ホーム創作日記

 

1/9 闇の底 薬丸岳 講談社

 
 ひょっとしたら予定調和を嫌う作風なのかもしれない。乱歩賞受賞の前作
もそうだが、流行りの方向性やある意味安直な理想論などには、迎合する道
を取ることはしない。エンタテインメントとしてはこうなるよな、という暗
黙の了解みたいなものすら、あっさりと覆すような作品。       

 もしも自分に文才があって、幾らでも小説を生み出せる力を持っていたと
しても、こういう作品は自分には書けない。甘チャンには無理だ。   

 どだい、目や心に心地良いだけの作品など、端から興味がないのだろう。
読者を愉しませるというよりは、読者に挑んでくるタイプの作者なのかもし
れない。前作でも結論は読者の今後の思考に委ねられていた。ノワールでは
ないはずの本書で、この最後の結末をどう受け止めたらいいのだろう? 

 ミステリとしても、前作には及ばないものの、この巧みさは評価できると
思う。前作で、彼のミステリにおける構図の描き方の上手さを知っていただ
けに読めたものの、そうでなければごく自然にはまっていたかもしれない。

 ミステリのセンスと、通り一遍の安きには陥らない社会派の精神、この二
つを兼ね備えた、期待値の高い新人だと思う。自分のフィールドとは少し違
う世界での活躍になるかもしれないが、ベストセラー作家に育つ可能性の感
じられる逸材。追いかけはしないが、気には掛けておきたい。採点は
6点

  

1/13 失われた町 三崎亜記 集英社

 
 日常と地続きの世界で奇想を紡ぐ作者だが、一つの奇想に軸を置くだけで
なく、幾つもの奇想を組み上げて、まるで連作短編集のように人物群像を描
いてみせた。これは傑作。早くも代表作にふさわしい作品を産み出してしま
ったのかも。                           

 この作者の本質は”奇想”にあると私は思うが、奇想が奇抜な着想である
限り、通常は何らかの違和感を与えるものだと思う。ディジタル的に、一つ
のスレッショルド・レベル(しきい値)を乗り越えて、現実との不連続を生
じさせてしまうのが、普通の奇想(という表現も変だが)の宿命だろう。

 しかし、三崎亜記の奇想は、実に柔らかく現実との境界を乗り越える。イ
メージの話になるが、氏の作品が決してアナログ的だとは思えない。むしろ
非常にディジタル的な作品だと思う。理性で量子化された作品。なのに、そ
れほどにしきいを感じさせることがないのは、ビット数が豊富にあるのか、
高い解像度で世界の境界を描写しているのか。            

 本書の場合、いきなりクライマックス・シーンから描かれることもあり、
まずは大きく世界観が与えられる。ここでは人によってはしきいを感じるか
も知れない。しかし、そこからは実に自然に”奇想”と”人物”とが、非常
に上手く組み合わさって、絡み合うように描かれていく。       

 私は何度も何度も立ち戻り、このプロローグを読み返すことになった。そ
の度に「ああ」と感嘆の溜め息が漏れるのだ。プロローグであり、エピロー
グでもあるこのシーケンスの魅力に対して、エピローグの余韻はそれほどで
もないのが、唯一の贅沢な不満ではあるが、高く評価する。
8点。   

(あれっ、「バスジャック」も「となり町戦争」も、読んでるのに感想書い
てないな。普通小説としての扱いにしてたのか。これからは書いていこう)

  

1/17 使命と魂のリミット 東野圭吾 新潮社

 特に意外性のある真相などはどこにもなく、ストーリーやプロットに捻り
やオリジナリティが見られるわけでもない。ただただ東野圭吾の筆力だけで
読ませる作品。                          

 個人的な話で言えば、心臓手術(本書の場合は正確には違うが、人工心肺
を利用しての手術には変わりない)がモチーフなだけに、危うく最愛の娘を
生後すぐに失いかけた自分としては、引き込まれる部分はあった。   

 しかし客観的に見れば、ストーリーとしてもそれほどの魅力はない作品だ
ろうと思う。メイン・ストリームの事件はそれなりに巧緻に組み上げられて
はいるが、ミステリとして心に残るプラス・アルファには欠けている。 

 それよりも東野圭吾らしい感動を期待させるのが過去の因縁だろうが、こ
こに読者の予想を超える真相が全く盛りこまれていなかった。秘かに泣く準
備をしていた心がすかされて戸惑う感じだ。             

 そもそももう「泣ける」をキーワードに売ることを、そろそろ止めて欲し
いよ。泣ける話が嫌いなわけじゃないけど、そこそこ泣ける程度の話を、そ
うそう連発されても、そらぞらしい感じばかりが募ってくるのだもの。 

 小手先で作れちゃいましたってな作品。採点は6点。あと最後に一つ。東
野圭吾って、どうしてこんなに題名を付けるのが下手なんだろ?    

  

1/19 ソフトタッチ・オペレーション
                  西澤保彦 講談社ノベルス
 
 いつにもましてレギュラー陣の出番が少なすぎる。シリーズとしての進行
はすっかり止まってるよね。長期戦の構えなのかな。しかし、初期には思わ
せぶりな設定を盛り込んでおいて、こうまで放置プレイはいかがなものか。

 単発の短編ばかりで、シリーズとしても同時進行させるのは、たしかに難
しいと思う。このシリーズの特徴は明らかに短編向けではあるのだが、シリ
ーズとしての展開を望むには、ここいらで長編が欲しいところか。   

 とはいえ作品集としては久々なくらいに良かったかも。ホラーっぽい話は
ちょっと見えすぎだろとか、また相も変わらずこういう
親子物かぁってのは
あるんだけど、全体的にミステリ度もレベルも高かったと思う。    

 中でも特に後半の二編が良かった。「変奏曲<白い密室>」が本集のベス
ト。ちょっと都合の良すぎる展開も中にはあるが、作者の持ち味である構図
の描き方の上手さが、短編ミステリとして結実した佳作。       

 表題作も、謎に対しての解決は物足りない感はあるけど、動機のパラドッ
クスがいかにも小憎らしい。それより何より書き口の面白さが光っている。
赤裸々な妄想がなんともいい味なんだもの(笑) フェチぃ〜〜 この辺は
森奈津子シリーズで鍛えられたのかな?               

 採点は6点だが、久々に満足感の残る作品集だったと思う。次回は是非、
レギュラー陣全開で、シリーズとしての流れが展開する作品を希望。  

  

1/22 最後の一球 島田荘司 原書房

 
 事件が描かれて、解決直前で延々とドラマが挿入されるという、島田ロマ
ンの典型的作品。ほとんど推理というほどのものはなく、御手洗の必要性が
感じられない。探偵役違うんじゃないの?という社会派な作品。    

 しかも「御手洗でもなんとも出来ない」という状況を描いてしまうのは、
逆効果なのではないだろうか。こんなあんまりにも俗な状況で、探偵の無力
を訴えられても読者としては引いてしまう。             

 御手洗という大きな存在を扱う以上、これは一つのテーゼ、もしくはアン
チテーゼとして、独り立ちしてしまう可能性だってあるのではないか。極端
な話かもしれないが、ここからアンチ・ミステリ論を展開させることだって
容易に出来てしまいそうだぞ。                   

 まさかこれとお得意の日本人論を組み合わせて、問題意識の発信を目論ん
でいるのではないよな。作品自体に左右されるわけではなく、自覚的に自作
の舵取りを行ってしまう御大なだけに、あり得ない話ではないかも。  

 さて、ミステリとしては、ほんとどうでもいい話だった。他のトリック・
メーカー達(柄刀など)なら、短編の一つか、長編のサポートにおざな
りに使うようなトリックがただ一つ。その、もう見えきっている小粒トリッ
クに辿り着く”だけ”に、何百枚か費やす作品。           

 その”だけ”を読ませる作品。”いい話”というだけの凡作。低め6点

  

1/27 螺鈿迷宮 海堂尊 角川書店

 
 なるほど、そういうことか。医学ミステリというジャンルに当て嵌めよう
としていた、自分の方が間違っていたのだ。             

 舞台なんだね。それは単純に舞台に過ぎなかったんだ。病院という舞台で
のエンタメ。SFやミステリやファンタジーは道具立てみたいなもの。いわ
ばライトノベルの方法論と同じだったんだね。            

 だから「医学」だからとか、「ミステリ」だからとか、そういう頭言葉で
何らかの批判めいたことを書こうとも、作者にとっちゃあそんなことは、痛
くも痒くもないんだよってなとこだろう。              

 それと同時に、キャラクタの描き方ももっと開き直ったものになってきて
しまった。相変わらず立ちまくった人物ばかりで、愉しませてはくれるのだ
が、氷姫を代表として、ラノベ感覚に近付きすぎてしまった感がある。 

 ラノベの手法を積極的に取り入れた、ジャンルミックスな病院エンタメ。
これが海堂尊の小説を私なりに読み解いた結果である。        

 全くの誤読なのかもしれないが、たとえそうでも私がそのことを知るのは
きっともうないだろう。本作は二作目よりはずっと楽しめたが、病院エンタ
メをこれから先も読みたいとは思えないから。            

 なかなか楽しませてもらったよ、病院エンタメ。でも、これでおさらば。
ミステリとして数えるべきかどうか微妙だが、採点は
6点。      

  

1/28 まりなミステリーファイル(全4巻) 白虎丸 ぶんか社

 
 97年から99年にかけて刊行されたミステリ・コミック。作者はエロ漫
画家なので、その手のシーンも盛り沢山。なにせ探偵役のまりな先生自体、
感じることにより桃色の脳細胞(!)が活性化し、推理がひらめいてしまう
という設定なのだ。                        

 そういうHなお話だと、オツムも軽めの薄っぺらさを予感させられるのだ
が、これが実は思いのほか良かった。個々の事件も本格的だし、ここまでき
っちりミステリしてるとは意外なくらい。              

 犯人当てとして充分挑戦するに値する作品集だと思う。読みながら推理し
ていて、犯人は大抵当たったが、決して単純ではないぞ。       

 特徴的なのは、バカミス的仕掛けが存分に施されていること。ある程度の
ミステリを読み込んだ読者でなければ、きっと何度かあっと言わされること
だろう。様々なパターンの仕込みは、驚くべき程だ。バカミス収集家であれ
ば、入手する価値のある作品だと私は思う。             

 そんなパターン自体も含めて、既存作品のトリックの焼き直しも多いのだ
が、そのままでなく自分のものに消化しているので、好感度は損なわない。
かえって作者のミステリへの精通度が伺えて、気持ちいいくらいだ。  

 ベスト・エピソードは「そして誰もいなくなった」的展開の「幽霊屋敷殺
人事件」かな。続いてはストーリーの歪み度と消失トリックの面白味で「神
隠し殺人事件」を選択。第三位はとあるロジックが坂口安吾を彷彿とさせる
「心霊写真殺人事件」としよう。この作品はまた冒頭の展開がとんでもない
のだ。シリーズ展開さえぶっ壊すのも、一種のバカミス精神か。    

 7点がいいとこだろうけど、埋もれ度・発掘度を加算して、採点は8点

  

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