ホーム創作日記

 

10/3 アナザーノート 西尾維新 集英社

 
 上手いなぁ。途中までなら傑作だと思う。             

 結末付ける必要なかったら良かったのに。真相は予想出来たんだけど、そ
んなことよりも、BもLもいったい何やってんだよと、情けなくなっちゃう
幕引きに気持ちが萎えちゃったな。                 

 これってエル萌え作品じゃなかったの? だって、もともとサブタイトル
を『Lにメロメロ!』にしようと思っていたなんて、西尾維新があとがきで
書いてるくらいなのに(まぁ、これ自体は単なるネタだとしてもね)  

 しかし、これじゃあ『Lはメタメタ!』ってのがせいぜいじゃないの。い
ろんな意味で……(おっと、これは余計なお世話か)         

 これだけの情報を入手しておきながら、こういう結末にしか持って行けな
かったというのは、あまりにもLらしくなかったんじゃないのかな。ホント
に暗号解読の面白さは、意外なくらいに楽しめていただけに、もっと頭のい
い事件の収束を見せて欲しかったよ。                

 7点確実だと思っていたのに、最後に失点を重ねて、結局は6点。  

 ちなみに、どうでもいい話なんだけど、「人の名前を忘れるのが得意だと
より積極的に主張した方がよっぽど真実に近い」ってのは激しく共感。 

 私も人の名前も顔も覚えておくことが出来ないんだよなぁ。同窓会なんか
卒業アルバムでの予習が必須。現在一緒に仕事をしている人の名前すら、と
っさに出てこないこともあるほど。他人に関する認識を司る部位に、軽微だ
ろうとは思うが、異常があるのかもしれない(プチ・カミングアウト?)

  

10/4 夏の日のぶたぶた 矢崎在美 徳間デュアル文庫

 
 安定したぶたぶたシリーズ。でも長編1本だし、設定の割には今一つ葛藤
もなく、のんびりしたペースで進んで、少々物足りなかったかも。イラスト
も若干イメージと違う気がするなぁ。いつもの写真の方が好きだ。   

 基本的にぶたぶたって、「泣いちゃう〜!」ってほどの話ではないよね。
感動を盛り上げて高めていくタイプの作品なんかじゃない。作者が狙い澄ま
して、読者のツボをツンツンと突きまくるような鋭角さなんてない。  

 もっとなんだかゆる〜い、ほのぼの感が魅力の作品。じゃあ、それなりの
テンポが必要とされる短編集でなく、長編でゆったりと浸りきるのもいいん
じゃないのって、一見そう思えるのも自然だと思う。         

 でも実際長編として読んでみると、なんだか違うんだよなぁ。やはり、長
編としてがっつり読ませるためには、それなりのディテールをしっかりと描
きこむことが必要なんだと思う。                  

 これがぶたぶたのファンタジー性と合致しないのではないのかな。それな
りの描き込みを行うためには、相応のリアル感が必要とされてしまう。勿論
このシリーズは、元々がお伽噺として現実から切り離された世界観を構築す
るのではなく、限りなく日常に近い世界で、お約束として一つのファンタジ
ーをリアルに組み込んだ、結構微妙なバランスの上で成り立っている。 

 しかし作品を通じて、この双方からの距離感を上手く保つのは、やはり困
難なのだろうと思う。取りあえず成立させるためには、どうしてもぼんやり
とした作品になってしまう。かっちりとした結論を出すのではなく、そこに
いたる道筋に気付くという、そういう方向性で締める作品が多いのもそのせ
いではないだろうか。                       

 やはりこういう作風では、短編を重ねて、崩れゆく前にバランスを保ち直
すことの出来る作風が似合っているのだろう。短編集、あるいはテクニック
としてテーマを絞り込んだ連作という形で読ませて欲しいと思う。   

  

10/11 邪魅の雫 京極夏彦 講談社ノベルス

 
 長かったぁ〜。もうとにかくこの感想に尽きる。この事件にこの分量とは
ね。事件自体の魅力が薄いものだから、頁をめくらせる推進力も小さい。

 また、既刊作品が整理されたおまけの小冊子が付いているとはいえ、長期
的記憶槽欠陥人間としては、誰が誰やらそう簡単に思い出せるわけもない。
しかも視点人物が頻繁に入れ替わる上に、ミステリとしての要請上、多くの
章で意識的に主体が隠されているため、ますます混乱に拍車がかかって、読
み難いことこの上なかった。                    

 それに、京極堂の長口上に煙に巻かれてしまうものの、今回は珍しくも事
件の謎解きに関して、論理もないただの押しつけに聞こえてしまった。元来
が論理性に立脚しているわけではない京極ミステリではあるが、今回はそれ
がはっきりと弱点として表れてしまったように思う。         

 これまでの作品ではシンプルながら意外性を秘めた核が、解決に於いてま
ずは示されていたように思う。その核からの展開だから、論理がどうのこう
のと云うより、絵面として容易に受け入れられたのではないかと思うのだ。

 しかし、今回は事件自体の面白味はない癖に非常に複雑な構造になってい
て、まずはその一番広がった周囲から説明が行われていく。全体の絵面が見
えないままに、個々の事件に”説明”だけが為されていくため、「そうか、
そうか」と素直に受け入れられず、「そうか?、そうか?」と疑問を打ち出
す心の余裕があるのだ。それを打ち消してくれるほどの論理性はない。 

 最後の最後に核が立ち現れるが、時や既に遅し。もやもやと首肯いかない
気分を、一気に取り払ってはくれないよ。しかも情けないほどに”通俗”に
落ちる。これだけの事件(というより、読者にとってはこれだけの長さ)を
一体どうしてくれるんだよ、と泣きたいほどの気分になってしまった。 

 榎木津を始めとして、登場人物達の精彩にも欠ける。ミステリとしてのカ
タルシスも、物語としてのカタルシスも、いずれも薄い(本は厚いが)。シ
リーズ・ワースト作品。この記録はもう破らないで欲しいよ。採点は
6点

  

10/20 ウロボロスの純正音律 竹本健治 講談社

 
 くはぁ。バカミスだろうとは思っていたが、ほぼトンミスに近いな。確信
犯なんだけどさあ。間違ってもミステリ的な期待感で読まない方がいいだろ
う。自分なりに推理しながら読み進めるという、ミステリにありがちな読み
方は、本書では止めておいた方が身のためだと警告しておきたい。   

 とにかく一歩引いた余裕感が必要かと思う。実名フィクションにニヤニヤ
しながら、ギャグ・パロディとして楽しむのが吉。          

 本書は『黒死館殺人事件』のオマージュ作品でもあるから、陰陽道、天文
学、囲碁、音楽というペダントリーや、推理合戦に彩られている。更には古
典ミステリの見立てという要素まで加わって。もっとも、最後はそれら全て
を一気に無力化させる、とある作品になってしまうのだけどね。    

 しかし、ミステリとしての面白味がないと主張しているわけではなく、館
に秘められた数々の秘密(黒死館との繋げ方を含めて)には、謎解きの醍醐
味みが感じられるし、推理合戦も飽きず繰り返されて楽しめる。    

 但し、後者は真の解決を除いては、超絶推理がそうはないのが若干不満か
も。それでいて人情的にドライすぎるのが気になったりもするし。実名フィ
クションというのも、とかくバランスが難しいものだと思うよ。    

 そうは言っても、本書で一番楽しめたのは、この”実名”フィクションと
いう部分だったのも事実。実際の漫画自体も以前買ったものだし、そういう
現実があるだけに、どこからフィクションに浸食されているのかわからない
という、妙な緊張感みたいなものが楽しかった。知っている(つもりになっ
てる)人達が、結構なリアル感を引きずったままで、被害者になったり、野
次馬になったり、探偵になったりしてるわけだからなぁ。       

 ウロボロスを読んできた人ならば、本書の楽しみ方も既に知っているわけ
で、そういう風には楽しめるがそれ以上はあまりないかも、な作品。シリー
ズの中で一番行き当たりばったり感は少なく、それなりに構築されて書かれ
てるよねという、まとまり感はあるんだけれど。採点は
6点。     

  

10/24 シャドウ 道尾秀介 東京創元社

 
 自分が巡回するネット上の世界では、やたらと評判のいい本作だが、個人
的には圧倒的に「骸の爪」の方を買うなぁ。タイプの違う二作なので、年間
ベスト系の投票には不利かも。しかも「向日葵」まで今年の対象なんだ。

 しかし、ほんとに伏線の巧みさには感嘆する。二重三重に解釈が可能な言
い回しで、見事にミスリードを誘っている。後で思い返しても「なるほど」
と思わせる伏線ばかりで、氏のセンスが良く表れている。       

 それでも、伏線ではあるが論理とは若干ニュアンスが違うこと、ミスリー
ドに注目してみたら、個人的にはある程度の部分が読めてしまったこと、す
れ違いネタの波状攻撃というような芸の面白味(?)までには達していない
こと、この三点で「骸の爪」の方を本作より高く評価する。      

 基本的に本格としての結構で進む「骸」系と、サスペンス系の展開を示す
「向日葵」「シャドウ」とで、自分の好みが前者に偏り気味ということも、
関係しているかもしれないけどね。                 

「骸」の前作であるデビュー作はまだ未読だが、「向日葵」読んだ段階で、
こんなに次にも期待の持てる作家になるとは思えなかった。本格としてのセ
ンスが定かには見えなかったんだよなぁ。不覚を恥じるべきか。    

 そういう意味では個人的には批判の方向だった、「向日葵」の本ミス大賞
候補選出というのは、素晴らしい先見だったわけなのだろうか?    

 取りあえず良くはわからないが、色んな意味で「ごめんなさい」と言って
おくことにしよう。採点は
7点。次も伏線の妙で魅せて欲しい。    

  

10/26 赤い指 東野圭吾 講談社

 
「X」大ヒットに便乗して、似たようなシチュエーションの短編を長編化し
た商業主義作品だと、ちょっと斜め目線で読んでしまったのだが、予想を覆
すほどに良かった。号泣ミステリなどという言葉が巷で使われているが、泣
ける度合いはXよりも高い。加賀さん、カッコイイね。        

 これまた「X」以上に、本格とは呼べない作品ではあるが、事件としての
決着の後に訪れる意外性は、最後の最後まで謎の解ける快感を味合わせてく
れる。しかも感動を伴って、なのだからたまらんわな。        

 この最後の救いがあるから、本編は後味の良い読後感を与えることに成功
しているが、元の短編にはおそらくなかったものなのだろうなぁ。しかし、
そうだとすると、それってかなりイヤ〜な作品だったろうな。     

 自分が家庭を持つようになってから、親子もの・家族ものに非常に弱くな
ってしまった。両方の気持ちが分かるだけに、色んな方面から感情移入して
しまうのだ。涙腺を刺激されることもしばしば。           

 本書はあまりにも自分とはかけ離れているせいで感情移入は出来なかった
が、主人公の造型のリアルさにはしびれた。事なかれ的に何事からも逃げる
様が、完璧に描き込まれている。それが息子の性格を形成していることも、
間接的に理解できる仕組みにもなっているし、逆転を成立させる鍵であり、
伏線であるとも言えるだろう。                   

 小説としての上手さが、ミステリとしての仕掛けに、きちんと作用するよ
うになったこと。器用貧乏だった氏が、ミステリ界で最注目される存在とな
った、ひょっとしたら最大の理由なのかもしれないと思う。      

 いい作品なのだが、ミステリとしての強さはない。採点は6点。   

  

10/27 山荘の死 鮎川哲也 出版芸術社

 
 作中に「読者への挑戦」が折り込まれた作品ばかりで構成された選集。鮎
川哲也の素晴らしさを知り、ゲーム型ミステリを愛する者にとっては、面白
さが保証された作品集と言ってもいいだろう。勿論、中にはメインの作品は
大抵既読だから、今更これはって人もいるんだろうけどなぁ。     

 でも単純に並べましたよってのとはひと味違う。たとえば本書中で優越を
付けるならば、やはり歴史的名作「達也が嗤う」の素晴らしさが圧倒的だろ
う。日本の犯人当てを語るならば、「薔薇荘殺人事件」と共に欠くことを許
されざるほどの名作。ミステリ・ファン必読の傑作。         

 これを収めた作品集やアンソロジーは数あるだろうが、本書で見せてくれ
た形式が最高だろう。これに関連する資料を集め組み合わせて、作中の仕掛
けをリアル(現実)で補強するという、テクストの域を超えたメタ的趣向が
上手く再現されているのだ。う〜ん、完璧! さすが日下三蔵!    

 ということで恒例のベスト3。1位はダントツとして、2位はロジックと
して長けている「ヴィーナスの心臓」で、ここまでは迷いようもなく確定。
この他はそれぞれに不満点があるんだけどなぁ。裏をかかれるがシンプルな
「実験室の悲劇」。意外なトリックが光る「Nホテル・六〇六号室」。企み
はいいのに、ロシヤ文字が余計な「新赤髪連盟」。ワン・アイデアだけじゃ
なくて、複数のアイデアが盛り込まれたNホテルを選んでおこう。   

「達也が嗤う」の見せ方は最高だが、他のアンソロジーでも楽しめるし、総
合的に極端な凄さがあるわけでもない。採点は
7点というところだろう。

  

10/31 10ドルだって大金だ ジャック・リッチー 河出書房新社

 
 さすがに昨年度の海外物私的ベスト本「クライム・マシン」と比較すれば
それなりの差はあるのだが、それでもやっぱり楽しめる作品ばかり。元々質
の高い短編を量産しているくせに、本が出ていなかった作者。毎年の恒例に
出来るくらい、在庫豊富なんじゃないのかな。まだまだ読みたいよ。  

 解説にある「読んでいるあいだはひたすら愉しく面白く、読み終えた後に
は見事に何も残らない」という言葉が、リッチーの特徴を的確に表現してい
る。こういう決定版の表現を出されると、それ以上は蛇足になっちゃうな。

 というわけで、ここでは自分のベスト3だけ。           

 ベストはクライム・ストーリーの定番中の定番、妻殺しもののお手本とで
もいうべき作品「とっておきの場所」としたい。この手の作品にブラック・
ユーモアは切り離せない。ミスリードからオチまで、見事な手際。   

 第2位は恐るべき子供たちもの「毒薬であそぼう」とする。無邪気さと残
酷さのミックス。クライム・ストーリーの子供たちはこうでなくっちゃね。

 その他も全部楽しめる作品ばかりなんだけど、これはという強い印象を与
えてくれる感じではないなぁ。オチやユーモアや起承転結でなく、全体的な
雰囲気が好きだなぁと思わせてくれた「世界の片隅で」を選ぼう。   

 来年以降もよろしくねという思いを、ちょっぴりおまけして8点。  

  

幻影の書庫へ戻る...

  

  

inserted by FC2 system