ホーム創作日記

 

9/1 トリックスターズM 久住四季 電撃文庫

 
 今度は被害者さがし。パット・マガーに倣ったものであろうが、それがミ
ステリとしてのアクロバティックな面白さにつながっているかというと、決
してそうとは思えなかった。サスペンスとしても物足りない。     

 この程度の状況下から、それなりに意外性を引き出しているとは思うもの
の、それは驚きではないのだよなぁ。                

 ミステリとしての無理さも大いに感じられた。佐杏センセの推理は取って
付けたようだし、犯人の動機もまるで説得力無し。          

 犯行現場のロジックも単純すぎ。推理ゲームにかこつけているとはいえ、
あまりにもそのままずばりのヒントばかりでは、興が削がれてしまう。この
作品だけを読んでしまったら、とてもこの作者にはミステリ・センスはある
まいと、他の作品を手にすることはなかっただろうと思う。      

 迷うことなく四作中ダントツのワースト。採点は6点前作をベストだと
評価しただけに、この落差は残念。ちょっとペースが急ぎすぎではないのか
な。しかし、次作で「ひとまずシリーズとしても大詰めの予定」とのこと。
ここで一区切りするのもたしかにいいかもしれない。         

 しかし、まだ未登場の魔術師もいる。「ひとまず」という言葉を信じ、満
を持して再開されるのも楽しみに待てるはずだ。           

  

9/4 ポワロック氏の事件簿 迷宮のレティーシア
                    大岩正幸 新風舎

 MYSCON企画「どのミス」にて、なんと上半期第四位になった作品。
一般的なランキングでこんな順位になることはないだろう。ネットの口コミ
(という表現も変だな。ネット界における”口コミ”に相当する言葉ってあ
るのかな?)で広がる程度の狭い範囲ってことなんだろうな。     

 前作では借り物っぽさが気になったが、今回はオリジナリティも充分。余
剰のないロジックとまでは言わないが、論理性は充分だろうと思う。伏線の
処理もなかなか堂々としたものではないか。             

 児童書にしておくには勿体ないくらいの、本格的な”本格ミステリ”。

 では、各短編の短評。まずは「天空の死者」。二つの同じタイプの事件な
のに、その意味合いも処理も全く別々なものに結びつけているのが見事。

 続いての「踊り岩の謎」はハウダニットとしての巧妙さが光っている。

 最後の表題作は、映画の結末探しというアイデアで、エンタテインメント
性を高めた作品。そういう大枠の物語の中で、特殊な設定下に於ける、条件
探しというミステリを上手く絡めてきた。うん、いずれも良い作品だぞ。

 難易度も上がって、満足度も倍増。採点は躊躇無しの7点だ。    

  

9/6 顔のない敵 石持浅海 光文社カッパ・ノベルス

 
 最新の三作を除いて既読作品ばかりだったが、登場人物のつながりもあっ
て、まとめて読むと味わいが違う。収録作いずれもが、結末の処理の仕方が
石持色。最初からずっとそうだったんだね。             

 このことに関して、私は石持氏は善悪の二元化に落としたくないのではな
いかと想像している。それは「罪」と「罪をも昇華する行為」とを比較して
いるなんていう相対的なことではなく(いかに小説としてそういう描き方が
されていたとしても)、もう単純に「絶対的な悪」とか「絶対的な善」とか
を信じたくないというような、そういう絶対的なものではないかと。  

 それを一番良く象徴しているのが、この「地雷」というモチーフなのでは
ないだろうか。氏は一般的なイメージにあるように、地雷を単純な「悪」と
して捉えているだろうか? 「悪」への憤りのために、何度も繰り返し、モ
チーフとして取り上げているのだろうか?              

 私は違うと思うのだ。そうであったらきっと「利口な地雷」という作品は
書かれなかっただろうと思えるから。善悪の二元化に落とし込めない、矛盾
した象徴こそが、氏にとっての「地雷」だったのではないだろうか?  

 作品としての感想に戻ろう。短編集として見た場合、WHYの解答に意を
用いた作品が多いのが、非常に好感が持てるポイントだろう。     

 また、短編として一度に俯瞰することで、やはり議論の応酬が氏の魅力で
あることが、再確認できたのも一つの収穫かもしれない。       

 そういう意味で、ベストは「暗い箱の中で」。舞台の特殊性まで含めて、
上記した全ての要素を網羅した、氏らしさが満開の作品。第二位はロジック
の果ての意外なWHYにしびれる「銃声でなく、音楽を」を選択。第三位は
WHYにつながる味として、地雷の意味合いが逆転する指摘に面白味のある
「利口な地雷」を選択しておこう。採点はわずかに7点に届かない
6点

  

9/8 赤鬚王の呪い ポール・アルテ ハヤカワ・ポケット・ミステリ

 
 懲りまくった雰囲気作りに、意外にしょぼいトリック、というアルテの特
徴が良く表れた作品。実質上の処女作に全短編(といっても三作だが)収録
というお得感もあって、満足の一品。                

 ミステリ界のカニバリスト(だって、”人を食った話”(比喩的な意味で
ね)が得意なお方なんだもの)らしく、やっぱり最初から飛ばしてくれてい
る。デビュー作「四つの扉」のいきなりの趣向にも驚かされたが、この幻の
第一作にしてからが、いきなり人を食ってる(だから比喩的な意味でね)。

 中でも、ある意味とんでもないうっちゃりは、腰を砕く破壊力を持ってい
るもの。予想の範疇には入れておいたため、一応私の腰は守られたが。 

 とにかく雰囲気作りが抜群に上手いだけに、一見いかにもガチガチの本格
ミステリだと勘違いさせられそうになるのだが、その実「ドリフの効果音」
が似合いそうなトリックが待ち構えたりするのが、アルテなのだ。   

 真剣に真面目に本格ミステリに取り組んでいながらも、本質バカミスにな
ってしまうアルテを、敬意を込めて「天然系」と呼ばせていただこう。 

 さて、本書後半は三編で全てとなる短編だが、いずれもやはりドリフ系。
「コニャック殺人事件」はしょぼさが目立つが、「ローレライの呼び声」は
天然系の面目躍如の一発ギャグ(勿論、本人は大真面目……のはず)。 

 そして、ベストは大仕掛けの舞台コント「死者は真夜中に踊る」だろう。
小道具の使い方から、シンプルなロジックによる犯人指摘と出色の出来。

 総合的に満足のいく作品集で、採点は7点。今年も本ミス上位確実。 

  

9/12 神の仕掛けた玩具 橋元淳一郎 講談社

 
「日本ミステリの驍将」が麻耶雄嵩だと思っている私にとっては、「日本S
Fの驍将」と銘打たれているからには、手に取らざるを得ないのだ。  

 内容的には、ハードSFと奇想の融合だった。SFとして自分の好きな方
向性が三つあると思うが、そのうちの一つの方向性ど真ん中なのだ。  

 ちなみにこの方向性での最近の最右翼はイーガンだろう。残る二つの方向
性の一つが梶尾真治やジャック・フィニィに代表されるセンチメンタル・フ
ァンタジー路線。大好きな時間物の多くがここに分類される。残る一つは非
常に一般的な路線。つまりは圧倒的なエンタテインメントで読ませる路線。
アシモフを代表格として、最近ではダン・シモンズあたりが該当する。 

 脱線してしまった。本題に戻ろう。テーマはど真ん中だったのに、堅めな
文体と妙な難解さが物語性とあまりマッチせず、いまいち乗り切れなかった
なぁ。科学的・論理的な難解さであればまだしもなんだけど、観念的な難解
さに近いイメージだったのだ。                   

 意外にも物語性は豊かだったんだけどなぁ。智的なユーモア感覚もあちこ
ちをくすぐってくれる。もっとお気楽な雰囲気でこれだけの奇想を読ませて
くれたら、夢中になれるSF作家だったかもしれない。        

 読者を選ぶ作家なのかもしれないな。きっとハマる人は完璧に引き込まれ
るだろう、高いポテンシャルが感じられる。私の採点は自分との相性の問題
6点とするが、そんじょそこらのSFに物足りなさを覚えているSFファ
ンは、一度お試しされる価値はあるのではないかと思う。       

  

9/16 乱鴉の島 有栖川有栖 新潮社

 
 今年の秀作に多い、WHOやHOWやWHYなんて、ほんとどうでもいい
ように思えるくらいの、ホワットダニット型ミステリ。自らが謎解き小説に
結びつくとは思わなかったというネタを、孤島物にしてしまう力業とテクニ
ックが、いかにも作者らしい作品だろう。              

 氏の短編について、一つの核からミステリを作り上げる才能に、いつも感
心させられていたが(皮肉な含みを込めて)、そのお得意の手法を長編に対
しても最大限に発揮したのが、本書なのだろう。           

 しかしながら本書の場合、その核を除いても長編一冊が成立するだけの、
WHOもHOWもWHYも盛り込まれているのだから、充分に誠実な作品だ
と評価することも可能だ。それほどのエレガントさはなくとも、ロジック推
理が行われるのも、本格としての評価ポイントだろう。        

 でも、やっぱりこれらはお飾りというか、脇筋に思えてしまうんだよな。
こちらのインパクトが弱いと取るか、核となるWHATのインパクトに霞ん
でしまったと取るかは、読者の受け取り方次第だろうけど。      

 でもその核にしても、これだけ思わせぶりに引っ張るのだから、どんなア
クロバットが待ち構えているのやらと期待させた割には、ほんのちょっと捻
りを加えただけのストレートな方向で、拍子抜けなんだけどなぁ。   

 う〜ん、やはり違うぞ、有栖。思い付いたから書きました、をこれだけの
作品にまで仕上げられるテクニックはやはり見事だが、貴方の本筋ではない
はず。ミステリ界で生き抜ける小手技で固められた作品でなく、本格魂を丹
念に紡ぎこんだ、学生アリスを待ち望んでいる。採点は
6点。     

  

9/21 ベータ2のバラッド 若島正編 国書刊行会

 
 う〜ん、ニューウェーブ。 ……なのか? そうなんだよね?    

 元々なんだかよくわからんが新しげなもの(内容そのものよりもむしろス
タイルみたいなもの)の総称みたいなイメージがあるだけに、そういうもの
かとも思うが。でも、、明らかにラストの二作はその括りに入るものではな
いよね。きっとどこかに入れたいと温めてたネタなんだろうけど。   

 まぁ、結局良くはわからなかったが、エリスンの未読短編が読めただけで
も幸せ〜。だって自分としては、好きなSF作家を一人だけ挙げろと言われ
たら、多分ハーラン・エリスンと答えるくらい好きなんだもの。ちなみに、
二人挙げろと言われたら、もう一人はきっとアイザック・アシモフを選ぶと
思う。でもって、この二人がお互いのことを書き合っている、エッセイとか
前書きの類の抱腹絶倒さといったら…… コンビ芸としても最高!   

 実際、本書中でもエリスンの短編がベスト。エリスンお得意の途方もない
ヴィジョンではなく、比較的シンプルなアイデアではあるんだけど、やはり
相変わらず熱のこもった語り口に、力強く揺さぶられてしまう。    

 第二位はディレイニーの表題作とする。”伝説”に解釈をあてはめていく
という謎解きを、無粋にならずにSFに仕立て上げる技がお見事。   

 もう一作はベイリーの「四色問題」を選ぶ。本書中多分唯一、間違いなく
ニューウェーブだよなと納得の作品。でも、ベイリーなんだもん。難解さに
悲鳴を上げるんでなく、バカSFと見切って笑い飛ばすのが吉かと。  

 それなりに構えて楽しむ作品が多いだけに、上級者向けの作品集だろう。
ラインナップの嬉しさ度は非常に高いが、採点としては
6点かなぁ。  

  

9/23 少女探偵金田はじめの事件簿 あさりよしとお 白泉社

 
 mixiで見かけたバカミスオフ会で話題沸騰だった作品。     

 オバカではあるけれど、期待したほどバカミスの”ミス”寄りの方で、ぐ
っと来たアイデアはなかったなぁ。                 

 あさりよしとおにミステリを期待してたわけじゃないんだけど、バカミス
を愛好する人達の集まりで評判になったくらいだから、ミステリ・パロディ
系のギャグがもう少しミス寄りなのかと期待してたんだよね。被害者が実は
宇宙人、とかだとちょっと物足りない。くすりとは笑ったけど。    

 どっちかというと、ネタよりもキャラクタのはっちゃけ振りの方が、楽し
めるのかな。個人的にはスケベイス推理の(無茶苦茶や)全裸探偵より、監
察医のキャラの方がツボ。板前シェフ振りがなんとも……(笑)    

 あとがきに書かれている封じられたネタとは、フリッツ・ハアルマンを調
べてみた結果だと、カニバリズムのことらしい。しかし、これが禁じられた
だけで、作品の方向が大きく転向したって、いったい最初はどんな話にしよ
うと思っていたんやねん? だって、それが出口だったらしいんだよ。 

 大きく期待して手に取るほどの作品ではないと思うが、普通にミステリ・
パロディ・ギャグ漫画としては楽しめる。採点は
6点。        

  

9/24 Q.E.D.25巻 加藤元浩 講談社

 
「宇宙大戦争」は気分転換の悪ふざけユーモア篇。キャラクタ物として、肩
の力抜いて楽しむのが妥当なところだろう。             

 で、今回のメイン。前後編で一見気合いの入ったメインの「パラレル」だ
が、色んな点で無理ありすぎで弱ってしまった。得意の論理パズル系の解き
味が、”行き過ぎ”てしまった悪例だろうと思う。          

 これに関しては、ネタバレにて詳しく語っておこう。        

 作品自体のポテンシャルとしては、一見高そうだったのになぁ。上手く説
得力を持たせられれば、傑作にもなり得る作品だっただけに、この処理では
不満足。採点は結局はいつもながらの
6点。             

 多少のブレインはいるのかも知れないが、あくまでも一人にこだわってい
る加藤元浩。もっと原案とか共作とか色々付けて貰って構わないのになぁ。
すこ〜し楽して、長〜く続けて欲しいものだ。            

 ミステリ作家とのコラボなんか実現しないものかな。たとえば推薦文を寄
せたこともある法月なんか、論理パズル系の解き味という共通点があるだけ
に、ピッタリのコンビになりそうなのになぁ。二人でロジックを練り上げた
ガチガチで究極のロジックミステリ漫画なんか、絶対読みたいぞぉ〜! 

  

9/26 ザ・ベストミステリーズ2006   
 
               日本推理作家協会編 講談社

「本格ミステリ06」の感想で苦言を吐いたが、実際に本格短編自体が奮わ
なかったのかなぁ。こちらの選集でも、やっぱりそんな感じなんだもの。

 まぁたしかに、なんだかあやふやでもやっとした気分になる作品ばかりが
選ばれる(という風に私には感じられる)推理作家協会賞なのだが、昨年は
いつにも増してのラインナップだったのではないか。         

 それでいて、いざ本集から自分でもベストを選ぼうとすると、その辺がた
しかに選考範囲に入ってくるあたり、ちょっとなんだかなぁ。     

 というわけで、なんだかしゃくなんだけど、私が選んだベストは、あせご
のまん「克美さんがいる」。肝自体は割とシンプルなワン・アイデアで、着
想が秀逸すぎるというわけでもないのだが、やはり意外性はピカイチ。 

 第二位はこれまた協会賞候補の道尾秀介「流れ星のつくり方」。「本格ミ
ステリ06」でも第一位に選んでいるので、作品感想は略。「骸の爪」で、
巧緻な本格を構築する力量を見せつけてくれた作者。この短編でも証明され
ている、意外性のセンスと合わせて、今後にも期待が高まる。     

 第三位にようやくベテラン作家を選出。連城三紀彦「白雨」。意外性に於
いては上記二作品に譲るものの、短編ミステリとしての結構、小説としての
品格、香気立つ文章、と選集中最も他を圧倒している。自分の好みを別とす
れば、これを昨年度のベスト短編に挙げてもいいと思う。       

 昨年度全体の質だろうが、期待したレベルに達してない。採点は6点

  

9/29 善意の殺人 リチャード・ハル 原書房

 
 伏せられた「被告」の名前。そういう技巧で引っ張ることが実は……。

 いやいや、何も言うますまい。ただ、これだけは言わせていただく。ハル
さん(婆さんみたいだな)、あなたもバークリー同様、お人が悪い(笑)

 う〜ん、でも、「何も言うますまい」と云っても、やっぱりちっとは言わ
せて欲しいな。だってここは、書評(感想)サイトだものね。     

 まずは、技巧が企みのために使われるというのは、非常に正しい方向性だ
ろうと思う。通常の作家、通常の作品ならば、その技巧は直接的に”企み”
に向いていることだろう。それが極めて当たり前のことなのだから。  

 だが、一部の作家、一部の作品では、更に捻った方向へと技巧が向かう場
合がある。間接的だったり、あっちと思わせて実はこっちだったり、技巧自
体が捨てネタだったり、ミスリードだったり……           

 そういう作品がそうそう爽快な、何の曇りもない青空のような読後感を与
えてくれるはずもない。まあ、そもそもミステリ自体が、そういう読後感と
は逆のベクトルを持った文学ジャンルなのかもしれないけど。     

 しかしながら、”爽快”というよりは”痛快” 皮肉さにちょっと口元を
歪めるくらいの「くっくっくっ」から、じわじわと「わっはっはっ」になだ
れ込むようなこの読後感。                     

 こんな独特の読後感を与えてくれるのが、こんな意地悪じいさん達なんだ
よなぁ。ええい、この愛すべき性悪ミステリ作家どもめ。精神的にも、人間
的にも(あくまで作品の上でだが)、チョイ悪オヤジどもに完敗&乾杯!

 悔しいくらいにいいもん読ませて貰ったな。採点は8点。今年の海外物は
いいものばかりで、投票でどれを落とせばいいのか悩みそうだよ。   

  

幻影の書庫へ戻る...

  

  

inserted by FC2 system