ホーム創作日記

 

3/1 議会に死体 ヘンリー・ウェイド 原書房

 
 まさに叢書の名称である”ヴィンテージ・ミステリ”にふさわしい、薫り
高き黄金本格の名品。                       

 見かけは一見地味で淡々とした警察小説でありながら、『警察官よ汝を守
れ』
同様、意外にアクロバティックな謎解きの快感が待ち受けている。 

 手描きのダイイング・メッセージや、アリバイ物に欠かせない行動時間表
など、本格のガジェットも喜ばせてくれる。平均時間を取ってみるあたりな
んか、ニヤッとしてしまった。そればかりか本当に最後の一行で炸裂する、
最後の一撃(ファイナル・ストローク)まで味わえてしまうぞ。    

 堅実な本格であるばかりではなく、サプライズが犯人のどんでん返しのみ
ならず、
探偵のどんでん返しにもなっているという、皮肉な味わいも本書の
魅力の一つだろう。バークリーなどの皮肉屋にも通じる、これもある意味黄
金時代らしい一面なのかもしれない。                

 先に地味と書いてしまったが、決して退屈な作品などではない。早い段階
で事件は起こるので、延々と人物群像を読まされる心配なんかは不要。人物
も良く書けていて、派手さはないもののリーダビリティーは問題無し。 

 何よりその中に、後から明かされれば実にあからさまとも思えるくらい、
堂々と大胆に伏線が張られているのだ。「ああ、知っていたのだ。たしかに
私は知っていた」と、私と同じように貴方も嘆息するかもしれない。  

 間違いなくふくよかなヴィンテージを味わえた作品。採点は8点。  
(原書房様からの頂き物。頂き物は数割増しの評価になることもあります)

  

3/2 モノレールねこ 加納朋子 文藝春秋

 
「儚いけれど揺るぎない……「家族」という絆」           

 帯にはこう書かれている。短い言葉ながら、この帯は本書を良く言い表し
ている。もっと大きなフォントで書かれている「時をこえて 届く あの頃
からの 贈りもの」というのが、釣り文句としては素敵ではあるが、表題作
しか表現できていない、ちょっと空虚な響きがあるのとは対照的。   

「儚いけれど揺るぎない」 誰かを亡くし、でも決して無くさない話たち。

「家族」 たしかに本作のほとんどが家族の物語。自身の出産・子育てとい
う人生のステージがあって、自然に辿り着いたテーマなのだろうか。  

「絆」 人と人とを結ぶもの。彼女がこれまで書いてきた作品達は、ひょっ
としたら全て、この言葉に集約できてしまうのかもしれない。彼女の作品に
いつも心温められてしまうのは、そのせいなのかもしれない。     

 沙羅の感想の中で私は、彼女のミステリとしてのアプローチは、謎のベー
ルを剥ぎ取っていく”切り裂く”アプローチではなく、謎の芯を包んで膨ら
ましていく”繋ぎ合わす”アプローチだと分析した。         

 本書は全般的にミステリとは呼べないまでも、全部の話に秘密があり、秘
密は解かれることで受け入れることが出来るのだ。これこそ彼女ならではの
アプローチであり、またこのアプローチこそ、人と人を結ぶ”絆”を描き出
すのに、まさしく最適な手段だと言えるのではないだろうか。     

 採点対象からは外すが、採点としては7点。ベスト3は、表題作と「パズ
ルの中の犬」「セイムタイム・ネクストイヤー」かなぁ。「シンデレラのお
城」の展開も、「ポトスの樹」の逆説も捨てがたいんだけど。     

  

3/3 Q.E.D.26巻 加藤元浩 月刊マガジンコミックス

 
 まずは「夏のタイムカプセル」。日常の謎と人情味。お得意のパターンを
お馴染みのキャラに上手くかぶせていると思う。           

 続いての「共犯者」。これがなかなか凄い。何度も書いていることだが、
本シリーズの大きな特徴の一つに、「目から鱗な着想」というものがある。
シンプルな着想で、意外な効果を産み出す。その中には新たなミステリの定
型とすら言い得るものすら少なくはないのだ。            

 本作はその代表的な例に数えることも出来るだろう。心理で密室を作る、
ありそでなかったこの新機軸にはシビれたよ。これから密室講義を行う人が
あれば、比較的手薄な分類の中に本作を加えてみるのも一興かと。   

 まぁ、そこはコミックス半分の量で描かれているため、本当に上手く処理
できているかというと、かなりの問題はある。計算ずくめでは不可能な、作
者の都合上でしか成立し得ない状況であるのは、否定できないだろう。 

 しかしながら、新しいアイデアを提出しているのは凄い。極端にシンプル
な着想であるため、本当にこれまでなかったのかな、という疑問は沸くが、
少なくとも私はこれまで見たことも読んだこともないなぁ。      

 また密室のハウだけではなく、何故自首したのかというホワイをも提示し
ているのが巧みだと思う。しかも解決編では、全体の構図のホワットの意外
性を示しつつ、二重の意味で共犯者のフーを扱ってみせる。      

 シリーズ中でも上位の作品。全体的な採点としては6点にはするけれど。

  

3/4 秘密3巻 清水玲子 ジェッツコミックス

 
 前作のパターンから、一年一話、二話で一冊、つまりは二年ごとの刊行か
と期待していたのだが、実に約四年ぶりの登場となった。しかも、おまけを
除いては、本作で描かれるのは一つのエピソードのみ。        

 しかし、それ故か、この丸々一冊を使って、まるで映画のように濃厚にス
トーリーが描き込まれている。このクオリティならば、何年待たされようが
しょうがないかと納得してしまえるだろう。             

 相変わらず画のクオリティも抜群。美麗であると同時にグロテスクをも描
き出す彼女の筆致は、あるいはそこに人間の内面というものを、意識的に象
徴させているのかもしれないと思ったりもする。           

 しかし、救いが無く、気分を落ち込ませてくれるのが難点。胸を締め付け
られる、このやるせなさ。秘密というシリーズ・タイトルへの絡みが、あま
りにも完璧すぎる故に、その重みが心への圧力となってしまう。    

 このカタルシスの無さが、個人的には辛い。あるいは作者は、完結感を与
えないことで、読者がこの物語から逃避することを許さなくしているのだろ
うか。満足感という感情の余韻ではなく、思考の継続を強いるのか?  

 意図自体は明白ではないが、カタルシスを敢えて回避しているのは間違い
ないところだろう。損害賠償請求というリアルな(それ故ある意味不粋な)
ガジェットを最終頁に持ち出していることが、それを証明している。  

 でも、このMRIスキャナーという、”悲惨”であることが前提のような
仕組みで描いているのだから、最後まで”悲惨”で終わらせるのではなく、
救いのある作品をどうか描いて欲しいものである。          

 とはいえ、これだけのクオリティには賛辞を惜しまない。採点は7点

  

3/5 僕たちのパラドクス 厚木隼 富士見ミステリー文庫

 
 富士見ヤングミステリー大賞の大賞受賞作。            

 時間物+戦闘少女物。題名に”パラドクス”という文字が折り込まれてい
るため、ついつい作品の中核を支えるような、複雑なタイム・パラドックス
を期待してしまった。                       

 何しろ、広瀬正のロジカル時間SFを継げる作品を探そうとすれば、「タ
イムリープ」
とか、「キリサキ」「シナオシ」とか、「学校を出よう!2」
とか、出てくるのはラノベ・レーベルばかりなのだから。他にも「やみなべ
の陰謀」
とか、「ある日、爆弾が落ちてきて」とか、カジシンを除いては、
時間物の良作読みたけりゃ、ラノベを探せってな状況なのだもの。   

 残念ながら本作の場合、ロジカルな凝りようはほとんどなく、非常にシン
プルでわかりやすいものだった。それでも何が鍵になっているのか、最後の
謎解きまで伏せられていて、それなりの意外性を感じることが出来る。 

 何よりラノベらしい爽やかな結末ってのが、読後感を心地良くさせてくれ
る。童貞妄想的な都合の良さがなきにしもあらずなんだけど、あっけらかん
とした予定調和的なハッピーエンドは、清々しくてええじゃないか。  

 逸脱するほどのものはなかったが、ラノベとして期待したレベルは充分に
満たしてくれた作品。時間物は好きだからいいのだ。採点は
6点。   

  

3/6 麗しのシャーロットに捧ぐ 尾関修一 富士見ミステリー文庫

 
 富士見ヤングミステリー大賞佳作受賞作。             

 構成の凝り用は半端でなく、完成度は高いと思う。解説では怖さが強調さ
れているが、全体としてゴシック・ホラー調の雰囲気が支配してはいるもの
の、根っこはミステリー(敢えて棒付き)のようだ。         

 ただミステリとして見れば、処理自体には大いに不満は残る。ミステリ畑
の人間にお勧めできるほど、こなれた作品にはなっていない。ラノベ畑の人
間にミステリの面白さを伝えるという作品でもないようだ。      

 しかしながら、物語る実力は充分に感じられる。こういう雰囲気が好きな
人ならば、手にとってそう損はないのかもしれない。         

 それに、副題として「ヴァーテックテールズ」と名付けられた、「手を汚
さぬ虐殺者」という物語の枠は、非常に使い勝手は良さそうだ。おそらく今
後もシリーズとして書き続けることが出来るだろう。         

 私自身が追いかけることはしないが、構成力は認められるので、ひょっと
するとミステリの意外性と融合した作品が飛び出すかもしれない。そういう
評判を目にしたとき、再び手に取るかもしれない作者だ。採点は
6点。 

 しかし、こういう表紙って、娘への受けが極端に悪いんだよなぁ。たまた
ま見つけられてしまって、ぷんぷんと怒られてしまった。パパはメイドさん
が見たいんじゃなくて、ミステリ読みたいだけだよ(嘘度30%)。  

  

3/8 晩餐は「檻」のなかで 関田涙 原書房

 
 くはぁ、悔しいぃ〜〜 ……という爽快感。            

 ある程度ミステリを読み慣れた読者こそが、本書の読者にふさわしいので
はないかと思う。いや勿論、そうでなくても楽しめる作品である。しかし、
本作の企みの巧妙さに本当に舌を巻くのは、結構な作品で先が読めてしまっ
ちゃうという、そういう読み巧者の人ではないかと思うのだ。     

 貴方がそういう人ならば、これ以上この先を読まずに、試しに挑戦してみ
る価値はあるかもしれない。きっと、そのうちの何割かは冒頭の私と同じよ
うな、すっきりする悔しさを味わうのではないだろうか。       

  (以下は若干のネタバレを含んでいます。未読の方はご注意を)  

 檻の内側に関しては、とにかく設定に心を奪われる。これだけのゲーム型
ミステリの器を作っただけでも、本作の価値は充分だろう。ミステリのお約
束という設定条件の提示なんだから、読者もそれは承知している。下手にリ
アリティにこだわろうとするほど逆にウソっぽくなる。ちょっと前半の言い
訳は長すぎるように感じた。そこはさらっと流して欲しかったな。   

 解決もせっかく納得の推理なのだから、無条件に自分を除外というアンフ
ェアさを回避した提示の仕方も可能だったのでは。ちょっと手際に疑問。

 しかしながら、檻の外。一転、このお手際は見事なお手並みという他はな
い。ああ、やっぱりこう来たかという失望感を一瞬味合わせて、そこから叩
き込むエンディング。この「失望感」を味わうかどうかが、本作の
二重のミ
スリード
という高等技術の真の価値に触れられるかどうかを左右する。 

 読み切ったと思わせて、その先を行く。読者の読みを計算したその絶妙な
設定の巧みさと、その為に作者が
時間軸をどう操作したか気付く楽しみ、こ
れは本年度のたしかな収穫であることは間違いない。採点は
7点。   

 ところで表紙裏の粗筋だが、「邪魔者」という役割なんてあったっけ?

  

3/13 赤朽葉家の伝説 桜庭一樹 東京創元社

 
 ふぅ〜っ。大きな溜め息を一つ吐く傑作。             

 漂泊民の置き形見である千里眼奥様、万葉という魅力的な存在を中心に置
いた、女三代の年代記。折々の時代というものを巧みに盛り込んだ、この筆
にまずは圧倒されてしまった。                   

 極端なことを言わせて貰えば、私にとっては”たかが小説なのに”ってと
ころだった。私の評価軸は常に「ミステリとして」である。着目点は確信犯
的に偏っている。「小説として」などという観点は敢えて排除していたし、
それ故すっかり麻痺していると自分でも信じていた。筋立てやエンタメ性を
評価したり、文体に心惹かれたりすることはあっても、ミステリを読んで、
小説として心揺さぶられることなどないかと思っていたのだ。     

 これが感動を喚起する作品であったならば、逆にそれは別の評価軸として
意図的に排除できたろう。しかし、そうではない。淡々と、決して上滑りす
ることなく綴られるが故に、何らかの要素として、一つのタグを付けて切り
離すことが出来ないのだ。                     

 では、本作は”たかが小説”として優れているだけなのか? いいや、そ
うではない。それは違う。終盤突如に訪れるミステリ展開は、物語を総括的
に俯瞰しながら、冒頭からの全てを綺麗に丸め込んで、美しく完結する。

 この美しさこそが、本書を真の傑作としている。          

 ようこそ、ビューティフル・ワールドへ。作者によって用意されたこの言
葉を、全ての読者の元へ届けたい。ミステリとしての”強さ”はないかもし
れないが、これほどの”美しさ”を持った作品はそうそう生まれてくるもの
ではない。ジャンル読者問わずお薦めできる作品だろう。採点は
8点。 

  

3/17 片眼の猿 道尾秀介 新潮社

 
 SRの会55周年記念全国大会に向けて、駆け込みで読破した最新作。

(道尾秀介氏、米澤穂信氏の座談会のレポートは、コチラを見てください)

 一読、これは道尾秀介メジャー化作戦の開始なのかな、と思った。一般に
も非常にわかりやすい作品に仕上がっているのだもの。癖のある作品が多か
った氏が、「シャドウ」が高く評価されたのに続いて、更に読者を選ばない
路線を姑息に狙ってきたのかと思ってしまったのだ。         

 しかし、これは私の下種の勘繰りに過ぎなかった。上記の座談会でわかっ
たように、道尾秀介にとっての読者は、道尾秀介自身しかいない。その上、
たとえ出版者側がそういう狙いの元に発注をかけてきたとしても、そんな大
人の思惑に安易に迎合するようなタイプの作家ではないと確信した。  

 今となっては上記は余談に過ぎないな。さて、では作品としては正直どう
だったのか? 帯にあるサプライズマジシャンという言葉も伊達ではない。
多少大袈裟げな警告すらも間違いではない。たしかにこれは全ては見抜けな
い。誰もがどこかしらきっと驚くところがあるだろう。        

 過去の道尾秀介の作品自体が(中でも特に向日葵が)、ミスリードでもあ
り、大きな伏線だったとでも考えられる作品ではないかと思う。    

 しかし、ミステリとしての縦の一本筋であって欲しい、肝心の事件自体は
さっぱり面白くないのだ。小説全体に組み込まれた様々な意外性やミスリー
ドのテクニックに比べては、拍子抜けするほどのあっけなさ。このバランス
が良くなくて、ちょっと微妙な作品になってしまっている。      

 個人的にはミスリードの視点から、結構読めるようになってきた(これが
決して嬉しいことではないのが、ミステリのさだめ)。題名やテクニックを
買って採点は
7点とするが、物足りなさは感じた作品。でも、わかりやすさ
はピカイチなので、一般には評価されやすい作品だろうなぁ。     

  

3/19 本格ミステリー・ワールド2007
 
                 島田荘司監修 南雲堂

 島田荘司の巻頭言は理解できる内容。しかし、それが座談会での選定に全
く活かされていない。この内容では監修の名義は拒絶して欲しかったな。

 個人的には、X論争を通じても、本格理解者の理念にはむしろ擁護する立
場を取っている。やり方があまりにも間違っていただけに、結果的にはあま
りにも不毛な論争になってしまったが、定義を一度整理して、議論の礎にし
ようという訴えかけはいい機会になるかと思ったのだが。       

 定義なんて不要(あるいは不毛、あるいは不可能)という、大勢の流れの
方がどちらかと云えば、自分にはしっくりこなかった。        

 一つの定義にまとめるべきという主張であれば、定義論を貫くことは難し
いと思うが、それぞれの立場を鮮明にして論議することは、本格を語る上で
必要なステージではないかと思うのだけどな。            

 べき論で語るつもりはさらさら無いが、他者の本格観を受け入れる許容性
さえ持てば(論争を始めた張本人にはそういうつもりはなさそうなのが難だ
が)、それなりの大枠を定義することも可能ではないかと思ってる。  

 実は”本格”の定義に関しては、曖昧なイメージはそうバラエティに富ん
でいるわけではなくて、ただ大きく二つの軸があるのではないかと思ってい
るのだ。それぞれを代表する言葉で表現すれば、「論理性」と「意外性」。

 演じる様が、片方はフェアプレイを重んじ、片方はトリックプレイを愉し
む。狭義に捉えようとすると、相容れないところがあるだろう。ある程度広
義の枠で、これら二つの評価軸を俯瞰し得る定義を組めば、多くの人が本格
だと考える作品群を大まかに捉えられる気がしているのだが、どうか? 

 脱線が過ぎたようだ。本書の話題に戻ろう。今回の座談会では、客観的評
価軸を提供するのではなかったのか? それが出来ないまま、偏った少人数
による意図的な選出では、単なる人気投票よりも始末が悪い。     

 誰が名付けたか、俺ミス(俺のミステリーがすごい)。ミステリ界ネーミ
ング大賞を上げたいよ。                      

 ちなみに巻頭言に対しては、SR方式が回答の一つにならないだろうか。
出版社のしがらみが無く、一応は評価軸が定義されていて(見直す余地は大
だと思うが)、平均点方式なので人気投票とは一線を画し、投票者の全採点
は公開されている。どの団体、どの出版社が主催となるかに振られる面はあ
るが、母数さえ揃えられれば、それなりの結果は出せそうな気がする。 

  

3/20 削除ボーイズ0326 方波見大志 ポプラ社

 
 第一回ポプラ社小説大賞受賞作。求められているのは、十代も大人も夢中
になれる、エンターテインメント小説ということで、たしかに本作はその条
件を満たしているように思う。                   

 時間物の新機軸というアイデア勝負の素材を用いて、暗い面、明るい面、
その双方から描き出した青春小説。雰囲気は良く、掘り下げはさほど深くな
いので(なんて言っちゃダメ?)、エンタメとして軽く読みやすい。  

 時間物としてのアイデアもなかなか光っていたと思う。比較的おおざっぱ
な時間の粒度で描かれることが多い時間物の中で、3分26秒という極めて
限定された条件を持ち込んだのが、なかなかにユニーク。       

 しかし、なんだか上手く収束し切れていないのが釈然としない。ミステリ
仕立ての部分には意外性はないし、こういう解決であるならば、もっと違う
状況に辿り着いていたんではないかと思わせる。ミステリ読みの観点から観
てしまうせいだろうが、この謎解きのセンスが圧倒的に弱い。     

 プロローグへのつなぎも成功しているとは思えなかった。ラストは雰囲気
良くまとめているものの、これで丸く収まるはずだという予感を与えるまで
に至ってないため、物語としての完結感を抱けないまま。       

 おそらく本作の着想の原点には、映画「バタフライ・エフェクト」がある
のだろうが、きっちりと読者がその先を予測(納得)し得る結末に導いてく
れないと、せつなさにはつながってくれないよ。採点は
6点。     

  

3/26 五瓶劇場 芦辺拓 原書房

 
 デビュー前からの作品がベースになっているのと、別分野からの要請で書
かれていたりもするので、いつもの技巧派の作者とはまた違った一面を見る
ことの出来る連作集である。                    

 ミステリ読みの観点からは、各短編にそれぞれの謎はあるものの、解決が
読者の手中にはないのが物足りなさを感じたりはする。芦辺氏の技術であれ
ば、完璧なミステリにすることも可能だろうからなおさらだ。     

 上記の事情もあることだし、まぁ仕方あるまい。クトゥルーを読みたい人
に向けて、時代物と融合させた変わり種を読ませるのに、更に本格ミステリ
にまでしてしまった日にゃあ、何を楽しんでいいやら、かえってややこしい
羽目になってしまいそうだものなぁ。                

 実在の歌舞伎作家「並木五瓶」(わたしゃ知らない人だが)を主人公にし
ているだけあって、鶴屋南北、十返舎一九など有名人も多数登場する。しか
し「実はこの人が後の…」というように最初は伏せられていたりするのに、
あまり意外性を意識した書き方にはなってない。それを勿体なく感じてしま
うのも、これまたミステリ読みの観点だからなんだろうなぁ。     

 個人的に時代物が苦手なのが残念なところ。そうでなければ氏の物語の復
権をもっと愉しめたことだろう。非ミステリなので採点対象外の
6点。 

  

3/28 天使の眠り 岸田るり子 徳間書店

 
 ミステリとしてはあまり美しい構図ではない。せっかくこれだけの奸計を
施しておきながら、こういう人間関係を築いてしまっては台無しではないだ
ろうか。警察の追及をそうそう免れられるとは思えないのだが。    

 親の心理としてはそうせざるを得ない気持ちは、当然よぉく理解できるの
だが、結果的に矛盾した構図になってしまっているように思う。また、いく
ら何でも子としてあり得るのかな、という大きな疑問も残る。     

 前二作を通じて彼女の欠点だと感じていた、余計なトリックが盛り込まれ
ていないのはいいが、無理っぽさが本筋に出てしまってはいかんよね。 

 それに解決シーンの描き方も、ぐだぐだ書きすぎているように思う。本格
としてのセンスには疑問があるので、作風としてはこの流れのまま”本格”
を脱却する方向で進めて正解だと思う。               

 嫌ミスの割には、最終章の描き方が爽やかっぽいので、読後感はそう悪く
ないのが救いかな。女性作家特有の嫌らしさを活かしながらも、不快感を与
えないギリギリ路線を狙った、味のある作品が似合いそうな方だと思う。

 そういう作品を読ませて欲しいものだ。採点は6点。        

  

3/31 QED河童伝説 高田崇史 講談社ノベルス

 
『伝説』って付けるのは、気合いの入った自信作だけじゃなかったのか?

「竹取伝説」「鬼の城伝説」とそれぞれ、かぐや姫、桃太郎(というより鬼
だが)という王道テーマを扱った作品は、歴史側だけでなく現実側にも重き
を置いて、読み応えのある作品だった。               

 だから本作も期待を抱いていたのに。自信作のフラグが付いて、しかも、
前作を丸々プロローグとして使うなんて、とんでもなく強い引きすら見せて
おいたくせに。それで、これかぁ? もう失望の溜め息しか出ないな。 

『伝説』は単に”伝説上のもの”を扱うという宣言に過ぎなかったのだな。

 そんでもって、タタルのコピーがまたまた登場。三人タタル。タタル・ト
リオ。相変わらずのうなずきトリオも健在だ。            

 も一つ。毒草師を登場させたことは、作者にとっては無敵のパターンを一
つ持ち込めたという意味で、プラスになるのだろうが、それが読者にとって
は明らかにマイナスになっているとしか思えない。          

 推理じゃなくて、「知識」にしか過ぎないものなど、読者は誰も望んじゃ
いないはずだぞ。売れ行きは存外にいいのかもしれないが、それに安住して
進化を止めたシリーズなんて、全然格好良くないぞ。         

 ここまで読んできたシリーズ読者なら、カッパの正体なんか意外でも何で
もなくて、もう単なる手続きに過ぎないとしか思えないもの。     

 ここまで来たら、もうここまで言っちゃうぞ。           

 こういうのを” バ カ の 一 つ 覚 え ”と言うんだってば!

 期待を裏切られたという意味合いで、採点は5点にさせてもらう。  

  

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