ホーム創作日記

 

9/1 春期限定いちごタルト事件 米澤穂信 創元推理文庫

 
 気負いがないところが米澤風かもしれないが、創元推理文庫だってのにコ
レ。今は昔。もうミステリへの入り口はルパンでもホームズでもなく、古典
を読み込む人など少ない。創元推理文庫やハヤカワミステリ文庫に特別な想
いを抱く人種ってのも、どんどん少なくなってきているのだろう。   

 創元推理文庫と云っても、”日常の謎”派の緩やかな雰囲気に馴染んでい
る読者には、こういう米澤程度のラノベ度数ならば、違和感なく受け入れら
れるのだろう。                          

 ということで”小市民”シリーズの始まり。しかしこれは、あまりにも古
典部シリーズと同工異曲というか、ちょっと芸がないのではないか。雰囲気
が相通じる程度のものならともかく、人物設定の根本思想がそもそも似通っ
てる。どっちのシリーズも同一人物だって気がしてしまうほど。    

 逮捕者が出たりはするものの、ミステリっぽさの薄さも同様。ケメルマン
に敬意を表してもこの程度の話じゃあな。”薄い””緩い”という氏の特徴
が、とてもプラス方向まで持ち上げることが出来ず、マイナス方向のままで
留まってしまった凡作。消極的な米澤ワースト作品。採点は平凡6点。 

  

9/5 死神の精度 伊坂幸太郎 文藝春秋

 
 いやあ、うまいね。実にクール。今回の作品だと、村上春樹と近い雰囲気
はそれほど感じずにすんだ。それでいて現代的にかっちょいい。格好付けよ
うとするわざとらしさを一切見せない、逆にとぼけっぷりがピタリとはまっ
ているあたりが、やはりかっちょよさの所以か。           

 簡明な例を挙げれば、「ミュージック」と云う言葉の使い方のセンス。解
説するのは野暮だな。読んで貰えれば一目瞭然だろう。        

 ミステリのフィールドに留まっていることが、もはや不要ではないかと思
えてしまう。たとえば表面的には一番”ミステリ”していて、ミステリ的な
仕掛けも盛り込んである「吹雪に死神」が、作中でも一番つまらなく思えて
しまうくらいなのだから。逆にこういう作品が流れを阻害しているとすら、
思えてしまったと告白しておこう。ミステリの枠にこだわらない現代エンタ
テインメントが、きっと氏の立ち位置なのだろう。          

 何故だか推理作家協会賞を取ってしまった表題作だって、客観的に見ても
決して本書のベストの作ではない。ミステリ・プロパーの視点では氏の姿を
うまく捉えきれない、そういう構図の表れと取るのは穿ちすぎか。   

 個人的には後半になるほど良くなってきた。ベストを選ぶなら「死神対老
女」だろう。意外性も仕込んであるのだが、これを「ミステリ的仕掛け」と
いう観点で論じれば弱い。でもエンタテインメントとしては、上手く感動に
結びついて巧みだ。                        

 ミステリとして、というわけではないのだが、採点は7点としよう。 

  

9/7 痙攣的 鳥飼否宇 光文社

 
 ちょっと痙攣しました(笑) 噂には聞いていたものの、ほんとにトンで
もない作品を書く人なんだな。バカミスというよりはトンミス。トンデモ系
のニュアンスが、プンプンと濃厚に香り立つ。あまりにも癖のある味わい。

 相当に脳天気でハイな状態になっていれば「好きだぁ〜!」と叫んでしま
うかもしれない。あるいは「フフ、結構好きですよ」とニヒルに口元を歪め
るのが、お似合いの作品なのかもしれない。             

 でもゴメン。自分はダメだ、コレ。誰に謝っているのかは自分でもわから
ないが、取りあえず謝っておこう。許容範囲が年々狭くなっているのかもし
れないけど、こんな歪んで狂った作品はやっぱり許容できない。    

 歪んで狂った作品が好きな人(どんな基準だ?それ)にはお薦め。脳のど
っかのシナプスの一部がきっと痙攣できるはず。採点は6点。     

  

9/9 カーテンの陰の死 ポール・アルテ ハヤカワポケットミステリ

 
 毎年一冊のプレゼントなのだが、今年はちょっぴり期待はずれ。これまで
の翻訳作4作のうち、おそらく一般的評価を取ってみても、最もランクの低
い作品に選ばれてしまうだろうと思う。               

 下宿ものとしての雰囲気はなかなかのもの。怪奇趣味や謎の提示、読んで
る段階での不可能犯罪性などは申し分ない。             

 しかし、さすがにこのトリックは、大いに脱力ヘナヘナ系。雰囲気作りは
非常に巧みなのだが、純粋にトリック創造力のみに絞って言えば、アルテは
あまり巧みな書き手ではないのかもしれない。これからも当然読み続ける作
家なのだが、トリックの出来自体は「死が招く」を越えるものは出てこない
ような気もしてきたぞ。                      

 犯人の意外性はあるとしても、このトリックでは腰が砕けてしまう。この
薄さでコンパクトな作品だから、ずっしりとした徒労感を抱かずにすむのが
救いではあるが。                         

 と、ここで終わったら単なる駄作のレッテルを貼りたくもなるが、もう一
つ救いがある。単純にこれだけで終わらせずに、エピローグを持ってくるの
だから。この辺がさすが元マニアだよな(と、勝手に決めつけている)と思
わせてくれる。最後で持ち直しはしたが、採点は
6点だな。      

  

9/12 容疑者Xの献身 東野圭吾 文藝春秋

 
 今年私がランキング上位に挙げている作品達には、ある奇妙な共通点があ
る。例年に比べて決してレベルは高くない不毛な年であったにも関わらず、
この一点を持って長らく記憶される年になり得るかもしれない。    

 その共通点とは、                        
 「”倒叙”という仕組みを、極めて巧みに”本格”に組み入れた作品」
 ということだ。                         

 今年前半のその代表作が「扉は閉ざされたまま」であり、後半の代表作が
本書ということになる。この二作ともに、作品としての形式は、完璧に倒叙
物である。しかし前者はロジックで、そして後者はトリックで、倒叙物であ
りながら、極めてスリリングな”本格の愉悦”を付加することに成功してい
るのである。                           

 更に本作はトリック、動機、感動が密接に結びついている。私は作者から
の提示より先に気付いてしまったのだが、それでもその時に心震える思いを
したものだ。最後まで騙されたままだったら、本年度ベストに選んだかも。

 ミステリファンのみでなく、一般の文芸ファンの心をも軽々と掴み得る秀
作であることは間違いないだろう。採点は当然の
7点としよう。    

 明らかに倒叙形式を取っているのは上記2作なのだが、「神様ゲーム」
場合でも「始めに無条件に犯人が示される」という点を取ってみれば、ある
意味倒叙形式の本格への応用と捉えることも可能なのではないだろうか。

 そして「弥勒の掌」だって、ある意味、、、(フェードアウト)   

  

9/14 腕貫探偵 西澤保彦 実業之日本社

 
「本格ミステリ03」所収の作品(本作では冒頭の「腕貫探偵登場」)がな
かなかの良作だったため、その後にも期待していたのだが、この作品が頂点
で後は残念ながら尻すぼみな短編集になってしまった。        

 唐突な断片が一つ与えられて、それを元に記述者自身が謎を解く、という
基本コンセプトのままで統一できなかったのが、一番のウィーク・ポイント
だろう。                             

 たしかに繰り返すのは難しいかもしれないが、それぞれの主人公の推理は
名探偵レベル並みに高度なものが多い(冒頭の作品だって、あのヒントだけ
からよくここまで辿り着けるよなって思ったもの)。どうせそういうことな
ら、腕貫探偵自身に推理させなくても、全部記述者に割り振れなかったのだ
ろうか。西澤作品全般に感じられる作り込み不足が感じられる。    

 じっくりと育て上げて欲しかった作品なのだが。冒頭作を除いては、ベス
ト3に選びたい作品さえなかった。残念だが採点は低めの
6点。    

  

9/16 あなたが名探偵 東京創元社
泡坂妻夫、西澤保彦、小林泰三、麻耶雄嵩、法月綸太郎、芦辺拓、霞流一

 
 おじさんマークのピンバッジ欲しさに年間購読していたせいで、このうち
の大半は読了済みなのであった。当然その間は”挑戦したろうかい!”な気
分で読んだのだが、まともな正解に辿り着けたことは一度もなかった。 

 自分が解けなかったから言うわけではないのだが、解くには難しい問題ば
かりじゃないかと思う。でも、だからといって「ああ、そうか、悔しい」と
か、「そう考えれば良かったのかぁ、すっきり」とかいう気分にはなりにく
いんだな、これが。                        

 本気で頭にはちまき締めて犯人当てとして挑戦するより、短編集みたいな
気分で構えずに読んだ方がいい作品集ではないかと思う。       

 本書中で最も良く出来ているのは、小林泰三「大きな森の小さな密室」だ
ろう。「本格ミステリ05」に選ばれていたのも納得。作者の凝り性振りが
よく表れている芦辺拓「読者よ欺かれておくれ」と、これまた完成度がなか
なかの西澤保彦「お弁当ぐるぐる」でベスト3としよう。まっとうすぎる犯
人当てだったため、麻耶雄嵩「ヘリオスの神像」は次点止まりとする。 

 こうして一作一作を取り上げると、そう悪くもないかって気分になってし
まったが、この形式の割にはお得感が感じられない。採点は
6点。   

  

9/21 骨と髪 レオ・ブルース 原書房

 
 一見単純そうな事件なのだが、この作者であるからには、そこそこなとこ
ろでは許してはくれない。それでもひねくれ度は多作品に比べれば薄いかも
しれないので、真相が看破できる読者もいるかもしれない。      

 ちなみに本作はお馴染みのビーフ巡査部長物ではなく、歴史教師キャロラ
ス・ディーン物である。でも考えてみれば、世界探偵小説全集で「ロープと
リングの事件」が出るまでは、翻訳書としては「死の扉」「ジャックは絞首
台に!」(いずれも積ん読)だけだったはず。どちらもディーン物らしいか
ら、むしろこちらのキャラが有名でもいいんだろうけど、何故だかレオ・ブ
ルースと云えばビーフ巡査部長ってイメージがあるなぁ。       

 どちらも名探偵としては特徴が薄いのだけど、ミステリのパロディ色が色
濃いビーフ物の方が、どうしても印象に残ってしまうせいなのだろうか。

 但しそれでも本作は、ミステリのパターンをひっくり返すような要素もあ
って、ビーフ物に近い読み心地が感じられるではないかと思う。作者の中で
決して上位の作品ではないが、佳作ではあるだろう。採点は
7点。   

  

9/27 シシリーは消えた アントニー・バークリー 原書房

 
 一言で表現するならば”探偵小説らしい作品”。殺人事件が早々に起こる
というわけではないのだが、思わせぶりな失踪の謎が見事に探偵小説的。ひ
ねくれおじさまバークリーが意識的にパロディやってるんじゃないかと、ず
っと邪推してたくらいだ。最後までちゃんと探偵小説になりきってるから、
バークリー流の皮肉ってわけではなかったようだが。         

 とにかくこの雰囲気が楽しい作品。バークリーとしては珍しいくらい突き
抜けた、ハッピーエンドなサクセスストーリーとしても読み甲斐がある。も
う一つ、侍従物(という言葉は適当なのかな?)にもなっているというオマ
ケ付き。ライバル関係にもあったセイヤーズを、大きく意識した作品だと受
け取るのは穿ちすぎだろうか?                   

 ただし、元々は犯人当てとして出題されたにしては、それほど美しく本格
としての整合性が取れているとは思えない。結論としても、皮肉な要素はあ
るが、バークリーのミステリとしての満足度は決して高くない。    

 雰囲気に乗れた私としては、”探偵小説そのもの”というよりは、”探偵
小説らしさ”を評価して、採点は
7点。               

  

9/29 九月は謎×謎修学旅行で暗号解読
                   霧舎巧 講談社ノベルス

 これでいよいよ半年分が終了。さすがに随分きつくなってきたのか、約2
年ぶりの登場となった。しかし、これで折り返し。ライフワークなどにはせ
ずに、さくさくと完結させて欲しいものだなぁ。あとがきで十月・十一月用
に体育祭・文化祭の情報収集していたが、いつ頃完成するのだろう?  

 今回のオマケ・ネタは比較的わかりやすい部類だったかもしれない。まぁ
一つはこんなことではないかと思っていたが、もう一つはさっぱりわからな
かった。予想できても良かったとは思うんだけど。          

 だからきっとこのネタには気付いた読者も多いと思うのだが、じゃあそれ
で事件の謎が解けるかと言えば、全然そうではない。かえって困難さは増し
ている。わかりやすいが、わかりにくいという罠。          

 もう一つ、本書の大きな特徴は、《あかずの扉》研究会との直接的なリン
クが出てきたところ。絡んでいる部分を楽しませるというような、ファン・
サービスの域を越えている。あちらのシリーズを読んでいなければ、作者の
意図が決して全部は読み切れない仕組みになっているのだから。    

 作者はシリーズ代表作と書いているが、残念ながらそれほどの出来映えで
はあるまい。暗号物で代表作とするのは元から困難だろう。あとがきで暗号
の内部事情も書かれているが、結果を作って逆算する以上のものになってい
るだろうか。ミステリ作家としての気持ちは非常に理解できるけど。  

 オマケ・ネタを考える意欲は素晴らしいが、採点は6点に逆戻り。  

 そうそう、作中の詰め将棋を考案した方をたまたま見つけたので、実際の
図式や裏話など、興味ある方はコチラからどうぞ。          

  

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