ホーム創作日記

 

4/4 月読 太田忠司 文藝春秋

 
 とにかくこの設定が勝利。死者の残留思念が何らかの”形”(固定形とは
限らない)として残る世界。その痕跡が「月導(つきしるべ)」 そしてそ
こから死者の最期の言葉を読み取ることが出来る「月読(つくよみ)」 

 現実とほとんど何も違わない世界の中で、ただこれだけの要素を持ち込む
だけで、現実としてのミステリにファンタジーな衣をまとわせる。この”設
定”としての役割は、きちんと機能しているのではないかと思う。   

 但し、ミステリとファンタジーと青春小説が微妙に混じり合った、その紡
ぎ具合は必ずしも成功とは言えないように思う。ファンタジーとのコントラ
ストを付けるためか、ミステリ部分が俗だったり、歪んでいたり、必要以上
に複雑だったりするのだ。                     

 特にラスト付近の叙述トリック的な仕掛けは、本作ではたいした意味を為
していないように思う。どちらかと言えば逆効果では?        

 設定は最高で、幻想ミステリとしての衣も着ていて、青春小説を基調とし
たストーリーもいい。それだけだったら好きな作品なのだけどなぁ。本格と
しては弱いし、ファンタジー性とのちぐはぐさを感じた。採点は
6点。 

 しかし、本作のみとするには、あまりにも勿体ない設定。当然シリーズ化
されるのだろう。次回は”泣ける”作品というコンセプトで読んでみたい。

  

4/6 大聖堂は大騒ぎ エドマンド・クリスピン 国書刊行会

 
 スラップスティックなドタバタ・コメディから始まって、合間合間に文学
談義やアカデミックな引用を織り交ぜながら、不可能犯罪でがっしりと締め
る。いかにもクリスピンらしい作品と言えるだろう。         

 この世界探偵小説全集の大きな長所の一つに、解説の詳細さを挙げること
が出来る。但し、きっちりと余さず解説を行うために、当該作品の解説のみ
はネタバレ(注意書きがされているのでうっかり読んでしまう心配はない)
で書かれている。本書でも真田氏の解説がお見事。読後の解説ならば、ネッ
ト巡りするまでもなく、巻末を読むだけで充分だろう。        

 ということで、国書のこのシリーズに関しては、粗筋も書かず「紹介」
いう面をさほど重視していない、自分のような感想サイトの役割ってあん
まりないんだよなぁ。自分独自の視点を盛り込もうと思っても、結構思った
ところは書かれているしさ。指摘しようと思ったミステリ的な弱さの部分に
関してまで、先回りで擁護されてたりするしね(笑)         

 スパイ物に持ち込んだあたりは好きではないものの、それでもやはり逆転
の着想から生まれたロジックで犯人を指摘したり、力強いトリック使ってた
り、見所は多い作品。作者の最良のレベルではないが、採点は
7点。  

  

4/10 ミステリ十二ヶ月 北村薫 中央公論新社

 
 実は「謎のギャラリー」シリーズを読んで以来、北村薫のガイドブック風
エッセイにはあまりそそられなくなってしまった。現代随一の語り部らしく
語り口は当然上手いし、素晴らしい読み手でアンソロジストとしても一流な
のだが、どうも作品自体の良さがストレートに伝わってこないのだ。今回は
たまたまかみさんが図書館から借りて来たので、強奪してみた次第。  

 読売新聞土曜夕刊に掲載されていたもので、ターゲットは小中学生。ミス
テリ初心者に向けての紹介だから、中身は基本形ばかりなり。古典から読み
込んできた人にとっては、ガイドブックとしての愉しみはない。北村さんだ
ったら、どういう作品をどういう風に紹介するのだろう、という興味が主。
知らない作品はほとんどないわけだから、以前の様な「だからどういうとこ
ろがいいのよぉ?」という不満を感じずに済むし。          

 でも、一番の見所は挿絵の暗号解読だよなぁ。気にせず眺め飛ばしちゃっ
てた。これから読む人は、一つ一つの挿絵の謎解きをやっていけば、きっと
長く楽しめることでしょう。も一つの楽しみは有栖との対談。この二人の対
談なのだから、ミステリ者はきっと多々共感するところがあるはず。  

 採点は6点だけど、若い読者に向けてこういう企画を組んでくれた、読売
新聞の担当者には感謝。特に海外古典離れが著しい昨今、こういう形で導い
てくれるのは効果が少なくはないはず。いい企画だったと思います!  

  

4/12 臨場 横山秀夫 光文社

 
 本格ミステリ大賞候補作。「半落ち」には世評ほどの妙味が感じられなか
ったため、候補作でなければ読まなかったはず。しかし何しろ、推協賞候補
「イニシエーション・ラブ」「硝子のハンマー」等を抑えて、”本格”に
こだわりを持つ作家達自身に選ばれた作品なのだ。読まざるを得まい。 

 まずは一読、なるほどこれは”本格”だなと思う。冒頭の「赤い名刺」か
ら、早くも読者の本格魂を翻弄する。一旦読者にロジックを見せつけておき
ながら、同じロジックで落とし込んでくるとは。シンプルなやり口で読者に
地団駄を踏ませるあたり、地味に見えてもそのテクニックは練達。   

 これに続くのが「本格ミステリ04」の冒頭作品にも選ばれた「眼前の密
室」である。それにふさわしく、凝ったトリックに意外性にとミステリとし
ても秀逸。それでいて「夜廻り」という状況を描き、得意の職業小説として
も読ませてくれる。横山秀夫の真骨頂を見せてくれる逸品だ。     

 本編の探偵役である倉石の”終身検視官”という、絶妙の設定もいい。コ
ロンボや古畑で、最後に犯人に「いつから自分を疑っていたのか」と聞かれ
て、「初めから」だと答える。そのシンプルな根拠に快感を感じる読者も多
いだろう。本書ではそれが全編に渡って展開されると言って良い。   

 捨てトリック扱いにしたりと、長編の肝の一つにも使えそうなネタを惜し
げもなく次々と披露してくるのだから、並大抵の本格センスではないぞ。そ
れだけ本格しているにも関わらず、後半に行くに従い人情物的な要素が高ま
ってくる。高レベルを維持する”本格”なのにもかかわらず、最後には横山
秀夫は”本格”作家ではないよなぁ、と思えて仕方ないほどに。    

 才能が豊かすぎるのか、興味の中心がミステリを射抜いていないために、
やはり付いていきたいとは思えない。でも、採点は
7点。上記の本格系2作
と、人情物系としては「餞」と迷いつつ「真夜中の調書」でベスト3。 

  

4/14 ゴーレムの檻 柄刀一 カッパ・ノベルス

 
 日本ミステリ百選でも、「OZの迷宮」と最後まで悩んだ「アリア系銀河
鉄道」
の続編。どちらを評価するかと聞かれれば、私は迷わず前作の方を選
び取る。やはり、このシリーズはファンタジー世界を前提条件とした、アン
リアルなロジックなりトリックなりが最大の魅力だと思う。今回はその世界
への入り方はともかく、冒頭の「エッシャー世界」を除けば、リアルが基盤
となっているとも言える世界ばかり描かれている。勿論全作に渡って、ファ
ンタジーと橋渡す仕掛けは存分に施されてはいるのだが。       

 今回はだからそのファンタジー性よりも、柄刀本来のトリック・メーカー
振りをたっぷりと堪能する作品集ではないかと思う。特に今回のベストに選
びたい表題作から、その現代版と副題の打たれた「太陽殿のイシス」への流
れは絶品。単体の密室物として優れた表題作を、あっさりと捨てネタ扱い。
同じようにまた、天城一の特異な着想による有名作をチラ見せで否定してお

いてから、このトリックに繋ぎこむあたりは実にCOOL。      

 多少複雑気味の謎解きを、ユニークな設定で包み込む「シュレディンガー
DOOR」と併せてベスト3としよう。何のかんの言って、
7点付けるのに
全く躊躇は感じない。毎回怪しげなラストになるとは云え、3作目が出るの
は確実。異世界ならではの異論理(前提が違うだけで極めてロジカルな)を
見せつけてくれる、そんな作品になってくれてたらいいなぁ〜     

  

4/22 哲学者の密室 笠井潔 カッパノベルス

 
 一般に笠井の代表作と云えば、本作か「サマー・アポカリプス」が挙げら
れることが多い。白状せねばならないが、矢吹駆シリーズ正編5作(「熾天
使の夏」は省く)のうち、よりにもよって本作のみが未読だったのだ。 

 そういうわけで、日本ミステリ百選を選んだ際に、一番心残りだったのが
本作。コレを読まずして天使を王道の一作に選んで良いのかと、かなりの躊
躇があった。しかし、すんなりと「じゃあ読んでから」というわけにいかな
いあたりが、自分にとっての笠井作品のしきいの高さ。初期作品3作を大学
時代に読み上げたときの辛さが、トラウマのように染みついている。  

 やっと重い腰を上げられたきっかけは海外出張。読み辛さがかえって好条
件となる。この上下巻さえあれば1週間の出張は持つだろうし、長距離フラ
イトの際の睡眠薬代わりにもなるのでは、という目算。結果的には「オイデ
ィプス」
読んだときと同じく、それほど読みにくさは感じなかった。学生時
代よりも、自分が成長したということなのかしらん。         

 ただ、やはりこれだけの長さで事件が二つというのは、どうも充足感が薄
い。密室に関しては、何度も試行錯誤の回答が示されるのだが、最終的な解
決を含めて、それほど興奮できる解法を見せてはくれなかった。    

 自分が考える駆シリーズの最大の特徴は、各作品毎にミステリの要素を大
きなテーマとして捉え、あくまでミステリの範疇でそこに新機軸を盛り込ん
でくるところにある。今回は「特権的な死」であったり、「大量死論」であ
ったりと、ミステリとはズレた観点(哲学や意味論)での解釈であり、ミス
テリの範疇での新規性はさほど感じられなかったのだ。        

 勿論それでも重厚なミステリとして秀逸であることは間違いないので、採
点は
7点とするが、天使、黙示、オイディプスに続く第4位としたい。 

  

4/23 時限絶命マンション 矢野龍王 講談社ノベルス

 
 やった、”本格”だとか”推理”だとかいう文字は、ひとっかけらもなく
なったよ。そうそうこうでなくっちゃね。嘘はいかんよね、嘘は。最初から
ゲーム・サスペンスだと割り切って読むんだから、そんなに腹は立たないで
しょ。自分、オトナだし。そりゃもう一作目読んでるわけだから、”期待”
という言葉は別の意味でしか使用しないもんね。しかし、まさか笠井先生、
滞在中に読み上げるなんてね。読んだら捨てて帰ればいい本、補欠として持
ってきといて良かったよ。うん、暇つぶしや手持ちぶさた解消にはピッタリ
さね。ラストなんか気にせず、設定と展開だけ楽しみゃいいんだもん。 

 いやあ、というわけであっという間に読み終わっちゃったよ。だから小説
上手、って訳じゃ全然無いんだけどさ。設定オンリーの芸物作家、うーん、
一人ぐらいいてもいいのかもね。どこまで受け入れられるだろ?    

 しかしまあ、気にせずとは言っても、相変わらずオチはひどいだろ、これ
は。いやさ、犯人の動機だとかは冒頭読んでりゃわかるから、まだいいよ。
それでも、ひどさの予想範囲を越えるくらいの、練れて無さ具合だったけど
ね。先に設定ありきの後付けこじつけとはいえ、もっと頑張ろうよ。  

 そのせいもあるのか、「ゲームになってないやん」という、自己矛盾した
わけわかんなさはどうよ。最後の最後も、こんな締めくくり方したら、今ま
での全部無意味やん。いったい何やりたいんだか。          

 でも、一番ひどいのがオチの支えの部分。これは小説世界内の必然という
より、作者の逃げ。色々矛盾も無理も疑問もあるでしょうが、こういうこと
なんだから突っ込み禁止!、って言ってるわけでしょ、ね、龍王さん。 

 しかしこの作者の登場人物達、よくぞ疑問無くゲームを受け入れるよね。
ゲームの範疇でしか行動起こそうとしないしさ。頭、わる、、、じゃなくて
素直なんだよね、そう解釈しとこうよ、精神衛生上ね。        

 今回は当然確信犯的に読んでるんで、低い点は付けないよ、の6点。 

  

4/26 『ギロチン城』殺人事件 北山猛邦 講談社ノベルス

 
「物理の北山」とも称される作者だが、ソレを隠れ蓑にしたかのように「叙
述の北山」とでも言っていいような隠し技を繰り出してくるので要注意(な
んてことをミステリ書評で書くのはタブーなんだけどさぁ) さて、前作
続いて、本作ではどんなテクニックを見せてくれるのか?、、、と煽るだけ
煽っておいて、この件については以上。興味ある方は自分で確かめて。 

 前作ではアナクロな感じを受けた物理トリックだが、今回はいかにも新し
いバカミスの創造を見せてくれた。処女作の単純バカミスに対して、今回は
パズル型バカミスで、爆笑の中にも「へぇ〜」の残り香がある。これまで読
んだ3作の中では、一番物理トリックの北山らしい作品だと思う。   

 ストーリーや人物造型、またそれらを通じて作者が提示する世界観みたい
なもの、それには相変わらず私は付いて行けない。最近のこの2作を読んだ
からには、次作も当然手に取ることにはなると思うが、楽しみにする作者の
仲間入りは今後もないだろうなと思う。               

 しかし、今後も何かどでかいことやってくれるかもという、秘かな期待が
あるのもまた事実だ。それは彼の作品が、最近の「萌え」ブームに象徴され
るキャラクタ小説とは一線を画していること、つまりは人物は単なる記号に
過ぎないという、麻耶型ミステリの書き手であるせいなのかも。    

 本作ではまだまだの出来映えだろう。採点はわずかに7点に届かぬ6点

  

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