ホーム創作日記

 

11/2 死の相続 セオドア・ロスコー 原書房

 
 うひゃひゃ、こりゃたまらん。怪作じゃあ〜。バカミスじゃあ〜。  

 奇妙な遺言に操られるように、二十四時間以内に次々と死んでいく相続人
達。もの凄いハイペース。しかもこの館を離れてはいけないという条件。つ
まりはタイム・リミット・クローズド・サークル・館ミステリなのだ! 

 そういう中盤を過ぎた頃に、驚くべきおバカでホラーな展開が。ゾンビに
率いられた暴動が起きて、その鎮圧のために警官隊が全員館を退去しちゃっ
たよ。ミステリ作家がクローズド・サークルを好む要件の一つに、”警察の
介入を排除出来る”ってのがあると思うが、まさかこんな斬新な手があった
とはね(笑)。ハイチという舞台設定には、こんな必然性があったのか!

(いや、まぁ、実際はそういう作者の意図はなかったと思うんだけどね)

 それにしても、怪奇趣味に耽溺したカーだって、ここまでの作品は流石に
そうはないぞ。このゾンビ騒動のホラー展開に突入してからは、こりゃあミ
ステリじゃないんじゃないかと、強い不安感に捕らわれたほどだ。   

 しかし、これがまたきっちりと理に落ちた解決編が待ってるんだなぁ。密
室もこんな真っ当な(?)トリックが飛び出してくるとはね。思ったほど不
可能状況が強調されているわけではなかったから、さらっとあっけない解決
が待ってるかと思いきや、かなり思い切った、基本形ともいうべきトリック
がブラック・ユーモアを伴って、見事に飛びだしてきたよ。      

 これがこの時代に。そう、驚くことに本書は1935年の作品。「そして
誰もいなくなった」風の展開なのに、それ(39年)より前なんだよ。 

「読者を奈落に突き落とす」「驚天の仕掛け」のある「超弩級の密室ミステ
リ」。宣伝文句に偽り無し。バカミス・ファン必読の怪作。本格ミステリ、
バンザイ! バカミス、バンザイ! 採点は文句無く
8点!      

  

11/6 グラックの卵 浅倉久志編 国書刊行会

 
 ナンセンスSFとしては、冒頭の「見よ、かの巨鳥を!」が最高! これ
だけの爆発力のあるバカSFはそうはない。着想はおバカで、スケールは極
大。究極のホラ話の一つに数え上げてもいいだろう。         

 これだけで読む価値充分。続く作品達もことごとく面白くて、こりゃ最高
の短編集かもと期待したが、中盤以降は今一乗り切れなかったのが残念。

 たとえばどうもピンと来なかったのが、本書中一番長い中編「マスタース
ンと社員たち」。ミステリ・ファンにとっては、あの爆笑の大傑作「見えな
いグリーン」で有名なスラディックの作品。いかにもモンティ・パイソン的
で自分好みそうなのになぁ。脳天気感が足りなかったせいかな。    

 脳天気感と云えば酔っぱらい万歳!な「バーボン湖」もいいが、その酔い
が醒めた後、自分の作り出した機械の正体を追い求める「ギャラハー・プラ
ス」が、これまた最高。「酔ってる間だけ天才科学者」という着想から、幾
つものナンセンスを一つにまとめ上げていく、愉しさ溢れる作品。   

 この二作に「モーニエル・マサウェイの発見」を加えて、ベスト3としよ
う。ユーモア度としては全然高くないが、タイム・パラドックスの処理の方
法としては、お手本の一つに挙げていい短編だと思う。        

 後半はちょっと気分がしぼんでしまったので、ギリギリ8点を逸す7点

  

11/9 論理の蜘蛛の巣の中で 巽昌章 講談社

 
 宣伝・紹介・ガイド・感想・書評・評論……書物について書かれたものに
は、このように様々な形態がある。ネット上では主に、商業ベースが「宣伝
・紹介」、個人ベースが「感想・書評」となる。オフラインでは「ガイド」
が書物としての中心で、「評論」はそれに比較すると少数派というのが、エ
ンタテインメント系分野での一般的な分布図ではないかと思う。    

 個人的には、論のための評論は自分として得られものがあるとは思えず、
普段評論集を読むことはまずない。読んでないからただの思い込みかもしれ
ないが、笠井潔の大量死論などは特にそういうイメージを抱いている。 

 本書の位置づけはちょっと微妙で、書評(しかも時評)と評論とを兼ね備
えた作品となる。連載時点の複数の作品を評しながら、そこから共通のテー
マを導き出し論じるという体裁がユニーク。時評という縛りの中で、共通の
論点を炙り出す様は、アクロバティックでもある。          

 更に、どこまで確信的に行われているのか定かではないが、テーマ自体も
回を追う度に複層的に積み重なっていくような印象も受けた。こういう体裁
で時間的な制限もある連載であるから、どうしてもその場しのぎ的な逃げも
しがちだろうに、それを感じることもなかった。           

 しかも評論と云えば極めて難解なイメージがあるのだが、本書は難度もさ
ほど高くなく、流麗な展開と文章が、心地良い気分にすらさせてくれた。

 満足感を持って評論集が読めたのは幸せ。採点は7点としておこう。 

  

11/13 犬坊里美の冒険 島田荘司 カッパ・ノベルス

 もう、まったく御大ってば、お茶目さんなんだからぁ〜。くすくす。 

 犬坊里美という甘味料で、冤罪やら法曹界の矛盾&現状やらの社会派なテ
ーマを包んで食べさせてあげる、な作品なのだろうか? その中にこんなお
バカさんなトリックを突っ込んでくる、そんな島田荘司が大好きだ。  

 ただ自分としては、御手洗シリーズを大河ドラマ的に楽しんでいるわけで
はないので、こういうスピンオフ作品にそうは心は惹かれない。ファンとし
てのミーハー的な感覚がないと、心より楽しむことは出来ないのでは? 

 個人的な好みで云えば、里美はちょっとうざったい印象を受けてしまう。
キャピキャピの(死語か?)女子大生じゃないんだから、もう少しちゃんと
しようよと思ってしまうのは、それはそれで島荘の術中に填ってるのか?

 更に云えば、”お姉さん”的な装画がイマイチ自分のイメージとも合わな
いなぁ。イマドキな感じにしたいのかな? う〜ん、個人的には、もうちっ
とやっぱりロリ〜な感じを希望(結局、そこか?)          

 バカミスとしては楽しんだけれど、それがこのシリーズの目指す方向性と
合致しているとは思えない。たまたま今回は、ということだろう。こういう
ミスマッチ感で今後も勝負よ、ということではあるまい。採点は
6点。 

  

11/16 つばき、時跳び 梶尾真治 平凡社

 
 最近のカジシンらしく、あまり捻りのない直球のタイム・トラベル・ラブ
・ロマンス。でも、シンプルで素直な話だから、カジシン・ワールドが好き
な人には、まったりと浸れる作品かもしれない。           

 本作の着想の源には、きっと「トムは真夜中の庭で」があるのだろうな。
幽霊という導入から、時間物に流れていく物語の骨格が似ている。   

 今回の最初の展開は、作者としてはちょっと珍しいかもと思った。あっち
からこっちにやってくるというのは、そう読んだ記憶はないものなぁ。「黄
泉がえり」
もそのパターンかもしれないけど、あっちは世界(時間)のズレ
はそんなにないわけだしなぁ。                   

 まぁ、しかし、そこからはいつものペースに戻ったわけだが。やはり受け
身のみというよりは、主体的に関わっていく方がカジシンらしい。これは氏
の作品が、一様に”男目線”であることが関連しているようにも思う。 

 ロマンチックが売りの作者ではあるが、この目線は確固としてあるように
思うのだよなぁ。氏が根っからの九州男児だからってのも一因なのかな。

 たとえば本作ではヒロインの造型に、そういう要素を如実に感じてしまっ
た。男にとってあまりにも都合がいいくらいの、出来すぎの理想像。わかっ
ちゃあいるけど、だって、それでも、全面的にカジシンに同意。    

 いいじゃないか。大和撫子、理想だよ。オーソドックスで捻りもなく、優
れたアイデアが盛りこまれているわけでもない。だけど、どんなベタでも、
こんな理想像が描かれちゃったらたまらんよね。つばきさんに
7点進呈。

  

11/20 獄門塾殺人事件(上)(下)天城征丸・さとうふみや 講談社

 
 今回は期待ほどではなかったな。小技は幾つかあるとは云え、メインの大
技は見えちゃうしなぁ。(以下のリンクは、リンク先の作品のネタバレにも
なりますので、クリックする場合はどうか覚悟してお進みください)  

 しかも、この趣向に関しては決定版とも云えるあの作品ではなく(一部の
トリックの流用はあるのに)、しょうもない方のあの作品がベースになって
いるようなトリックだったからなぁ。そもそも、こんな静かそうな場所では
さすがに成立しないでしょ、とかどうしても思っちゃうし。      

 トリックだけでなく、物語としての組み立てもイマイチ。高遠も犯人の一
人も最初から示されていて、緊張感に欠け気味。漫画なんだから、怪人二十
面相や怪盗キッドみたいな変装名人属性で構わないのに。       

 せっかく金田一と明智が別々に配置されているのに、携帯で連絡が取れち
ゃうのもなんだかなぁ。別々の事件として展開して、最後に融合していくよ
うなスタイルを期待していたのに。これじゃただの一つの事件扱いなんだも
の。とてもアンテナ立ちそうもない場所なんだから、分断された状況下での
サスペンス性やネタ作りを見せて欲しかったよ。採点は
6点。     

  

11/23 12番目のカード ジェフリー・ディーヴァー 文藝春秋

 
 いやあ、ディーヴァーって本当に面白いなぁ。「魔術師」のジェット・コ
ースター並みの目眩く疾走感には劣るものの、エンタテインメントして楽し
ませてくれながらも、そこに仕込まれた意外性を産み出すテクニックの数々
には、本当に圧倒させられる。                   

 明らかに違う手法で、複数の意外性を演出するのが、凄いんだよなぁ。普
通は一つの騙しを成立させるために、話を作り込んでいくところだろうに、
複数の騙しと話とが見事に絡み合って構築されて、時限爆弾的に間を空けて
次々に炸裂していくのだもの。                   

 これだけ勿体ないくらいにアイデアを放出して、大丈夫なんだろうかと読
んでいる方が心配になるほど。しかし、「クリスマス・プレゼント」にしろ
(何せ原題がTwistedだものなぁ)、惜しみなく出してもなお溢れ出
るという才能のなせるワザなのだろうなぁ。             

 本作を惜しみなく愉しみ尽くすためには、アメリカの歴史に関するある程
度の知識があった方が良いだろう。地理とか歴史の常識に疎い私としては、
少々残念に思えたところだ。                    

 とにかく科学捜査の最先端という現代ミステリと、歴史ミステリの楽しみ
とを兼ね備え、様々な仕掛けにサスペンス、次々に飛び出す意外性と、エン
タテインメント性も文句なし。やはり
8点を進呈せざるを得まい。   

  

11/25 ボトルネック 米澤穂信 新潮社

 
 うっわぁ。きっついなぁ。こんなどんづまり。こんな作品を書くべきなの
だろうか、とすら思えてしまう。ミステリにアンチ・ミステリというジャン
ルがあるように、青春小説にアンチ青春小説があり得るなんて……   

「痛ましい」「痛々しい」、いずれも帯に書かれた言葉だが、この「痛い」
のバリエーションである言葉が、たしかに本書にはふさわしいように思う。
上手く説明できないけれど、「痛い」という直接的な表現ではなく、ニュア
ンスで拡げられた表現こそが、心情を上手く伝えられる気がする。   

 一点を突き刺す鋭い痛みではなくて、面として効いてくる衝撃のような痛
みだからなのかもしれない。そう、粒子ではなく、波の痛みだ。    

 心はどこにあるかと問われて、胸を指す人は多いだろう。では本書は胸だ
けに効くのか、いいや、きっとそんなことはないはずだ。身体の隅々まで毒
される痛み。精神的に弱っている状態で読めば、凶器ともなる作品だ。 

 好きか嫌いかと聞かれたなら、嫌いだと即答しよう。ボトルネックどころ
か、全ての逃げ道が閉ざされた、ここは袋小路だ。一切のカタルシスを完全
に放棄した作品を、私はとても「好きだ」と答えることなどできない。 

 しかし、この作品はこれで一つの到達点を示している。米澤穂信の作品の
奥底に常に流れていた、”諦観”の行き着いた果てだ。        

 これをミステリではないとは言わないけれど(謎とそれが解ける様はきっ
ちりと描かれている)、通常の順位表の中に入れないことを許して欲しい。
9点から4点まで、どの点を付けても自分を納得させることができる作品な
のだ。取りあえず現時点では、暫定的に
7点としておこう。      

  

11/28 箱の中の天国と地獄 矢野龍王 講談社ノベルス

 
 別に貶すために読んでいるわけじゃない。ソリッド・シチュエーション・
スリラーというジャンルは好きだから、読まざるを得ない気分にはさせられ
ちゃうんだよな。たとえ失望しか残らなくてもさ。          

 本作なんて明らかに「SAW」と「CUBE」を意識しまくった作品だも
のね。それがたとえ幼稚なレベルでの劣化コピーであろうと。     

 しかし、今回は設定を無理矢理正当化しようとして、無様な醜態をさらす
ということが無くて良かった。そうそう、もう”設定と展開”だけに割り切
って、辻褄をこじつけようと、逆効果の努力をしない方がいいのでは。作品
が出る毎に、余計な意味づけが落ちていって、却って受け入れやすくなる逆
説は、作者の限界性能の証明だと思うから。             

 それにしても、いつもながら、読者の上を行く智的思考を見せてくれる登
場人物は皆無。せっかく主要人物に、天才属性付けてる意味ないやん。その
くせ、幾つでも解釈可能な場面では、主催者(というより作者)の意図を正
しく選び取ってくれる。作者に忠実な、都合良く愚かな僕(しもべ)達。

 そうは言いながらも、今回はバカミスだし、最後まではっきりと真相を明
示しないという趣向は良かったかも。途中でわかっちゃったけど、だから余
計に、「……」の3行のところなんか笑えたしね。          

 不満を言えば限りはないけど、これまでの中では最も楽しめた。6点

  

11/29 ポケットは犯罪のために 浅暮三文 講談社ノベルス

 
 解説まで作中に取り入れたメタ構造がユニークな作品集。ミステリとして
自然な出来とは思わないが、まぁネタとしては喜べるのかな。芦辺拓のよう
なガッチリとした構成ではなく、どうにでもなる軽い構成だけど。   

 短編の一つ一つは軽い。飛躍した論理や設定、謎は解けても全貌が不明だ
ったり、本格志向も軽い。                     

 ちょっと日常の謎的な、それでいて非日常の物語ばかり。お手軽に読める
けど、それだけのお手軽なミステリたち。              

 表紙は下品。通勤で読むにはカバーが必須。こういう軽薄なところまで、
とにかくいろんな意味で軽い。物理的な重さまで軽い。        

 ベストはやはり「J・サーバーを読んでいた男」だろうなぁ。    

 感想もこんな軽めで。採点も軽〜く、6点でいっか、ということで。 

  

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