ホーム創作日記

 

6/1 ぼくのメジャースプーン 辻村深月 講談社ノベルス

 
 最初から物語としての焦点は、ただ一点に収束することが示されている。
目指す先がそこだけだったため、物語としては充分であっても、ベストでは
ないなという印象を受けたのが残念。                

 たとえばこの問題に対する答でコンテストをやったら、ここで提示された
ものよりは遙かにいい答が幾らでも出てくるよな、と思えて仕方がない。

 これが本格ミステリであれば、提示された問題の解はただ一つでなければ
いけない。複数の解を暗示して終わるという作品もあることにはあるが、そ
れでもやはりそれは、あらかじめ作者によって用意された解であることには
間違いあるまい。                         

 本格ミステリという前提条件を除いたとしても、やはりミステリとしては
そうであることが望ましい。                    

 本作は無数の解のうちの一つを選び出す小説である。このことをもって、
本作はミステリではないと断言はしないが、不完全さは否めないと思う。

 こういう感覚を一気に払拭させるくらいの、大きなインパクトのある解で
あったら別だが、最初に書いたようにコンテストで優勝できそうなくらい、
”充分”を充分に越えるだけの解だとも思えなかったのだ。      

 物語としてこの軸以外に膨らんだ要素もなく、採点は6点が限界である。

  

6/5 骸の爪 道尾秀介 幻冬舎

 
 霧舎米澤と、続けざまに秀作が読めた感動が消えぬうちに、またもや素
晴らしい作品と遭遇。これまた、シビれる作品だったよ。       

 本作には特記すべき大技も仕掛けもない。             

 本作には犯人の意外性すらない。                 

 こういうミステリの基本的な面白味が排除されているにも関わらず、これ
ほど本格ミステリのセンスが抜群に光る作品も珍しい。        

 霧舎作品も、米澤作品も、それなりに読者を選ぶ作品ではあろう。しかし
本作は全てのミステリファンに薦められる作品である。本年の本格ミステリ
を語るには、これは絶対に読み逃せない作品だろう。         

 とにかく伏線とその回収が素晴らしい勢いで迫ってくる。中でも特筆すべ
きはとんでもないレベルで展開される”すれ違いネタの波状攻撃”である。
現代の視点で再構築された『獄門島』の本歌取りなのかもしれない。現在の
お笑い界で私が最も評価するのはアンジャッシュだが、その最上級レベルの
ネタをミステリにおいて味わうことが出来るなんて思いもしなかったよ。

 いやあ、いったいどれだけの小技が積み重ねられているやら。昨年度の本
格ミステリ大賞に「向日葵の咲かない夏」が選ばれたのは意外な感も受けた
が、若干勇み足だったのではないだろうか。本作こそ、堂々とその名にふさ
わしい作品である。                        

 こんな作家になるなんて前作では思えなかったよ。ホラーとミステリの融
合なんて、と敬遠すべきではなかったな。またもや年間ベスト級の
8点

  

6/11 パズル・パレス(上)(下) ダン・ブラウン 角川書店

 
 おっと、すっかり新作だとばかり思ってたら、実は本作こそが処女作だっ
たのか。処女作というのは、良くも悪くもその作家の本質が現れているもの
だったりするが、本作も例外とは言えまい。             

 特殊な業界を舞台としたノンストップ蘊蓄スリラー。しかし、本作では注
目を浴びなかったことからも推測されるように、ここではまだまだ蘊蓄度数
もハラドキ(はらはらどきどき)指数も、そう高くない。       

 もう一つの氏の大きな特徴である「腰抜かすような意外性」も、意図され
ていることはわかるが、全然腰の抜けるレベルではなかった。     

 まだまだ一皮剥けていないダン・ブラウン。凡作と云うほどのものではな
く、面白いことは間違いないのだが、氏に期待するレベル(それが高すぎる
とも言えるわけだけど)には、到達できていないことは間違いない。  

 舞台が固定化されてしまったことも、一つの大きな要因なのだろうなぁ。
主人公が動き回ることで、サスペンスを展開させていくのも特徴の一つだと
思うから。それでも採点はギリギリ
7点に届いたものとしよう。    

  

6/13 殺意は必ず三度ある 東川篤哉 ジョイ・ノベルス

 
 デビュー作以来一貫して、軽妙な雰囲気のトリック小説を産み出している
作者である。でもってデビュー作以来一貫して、その凄いトリックを使いこ
なせていない印象があった。                    

 一つには氏の得意とする極めて人工的なトリックと、氏が執拗にこだわる
(というかひょっとして、本当にこういう風にしか書けないのだろうか?)
軽妙な文体と残念ながら万人受けしそうもないユーモア感とが、必ずしもマ
ッチしてはいなかったという要素も大きいと思われる。        

 妙に日常的な軽さの中に、あくまで人工的なトリックを配置しようとする
が故に、非常にアンバランスな印象を与えてしまうことが多かったのだ。

 ということで私としては、氏には二つの方向性を期待していた。人工的な
トリックを活かすならば、それに合わせて徹頭徹尾人工的なプロットで構成
した、いわゆる新本格な作品。この一つの到達点が「館島」だったと思う。

 もう一つは、そしてこれこそが最も氏にふさわしい道だと思っている、バ
カミスのプリンスとしての方向性である。現在のところ、これに最も成功し
ているのが本書である。                      

 リアルでコレやられたらたまったもんじゃないが、ユーモアミステリの中
でこそ活きるバカトリック。ただ単にそれだけでなく、トリックをそれとは
別のとある意外性で支えている構造も良かった。           

 どちらの方向性とも違う、大傑作になりそこねの「交換殺人には向かない
夜」
を除けば、狙いが最も成功している作品なのかもしれない。
7点。 

  

6/14 紙魚家崩壊 九つの謎 北村薫 講談社

 
「メフィスト」等のミステリ系雑誌に収録された作品が中心なのに、なんだ
この内容の薄さは……  一段組で、本に対する文字密度も薄いし。語り口
で読ませてくれるだけの、なんだかなぁな一冊。           

 ミステリ専門誌で、敢えて正面からのミステリを避けた作品を提供するこ
とが、洒脱な感性なのかもしれないが、個人的にはそういうのが粋だとは思
えないなぁ。無粋な感性で申し訳ないけれど。            

 今の自分にとっては、北村薫に期待する要素というのは、「私シリーズの
新作を早く読ませろ」というただの一点だけなのかもしれない。    

 印象に残る作品は、やはり「新釈おとぎばなし」だろう。語り口の面白さ
が光っている。アイデア自体はむしろ単純なんだけどね。       

 あとは「おにぎり ぎりぎり」だな。日常の謎のセルフ・パロディという
スレスレの面白味。                        

 買うほどのコスト・パフォーマンスは感じられないが、採点は一応6点

  

6/16 川に死体のある風景 東京創元社
歌野晶午黒田研二大倉崇裕佳多山大地綾辻行人有栖川有栖
 
 競作としては、ちょっと縛りがゆるくて、弱気すぎなんじゃないのと思っ
たが、これが存外の結果。縛りをクリアすることが余りにも簡単すぎるため
せめて味付けをしなくちゃと各作家、それなりのアイデアを投じる羽目にな
っているようだ。ふむふむ意外にトリッキー。            

 しかし、やはり結果オーライという感は否めない。元々自分達でテーマを
決めるというところから始まっている以上、それなりにストレスを与えるテ
ーマに挑戦して欲しかった。この物足りなさが感じられて、採点は
6点

 全体的にはテーマが単純なだけに、ミステリとしての構図の面白味にこだ
わった作品が多かったように感じられた。              

 その中でも、ベストは大きく後を引き離して黒田研二。この状況にこの構
図の着想は、強引さはあるが抜群に優れている。隠れた名品だと思う。 

 第二位は大倉崇裕。これまた構図の面白さが光っていた。第三位は歌野晶
午。アイデア自体はシンプルだが、見せ方が良く工夫されている。   

 第四位は佳多山大地。着想の逆転で見せるアイデア自体は作中でもベスト
級だったが、文章が硬く状況がわかり辛かった。気負いすぎたのかな。 

 第五位は有栖川有栖。学生アリス物だったのに、これはただのロマンチッ
クなドラマ。ロジックのない想像を、このシリーズで読ませないで欲しい。

 ワーストはダントツで綾辻行人。根拠無さ過ぎだろ。「本格」を斜めから
見過ぎて、感性を失ってしまってないのか、ちょっと心配になる。   

  

6/18 迷宮の暗殺者 デイヴィッド・アンブローズ ソニー・マガジンズ

 
 B級(笑)                           

 一言でそう言い表したい。でも、別にバカにしているわけではない。ある
程度の面白さが保証されたハリウッド超大作よりも、期待せずに見たB級映
画の傑作に出逢ったときの喜びは、一層増すことは周知のことだろう。 

 ここから三作品、誘われて初めて読書会というものに参加した際、バカミ
スとして紹介を受けた作品が続くことになる。これがまず第一弾。   

 ジェット・コースター・サスペンスの描き方、特に冒頭からのモンク・パ
ートのB級なうさん臭さは格別。結末の処理も決して上手いとは思えないの
だよなぁ。ラストの意外性で度肝を抜くタイプとすれば弱い。     

 しかし、本書の醍醐味はそこではない。中盤の爆笑シーンと来たら(笑)
第二部の驚愕の最終行から、第三部の怒濤の展開と真相(?)は、たしかに
バカミスファンならば大喜びできるに違いない。           

”アイデンティティを揺るがす”というのは、ミステリにおいては頻繁に扱
われる重要なテーマの一つではあるが、未だかつてこれほどのディープ・イ
ンパクトがあっただろうか。                    

 このミステリ史上に残る笑劇シーンを貴方は見ずにすませられるか? 

 ミステリの歴史は繰り返す。ミステリの黎明に於けるバカミスは、こうし
て新たな技術によって新たな衣で蘇ってきたのか? 採点は
7点。   

  

6/21 百番目の男 ジャック・カーリイ 文春文庫

 
 妄想(笑)                           

(笑)が欠かせない異常な妄想。サイコは恐怖や気色悪さに直結するものだ
が、これは気色悪さをサックリ突き抜けて、完璧に笑いの領域にまで足を踏
み入れてしまった作品だろう。                   

 読書会で紹介受けたバカミス第二弾。そういう意識で構えてたら、意外に
も至極真っ当なサイコ・スリラーものだと思えてしまった。基本路線自体が
そんなに異常でも、バカミスなわけでもないのだ。          

 しかしながら、犯人の動機とあの文字の意味は読めない。というより、読
める人間がいたら、それこそその人の人格疑ってしまうがな(笑)   

 人によっては若干ネタバレしかけない、危ない記述を使用してしまうこと
も多い私だが、まあ確信犯ではある。一応はギリギリの線というものは意識
して引いているつもりなのだ。                   

 しかし、本書に関しては相当なところまでは、書いてもいいんじゃないか
と思えてしまう。まぁ、自分も結構妄想は得意な方だと思うのだが(カミン
グアウト?!)、それでもこんなことまでは考えないぞ(笑) もし、これ
が読めたなんて人がいたら、貴方のことを”妄想の神”と呼ばせていただき
ます。さあ、貴方も神の領域に挑戦してみないか? 採点は
7点。   

  

6/22 地下洞 アンドリュウ・ガーヴ 早川書房

 
 うっちゃり(笑)                        

 堂々としたうっちゃりというのか、土俵際でうっちゃられたと思ったら、
スケートリンクでコースアウトの反則取られてて、ここどこだよ、みたいな
そんなアンビリーバボー感(笑)                  

 というわけで、読書会で紹介受けたバカミス最終弾。作者はあのガーヴな
のに、これはやっぱりトンデモ系。蟹工船の話読んでたら、実はそれは宇宙
船でしたというような、アンバランス感覚。             

 その前の二作はバカミス要素が含まれているという、一点豪華主義的なバ
カミスだったが、これは作品としての本質そのものがバカミスという、全体
主義的な(これは違うか?)王道のバカミス。            

 しかし、全く、あの話があんな話になるのかぁー。例えれば……(いや、
もう例えはいいから)                       

 たしかにおバカでした。当然の如く、吐き捨てるような”バカ”ではなく
”お”の付いた”おバカ”。いやいや、堪能。            

 貴方も巨匠のバカミスにうっちゃられてみないか? 採点は7点。  

  

6/23 銃とチョコレート 乙一 講談社ミステリーランド

 
 対象が子供じゃないよな、と云う作品が実は多いこの叢書だが、これはド
ンピシャ。乙一らしく素直じゃない辛口さを持ちながらも、素直に冒険心を
満たしてくれる作品だった。                    

 とにかく子供の冒険心をくすぐるガジェットが満載。「宝の地図」から始
まって、「名探偵の秘密の助手」としての活躍、と将来ミステリにはまる可
能性のある子供なら、間違いなくワクワクしてしまう展開。      

 それでいて単純な冒険物に収まらず、ミステリとしての意外性もふんだん
に折り込まれている。この驚きもまた読んでる子供達を、目眩くミステリの
世界へといざなう入り口を提供してくれているのだ。         

 この叢書の中でも、最も”ミステリと冒険物の原体験”にふさわしい作品
かもしれない。個人的な順位表では、ミステリ要素を重視した順位としてい
るが、冒険物の中では、本書と法月作品は、太田忠司「黄金蝶ひとり」を抜
く順位としたい。この二冊の順位付けが難しいところだが、本格的な仕掛け
の豊富さを買って、法月を上位とする。採点は
7点。         

ミステリーランド順位表はコチラ

 ちなみに、もしも装丁に順位を付けるならば、シリーズのベストが本書。
色遣いのセンスが素敵だと思うし、チョコレートというモチーフの活かし方
も最高、イラストの雰囲気も抜群。ただ一つだけ、お母さんはイラストにし
て欲しくなかったなぁ。読んでて想像してた雰囲気が台無し(苦笑)  

  

6/30 カンニング少女 黒田研二 文藝春秋

 
 くろけんさんイメチェン作戦(かどうかは知らない)第二弾。    

 まずはこの設定に乗りきらなさを感じる。カンニングに至る必然性があま
りにも説得力を欠いているのだ。                  

 断るまでもなく、カンニングは違反行為である。本書は別にコンゲーム小
説みたいなもんじゃない。犯罪行為が成就すれば、それだけで「わぁ〜い、
やったぁ〜」と爽快感が得られるタイプの小説ではないはずだ。    

 ここで動機に説得力がないのは致命的で、小説としてのラストがどちらに
転ぼうと、決していい味にはならないんじゃないかと思っていた。   

 しかし、嬉しいことに、この心配は杞憂だった。ラストのホロリ感が見事
に救ってくれたよね。結果的には素敵な小品になっていると思う。   

 伏線作りの上手い人というのは、一つの物事についての多重解釈を上手く
利用(作者の立場で云えば”作成”)できる人である。表から見えていたも
のを、最後の解決で巧みにその裏を示す。この能力に長けている氏は、こう
いう作品でも遺憾なく真価を発揮することが出来ている。       

 ただやはりどうも、ここまでイメチェン作戦の二作を読んだ限りでは、こ
ういう作風が本当に合っているとも思えないのだよなぁ。       

 文章力には何の問題もないとは思うのだが、キャラクタ造型に不安を感じ
る。”属性を付ける”というのが、氏のキャラクタ作成の基本なのではない
かと私は思う。ラベルが貼られていることだけでも、それなりに魅力的な人
物になってはいるのだが、顔が見えてこない気がしてしまうのは、果たして
私だけだろうか? 装丁のイラストの可愛さで結構救われてるけど。  

 イメチェン・シリーズは、氏の弱点の一つだと思う読後感の悪さを払拭し
ているが、個人的には本格にこだわったままでいて欲しい。採点は
6点

  

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