ホーム創作日記

 

11/1 マジックの心理トリック 吉村達也 角川ONEテーマ21

 
(周辺書なので詳述せず、以下は、日記と完全に同じ内容になっています)

 作者はミステリ作家の吉村達也。マジック・マニアだったらしい。  

 題名や帯のあおりを読む限りは、「どうやって観客はマジシャンに騙され
てしまうのか」というのを、ミステリ作家の視点で分析した本、としか思え
ないよね。そういう謎解き系の興味で手にすると失望する。      

 これは作者があとがきで書いてるように、「このところ空前の大ブームに
なっているクロースアップ・マジックが、何故人々の心を惹き付けたのか」
をまとめた本なのである。                     

 研究書ではなく、エッセイの感覚で読んだ方が良い。        

  

11/4 さあ、気ちがいになりなさい
 
              フレドリック・ブラウン 早川書房

 異色作家短編集の装い新たな復刊。既刊18巻のうち、アンソロジー「壜
づめの女房」を除いて、代わりにアメリカ篇、イギリス篇、世界篇という、
新たに編纂したアンソロジーを加えた20巻構成となる。       

 ただこの判型で¥2100はちょっと高いかな。「一角獣・多角獣」など
古書価の高い作品の復刊と考えれば、感謝すべきことだろうけど。出来れば
文庫化だったらなぁと思うが、商売上の判断だろうから仕方ないか。  

 本作はその第一回配本。一度読むとはまってしまう作家というものはある
が、その中でもフレドリック・ブラウンの吸引力は図抜けていると私は思っ
ている。SF者が集まって自己のルーツを語ると、必ず名前が挙げられるん
じゃないかと思う作家だ。作品集の数も適度というのもいいのかも。  

 本作はそういうはまったことのある人なら読んだ作品ばかりで物足りない
が、馴染みの薄い方は選り抜きの面白さを味わうことが出来るだろう。ブラ
ウン初心者の方には本作でもいいが、ショートショート集「未来世界から来
た男」、ミステリ・ファン向けには「真っ白な嘘」も断然にお薦め。  

 さて恒例のベスト3は、ブラウンのベスト作だと思う「沈黙と叫び」に、
「帽子の手品」「ユーディの原理」を選択。2位以下はその日の気分で変わ
ってしまうくらいの僅差。作品のレベルは高いが、これでしか読めない作品
がないのは物足りない。その点を差し引いても、
8点は上げたい。   

  

11/6 Q.E.D.22巻 加藤元浩 講談社

 
 まぁ、いつもの出来映えの
6点。相変わらず、ちょっと横合いからの意外
性がそれぞれに盛り込んであるあたり、読ませてくれるものになっている。

 まずは「春の小川」 ほとんどの真相部分は、誰もが予想できるものでは
あるのだが、それだけでは終わらせず、更にもう一、二段設けてある。但し
ホラーがかっていたりして、焦点が曖昧になってしまった印象。    

 ミステリとして一番面白いのは”見えない”トリックなのだが、オープニ
ングでのフリの割には雑。もっと生かし方を考えて欲しかったな。   

 次の「ベネチアン迷宮」は、アランの進展話。キャラクタがメインになる
ためか、トリックはぞんざい。身代金受け渡しトリックはあまりにも単純す
ぎて、手抜きし過ぎのような。ネタのメインは別の箇所にあるのだが。 

 こんな映像トリックを隠しているとはね。でも、こんなの気付く読者なん
ていないって。これはさすがにサービスが足りないのでは? あとで悔しく
思えるくらいに、堂々と強調して描いて欲しかったなぁ。フェアプレイ!

  

11/7 震度0(ゼロ) 横山秀夫 朝日新聞社

 
 横山秀夫を読むには短編が良い。                 

 氏の組織小説としての主なモチーフは、出世欲であり、自己保身である。
これに相反して自己矜持も描かれるが、あくまでも対立軸としての扱いにな
りがち。この醜悪な様相を延々と長編で見せつけられるのは、あまり快感に
はつながるまい。本作などは正直、苦痛だった。           

 これが短編であればミステリとしての切れ味で救われるが、余程のネタで
ないと長編は支えきれない。本作も意外な落とし所ではあるのだが、長編一
本丸ごとひっくり返すだけの力強いネタではなかった。        

 いつもの短編ならば楽しく読めた作品だと思うが、ミステリとして長編を
読む満足感は得られない。本ミスでの完全ランク外は、納得の行く結果。

 ところがこの作品、このミスでも文春でも第三位に選ばれている。広義の
ミステリとして捉える範囲では、読書好きにはこんなドロドロも意外に受け
入れられるらしい。                        

「半落ち」は横山秀夫を数作読んだ後の感覚では、どちらかといえば異色作
とも思える。保身の醜さよりも、個々人の組織人としての誇りが、中心とし
て描かれていたからだ。いわば裏から見た横山秀夫(本来はそれが表である
はずなのだけど(笑))                      

 だから、あれが受けるのは感覚的に理解できるのだが、この醜悪非快感作
品がそこまで受けるのは個人的には理解しにくいところである。    

 結論はやっぱり”横山秀夫を読むには短編が良い” 採点は6点。  

  

11/10 法月綸太郎の本格ミステリ・アンソロジー
 
                   法月綸太郎編 角川文庫

 アンソロジーなので自己のランキングの対象外だが(「新・本格推理」だ
けは全部新作なので対象としている)、昨年度の個人的ベストは本作。それ
も”圧倒的に”という言葉を追加してもいいかもしれない。      

 北村薫版、有栖川有栖版の本格ミステリ・ライブラリーも傑作揃いで楽し
かったが、本作はそれらをも超えているんじゃないかと思う。この三人の中
でもノリリンが最も”本格”に対する意識が高く、出来るだけ広くというよ
りも狭く鋭く捉えていることと、決して無縁ではないように思う。   

 特に「真犯人はきみで章」は全てが傑作。その三作(エラリー・クイーン
「ニック・ザ・ナイフ」、エドマンド・クリスピン他「誰がベイカーを殺し
たか?」、中西智明「ひとりじゃ死ねない」)に、レジナルド・ヒル「脱出
経路」を加えた4作はどれも落とせない。これだけの名作揃いなのだから、
ベスト3の制限を取っ払って、堂々とこの4作に大きく推薦印だ。   

 特に海外短編であればまだまだ埋もれた名作は見つけられそうな気がする
が、国内短編でこれだけのクラスの名作を発掘してくれた功績は大きい。し
かも嬉しいことに、中西智明が復活しそうだという話も。バカミスとしては
史上最大級の破壊力を持った「消失!」の作者。本書での短編を読んでも、
ゲーム型本格のセンスは傑出している。これは期待出来そうだぞ!   

 9点はちょっと躊躇してしまうが、軽々と迷い無く8点を付けよう。特に
遊びの本格を愛する向きには、全面的にお薦めできるアンソロジーである。

  

11/11 そして名探偵は生まれた 歌野晶午 祥伝社

 
 祥伝社文庫からの既刊2作(「生存者、一名」「館という名の楽園で」
に、書き下ろしは表題作のみ。400円文庫だからこそのコスト・パフォー
マンスだったのに、これでは台無し。                

 特に「生存者、一名」ときたら、テーマ・アンソロジーとしてまとまって
新書にもなっていたわけだから、文庫→新書→ハードカバーへと進化してし
まったことになる。少しずつ単価を下げて複数回稼ごうとする業界の中で、
非常に珍しいパターンだろう。葉桜効果狙いの下克上現象だろうな。  

 それでも唯一書き下ろしの中編が素晴らしければ報われるのだが、正直コ
レが一番詰まらない。歌野流の皮肉は楽しめるが、それだけ。トリックや仕
掛けは凡庸で、手抜きとも思えるほど。既刊2作既読の読者にとっては、典
型的な図書館本だろう。コアなファンでもない限り……以下省略。   

 本書のベストは「館」だろう。ゲーム型新本格を生きてきた作者だからこ
そ、これが生きる。大仕掛けからペーソスをも感じさせるラストへのつなが
りは、皮肉やパロディを超えた”味”を生み出している。       

 コスト対効果を考慮せず、純粋に3作とも新作として読めるならば、それ
なりに読ませてくれる作品集だとは思う。そういう意味で採点は
6点。中篇
一作のみのパフォーマンスならば、せいぜい5点がふさわしいと思う。 

  

11/14 太陽ぎらい 小泉喜美子 出版芸術社

 
 かなり渋いセレクトが魅力の出版芸術社「ふしぎ文学館」シリーズ。叢書
の名前通り、コンセプトが大きく幻想色に偏っているため、本格志向の強い
私が取り上げることは稀なのだが、作者名を見るだけで嬉しくなることが多
い。SFや幻想文学やミステリに興味ある方ならば、一度このリストを眺め
ていただければ、必ずしや心惹かれる作家や作品に巡り会えるだろう。 

 さて、そんな中でも本書はかなり貴重な部類かもしれない。日本ミステリ
史上の大傑作の一つ「弁護側の証人」ですら、現在入手困難になっていると
いうのだ。小泉喜美子が読めないなんてね。             

「洒脱」という言葉がこれほど似合う人は少ないだろう。また彼女は単なる
一つのジャンルに収まってしまう人ではなかった。そういう意味では、この
「ふしぎ文学館」というコンセプトにもピッタリはまる作家だろう。  

 本書は彼女の幻想作品集ではあるが、やはりSFやミステリとクロスする
作品が目立つ。一つ一つの作品が現在の観点で傑作と数えられるわけではな
いが、小泉喜美子が読めるというだけで、
7点を上げてしまいたい。  

  

11/16 飛蝗の農場 ジェレミー・ドロンフィールド 創元推理文庫

 
 バカミスという評判だったので、特にその要素に期待を持っていたのだが
”アレ”を持ってきただけで、意外にマトモなのではないのかな?   

 とはいえ、オープニングとエンディングの混迷度合いは、とてもマトモと
は言えないか。いきなりいろんな解釈が出来そうな、複雑な描写で描かれた
幕開けにはちょっと引いてしまった。                

 しかし、それだってラストの意味不明さに比べたら、まだましだろう。ど
う解釈しようと、まともに腑に落ちることなどあり得まい。どうあっても心
理的に納得出来る解釈などありそうもないのだ。           

 だが、それは作者の至らなさなどではない。この困惑の読後感こそ、きっ
と作者の狙い通りなのだから。そうなってしまったのではなく、そうした。
”アレ”だけではなくて、このラストの困惑も、バカミス評価の重大要素だ
としたら、個人的には本書をバカミスと評したくはないなぁ。     

 敢えて正常な解釈を許さないような、曖昧な混迷度合いで読者に強烈な印
象を与えるというテクニックと、読者の予想範囲を大きく越えることで驚愕
(時には脱力感や笑いであっても)を与えるバカミスとを、同じ尺度の中で
評価したくはないのだ。だから私にとって本書はバカミスではない。  

「どっちなんだぁ!?」という中盤のドキドキは良かったんだけど、それだ
け盛り上げる状況を作っておきながら、あっさりと片側に寄ってしまうのも
勿体ない。ここはもっと引っ張って欲しかったぞ。          

 どうも作者のテクニックとの相性が悪いようだ。採点は6点。    

  

11/18 騙し絵の檻 ジル・マゴーン 創元推理文庫

 
 個人的現代ミステリ見直しキャンペーンをやって良かった! 心からそう
思える作品と早くも出逢うことが出来た。              

 今考えてみれば、「現代」ミステリと敢えて表現していた言葉は、単に作
品の成立時期を意味していたわけではなく、古典との差違を無自覚的に前提
としていた言葉だったんじゃないかと思う。             

 日本独特のミステリは別として、欧米のミステリには既に黄金時代の一直
線の本格なんて、死に絶えたと同然の意識を抱いていたんじゃないのかな。
そういう作品なんてないのは承知で、その流れの中でどんな作品が現在を彩
っているのか、それを確かめたかったわけだ。それが自分の期待範囲だった
はずなのに、想定外の作品が登場してしまった。           

 本作は驚くほどにド本格だったのだ。現代ミステリであったが故に、あま
りにも油断していたが為に、驚くべき直球ど真ん中っぷりに唖然としてしま
った。まさかこのシチュエーションから、こんなロジックのアクロバットが
登場してしまうなんて。完全に完璧にやられてしまったよ。      

 純粋に全時代において本作が傑作たり得るかどうかは断言しかねるが、個
人的には「現代ミステリ」であること自体が、充分にレッドヘリングとして
の役割を果たしてしまった。これは傑作。採点は文句なしの
8点。   

  

11/23 女王様と私 歌野晶午 角川書店

 
 ネットでは結構評判が良いイメージがあるのだが、これホントにいい?

 たしかに小ネタはちょこちょこと利かせてはある。軽い叙述トリックを数
ヶ所に仕込んでみたり、ところどころで「おっ」と思わせてくれる。  

 そういう小手先のテクニックを別としても、リーダビリティは異様なくら
い高いと言えるだろう。オタク用語をこれでもかとちりばめながら、気色悪
さを程よく味合わせながら、先を読ませるように仕向けてくれる。「ほんっ
とに上手くなったよなぁ〜〜」としみじみ思ってしまうほど。     

 でもね、小手先はともかく、中心となるネタに関してはどうだろ? 自分
自身で「世界の終わり、あるいは始まり」という一つ究極な”形”を既に示
している中で、これでどう満足すればいいんだろ?          

 ミステリとしての骨格が自己パロディにしかなってない。トリックやネタ
は必ずオリジナリティがなくてはいけないなどとは全く思わないが、自分自
身のネタをスケールダウンして再利用されても、評価は出来ないだろう。

 リーダビリティでなんとなく誤魔化されてしまうタイプの作品。食感を楽
しむ珍味といったおもむき。採点は
6点。              

  

11/25 魔王 伊坂幸太郎 講談社

 
 今をときめく作者の異色作。いろんなことを考えていそうな作品のくせし
て、著者インタビューを読むと、意外にあんまり考えてない(笑)   

 読んでいる途中でも、これは”主張”ではなく”素材”だろうというのは
わかるし、あとがきにも書かれてはいるが、このインタビューはかなり興ざ
めかも。ここまでバカ正直に答えてくれなくてもいいのにってね。   

 というわけで、一つ一つの要素を捉えて論じてしまうと、全く見当違いの
方向に迷い込みかねない、書評家泣かせの作品なのかもしれない。   

 だから大まかに捉えてみよう。わずか3冊しか読んでないのに語るのはお
こがましいが、伊坂幸太郎の本質は異世界ファンタジーなのではないだろう
か? 勿論、剣と魔法の世界のような完全な異世界ではない。現実世界とほ
ぼ等価でありながら、それでもやっぱりどこか異質な異世界なのだ。  

 そして物語の本質はファンタジー。素材が超能力であったり、特別な存在
であったりすることが主な理由ではない。たとえ現実が完全に下敷きになっ
ていようとも、彼が描くのは”おとぎ話”なのだから。        

 こうして大まかに捉えてみると、先に本作を異色作と書いたが、実はなん
のことはない、まさしく伊坂作品の主流であることが簡単に理解できてしま
う。これは伊坂幸太郎の異世界ヒロイック・ファンタジーなのだから。 

 とはいえ自分が純文リーグとは一線を画し、ミステリのみに毒されている
せいか、評判ほどいいとは思えなかった。採点対象外の
6点とする。  

  

11/29 セリヌンティウスの舟 石持浅海 カッパ・ノベルス

 
 またしても秀作。前作に続いて、これだけ高品質の本格ミステリを産み出
してくれるなんて、デビュー当時自分の領域ではなさそうだと一線を引いて
いた、自身の判断ミスが恥ずかしい次第だ。             

 しかし、カッパワン第一世代の活躍は目覚ましい。石持氏は昨年の活躍で
本格界のエース級の仲間入りを果たしたし、成長著しい東川氏も凄い着想の
作品を見せてくれる期待度が高い。加賀美氏もまだ代表作を産みだしていな
い。欠点を克服した意欲作を見せて欲しい。残念なのは私が最も期待を寄せ
ている林氏がデビュー以来沈黙を保っていること。私が新刊を熱望するベス
ト3は、麻耶雄嵩大山誠一郎、そして林泰広なのに。        

 さて、では本作だ。これまで様々な限定条件下でのクローズド・サークル
を描き出してきた作者だが、ここではまた新たな場を創造してしまった。物
理的な障害ではない。これは心理のクローズド・サークルなのだ。   

 海や雪や壊れた橋の代わりに、「彼女が自分達を巻き添えにすることは絶
対にあり得ない」という檻が形成されているのだ。そこから抜け出そうとし
ても、決して抜け出すことは出来ない心理のクローズド・サークル。  

 この「絶対的な信頼感」という特殊な限定条件は、場を決定づけただけで
はなく、そのまま論理の素材になってしまう。この無条件な絶対性を批判す
る向きもあるようだが、心理による論理を成立させるためには必要なプロセ
スであるので、素直に前提として受け入れた方が良い。        

 そうすれば論理展開としては得心がいくのだが、例によってホワイダニッ
トに関しては心情的に納得しがたい。総合点はやはり
7点だ。     

  

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