ホーム創作日記

 

7/1 厭魅の如き憑くもの 三津田信三 原書房

 
 予想通り、作者のカラーとしては自分には到底合わなかった。他作品に手
を伸ばすことはないだろう。                    

 本作としてはたしかに、「おわりに」の直前の一行はなかなかの効果だと
は思う。しかしながら、既にミステリとしては、全く特異な手法ではないの
だよなぁ。この手法を中心のネタとした前例を、少なくとも二作品は挙げる
ことが出来るし、驚いたことにラノベにだって、この手法を用いた作品もあ
るくらいなのだ。それぞれの効果もほぼ同じようなものだしなぁ。   

 ありきたりのネタに成り下がってしまった性別誤認トリック同様、単純な
使い方だけではもう意味のないトリックの仲間入りを果たしそうだ。本作は
それでも上手く使いこなしていると思うが、これだけでは評価しにくい。

 また、雰囲気の肌に合わなさだけでなく、ミステリ作家としてのセンスに
も、大いに疑問が感じられた。                   

 逐一伏線を解説する割には、細かすぎるだけで「ああっ」と声を上げさせ
てはくれなかったのだ。再読してもこんなことは気付かないよという、そう
いう細かさなので、自己解説する他はないとも逆に言えるわけだ。   

 トリックであれば、作品によって凄いものが飛び出す可能性はあるが、伏
線のセンスというのはその作家特有のもの。この感覚が合わない作家は、や
はり読んでて辛いなと思ってしまう。採点は
6点。          

  

7/3 帝都衛星軌道 島田荘司 講談社

 
 作者自身の自信作ということで期待したのだがなぁ。大技系の島田節や、
魅力的な謎の島田理論を味わえる作品ではなかった。         

 これはそういう方向性の作品ではなく、冤罪や都市論など、島荘の”語り
たい”内容が集大成された作品。”語りたい”と”読みたい”にギャップの
ある、私のような読者には不向きな作品だった。           

 中編を二つに割って、その合間に中編を配置するという構造は、ミステリ
としては特に意味を為していない。ストーリー的な面白味はあるけどね。

 この合間の中編「ジャングルの虫たち」も、ミステリとしては意味のない
作品。但し詐欺の小ネタ集として、様々な手口を小説の形で読みやすく提供
してくれるため、非常に面白く読めた。ミステリさえ期待しなければ、そう
いう興味だけで小悪党の詐欺ネタとしては愉しめる。         

 それでもこれまた島荘が本当に書きたかったのは、そういう小悪などでは
なく、小悪党の末路さえ組み込んで機能してしまう、あるいは国家規模とで
も云うべき大悪(これが合法的であることが逆に、大規模な詐術であると考
えられるのだと思う)であったり、都会で生きることに疲れた人間を飲み込
む、光の世界の人間には知りようもない都会の闇だったりするのだろう。

「帝都衛星軌道」のトリックも、都市論絡みの知られざる世界が基本にある
のかと思ったら、とっても拍子抜け。これなら誘拐が行われてる段階で、警
察にはモロバレじゃないの? 私は就職以来20年間この地に住んでても、
まだ完全にお上りさん状態で、東京の地理はさっぱりわからないから仕方な
いとはいえ、この程度のことが謎として残るとは到底思えなかった。  

 島荘の全てに付いていきたいファン向けの作品かと思う。採点は6点

  

7/5 仮面幻双曲 大山誠一郎 小学館

 
 やはり大山誠一郎は、ミステリ・パズルの作り手としては、現代随一だろ
う。他の要素を排除して、純粋にパズル面のみを評価するならば、法月綸太
綾辻行人芦辺拓さえ凌駕し、麻耶雄嵩すら越えているんじゃないかと
思う。国内ミステリの歴史においても、最高峰に挙げることの出来る人なの
ではないか。このままミステリ・パズルを作り続けるとしたら、鮎川哲也
並び立てる存在にすらなり得るかも。                

 単純に良く構築された犯人当てを作ることが出来るだけではない。常にそ
の中心をアクロバティックな奇想が支えていることに驚かされるのだ。 

 さて、そういう中で、再び氏の犯人当てが登場してきた。これは大胆なる
双子ミステリの金字塔、現代版「殺しの双曲線」なのか、あるいは誰に化け
ているのか分からないという、現代版「夜歩く」なのか?       

 凄いよ、やはり。このそれほどに盛り上がりのない問題編(笑)から、こ
んな解決編が飛び出してくるなんてね。あり得ない想いの驚き。    

 この一文でも示されるように、氏の問題点はこのエンタテインメント性の
希薄さにある。最初から何度も繰り返しているように、氏の作品はミステリ
”小説”と云うよりは、小説の形式を取ったミステリ・パズルなのだ。 

 ミステリは別に後者であれば充分という立場を取っている自分としては、
これは氏に対する批判ではないし、これが欠点だとも思っていない。日和る
ことなく、このままの姿勢を貫いていって欲しい。          

 度肝を抜く奇想に支えられた純度100%の純粋本格。私は一生、大山誠
一郎に付いていくつもりだ。上半期のベスト作品。文句無しの
8点。  

  

7/6 ある日、爆弾がおちてきて 古橋秀之 電撃文庫

 
 聖司さんの書評を読んで購入したもの。              

 切なすぎない、爽やかな読後感の七つのボーイ・ミーツ・ガール物語。な
るほどという趣向があとがきで明かされるので、必ず最後に読むこと。 

 一つ一つの設定の着想が巧み。上記趣向の縛りの中で、なおかつ中心とな
るテーマはボーイ・ミーツ・ガールという基本線を動かさないまま、それぞ
れにバリエーションを与えているのは、見事な腕前だ。        

 このバリエーションにも実は二つの意味合いがあって、一つには作品自体
の雰囲気を含む、ストーリーとしてのバリエーション。もう一つはここで語
らない方がいいだろう。最後の最後で納得して欲しい。        

 優れた設定はそこまでが精一杯で、そこからの発展が難しいのが世の常で
ある。始まりがいいと、それだけに読者の期待も高まり、尻すぼみ具合に失
望するというのは、皆悲しいくらいに経験していることだろう。    

 ところがぎっちょんちょん(おお、ふと思い出した死語だ)、短編毎の締
めくくり方も実に絶妙なのだ。そのため各作品の読後感も非常に心地良い。
短編集としても、表題作で始まり、「昔、爆弾がおちてきて」で締めくくる
という呼応も心地良い(勿論、後日談ではなく、別個の作品)。    

 全般的にセンス良く、とにかく爽やかな読後感。この手のジャンルに拒否
感がなければ、非常にお薦めできる作品だろう。採点は
7点。     

  

7/10 学校を出よう!2 I─MY─ME 谷川流 電撃文庫

 
「涼宮ハルヒの憂鬱」のアニメ化の評判も良く、原作の売り上げもうなぎ登
りだと聞く、今をときめく谷川流のタイムトラベル物。        

 3日後の自分と3日前の自分が現在で鉢合わせして、コンビで事態に立ち
向かう。知ってか知らずか、現在の自分は不審な行動。        

 さぁ、三人の自分がどういうロジックで結び合うのか?       

 この解決編として、充分に納得できる内容だったと思う。簡単にネタ割れ
してしまう程の単純さではなく、かといって複雑に過ぎることもなく、読み
ながら、なるほどね、と理解できる内容。納得のロジック。      

 ラストの切なさ感もなかなかのもの。それまでの雰囲気と必ずしも一致し
ているわけでもないのだが、気持ちを盛り上げてくれる。       

 も一つ、ミステリファンもあっと驚かされるような、最後の一頁で示され
る趣向もあったりする。まぁ、伏線としては練られてはいないんだけどね。

 しかし、その相乗効果で、非常に読後感が良い。総じて、時間物が好きな
人にはお勧め出来る作品。欲を言えば、幼なじみ二人のエピソードが上手く
処理し切れていない点。ここはやはり瑕瑾かなぁ。採点は
7点。    

  

7/12 トリックスターズD 久住四季 電撃文庫

 
 がはっ、こんな手でやってくるとはっ!              

「ふ〜ん、ちょっと変わったことやってるね」と、気に留めなければひょっ
としてそれだけの作品ではあるのだけれど、このトリックって実は非常にユ
ニークな構造として分析することが可能だよ。            

 第三弾はメタ・ミステリ……というか(これでネタが割れる人はいないと
思うけど一応迷彩にしとこ)、
メタをミスリードに使用した作品というわけ
なのだ。アンリアルな設定を逆手にとって、あり得ると思った時点から、既
に罠は発動している。                       

「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」を最初に見たときの感動
を、何故だか思い出してしまったよ。学園祭という舞台、閉じこめられた世
界、一人一人消えていくストーリー展開と、むしろ想起しない方がおかしい
ってくらい似通ってはいるのか。若干ダークな雰囲気をまといながらも、ど
ちらもとびっきりの面白さと意外性を提供してくれるわけだし。    

 凄いよ、コレ。事前に少なくとも「トリスタ」(出来れば「トリL」も)
読んでないと意味はないので、これだけ読んでくれと言えないのが残念だ。

 ホント、この趣向には吃驚させられたなぁ。個人的には一作目を越えて、
シリーズのベストに推したい作品。採点は
7点。           

  

7/15 やみなべの陰謀 田中哲弥 ハヤカワ文庫JA

 
 個人的電撃文庫祭りの締めくくり。これも元本は電撃なのだ。ハヤカワで
拾われていることからもわかるように、大人のSFファンにも受け入れられ
るという評価も納得の作品。                    

 しかし、これって傑作なのか、偶然ハマっちゃったってな作品なのか、ほ
んま区別がつかんわ。最終話の謎解きで全て計算尽くのように書かれてはい
るものの、解説の大森望の言うように「まあたぶん偶然やね」ってのが真実
のような気もするもんなぁ。                    

 そういや俺って、大森望の推薦作は信用しないことに決めてるんだった。

 で、これはどうよってところなんだけど、SF史に残る傑作とは言わない
が、いやあ妙ちくりんな作品読ませてもろたわ。登場人物名がやたらと共通
する、けったいな話を幾つか読まされたと思ったら、最終話で怒濤の勢いで
それらが繋がってしまうんだからなぁ。               

 このところ続けて観たり読んだりした時間物の中では一番”変”な作品。
吉本の台本作家も勤めた作家らしく、笑いとドタバタと一握りのペーソスが
なんやようわからんうちにわやくちゃになった作品。採点は
6点。   

(この作品の感想書いてると、なんでやろか似非関西弁が一部混じって来て
しまう。副作用の恐れがあるので、用法・用量を守って服用ください) 

  

7/18 気分は名探偵 徳間書店
我孫子武丸有栖川有栖霧舎巧貫井徳郎法月綸太郎麻耶雄嵩
 
 夕刊フジにリレー連載された懸賞ミステリ6編。なかなかの難問揃いで、
挑戦する意識で読んではみたが全滅。ちゃんと根拠まで答えられないと駄目
という条件で、一回読んで後はパラパラっとめくっただけではあったものの
それでもやっぱ悔しいなぁ。                    

 しかし、リアルタイムで読んで、真剣に懸賞取りを目指したとしても、ど
れだけ当たったかわからないか。そのくらいの難易度はあっても、それぞれ
の質は結構高いものだと思うから、これから読まれる方は私のようにさくっ
と読み流したりせず、じっくりと挑戦してみてはいかがだろうか?   

 採点は充分に7点OKだと思う。それでは、それぞれの短評と順位を。

 有栖川有栖「ガラスの檻の殺人」…単純なトリック物。別解も幾らでも作
れそう。本集では唯一満足感が得られなかった作品。ダントツの最下位。

 貫井徳郎「蝶番の問題」…今年同じアイデアの短編読んではいたが、ベス
トは本作。「被害者は誰?」の続編も作ってくれそうかな。楽しみぃ〜!

 麻耶雄嵩「二つの凶器」…正統派の犯人当てで、氏ならではの捻りにも欠
ける。こういう企画にしては複雑すぎるのが難で、残念ながらの第5位。

 霧舎 巧「十五分間の出来事」…シンプルなアイデアで、この企画として
は充分な出来だと思うが、ロジックは弱いように感じる。第4位とする。

 我孫子武丸「漂流者」…人物当てにしている段階から捻りが入っているが
解決にもそのまま捻りが利いている。考えられてるよ。第3位としよう。

 法月綸太郎「ヒュドラ第十の首」…難易度も丁度いい感じで、ロジック展
開も綺麗だ。犯人当てとしての完成度はベストだろう。第2位としたい。

  

7/20 本格ミステリ06 本格ミステリ作家クラブ編
                          講談社ノベルス
 
 昨年よりも更に一層、本格としてはじり貧になっているようなセレクショ
ン。真に本格として優れた作品を選ぼうという方向性よりも、埋もれそうな
作品を発掘したり、バラエティ豊かな作品を並べ立てることに、喜びを感じ
すぎていないか?                         

 本格ミステリ大賞の候補選びと云え、最近の本格ミステリ作家クラブは、
純粋な読者からの視点と乖離し始めていないだろうか?        

 拡散風潮の中で、敢えて”本格”を冠としたこの作家集団に、個人的には
まだまだ期待感を抱いている。単なる仲良しクラブに陥ることなく、初心を
忘れぬ活動を貫いて欲しい。こんなところから言葉が届くはずもないだろう
が、問題提起の声だけは挙げさせて貰うことにしよう。        

 しかし本当に年間ベストがこれでは寂しい限り。採点は7点には遠く及ば
ない
6点。さて、では気分を変えて、恒例のベスト3を選んでみよう。 

 ベストは道尾秀介「流れ星のつくり方」 これを今年の”本格”のベスト
としてしまうことには抵抗感はあるのだが、やはり作品としての完成度はピ
カイチ。本格自体がミスリードとも化す意外性が、ストンと腑に落ちる。

 第2位は黒田研二「コインロッカーから始まる物語」 長編としては本格
以外の方向性を模索している氏だが、その反動か「川」収録作といい、今年
の短編は本格の切れ味が鋭い。本作はビジュアル効果抜群の秀作だ。  

 第3位はかなり悩んだが、小説としては該当作無し。連作中の一編は他の
作品との絡みの方が重要だし、他分野から頑張って引っ張ってきた作品は、
そういう分野で”本格”的な作品という域を超えるものとは思えなかった。
プロパーによる作品も一定レベルを越えるパワーが感じられない。代わりに
あやつりテーマを論じた、小森健太朗の評論を第3位に推しておく。  

  

7/21 コミカル・ミステリー・ツアー4 いしいひさいち
                         創元推理文庫
 
 ミステリファンにとっては、いしいひさいちの定番中の定番。ホームズ・
ネタがほぼ消えて、副題も路線変更。元本を読んだことないものが多いが、
なんとなく想像するのもまた楽しいものだ。             

 前作に続いて今回も、単独の作品として「すげ〜、面白え〜」ってわけで
もなかったけど、アレンジ振りはなるほどと上手さが感じられる。これだけ
のネタが書けるってことは、やはり全部読んでるんだろうなぁ。驚異的。

 では、このシリーズはベスト5を選ぶという恒例に則って。     

第一位:「イニシエーション・ラブ」                
踏み込んだネタとミスリードのテクニック。最終コマの注意書き上手すぎ。

「廃屋の幽霊」…コマの構図の妙技。ページをめくった際の大ゴマの衝撃。

「ギブソン」…典型的なパロディだと思うが、余りにも見事にハマってる。

「藁の楯」…なるほど、と納得させられてしまう解決策にびっくりだ(笑)

「半身」…典型的でシンプルなオチだけど、それだけにスマートに面白い。

 ここに示したように、今回は題名がオリジナルのまま。題名のもじり方も
一つの芸のはずだったのになぁ。それやこれやで、採点は
6点。    

 前作では初出誌が六誌も掲載されてて、中でも「おりがみ」ってのに驚い
たりしたが、今回主要二誌に続いては「…ほか」って、アンタ(笑)  

  

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