。      

  

5/30 棄ててきた女 若島正編 早川書房

 
 異色作家短篇集のイギリス篇。全体的に「奇妙な味」の雰囲気で読ませる
統一感が感じられて、アメリカ篇よりも好きかも。とはいえ、傑作、名作、
佳作の類があるかといえば、一切無い。明日には忘れてる作品ばかり。 

 しかしホントに、なんだか妙に似たような味わいの作品が集まったものだ
なぁ。ちょっと虚無感の漂う作品自体の雰囲気で読ませる作品ばかり。 

 あとこれはイギリス編がどうのこうのというより、編者自体の好みが反映
されているのではないかという気もするが、結末の収まりの良さってのには
ほとんど関心がないような作品が多いように感じられた。       

 個人的には、自分が根っからのミステリ者であるが故に(だろうと思うの
だが)、起承転結の”結”があやふやな作品は、なんとなく尻が落ち着かな
い(あっ、オヤジギャグだ)感じがして、好みからは外れてしまう。  

 さて、恒例のベスト3だが、読了時点で選んでおいて良かった。冒頭に書
いたように、既にどういう作品だったか、記憶からうっすらと消え去ってい
るよ。だから題名だけ。「顔」「テーブル」「詩神」の三作とする。  

 異色作家短編集として、個々の作家の作品集としては非常に素晴らしいシ
リーズだと思うが、この新規のアンソロジー三作は成功しているとは思えな
いというのが、私の見解だ。採点は
6点。              

  

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