ホーム創作日記

 

5/2 地球の静止する日 レイ・ブラッドベリ他 創元SF文庫

 
 SF映画の原作を集めたアンソロジーだが、よくある定番は外してあるし
本邦初訳も多いので、貴重価値は高いかもしれない。         

 その分、映画自体もマイナー作品ばかりで、どれも見たことがないんだけ
どね。定番物だと、映画と原作の比較が容易だという魅力があるが(クラー
クの「前哨」に対する「2001年宇宙の旅」みたいな)、そういう面白さ
を味わえる人はそう多くはいないだろう。全部見てる人がいたら、きっと相
当なSF映画マニアだと思うもの。500円DVDとタイアップで出してく
れたら、まとめて6本買ってもいいのになぁ。            

 作品として一番良かったのは、福島正実編『海外SF傑作選』の中の一巻
「破滅の日」で読んだことのある「ロト」だった。高校時代にこのシリーズ
の発刊を新聞広告で見て、買い集め始めたのが懐かしい。当時はあまりにも
地味に感じられて、この作品の良さがちっとも理解できなかったが、今なら
じっくりと味わい尽くすことが出来たような気がしたよ。それはともかく、
この映画の邦題「性本能と原爆戦」って、あんまりでは(笑)     

 スタージョン「殺人ブルドーザー」も面白そうなんだけど、大量の専門用
語が理解できなくて(普通は知らないでしょ)、読んでても全く状況が伝わ
ってこなかった。これはたしかに映像で見たい作品だったよ。     

 ブラッドベリは意外なタイプのショート・ショートだったし、ハインライ
ンの撮影始末記なんて珍しいものが読めたりしたので、採点は
7点。  

  

5/9 パニックの手 ジョナサン・キャロル 創元推理文庫

 
 文庫新刊だと思って図書館に予約したら、ハードカバー版がやってきた。
以前出版済みの作品だったのか。知らなかった。           

 過去に2冊程度しか読んでない作者ではあるが、「死者の書」の雰囲気と
想像力に圧倒された記憶が残っている。他の作品に繋がる取っかかりにいい
かなと思って、まずは短編集を手にすることにした次第。       

 予想通り、個々の作品の醸し出す雰囲気はたまらない。アイデアや想像力
にはゾクゾクと来る底深さがある。展開の膨らまし方も上手い。    

 しかしながら、起承転結の"結"のパワーが、圧倒的に弱いと思えた。個人
的な嗜好としては、話としてきっちりと完結したものをこそ好む傾向を持っ
ている。いかに読んでいる途中が面白かろうと、「えっ、それで終わり?」
ってことになると、どうしても高い評価を与えることが出来ないのだ。 

 せっかくここまで面白いのになぁ、ともどかしさをも感じてしまう。おそ
らくこれは作者と私との嗜好の方向性の違いなので、この溝はきっと他の作
品でも埋まるものではないだろう。取っかかりとして手にした本だったが、
残念ながら逆の結果を生み出す羽目になったようだ。採点は
6点。   

 ところで最後に話は変わるが表題作。キャロルって名前が付くだけあって
(偏見?)、やぱし貴方もロリコンなのでしょうか?         

  

5/10 美女 連城三紀彦 集英社文庫

 
 政宗九さん大絶賛書評を読んで、古本で購入。しかし、あまりにも表紙
が恥ずかしすぎる。女性なんかはこれじゃ買い辛いだろうに。     

 恋愛(それも不倫という俗な部分)を主軸としながらも、ミステリとして
驚嘆の目を開かせる、連城三紀彦の真骨頂を示す作品集。       

 中でも、とにかく「喜劇女優」が超絶。長編小説の大傑作を読んだ後のよ
うな、「ほぉ」という溜め息が口からこぼれる。こんな趣向が成立し得るな
んて奇蹟だよ。ミステリファン必読と言っても過言ではあるまい。   

 千街氏の解説にあるように、連城短編の最大の魅力は、一気に構図を反転
させるどんでんの切れ味にある。一方、長編では「白光」に代表されるよう
に、「スライドの構図」とも云うべき、数珠繋ぎのどんでんで魅せる作品も
多い。解説の繰り返しになってしまうが、この短編は後者の手法を用いて、
なおかつ考え得ないほどの超絶テクニックを魅せてくれた傑作。    

 一方、前者の手法を用いた傑作が「夜の右側」であろう。この構図の凄み
もまさに絶品。作家が画家であるならば、恋愛という一つのモチーフにこだ
わりながらも、人々の想像を凌駕する構図で、しかも情緒に満ちた画を見せ
てくれる唯一の画家が氏なのだろう。人々はきっと必ず、二つの溜め息をも
らすのだ。その驚きに、そしてその美しさに。            

 そう、他の作品達もおそらくは例外なく、読者に対しての意外性による驚
きと、情緒に訴えかける何かを与えてくれるだろう。ミステリとしての方向
性が決して浮遊せず、モチーフに絡まり揺れる。やはり希有な作家だ。 

 こんな作品集だとは知らなかった。採点は年間ベスト級の8点。   

  

5/12 どんでん返し 笹沢左保 祥伝社文庫

 
 笹沢左保の代表作の一つにも数えられる作品なのだが、これはやはり読み
時をすっかり逃してしまったようだ。同時代にほぼリアルタイムで触れるべ
き作品集だったように思う。                    

 一つには、自分自身がすれっからしの読者になってしまったことが挙げら
れるだろう。全て会話文で成り立っている作品であるが故に、登場人物は極
端に限定されてしまう。パターン認識が如くに先を読んでしまう、嫌な大人
になったものだ。                         

 もう一つには、時代性があるのかもしれない。「新本格」という名称は綾
辻以降の専売特許ではない。実はこの笹沢左保が一時代前にそう呼ばれてい
たことがある。日本に於いては(我々が望むところの)本格が枯渇していた
時代に、この作家が登場してきたわけだ。              

 渇きを癒すような作品を次々に送り出してくれた作者。そういう流れの中
で、こういうテクニックにまみれた作品というのは、ミステリ冬の時代の推
理小説(社会派を中心としたそれら現実派の作品)と対極をなすものとして
好意的に受け入れられたというわけなのかもしれない。        

 ミステリとは、読者が逆マゾヒスティックなジレンマに悩まされる文学で
ある。当てようとしながら読んでいるのに、当たることがちっとも嬉しくな
いのだもの。痛みのはずが嬉しさにつながるのではなく、嬉しさのはずが痛
みにつながってしまう。そんな哀しみを感じた。採点は
6点。     

  

5/13  横山秀夫 徳間文庫

 
 警察小説として一流、ドラマとしても一流、ミステリとしても一流。それ
なのに横山秀夫としては物足りないと感じさせるのだから、氏の短編に関し
ての期待度がよっぽど高くなっているのだろうか。          

 氏の長編に関してはそれほど評価は出来ないが、短編集に関してはハズレ
がないのが氏の凄いところである。冒頭に書いたように、これまでのミステ
リとしての常識を打ち破るくらいの、斬新な警察小説となっている。そこで
展開されるドラマは、出世欲と自己保身の醜悪な様相という、基本路線に対
する好きずきはあるだろうが、読み応えある娯楽作になっている。   

 それだけでも充分凄いことなのに、これがまた本格としてのセンスすら図
抜けていたりするわけだ。こういう二つの様相が両立している横山秀夫の短
編集、これが面白くないわけがないのだ。              

 本作はこれまでの短編集の中では、ミステリとしては最も薄味である。婦
警が主人公であることがその理由なのかとも思ったが、そうとも言えまい。
警察小説とは云っても、「臨場」を除いては、直接的に犯罪に関わることの
少ない部署ばかりを扱っているのだから、直接的な原因とは思えないのだ。

 作中ではやはりミステリ要素の最も濃い「心の銃口」が一番の出来。「訣
別の春」「共犯者」でベスト3とするが、意外性がそれほど強く感じられる
ものでもない。短編集としては初めて、採点は
6点とする。      

  

5/16 出口のない部屋 岸田るり子 東京創元社

 
 作中作がそれ自体ではちっとも面白くもなんともない点を除けば、なるほ
どユニークな構成となっている。エピローグでの集約はお見事。いやいや、
こんなに綺麗にまとまるなんて思ってなかったから、何も考えずに(伏線を
拾おうとせずに)読めて幸福だったよ。               

 相変わらず無理っぽさはそこここににじんではいるものの、「形式として
の本格」にこだわらずにすむストーリーにしたためか、一作目よりものびの
びと描けているのではないだろうか。                

 しかし、それにしても、この人どうして無理にトリック使おうとしてしま
うのだろう? この作品にそんな無理からなネタ詰め込む必要なんて全く無
いのに。完全にそこだけ浮いてしまってるよ。            

 トリックがないとミステリじゃない、というような極端に時代錯誤な思い
こみに突き動かされてるんじゃないかと思えてしまうよ。大丈夫だよ、この
素晴らしい構成だけで、充分以上にミステリになってるんだから。   

 というより、そもそも本格に固執する必要のある作風とも思えない。中途
半端に本格に色気を出さずに、広義のミステリとして味のある作風を目指し
た方が、きっと美しい作品を産み出せる作家だと思うのだ。      

 採点は6点とはするが、この構成の妙は一読の価値はあると思う。  

  

5/20 Q.E.D.24巻 加藤元浩 講談社

 
 10巻以降はちょっと低迷していたが、20巻以降はかなり復調している
と思う。本巻もなかなかに満足できる仕上がりだった。7点というわけには
いかないが、充分に満足できるレベルの
6点。            

 このシリーズはいかにもストレートなミステリという印象があるかもしれ
ないが、個人的には結構カーブだったり、フォークだったりするあたりが、
好きな所以だったりする。ミステリの本質とは微妙にずれたところに、大き
な魅力が隠れてたりするんだな。                  

 それは、かっちりと構成されたミステリってのとは真逆な「目から鱗な着
想」だったり、本筋がレッド・ヘリングだったのかとも思えるくらい「ちょ
っと横合いからの意外性」だったりするのだ。            

 最初の「クリスマスイブイブ」は後者の色合いが強い。本筋とちょっとず
れたあたりで上手い仕掛けを見せたり、意外なところに伏線をきっちりと仕
込んでくる、このシリーズらしい作品だろう。            

 クリスマスな雰囲気で、あったかく包み込んだ処理もグッジョブだ。 

 二作目の「罪と罰」は前者の着想力と後者の横合いを上手い具合に噛み合
わせて、横からというより、後ろから読者の頭を殴りつける作品。   

 こんな油断をついたパターンも持ってくるあたりも、上手いじゃないか、
畜生め。ニコニコしながら悪態をつきたくなる作品なんだよ。     

  

5/22 島崎警部のアリバイ事件簿 天城一 日本評論社

 
 各種アンソロジーでの天城一のイメージは、個人的には”奇想”が最も強
いものだった。本集は前半鉄道ミステリ短編ということで、地に足の付いた
トリックが主体となっている。どうも読んでいてやはり、天城一を読んでい
るという、ダイナミックな愉しみが感じられないのだな。       

 後半もアイデアを技術的に分析すれば、狙い定めて書かれていることがわ
かるのだが、作品としてはどうも読み難い。いかにも大学教授の書いたミス
テリなんだな。しかも数学の。                   

”証明のようなミステリ”なんだよ。作中のロジックの話ではなくて、作品
自体が数学の証明みたいなものに思えるんだ。余計な要素はこそぎ落として
全体の流れとして、最終の結論(大抵はトリックだ)に向かって、ただひた
すらにうねっていくだけなのだ。                  

 マニア向けのガチガチトリック小説。エンタテインメント性には明らかに
欠けている。勿論、奇想ミステリ好きの人間にとっては、これだけまとめて
天城一が読めるという、ただそれだけで嬉しがる他はない。それはわかる。
しかし、いったい何故一般の読書家にこんなに評価されてるんだろ?  

 いやいや、「このミス」での順位を基準として、”一般の読書家”を測ろ
うとしていること自体が間違いなんだろうね、きっと。なんだかあれがミス
テリ界の現在の傾向を示している、物差しの一つだなんて何げに思ってたり
もしてたけど、やっぱりそれが錯覚だってことを証明してるのかな?  

 作品自体よりも、読めた満足感を評価して、採点は7点。      

  

5/24 終末のフール 伊坂幸太郎 集英社

 
 ほんとに読みながらずっと、この世界にいたいような気にさせてくれた。
まもなく終末を迎える世界だというのにね。なんだかミステリ色が薄まれば
薄まるほど、伊坂幸太郎に惹かれていくような気がするよ。      

 そして、やっぱり、と言っていいのかな。伊坂幸太郎の本質は異世界ファ
ンタジーなんだよ。作品を重ねる度に、ますます確信を持ってしまう。 

 扱っている内容としてはそう思うんだけど、じゃあそれを外から見たら、
どう見えるんだろ? 勿論、自分は文学者でもないし、普段純文学を読むこ
ともない。一介の偏ったミステリ者から見た印象論に過ぎないんだけど。

 彼の作品は純文学ともエンタメとも違う。もっと自由で飄々としている。
肩を揺さぶられることはない。声高に叫ぶこともしない。       

 前に出てくる文学ではなく、後ろに逃げていく文学。        

 だからある意味とらえどころがないのだろう。作品として向かい合うこと
が出来ないから。でも、楽は楽なんだよね。向かい合って真摯に受け止める
必要もなく、ただ付いていけばいいだけだから。           

 既にこのサイトで扱うべきかどうか、微妙な線になってきている気もする
が、取りあえずしばらく様子見で扱っていくことにしよう。作品によっては
採点対象外にするかもしれないけどね。本作の心地よさは氏の作品中でも、
ベスト・クラスに感じた。ランク対象外だが、採点は
7点としたい。  

  

5/26 名探偵はどこにいる 霧舎巧 原書房

 
 いやあ、いいなぁ。この外伝シリーズ、やっぱりいいよ。最近は買う本は
極端に絞っていたため、ハードカバーに躊躇して図書館本にしたのは弱気す
ぎだった。霧舎様、ちゃんと買い直しましたので、どうかご容赦を。  

 一応は外伝シリーズとはなっていて、登場人物としての共通点等はあった
りするが、必ずしも前作から読む必要性はないだろう(いや勿論、前作も傑
作なので、私としては併せて読んで欲しいのだけど)。全作品を一つのクロ
ニクル上にまとめようとしている、氏の構想の一環という理解でいいのでは
ないかな。ファンにとってのみ嬉しい試みだけどね。         

 ミステリとしてのタイプも全然違っている。今回は明らかな仕掛けはない
し、王道の本格というものとも違う。いったい何が起きているのかという、
ホワットダニット型ミステリ。前作と比べて、ミステリ的な派手さはないん
だけれど、すっきり綺麗に解決されている。鮮やかだと思う。     

 外伝シリーズとして共通なのは、この爽やかな読後感だろう。霧舎を嫌う
人の多くは、氏のラブコメの描き方に嫌悪感を抱いているのではないかと思
う。たしかに《あかずの扉》の最大の問題点はそこだと私も思う。   

 でも、このシリーズは違うんだよ。妙ちくりんなコメディに堕とさず、描
きたいのは”純愛”なのだから。そういうものもこっぱずかしい思いがして
ダメという人にまでは、敢えて薦めはしないけど。          

 でも、自分としては清々しい気持ちになることが出来た。年間ベスト・ク
ラスの
8点を進呈。霧舎のラブコメが嫌で避けている人、この外伝シリーズ
や、小説世界を飛び出す仕掛けで毎回ワクワクさせてくれる霧舎学園シリー
ズを読まないなんて、勿体ないことかもしれないよ。         

  

5/30 夏期限定トロピカルパフェ事件
                   米澤穂信 創元推理文庫

 前作を米澤ワースト作品と称した私だけど、これは一転、米澤ベスト作品
に推してもいいかも、という素晴らしい出来映え。これもまた霧舎作品同様
ホワットダニット型のミステリ。それほど多いタイプの作品ではないだけに
続けざまにこういう秀作が読めるのは嬉しい限り。          

 巧妙に張り巡らされた伏線と、それを解きほぐす論理。捻れを秘めながら
も、いずれも美しい。昨年度は「犬はどこだ」で、一般のミステリファンに
対してもその存在感を示した作者だが、ここで再びそのミステリ・センスを
証明することが出来たろう。                    

 また、ラノベ界からミステリ界への、切り込みの先陣の一人である氏とし
て、ラノベの最重要要素とも云うべき”キャラクタ”を、見事に密接にミス
テリに結びつけたのが、これまた賞賛すべき功労ではないかと思う。前作で
の不満を一気に解消してくれたよ。                 

 これまた年間ベスト級の8点を進呈。しかし、二作目でこれをやってしま
うと、一体次はどんな手段が取れるのか? 今から『秋』が楽しみだ。 

 べた褒めしたロジックだが、一点だけ個人的には疑問を持ったところがあ
るので、それに関してはネタバレにて書いておくことにしよう。    

  

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