本格ミステリ大賞候補作。候補発表時点での読み逃し二作もこれで読了。
いやあ、地味だ。トリックやロジックよりも、心理の機微に重点を置いた
作品集。いつもの柄刀節を考えると、ちょっと勝手が違う。 .
そのため、島荘の後継としての大技バカトリックが炸裂する「デューラー
の瞳」なんかは、本作の中に入れては浮き上がって見えてしまってる。 .
この作品集が評価されちゃうと、いつもの凝りっぷりはどうなるんだよ、
ということにもなってしまうので、是非大賞は逃していただきたい。今回は
「本当に”本格”としていいの?」という作品があれこれと候補に選ばれて
いるから、こういう端正な作品が選ばれる可能性がなくはないもの。 .
本集中のベストは、頭一つ抜きん出て「モネの赤い睡蓮」だろう。一つの
障害を押し出すことで、もう一つの秘密を覆い隠すテクニック。何段階かに
組み上げられた、謎解きとロジックの巧緻。本作の特徴でもある心理の綾も
丁寧に描かれて、バランス良い短編の秀作に仕上がっている。 .
次点を選ぶとすれば、心理の逆説を強く前面に押し出した「「金蓉」の前
の二人」だろうか。心理の面白味としては、本書随一だと思う。 .
個人的にはもっと力強さを見せて欲しい。多少強引すぎるくらいがやっぱ
り柄刀だと思う。あるいはもっともっと幻想要素を加えた柄刀がいい。ファ
ンタジーな世界でこその”本格”が光る奴。採点は6点。 .
本書中でも描かれているが、ボツネタお蔵出しという感じがしないでもな
いな。トリック一つ一つを取り上げれば、それほど評価できるものはないと
思う。少なくとも長編を支えられるようなネタではなく、〆切に終われて取
りあえず短編書かなきゃって時に、使い捨てる程度のネタってところ? .
叙述系の内容にしても、こういう書き方ならば何でも可能だろう。意外性
の演出は幾らでも可能なわけで、「ああ、なるほど、そう来たか」と思わせ
てくれるのは「葉桜」の作者だけのことはあるが、それ以上に格別な評価を
したいほどではなかったかなぁ。 .
きっちりと完結させない終わり方も、人によって受け止め方が違うのだろ
うなぁ。この辺は「世界の終わり……」の味わいと似てるように思うので、
あの作品を好きかどうかと重なるような気がするがどうだろう? .
ただ、むしろ爽快とすら勘違いしそうなくらい極端に不道徳な話なのに、
作者も書いているように時代がコレに追いついてしまいそうな気配を感じる
のは怖いことだよなぁ。 .
完璧な絵空事のはずなのに、時代の先見性が感じられてしまう。ネットを
通じるだけで現実性が希薄になってしまう傾向はあるように思う。ゲームや
ビデオとの距離感が以前は取り沙汰されていたが、ネットとの距離感はそれ
以上に現実感覚を払拭させる。 .
”あり得る”とすら感じさせる、設定のユニークさは買うが、採点は6点。
壮大な時間の無駄遣いだったかも。条件出しや探偵合戦だけは興味持たせ
てくれたが、着地点はさっぱり面白味のない癖に、風呂敷だけがデカイ。ジ
ャンル的に限りなく近いのは”流水大説”だな。 .
幾つかの書評を事前に見る機会があったのだが、全てに共通していたのは
この読みにくさ。そして聞きしにまさるというのは、まさにこういうことな
んだな。これは”拷問”と呼んでもいいレベルではないかと思う。下手とい
うのとは違うな。極端なとこまで行き着いたような独りよがり。 .
衒学趣味も、とにかく思い付くことごたまぜ全部。このいい加減さも流水
なみ。スケールが大きければ大きいほどいいという、大言壮語大好きっぷり
も良き後継者になれそうだ(どういう意味で”良き”と解釈するかは問題だ
けどね。少なくとも、大多数の人間にとって、ではないことはたしかだ).
ミステリのセンスも、この一作だけでは図りかねる。構築する力はありそ
うだが、美しく収束させることにそれほどの興味を持っているとは思えない
からだ。この点、ミステリ作家としては致命的とも感じられる。 .
推理の応酬を行わせるのならば、最後に残るのは矛盾無く、すっきりとし
た解決であるべきだろう。ロジックとしての詰めもさほどではなく、もやも
やとしたものが残る解決では、これだけの枚数を(しかもそのほとんどが苦
役に過ぎないような文章を)読まされた身にとっては、報われぬこと甚だし
い。過程だけは悪くなかったが、終わり悪けりゃ全て悪し、だよな。 .
ジャンル・ミックスの、というよりは、ドリンク・バーである限りの奴を
全部混ぜてみましたというような、下品な冗談小説。とにかく本作を全てひ
っくり返すような、吃驚するような評判を目にすることがなければ、次作以
降を読むことはないだろうな。過程だけは評価して、採点は6点。 .
ミステリとファンタジーの融合と言うほどには、ファンタジーに上手く向
けているとは思えなかったが、「理論社ミステリーYA!」という叢書の狙
う読者層には、巧みにマッチした青春小説だと思う。 .
ただある意味では、それ以上の世代にとっても、もの凄く新鮮な作品だと
も言えるのかもしれない。本書で描かれているのは、青春時代特有の潔癖さ
による”訣別”なのだ。 .
それは非常に手厳しいものである。「どうして?」という質問に答を求め
るものであるし、その問いの無意識的な(時には自覚的な)比較対象は「自
分」であるから。括弧で閉じたのは、その「自分」とは”今の自分”ではな
く、”なっているはずの自分”であるから。そして、それは未来に向けて発
散する可能性のうち、最良に近い”なり得る自分”なのだから。 .
これが青春時代の潔癖さの一つの正体だろうと思う。収束しきった現在の
自分(つまりは”なってしまった自分”)の目から見れば、それは良くわか
るし、「どうして?」に特別な理由なんかない場合もあることなど、わかり
すぎるほどわかっているはずなのだ。 .
だから普通の小説の感覚で言えば、本書はせいぜい始まりに過ぎず、そこ
からの和解(ミステリであれば時には破局であったりもするのだが)等の展
開が読めるはずなのだ。少なくとも自分の中で咀嚼出来ているか、あるいは
咀嚼されていくものだろう。そこに至るまでの端緒を、その世代の感覚の視
点から描いた作品であり、それが先に新鮮と書いた意味でもある。 .
本書は、だから、現在進行形の読者が、現在進行形の共感を抱いて、読む
にふさわしい青春小説だと私は感じたのだ。 .
青春小説としてのみ語ってしまったように、ミステリの観点からは明らか
に薄い。採点は6点。最後に一つだけ。多少散文的に解決されるとはいえ、
この心象風景は好きだなぁ。この光景がラストまで持続させてくれる。 .
登場人物の誰にも思い当たる節がないのが残念なところだ。過去の作品に
登場する脇役達が活躍する作品集らしいが、読んでいない作品からのものな
のかな。まぁ、あっという間に記憶が風化する人間なので、覚えていないだ
けかもしれない。以下はそれでスネてる私の戯言かもしれないが…… .
氏の場合もともとこういう趣向を多用しているが、ただのファン・サービ
スでなく、作品の援用としての意味合いが出てきているとすれば、それはち
ょっと首を傾げてしまうぞ。 .
というのも、本作を単なる独立の短編集だとして考えると、ちょっと地味
すぎるように思えるのだ。他作品とのクロスやキャラクタに頼ってしまう甘
さが見えたら、個人的には幻滅感を覚えてしまう。それを商業路線的だと感
じたが最後、愉しく思えていた趣向が、逆に不快にも成りかねない。 .
こんな趣向を前面に打ち出すことなど一切止めて、今まで通り気付く人は
気付くというような、さりげない書き方を貫いて欲しいものである。 .
さて本作の内容に関してだが、現実であるのにどこかファンタジーという
いつもの雰囲気は健在だった。しかしながら、氏独特の異世界な感じは薄か
ったかな。どれも日常的ではとてもないファンタジーとして描かれていなが
ら、なんだか凄く身近なホラ話のように思えてしまったのだ。 .
どれも謎と解決のある話だし、「サクリファイス」はミステリと言えるだ
ろうけど、全体的には採点対象外の6点。とにかく全般的にいろんな意味で
薄い話。ベストは好みによるだろうが、個人的には表題作だな。 .
叙述形式の工夫や、意外に豊富なトリック、読者への挑戦状(もどき)、
隠された暗号……と、凝っているのに全てが地味。出版者が地味、装丁が地
味、題名が地味(売る気あるのかな?)、ストーリーの起伏が地味……と、
とにかくいろんな意味で地味。まぁ、作者の存在自体が地味だけど。 .
凝っている部分に至っても地味なんだから、これは筋金入りの地味さ。
(直接的ではないが、間接的にネタを想起させる記述があるのでご注意を)
たとえば叙述形式にしても、この形式にする必然性は一応盛り込まれてい
るものの、それで何らかの意外性を演出しているわけではない。 .
たとえばトリックもそう。「使われざるトリック」という、考えてみれば
非常にマニアックな趣向が使われていたりもするが、そのトリック自体は全
然面白いものではなかったりして、趣向として光ってはいない。 .
メイントリックにしても、密室トリックでありながら、アリバイトリック
でもあるというものなのに、それがわかるのは解明されてから。一見普通の
事件に見えてしまう(読者にとっては、そうでもないけど)。 .
暗号もこの程度なら幾らでも出来そうなのに、「えっ、そんだけ〜?」と
逆に驚くくらい。「あったことが嬉しい」程度の趣向になっている。 .
挑戦状も結構微妙な書き方で、でも明らかに読者への挑戦状だろうから、
お得意のロジック推理が見られるかと思いきや、そういう解き味ではないの
だよな。伏線は張られているけれど、平石貴樹でこれは物足りない。 .
全体的に比較的ライトな書き方がされているのに、妙に社会派な解決が組
み込まれしまうのも、それならそれでもう少し盛り上げといて欲しい。 .
……とまぁ、全てにおいて地味なわけだ。いい作品なんだけど、全てが及
第点という感じで、今一つ突き抜けた魅力に欠けている。でも、ミステリ読
みとしては、地味でも堅実な作品は評価したい。採点は7点。 .
やはりこういうパスティーシュ系の競作となると、常に一歩抜きん出るの
が芦辺拓であり、その期待を裏切らないのは毎回驚かされるところ。それも
探偵役を借りてくるだけのような、単純な作品では決して満足しないところ
も、さすが技巧派の面目躍如というところだろう。 .
本作でもトリック自体は大したものではないにしろ、カーの現実を下敷き
にして(この辺の調査や盛り込みを怠らないところも、氏のこだわりが良く
表れている)、カー自身の大活躍を描くストーリー展開は見事の一言。 .
これに続く作品が柄刀一。ちょっとSFチックなくらいの想像だとは思う
が、オマージュを捧げる形式のユニークさと、短編数本分のアイデアを盛り
込んだ贅沢さを評価したい。 .
二階堂・加賀美は、いずれも堂々としたパスティーシュ。どちらもやはり
トリックがカーではないんだけどなぁ。二階堂は意外に定石で、犯人・トリ
ック見え見えという、氏の悪癖が感じられるのが難点。加賀美はやっぱりこ
の人はカーじゃないんだってば、な作品。しかし、強引な物理トリックでは
あっても、これだけの現象を見せてくれたのは嬉しく思う。 .
全般的に質の高いオマージュ作品集だったのに対し、「何でこの人が?」
という意外性のある作家陣が、さっぱりな作品しか出せてないあたり、冒険
的な狙いが外れまくりだったのは、本書唯一の残念なところ。 .
この中で唯一頑張ってたのが、鳥飼否宇だろう。これでパロディ(パステ
ィーシュ)とするには弱いし、トリックの一部はしょうもないところもある
が、謎が面白い。田中啓文は作品自体は悪くないが、頑張ってる方向が違っ
てる。小林泰三はそもそも頑張るつもりすらなさげ。桜庭一樹は頑張ってる
のに外してる度合いが痛々しいほど。いずれも箸休めみたいなものか。 .
意外系の作家陣が多少足を引っ張ったとはいえ、カーならばいかにもな作
家陣は見事に期待を満足させてくれる出来映え。採点は7点としたい。 .