ホーム創作日記

 

4/3 びっくり館の殺人 綾辻行人 講談社ミステリーランド

 
 正統な館シリーズ最新作。この叢書でそれをやってのけるとは、洒落てる
じゃないかってことで購入決定。この叢書は全部読んでいる私だが、実は購
入して読んだのはわずか3作のみ(「神様ゲーム」「くらのかみ」「虹果て
村の秘密」
)。これが見事に、自分の順位表で1位〜3位を占める作品にな
っている。このジンクスを今回も期待したのだが……         

 さすがにここで館シリーズは無理があったか。ワン・アイデアだけの処理
なので、かつてこどもだったおともだちにとっては、ちょっと物足りない感
があるだろう。今の子供達にとっても、将来館シリーズに辿り着いた際に、
懐かしく思い出されるほど印象的な作品にもなっていないのでは?   

 ある人物の動向や締めくくり方など、これ一作では収まり切れていない雰
囲気が残るのも、気になるところ。別の作品で補完を試みるほどの内容では
ないだろうしね。これを”余韻”として捉えるかどうか、作者と私の間には
埋めようのない見解(感性か?)の相違がありそうだ。でも、こういう結末
を好む人は多いのだろうとも思う。私の方が少数派かも?       

 すっきりと理に落ちないシリーズになってきているのは、新本格から多様
性に拡散してきているミステリの現状を象徴しているようにも、ミステリや
ホラーといったジャンルにおける、作者自身の立ち位置を象徴しているよう
にも思える。おそらくそういった流れを踏まえての、作者の好みの変遷をも
反映しているのではないだろうか。                 

 順位表上位食い込みならず、ジンクス空しく終焉。期待倒れの6点。 

  

4/4 間違いの悲劇 エラリー・クイーン 創元推理文庫

 
 短編の方はあまりピンと来るものがなかったのだが、長編梗概の方は予想
を遙かに上回る出来映え。新しい方の動機はさっぱり理解できなかったもの
の、二転三転するプロットには驚かされた。完成していれば、クイーン後期
としては充分に良作に数えられていたのではないかと思う。      

 しかもクイーンの創作の秘密の一端を知ることが出来たのだもの。これは
クイーンの作品に少なからぬ影響を受け、愛着を持っているミステリファン
にとっては、大きな贈り物になったのではないだろうか。古典を読む、とい
う時期を過ごしたことのあるものにとっては、それはきっと”大多数の”と
表現してもいいくらいなんじゃないかと思う。少なくともそのうちミステリ
の構成要素に”ロジック”を挙げる本格ミステリファンならば、まず間違い
なくクイーンの洗礼を受けているはずだから。            

 二人の役割分担など、暗黙には判明しているものの、正式には謎として公
開されてはいないものだとこれまで信じていた。こうして証拠となるような
梗概が読めるなんて思ってなかったなぁ。              

 しかもこれがここまで詳細で、小説としての形すら取っているものだった
なんてね。誰かが小説化したものを読むよりも、このままで充分にOKだっ
たよ。というか、ここまで書けるんなら、ダネイだけでも充分に書けたんじ
ゃないのかな?                          

 岡嶋二人解散後の徳山諄一のように、実力はあってもやはり臆して(とい
うのは私の勝手なの想像だが)書けなくなってしまうのかな。氏もジグソー
パズル小説発表しただけで、あとは完全に沈黙しちゃったよなぁ。   

 秘密にも触れられ、内容としても楽しめた作品。8点がふさわしい。 

  

4/7 the TEAM 井上夢人 集英社

 
 おお、なんだか久しぶりに岡嶋二人時代が帰ってきたような連作だなぁ。
彼らのお得意だった軽妙洒脱な連作ミステリを思い出させてくれたよ。ライ
ト・ミステリ(という言葉は似合わないくらいミステリ度は高い)に、ほの
かなユーモア感。上手いよなぁ。職人芸を堪能した気分。       

 それぞれのキャラクタも活きているし、テレビ局という舞台だし(批判的
な描き方ではあるけれど)、ミステリとしての意外性もさることながら、そ
れぞれどこか”いい話”として決着している。            

 これって連続TVドラマにピッタリじゃないのぉ?         

 一人になってからは、気が沈みがちなホラーやサイコなミステリが多かっ
た個人的イメージがあるが、これは良質なミステリでありながら、良質なエ
ンタテインメント。「風が吹いたら桶屋がもうかる」でも似たような感想を
書いているが、作品としてはこちらが上質だな。エンディングはバタバタと
折り畳まれてしまったけど、続編も期待できそうかな。        

採点は7点にしようかと悩んだが、ギリギリ決め手に欠ける6点。 

 ちなみに同時期に出版された藤岡真「白菊」が、同じようにインチキ霊能
力を扱ってるのは、ミステリ界お馴染みのシンクロニシティって奴なのか?
それともアンチ細木数子な心持ちが導いた必然なのかな?       

  

4/11 新・本格推理06 二階堂黎人編 光文社文庫

 
 今回は奇想系の作品があっても、扱いが大人しいという印象だったなぁ。
選者イチオシの稗苗仁之「螢の腕輪」も、奇想自体の面白さより、小説に仕
立てた腕前の方が良いわけだし。                  

 しかし、応募作ってわずか84篇しかないのか。常連の比率も高くなって
いるようだし、いつまで続けてくれるかわからないかもしれないなぁ。充分
な面白さは保っているとは思うんだけどね。             

 ベストは選者と同じく「螢の腕輪」だろうか。繰り返しになるが、ミステ
リのセンス云々よりも、このネタからこの作品に仕立て上げる腕前が見事。
自分の好きな作家にはならないだろうなとは思うけどね。       

 第二位は七河迦南「あやかしの家」 選評にあるように「暗黒館の殺人」
の影響が色濃く見えるものの、意外性はこちらの方が上。       

 第三位は早くプロ作家としての作品を読ませて欲しい園田修一郎「X以前
の悲劇」 あまりにもミエミエのオープニングで冷や冷やさせられたが、さ
すがにそれは見せ札でちゃんと創り込まれたネタが待っていた。    

 全体としては奇想系の薄さで、いつもの想定範囲内。採点は6点。  

  

4/17 少年は探偵を夢見る 芦辺拓 東京創元社

 
「森江春策クロニクル」ということで、少年時代から順にその後に至る話を
連ねた短編集。但し、そこはさすがの芦辺拓。連作としての趣向をきっちり
と盛り込んでいる。相変わらずの徹底した本格職人魂だ。       

 その趣向も単にミステリとしての効果を狙ったというものに留まらず、ミ
ステリに対しての問題意識をも反映したものになっているらしい。常に批評
眼を失わない、芦辺拓らしい趣向だと思う。             

 しかしながら、その意図自体は作品から直接に伝わるものではないように
思えたし、本作としてこの趣向がふさわしいものかどうかも疑問に感じる部
分もある。技術やこころざしは突き抜けたものを持っているにも関わらず、
作品として読者に訴えかける力の弱さを象徴しているようにも思う。  

 さて個々の作品についてだが、非常にまとまりよく、ミステリとして満足
感を与えてくれる作品ばかりであった。中でも、トリックのテクニックが炸
裂した「幽鬼魔荘殺人事件と13号室の謎」「時空を征服した男」の2篇が
とびきりの秀作だろう。いずれもファンタジックな状況での謎の提示と、そ
の論理的な解決で、島荘理論を体現した作品と言えるのではないか。  

 全編を貫いた趣向よりも、この各作品のレベルの高さを特に評価して、採
点は
7点としよう。これだけの質を揃えられる作家は、他には麻耶雄嵩
月綸太郎
大山誠一郎しかいないと私は思う。            

  

4/20 白菊 藤岡真 創元推理文庫

 
 作者のサイト日記をいつも読ませていただいているのだが、作者自身は
自作を「バカミス」と呼ばれたくないみたいで、私としては悲しい。個人的
には「バカミス」と呼ばれるのは、それなりの基準をクリアした作品だけに
与えられる称号、という意識なのだけどなぁ。            

 それというのも「バカミス」という言葉が、複数のタイプをひっくるめて
使用されているせいなのではないだろうか。特に作者の意図とは無関係に、
読者の目から見て明らかにバカなトンデモ系の作品を、バカミスと一括りに
してしまうところに問題があるのだと思う。個人的にはこういう系統は「ト
ンミス」として、「バカミス」とは別物として扱うことにしている。  

 これらを同じく「バカミス」として称するから、と学会の一員でもある氏
にとっては、抵抗感が大きいのではないだろうか?          

 さてそれを踏まえて本作だが、自分の感覚だとこれはバカミスとはちと違
う。超能力を巡る部分は境界線上だけど、そこで本作を評価できるわけでは
ないだろう。                           

 本作は作者らしい多重構造の仕掛けが決まった作品。しかし、その一つ一
つは「おっ」とは思うものの「おおぉ〜っ」ってのとは違うなぁ。前作に引
き続いて強烈さには欠けるが(あくまで氏への期待レベルに対しての話)、
それでもやはりここまでやってくれればなぁ。ギリギリだけど
7点。  

 しかし、寡作家だと思っていたら、「半年に一作というハイペースで書き
まくる作家」だったとは。をを、「あまりのバカミスのために(中略)なか
なか出版にまで持ち込めない」という、そういう作品達を読ませてくれ!

  

4/27 砂漠 伊坂幸太郎 実業之日本社

 
 現在、最も直木賞に近い男、伊坂孝太郎。彼の描いた本書は、これこそ青
春小説。どこがどういいのか説明し辛いのだが、いいよね、やっぱ。  

 きっといろんな切り口から語ることが出来るだろう。本書からはいろんな
要素を選び取ることが出来るだろう。でも、それらを”語る言葉”にしてし
まっては、総てが上滑りしそうに思えるのだ。            

 それだけ軽いタッチなんだよね。彼のスタンスには重力があまり感じられ
ないのだ。だから、なんらかの語る言葉をもって、地に引き留めようとして
も、どうやっても成功しそうもないのだ。              

「魔王」の書評で私は、伊坂幸太郎の本質は異世界ファンタジーなのではな
いかと書いた。現実が完全に下敷きになっている本作にあっても、やはりこ
れは”お伽噺”なのだと思う。そして、現実でありながら異世界であるから
こそ、この世界をずっと感じていたいと思わせてくれるのだと。    

 著者インタビューで、─「こんな小説、読んだことない」と驚きを与えた
いというのは、ほかの伊坂さんの作品にも共通する狙いですね。─と聞かれ
て、彼はこう答えている。                     

「そうですね……。やっぱり、読者の方に、ぼくの小説を選んで読んでもら
う理由が欲しい。(中略)これは伊坂幸太郎的だよね、と思われるものを書
きたいんですよ。」と。                      

 他の誰かが書けなくもないはずだとも思えるくせに、それでも本書もたし
かに伊坂孝太郎だよね。もう本書はミステリではない。このサイトで扱うべ
きかどうか微妙なところ。同列には論じられないので、採点も放棄したい。

  

4/30 怪盗グリフィン、絶体絶命
            法月綸太郎 講談社ミステリーランド
 
 MYSCONの企画で、今年第一四半期の傑作を選ぶ「どのミス」にて
ぶっちぎりのトップとなったのが本作。              

 このようにネット界では特に評判のいい本作だが、たしかにこれは痛快
に愉しめる作品だった。対象が子供じゃないよな、と云う作品が実は多い
この叢書だが、今年は珍しく乙一「銃とチョコレート」と共に、ど真ん中
の子供向けと言っても作品が続いている。             

 しかしながら子供向け属性の高い作品は、冒険系の作品に偏っているの
が、個人的にはちょっと残念。第一回、第二回と是非子供にも読ませたい
ミステリとしての秀作(「くらのかみ」「虹果て村の秘密」)が生まれた
のに、そこからはミステリ作品はあまりパッとしないよなぁ。ミステリと
しては良くても、子供には読ませたくない作品ならあるけど。    

 本作は冒険小説、怪盗小説というよりも、スパイ小説への手引きに持っ
てこいではないのかな。このワクワクドキドキ感や、権謀術数の面白さを
心の奥底で忘れないでいてくれたら、いつか何かで導かれるように、スパ
イ小説に手を伸ばすことがあるかもしれないと思わせてくれたよ。  

 但し、それもスパイ小説が死んでなければの話なんだけどね。僕らはま
だ”戦争を知らない子供たち”ではなかったんだと思う。当然ながら直接
の経験はなくても、戦争の可能性はまだ感じられる要素があった。  

 でも、冷戦が終結した現在、湾岸戦争やテロや北朝鮮の脅威は、世界大
戦とは一つ違うレベルでの話に思えるものね。本当の意味で”戦争を知ら
ない子供たち”が、今続々と誕生しているのだ。そういう子達がどれだけ
リアルに(たとえそれがフィクション上でのリアルだとしても)、スパイ
小説を受け止めることが出来るのかなぁ?             

 ノリリンはもっと直球のド本格で来るかと思っていたが、それを残念と
は思わせないくらい、この系統で読ませてくれるなんてね。採点は
7点!
ミステリーランド順位表でも、第5位の作品としたい。       

  

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