ホーム創作日記

 

5/7 ギブソン 藤岡真 東京創元社

 
「全てが一つに収斂する」とは、秀逸なミステリに対して使われることの多
い表現である。”余分なピースのない”ジグソーパズルというのも、お馴染
みのフレーズだろう。そういうミステリはやはりストイックに美しく、一つ
の理想型であることは、そうそう否定する者もいまい。        

 しかしたとえば、500ピースで完成するパズルに、2000ものピース
が梱包されていたらどうだろうか。勿論、正解は一つ。当然、正解の絵柄は
最初から示されてはいない。間違った絵で組み立てようとすると、ある程度
までは盤面を埋められるのに、当然最後まで埋め尽くすことは出来ない。し
かし、間違ったら最初から全てやり直しかというと、そうでもない。全てに
共通する部分というのも、それなりのスペースを占めているのだ。自虐的な
愉しみを主体とする(と、私は思っているのだがどうか)ジグソーパズルフ
ァンに対して、新しい解き味を与えてくれるのではないだろうか?   

 本作はそれをミステリという形式で実現したものである。余分なピースだ
らけの、レッドヘリングだらけのミステリ。無自覚的ではなく、意図してこ
ういうことをやった作品は意外に少ないのではないか。ましてや、自分で並
べておきながら、途中で幾つも予想したはずの図柄とは実は全然違っていた
んだと、最後に驚きをも味あわせてくれるのだから。         

 作者の作風から期待していた”バカミス”の炸裂というわけではなかった
が、奇妙な解き味が特徴のカルト・ミステリ。やはり
7点はつけてみたくな
る。果たして彼が向かったのは右の道か、左の道か、それとも正面の道か?
さあ、あなたはどれにベットする?                 

  

5/10 れんげ野原のまんなかで 森谷明子 東京創元社

 
 ミステリの好みは人それぞれ。本格偏愛派もあれば、小説としてじっくり
と楽しみたいという人もあれば、日常とは違った世界を感じてみたい人、キ
ャラ萌えな人、それぞれの好みは千差万別。語れば、喧々囂々、侃々諤々の
(ひゃあ、どっちも読めるけど絶対に書けんな)議論になることもあるだろ
う。しかし、おそらくはほぼ全員に共通することがある。       

 それは勿論”本が好き”ということだ。              

 本作の舞台は図書館。主人公達は司書の面々。本を愛することでは読者に
負けない。間違いなく作者自身もそうであるように。だから、きっと誰もが
どこかしら好きになれる部分があるんじゃないかな。”本が好き”という暗
黙の共通点が、本書への共感を生むはずだ。             

 中でも”日常の謎”派の作品を好きな人ならば、安心して手にとって良い
作品ではないかと思う。特にこう優れていると声高に主張したいものはない
が、鮎哲賞受賞の前作を含めて、欠点少なく心地良く読ませる書き手。 

 強いて不満点を挙げれば(挙げなくていいっての。褒めるだけにしとこう
よ→自分)、一作目の中心となるものの名前が書かれてなかったこと。私同
様、自分の知識範囲に入ってない人も多いのでは。探したくなってもコレじ
ゃ探せない。あと妻子持ちに寄せる想いと、そのかわし方がちと微妙。 

 作品数が少ないので、ベスト選びは2作。謎と解答以上に、決着の付け方
が郷愁の甘さだけに終わらせないあたりがお気に入りの「冬至─銀杏黄葉」
と、本書中ではミステリ度数が抜群に高い「二月尽─名残の雪」を選択。

 心地良い作品だが、7点を付ける決め手には欠けるか。採点は6点。 

  

5/11 インナーネットの香保里 梶尾真治 青い鳥文庫

 
 カジシンの女性名入り作品(リリカルな名作が多いのはご存じの通り)で
イラストは鶴田謙二。ティーンズにはちょっと勿体ないんじゃって思えるほ
どの贅沢さ(ついでに解説ははやみねかおるだ)           

 でも、内容はそんなに贅沢じゃない(笑) いたってシンプル。カジシン
のあんなところやこんなところを期待してしまうと、肩すかしで物足りない
気分を味わうのは必至。対象に合わせすぎとも思えるくらい。     

 エッセンスはたしかにカジシンなんだけどなぁ。リリカルもハチャメチャ
もアイデアも。でも全部が大人しくて発展は無し。          

 ファンにとっては色んな意味で”薄い”作品だけど、これを読んだ小中学
生が作者の他の作品に手を出したくなるような面白さは持っているだろう。
本書がそういう役割を果たしてくれるなら、それで充分。採点は
6点。 

  

5/13 弥勒の掌 我孫子武丸 文藝春秋

 
 実に13年振りの新作長編。「殺戮にいたる病」や「探偵映画」など、凝
りに凝った仕掛けを得意とする作者だ。本作もそういう匂いがそこはかとな
くしてくるのだが、では一体どういう風にどんな仕掛けが待っているのだろ
うと、色んな想像しながら読んでも決して底は見えてこない。     

 しかしだからこそ、最後に衝撃を受けることが出来たかというと、う〜ん
微妙か? ネタはいいんだよ。そんな持って行き方あるのかよって、吃驚で
きるのは必至だと思う。でも、最大限の効果では見せてくれてないよ。 

 13年も待ったんだよ(いやまあ自分としては、それほど待ち望んでいた
わけではなかったが)、まだ待てたさ。昨年度の綾辻法月作品は、さすが
に待った甲斐があったと思えるくらい、充分な練り込みや書き込みが行われ
ていた(綾辻の方向性にはいろいろ異論があったとしても)      

 しかし、本書はどうだろう。「殺戮」の作者としては、もっと時間と労力
を掛ければ、最大の効果で見せてくれることも可能だったと思えてしまう。
勿体ない。もっとベストの形で読ませて欲しかったよ。        

 本来なら迷わず8点を付けられて、年間ベストを争いそうなネタだったん
だけど、本書という最終形ならば
7点が限界。残念。         

  

5/16 零時の犯罪予報 日本推理作家協会編 講談社文庫

 
 本格ミステリ作家クラブ編のものを除いて、普段は年間アンソロジーを買
ったりすることはないのだが、海外出張帰りの成田で読む本を切らしてしま
っていたからには仕方がない。ただでさえ日本語に飢えている状態なのだか
ら、帰宅途中を我慢できるはずも無かろう。この際赤川次郎でも西村京太郎
でも構わないという心境だったが、キヨスクで無事に本書を発見。   

 おそらく十数年ぶりに手にした協会編の年間選だったが、充分に面白く読
むことが出来た。本格として読ませる短編と、小説として読ませる短編が、
バランス良く構成されている。普段は本格系の個人短編集を中心に読んでい
て、雑誌の類も読まないので、個人的には後者に触れる機会がない。たまに
はそういう作品を読んでみるのも悪くないし、実際楽しく読めた。   

 とはいえ、自分なりのベストを選択するならば、やはり本格系が中心にな
るだろう。ベスト1は、再読だがやはりシンプルで完璧なロジックパズル、
法月綸太郎「都市伝説パズル」これっきゃない。第2位は、これまた再読だ
が謎よりも前に解決が始まるというユニークさがピカイチの倉知淳「桜の森
の七分咲きの下」 そして第3位が、映画一本堪能した読後感が味わえる高
野和明「六時間後に君は死ぬ」 贅沢なレベルの高さが味わえた。
7点

  

5/18 反対進化 エドモンド・ハミルトン 創元SF文庫

 
 河出書房新社から出るのかと思っていたら、創元から。出版社は違うが同
じ選者であり、河出版と2冊併せてハミルトン傑作選という理解で正しいだ
ろう。バカミスを心から愛する私は、同じテイストでバカSFも当然愛好し
ているが、その観点から云わせて貰えば「この表題作の含まれないハミルト
ン傑作選なんてあり得ない!」 そりゃもうフェッセンデン以上に。  

 入れ子型構造からのメタ展開を示すフェッセンデンに対し、逆説的言辞を
駆使する反対進化。いわば叙述ミステリ対ロジックミステリの対決の様相な
のだ。更には、前作の「向こうはどんなところだい?」や本作の「プロ」の
ように社会派もこなし、それでいてホラーもお手の物。一般にはアクション
の大家としての顔が有名で、エンタテインメント性抜群。そういうマルチな
ミステリ作家みたいな存在が、このハミルトンなのだ!        

(嘘です。単なる思いつきが、手が勝手に滑って勢いに乗っちゃいました)

 本作はスペースオペラな作品も含まれていて、古めかしさは否定できない
ところかなぁ。先に編まれただけあって、やはり河出の方がいい。   

 ベストは迷うことなく表題作。常識を軽々とひっくり返す奇想がたまんな
い。以前からマイフェイバリットな一編。第2位は「異境の大地」 体内活
動を遅くすることで植物世界が活写される,そのビジュアルが素晴らしい。
第3位は、非常に大人な一編「プロ」と悩んだ挙げ句、「超ウラン元素」を
選択。SFホラーの一つの典型を見せてくれる秀作。総合採点は
6点。 

  

5/23 ドクターM殺人事件 吉村達也 ジョイノベルス

 
 多作っぷりだけを取れば、手抜き大衆作家かと敬遠しそうになり兼ねない
が、日本ミステリ百選にも選出しているように(それを言えば、西村京太郎
赤川次郎山村美紗も入れているんだけどね)、ミステリ者の心の琴線に
触れる作品も排出してくれる作家なんだろうと思う(歯切れが悪いのは、私
自身はそれほど彼の作品を読んでいないためである)         

 特にミステリの遊び心をくすぐる、様々なチャレンジを見せてくれるとこ
ろが、本格ファンにとっての、氏の最も大きな特徴ではないだろうか。そし
て、まさしく本書の読み所もそこにある。              

 本書では、冒頭でも裏表紙の粗筋でも帯でも、「犯人複数宣言」がなされ
ているのだ。当然、舞台はクローズドサークルである雪の山荘。5人の中の
2人が犯人。通常のミステリであれば、共犯者がいれば冷めてしまうところ
だが、事前に宣言されているとなると、それは勝手が違う。      

 ただし残念なことに、本書では若干狙いが不発気味だと思う。それを自覚
してか、本書の謳い文句は「長編マインドミステリー」(なんじゃそりゃ)
仕掛けや真相云々よりも、その心理劇をお楽しみくださいってわけだ。 

 新鮮なアイデアやチャレンジ精神は高く評価するが、採点は6点。  

  

5/26 贈る物語TERROR 宮部みゆき編 光文社

 
 通常アンソロジーと云えば、そこは選者としての腕の見せ所。あまり知ら
れていない作品を発掘したいというのが、当たり前の感情だろう。そういう
作品が初めにあって、そこから逆にアンソロジーのテーマを決めてしまうな
んて方向性も、フリーの編集者などにはありがちな光景だろうと思う。 

 本書はそういう方向性を逆手に取った着想で編まれたアンソロジー。既に
別のアンソロジーに選出された作品のみを候補にするという、安直なのか、
逆に苦労をしょっているのか、判断の難しいことをやっている。    

 そういう試みならば、ベスト・オブ・ベストみたいなアンソロジーを目指
しているのかと云えば、さにあらず。「猿の手」や「くじ」などの定番も入
っているが、マイナーな作品の方が圧倒的に多い。本当にTERRORを狙
っているのか、良くわからない選出基準の作品も多い。ただのアンソロジー
とどう違うのだろう。とても狙いが成功しているとは思えない。    

 作品レベルもそう高くない。個人的に恐怖小説にあまり関心がないせいか
もしれないが、それでももっと面白い作品はあるだろうなと思う。アンソロ
ジーからの選出なんだし。そもそも宮部みゆきが恐怖小説系の選者になる必
要性がよくわからないが、すかすかなレイアウトといい、一般文芸ファンに
も狙いを広げているのは自明。だったら素直にベスト・オブ・ベストなアン
ソロジーにして欲しかった、中途半端ではなく。採点は低め
6点。   

 ベスト3はコメント抜きで、初読限定と云うことで、「変種第二号」「淋
しい場所」「デトロイトにゆかりのない車」としよう。        

  

5/27 扉は閉ざされたまま 石持浅海 祥伝社ノン・ノベル

 
 昨年度が充実していただけに、今年は「祭りの後」「宴の後」という、ダ
ラケた雰囲気が否めない。決め手に欠ける作品ばかりなのだが、そういう中
で上半期のベストを選出するならば本作である。           

 倒叙物なのにロジカル。密室物なのに「扉は閉ざされたまま」 これだけ
の趣向をやり通しただけでも、拍手を送りたい。           

 やはり注目すべきはロジックだろう。元々”質”としてのセンスの良さは
持っている人なのだが、今回はロジックの展開以上に、ロジックの端緒をど
こから引き出すのかというのが興味を引く。何せ倒叙物なのだから、読者は
全てを知っている(本当は”全て”ではないのだが、それは後述) たかだ
かこれだけの状況から一体どんなロジックを引き出せるか、一度自らを作者
の立場に置いてみれば、それがどんなに困難な作業かは容易に理解できるだ
ろう。倒叙物でこそロジックが光る仕組み。素直に脱帽しよう。    

 しかも倒叙物でありながら、意外性を盛り込むことにも成功している。強
く意識させるわけではないのだが、解かれるべき謎がある。ただ、相変わら
ず議論の余地を残すラストの展開も含めて、好きずきではあるかな。  

 また氏の作品傾向として、確信犯だと信じている趣向がある。それは本作
もまた個性的な閉鎖状況であるということだ。通常の閉鎖状況は外部からの
強制によってもたらされる。登場人物が”出ようとしても出られない”閉鎖
状況。それに対して本作は、登場人物が”出ようとも思わない”閉鎖状況。
倒叙物でこそあり得る一つの形。間違いない、意図的である。     

 とにかく”志良し”が心地良き一作。8点に限りなく近い7点。   

  

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