ホーム創作日記

 

8/2 きみがいた時間 ぼくがいく時間
 
                   梶尾真治 朝日ソノラマ
 
 書き下ろしは残念ながら表題の中編のみ。その他の三編はいずれも時間物
として傑作揃いではあるものの、既読の人にとってはコスト・パフォーマン
スは高くないだろう。未読の人にとっても「美亜へ贈る真珠」(ハヤカワ文
庫)が現役なだけに、そっちの方がお薦めだしなぁ。         

 さて、その表題作だが、残念ながら最近のカジシンらしく、単純な直球作
品。ミステリ的な工夫が盛り込まれているものの、物語としての要請上の必
然であるため、意外性を感じる人は少ないだろう。          

 リリシズムはやはりいいのだ。たしかに氏の時間物の最大の魅力はそこな
のだけど、それを支えているのは各作品に必ず盛り込まれていた、斬新なア
イデアだったと思うのだ。                     

 正直言って、時間物なんて誰にでも書ける。しかし、大抵の人は書いても
「どこかにある話」にしかならないのだ。どんなに「いい話」が書けても、
ここを一つ抜けなければ、他人に認められる作品には出来ないと思う。これ
が図抜けていたことが、氏の土台だったと思うのになぁ。       

 採点は6点。但し、この短編は同時に「クロノス・ジョウンターの伝説」
の外伝にもなっているので、その作品のファンは”買い”で問題なしだとは
思う。また、それを「クロノス」という舞台にした、キャラメルボックスの
成井豊氏との対談も載っているので、そちらのファンも是非どうぞ。  

  

8/3 溺れる人魚 島田荘司 原書房

 
 御手洗潔シリーズということでミステリを期待すると、まず間違いなく失
望する作品。島荘の言う21世紀本格からこぼれ落ちた副産物のような小品
揃いと、コアなファンのため以外の何物でもない「異邦の騎士」外伝。 

 最終話「海と毒薬」がその外伝。他の三編とは異質なのだが、人魚がモチ
ーフの一つに使われているため、一応は作品集としての体裁が整っている。
しかし、「異邦の騎士」が好きなんだぁー!、と感嘆符付きで叫びたい人以
外には、どう楽しめばいいのかよくわからないような短編。      

「人魚兵器」「耳の光る児」は、「名車交友録」の上下巻にそれぞれ収めら
れていた短編。御手洗が出てくれば何でもいいんだという人か、車が出てく
れば何でもいいんだという人しか買わない本だから(偏見?)、ミステリで
なくて全然構わないというところだろう。車も御手洗も出てくる(だけの)
医学ネタ小説。21世紀本格提唱したり、御手洗を脳科学者に設定したりす
る中で、医学に関しても色々とネタ集めされたご様子が伺える。    

 しかし、現在知られている”事実”だけでも充分異様なんだから、それを
フィクションでやられてもなぁ、という感じを受けてしまった。    

 表題作が唯一の書き下ろしで、唯一狭義のミステリと呼べる作品。そんで
もって、これまた医学ネタ。PSASというものは初めて知った。外科的な
要因であり得るんだね。このネタ自体はたしかに興味深かった。    

 しかしながら、医学ネタとミステリとは、必ずしも直結しているわけでな
く、取って付けた感もある。それにも増して、本書唯一のミステリでありな
がら、なんと探偵役は御手洗ではないのだ。             

「御手洗潔シリーズ最新作!」がこれでいいのか? せめてその後に疑問符
も付けとくとか(東スポかっての) え〜い、採点は
5点じゃ。    

  

8/4 スカーレット・スターの耀奈 梶尾真治 新潮文庫

 
 カジシンの王道中の王道「女性名入り作品」四編。きっと編集からもそう
いう要望で話が行くんだろうなぁ。                 

「黄泉帰り」以降に読んだ氏の作品はシンプルなものばかりで、特に斬新な
アイデアが欠けていることに、このところ不満を抱いていた。でも本書は元
本が94年なだけあって、充分に期待に応えてくれている。      

 極端に優れたアイデアとまでは言えないとは思うが、女性名作品に編集も
読者も求めているのは、SF(サイエンス・フィクションではなく、ここで
はセンチメンタル・ファンタジーとしよう)なのだから、その支えである土
台となり得れば充分で、その役割は充分に果たされている。      

 そして勿論、センチメンタル・ファンタジーとしての要素は、読者の期待
を満たしてくれるだろう。どれも切ないエンディングだけど、それぞれの救
いが清々しいのだ。                        

 麻綾で結んでくれるのも嬉しいよ。本書唯一の正真正銘のハッピー・エン
ド。亜眠、玲乃がある意味幻想の中に逃げてしまうのに対し、幻想を跳ね返
し、あくまでも現実の中に解を求めて成功してくれるのだから。    

 作品自体としてもこの作品が一番好きだし、作品集としてもベストの形で
締め括られていると思う。採点は
7点。               

  

8/5 タイムトラベル・ロマンス 梶尾真治 平凡社

 
 03年発行の書。副題に「時空をかける恋、物語への招待」とあるように
自身がタイムトラベル物の名手であるカジシンによる、そのジャンルの名作
を中心としたSF・ファンタジー案内書。              

 個人的にはツボが同じなだけに、ブックガイドとしてはあまり役に立たな
かった。既にチェック済みのものがほとんどなんだもの。この限られたジャ
ンルの中で、そうそう見落としの作品なんかあるはずないってことかな。

 でも、無味乾燥なガイドではなく、エッセイ形式で綴られているため、常
に共感しながら読むことが出来た。                 

 また本書後半は、SF初心者を対象としたSF入門という形式を取ってい
る。「黄泉がえり」で著者の作品を好きになったんだけど、あまりSFって
知らないという読者には、最適の内容となっている。         

 ガイドブックの役割を果たすべき本を、エッセイとしての要素で楽しんだ
だけなので、物足りなさは残る。採点は
6点。            

  

8/9 魔夢十夜 小森健太朗 原書房

 
 おお、本格ミステリ! 提示された条件の妥当性はかなり気になるところ
ではあるのだけれど、条件からの消去法によるロジック推理。久しぶりに本
格ミステリとしての様式美を見せられたような気がしたよ。      

 とはいえ、話自体はキワモノ系。某メフィスト賞を思い出してしまったの
は、絶対に私一人だけではないはずだ。               

 しかも、これって「ネヌウェンラーの密室」の続編だよ。うわあ、もう思
い出せるはずもないってば。「密室」なんて嘘付くから「騙されたぁ〜っ」
って怒った記憶あるけど、今思えばあの作品も最初からそういう作品なんだ
と思って読めば、結構楽しめる作品だったかもしれない。でも、この作品読
むために、前作から読もうなんて努力はしなくてもいい、と私は思う。 

 そしても一つ。本作のキモは、「本格ミステリ!」であるってことだけで
はないのだ。むしろ、それ以上に注目すべきは、本書が正真正銘の「バカミ
ス!」であることだろう。                     

 不可能状況の処理がいい加減だとしか思えなかったり、シリーズ化の為に
組み込まれている要素が全部興味を抱けなかったり、不満足点は幾らでも数
え上げられるのだが、バカミスと本格の両面性を評価して、採点は
7点

 最後に帯の煽り文句をもう一度。墜死体はなぜ折り重なっていたのか。

  

8/10 時の“風”に吹かれて 梶尾真治 光文社

 
 ハヤカワ文庫がカジシンの傑作選を三巻で編む際に、「ロマンチック編」
「ノスタルジー編」「ドタバタ編」と分けてきたが、それには結構納得。本
作はまさにその通り、時間物のリリカルSFに、ノスタルジーに、ハチャメ
チャと、氏の王道の魅力が全部詰まった最新作品集。         

 近頃の氏の作品には、土台となる”斬新なアイデア”が欠けていることを
ぼやいてきた私だが、本作では充分に見受けられたので満足。但し、この一
篇だけで何杯も飯が食えるような、ずば抜けた作品はない。「異形コレクシ
ョン」掲載の作品が多いためか、後味が微妙な作品も多く感じられた。 

 ハードカバーというコスト・パフォーマンスも考慮して、採点は6点

 恒例のベスト3だが、まずは表題作。リリカル度は期待ほど高くないが、
「時の“風”」というアイデアが秀逸。いろんな展開が考えられそう。 

 続いては「鉄腕アトム メルモ因子の巻」 非常に良くできているパステ
ィーシュ。「アトムの
」ってことは「科学の」ってことだな。   

 残る一作は、ノスタルジー編から「その路地へ曲がって」にしてみよう。
同じノスタルジー編の「わが愛しの口裂け女」と交換も可。      

 このところ個人的にプチ・カジシン祭り状態だったが、これにて閉幕。

  

8/13 月館の殺人 佐々木倫子&綾辻行人 IKKIコミックス

 
 口に出して読むと、なんとなく「月田家の殺人」と聞こえてしまって、ち
ょっとイヤ〜ンな感じがしてしまうんですけど〜(笑)        

 それはさておき、このコラボレーションは予想以上の出来映えだったので
はないだろうか。綾辻のトリックと佐々木倫子のギャグは、ちゃんとそれぞ
れの持ち味を発揮していたと思う。                 

 デフォルメ化されたテツ達の生態描写がまずは抜群。妙にはじけたマニア
ックな連中ってなテーマは、佐々木倫子の真骨頂だものな。飽きることなく
ギャグを連発しながらも、悪ふざけに貶めない絶妙な距離感の保ち方は、い
つもながら見事な腕前だ。グッジョブ!佐々木倫子!         

 最近は精彩を欠いている綾辻だが、こちらも本作では冴えていたと思う。
特に上巻ラストの衝撃。これを読んで下巻を読まずに済ますことの出来る人
などいまい、という最高の”引き”って奴を見せてくれたよ。     

 そして舞台は鉄道ミステリから一転、館ミステリへと。       

 ここからの展開は若干物足りなさは感じられたけど、それでもこの解決。
充分な意外性もあったと思う。それでいて意外にシンプルで、普段ミステリ
を読み慣れていない読者にも容易に受けいられる難易度になっている。
..

 しかも面白いのは、これが”館ミステリ”の名実ともに第一人者による、
”館ミステリ”の自己パロディになっていたこと。館シリーズとしてはやり
にくいだろう、
”途切れた館ミステリ”を実現させたものだったとは。 

 いやあ、お二人さん、やるねぇ〜。京極夏彦×とり・みき「美容院坂の罪
つくりの馬」
福本伸行×かわぐちかいじ「告白」などと同じく、コラボ漫
画の傑作の仲間入りだね。採点は余裕の
7点。            

  

8/14 ぶたぶたのいる場所 矢崎存美 光文社文庫

 
 これはもう安心の癒し本。                    

 ホテルマンという設定は、なるほどぶたぶたにピッタリ。バトラーという
役職名も完璧だ。ここまでなら、いつもの職業百変化ぶたぶたなんだけど、
作者のあとがきとはまた別の意味で、番外編という味わいを感じた。  

 これまでは普通に存在している様がぶたぶたの基本型だったけど、本作で
はちょっと隠れキャラ的な扱いだったと思う。            

 また”ぶたぶたに出逢うと幸せになれる”という、直接属性的な描かれ方
がされていることも、若干の違和感を感じた。このシリーズの特徴は、ぶた
ぶたに関わっていく中で、自分自身で癒しの道を見つけてしまうという、あ
くまでも間接属性にあるのだから。                 

 とはいえ作品の内容としては、過去のシリーズ作品と同じなので安心を。
「異形コレクション」に短編を提示する際に、ぶたぶたを知らない読者にも
すぐに受け入れられるよう、妖精的なラベリングをしたというわけだろう。

 そのかわり、最近の二作では”ファンタジー”が”リアル”に浸食され始
めているのが気になってたんだけど、より”ファンタジー”寄りに回帰して
良かったとも言えるのかもしれない。                

 ところで8月に徳間からもぶたぶた本が出版された。なんだか将棋の名人
戦のような様相を示しているが、大人の事情は決着しているのだろうか?

  

8/16 福家警部補の挨拶 大倉崇裕 東京創元社

 
 刑事コロンボの本歌取りとして、ここまで完成度が高ければ充分だろう。
それはわかっちゃあいるのだが、ないものねだりしたい余地が沢山。  

 まずはやはり解説にも触れられているが、主役の存在感が薄い。後半の二
作では犯人の職業に合わせて、カルトでマニアックな映画好き、とんでもな
く酒に強い、などの個性が順に付加されていってるが、どうせそうするのな
ら、最初から一話に必ず一つ入れるくらいの根性が欲しかった。    

 コロンボの漠として滲むユーモア感、古畑のとぼけながらも畳みかけるユ
ーモア感、やはりそういう要素はもっともっと望まれる。徐々にという心積
もりかもしれないが、最初にある程度の型を作っておいて欲しかったのだ。

 福家が登場した途端に圧倒的優位に立ってしまうのも、作品としての緊迫
感を損なうようで、どうも頂けない。致命的ではないものの、かなり重大な
ミスが最初から示されてしまうのだもの。序盤、即終盤という印象を受けて
じわじわと外堀を埋めていく緊張感が味わえないのだ。        

 倒叙物ではあるが、最後に読者の目からも隠されていた決定的な手掛かり
が提示されるのは、本格の趣があって良い。だけど、ちょっと読者の推理の
余地が薄いように思えるなぁ。二話目の「いつから疑っていたか」の回答な
んか見事なのだが、文章からもたしかに読み取れないことはないものの、さ
すがにあれだけではちょっと苦しいように思う。           

 全般的に、もっと個性とユーモア感をプラスして、映像で見てみたい作品
だった。見ることが出来れば、推理の余地がある手掛かりが多かったもの。
おっと、ひょっとして映像化に誘い込もうという深謀遠慮なのか?   

 発展する余地が大いに残されている。今回はまだ6点とさせて貰おう。

  

8/18 奇術師の密室 リチャード・マシスン 扶桑社ミステリー文庫

 
 大技の意外性ってのはないんだが、全編に渡って目眩くどんでんの連続。
読む「探偵スルース」ってな感じかな〜。              

 ああ〜、もう楽しかったよぉ〜! 一つ一つのパターンが多少読めたとし
ても、これだけ数珠繋ぎに次から次へと、くるりんくるるんくりりんぱとひ
っくり返っていったら、もうそのうち翻弄されてしまうのは必至。   

 映画「ワイルド・シングス」のように、転がり過ぎちゃって、もうどうで
もいい!、というような境地に至ってしまうかもしれないけど、それもそれ
で楽しんじゃえってな、軽いノリで乗っかっちゃうのがお薦め。    

 しかも奇術師で密室なんだよ。ミステリ・ファンならば、きっとそそられ
るはず。まぁたしかに、この密室は密室トリックの密室ではなく、密室で密
会というような密室ではあるんだけどね。でも、トリックだって満載。まぁ
たしかに、このトリックもミステリのトリックではなく、マジックのトリッ
クではあるんだけどね。                      

 だけど、ミステリファンならきっと楽しめる二幕の密室劇。舞台装置はマ
ジックルームだけで充分。一部屋だけど、無尽蔵の可能性がある部屋。 

 ほんのわずかの登場人物。でも、これだって可能性は一つきりじゃない。
騙し騙され、化かし化かされ、誰が誰を誰と誰の誰に誰から誰なんだぁー!

 視点のユニークさも光る。一人称だけど、これはある意味神の視点でもあ
る。外に連れ出せば、神に目隠しも出来るってわけ。一人称と三人称のいい
とこ取りを出来るこのシステムは、意外に使い勝手が良いぞぉ〜。   

 ホント”愉しい”という言葉がぴったりの作品。採点は8点だーい! 

  

8/23 トーキョー・プリズン 柳広司 角川書店

 
 エンタテインメントとしては一流品。でも、ミステリとしてはダメダメ。

 提示される問題意識、生き方の信念やそれを押し曲げる闇(たとえば悪意
や戦争)など、ミステリにそういうものを求めるストーリー重視派の人には
素晴らしい読み物だと思う。                    

 私自身が本書の読み方を間違っているのだ。謎解き重視型の頭を切り換え
ぬまま、本書に向かってしまった。事件を中心に、WHOやHOWやWHY
を当てはめてしまったのだ。                    

 この観点から本書を見た場合、決して優れたものとは言えまい。作中の事
件のみを取り出してミステリとして読み解けば、意図と結果がちぐはぐで、
犯行方法も無理筋。動機の説明も不十分で、犯人の必然性に至る道筋は読者
には開かれていない。本格ミステリとしてのカタルシスは全く与えられない
と言っても、決して言い過ぎではないと思う。            

 しかし、本書の真骨頂はそんなところにはないのだ。事件の更に先にある
ひっくり返しにすらないのだ、多分。                

 だって、ここで描かれているのは、WHOやHOWやWHYを完全にねじ
伏せる”何か”だと思うから。誰に責任があったのか、どのようにしてこう
なったのか、何故そうしてしまうのか、答がないことこそ”真実”だと思え
たのだ。記憶の後先が見せた光景の違いにもそれが語られているのだと。

 色々な意味で読者を裏切る本書だが、幸いなことにラストシーンだけは救
いを見せてくれたよ。読み方を間違えた私の採点は
6点。       

  

8/27 チーム・バチスタの栄光 海堂尊 宝島社

 
 専門知識がないなどミステリとしてはどうでもいい作品だったが、とにか
くエンタテインメントとしての面白さが圧倒的。白鳥のみならず、脇役に至
るまでキャラクタが立ちまくっている。               

 なにせ本書の大半は聞き取り調査なのだ。あまつさえ前半の聞き取り調査
と後半の聞き取り調査は、聞き取り対象が変わっているわけでもない。こん
な構成を取っているにも関わらず、全く間延びせず、またかという思いも抱
かせぬまま、無茶苦茶面白く読ませてくれるのだもの。        

 格別な文体であるわけでもない。ひとえにこれはキャラクタが皆生き生き
としているからだろう。かなりの後半にしか登場しないらしい、噂の白鳥の
登場まで退屈させられるかと危惧したら、全くの杞憂だったよ。    

 それだけでなく、政治的手腕って奴をここまで嫌みを感じさせずに、魅せ
てくれたことにも驚いた。企業小説(ってジャンルあり?)なんて読まない
から、権謀術数ってのに私が慣れてないせいかもしれないけど。でも院長の
老練な手練手管は、身震いするようなぞわぞわ感が逆に快感に思えたし、主
人公の最後の見せ場などは、ストレートに痛快な快感だったよ。    

 これはスパイ物の権謀術数とは全く異質なもので、日常の社会生活に根差
しているのがたまらないんだよね。それでいて横山秀夫の描く組織で展開さ
れる、いじましさとかドロドロとした妄執が醸し出す不快感が全く感じられ
いのだ。うちの上司連中にもこんなテクニックが欲しいくらいだよ。 

 ミステリとして、が最重要な評価ポイントであるはずのここなのに、今回
は陥落させられてしまったな。採点は
7点を献上したい。       

  

8/30 千一夜の館の殺人 芦辺拓 カッパノベルス

 
”探偵小説”としての色彩を色濃く狙ったのだろう。あまり読んだことはな
いので定かではないが、通俗探偵小説の雰囲気が上手く表れているように思
う。だけどそれがリーダビリティーや作品としての質を高める方向に働いて
いるかというと、否定的な感触を抱いてしまった。          

 デビュー作から死体の数は多めではあったものの、本作ではあまりにも多
数の死が描かれる。それなのに(あるいはそれだからか)その一つ一つは、
人格が剥ぎ落とされた空虚な殺人に過ぎない。記号的被害者の過剰過ぎる増
産で装飾された、様々な意味で空ろな殺人劇。それが本書だ。     

 たしかにこれはまさしくそう意図されたもので、それこそが真相を示唆す
るものでもあると解釈することも出来る。おそらくそうではないかと、個人
的には思っているくらいだ。                    

 しかしだ。それでもだ。ミステリ的趣向の意図が、作品を小さく狭めてし
まう方向に働いているように思う。両方をプラスに引き上げる作品も読ませ
てくれる作者だけに、本作は決して成功作だとは思えなかったのだ。  

 千一夜の必然性も感じられなかったし、そのせいもあって館ミステリの変
奏曲は不発気味に感じられた。真相の意外性はあるにもかかわらず、芦辺氏
の凝り性が空振りに終わった作品だと思う。採点は
6点。       

  

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