ホーム創作日記

 

1/7 千年の黙 森谷明子 東京創元社

 
 アシェさんからの頂き物。ありがとうございました。鮎哲賞受賞作品であ
り、同年に丸谷才一とネタかぶりしたことでも知られている作品。基本的に
は「日常の謎」系統のミステリ。特に第二部で二重の意味で消失してしまう
幻の帖「かかやく日の宮」の謎解きがメインとなる。         

 二重と書いたのは、作中での物理的な消失と、歴史上からの消失という意
味。文学的な教養はないので、源氏物語の幻の巻という前知識はなかったの
だが、さほど難しい要素はなく、納得のいく展開を見せてくれた。   

 清少納言や紫式部を取り巻く時代背景がすんなり頭に入る。というのも、
時代物だというのに驚くほど平易な文体なのだ。現代を舞台にしたエンタテ
インメントかと見紛うくらいの読みやすさとキャラ立て。選評では格調がな
いとの苦言も呈されてはいるけどね。歴史小説とライトノベルの間に本書を
置くとしたら、ライトノベル側に近い方に置きたくなるかも。     

 ミステリという意味での仕込みがそれほど優れているわけではないが、二
重の消失を意味づける流れとしては、うまく構成されているのではないか。
最終盤の意外性がうまく機能していて、読後感も良い。        

 総合的に欠点の少なさが受賞の決めてなのだろうか。採点は6点。  

  

1/8 吸血鬼伝説殺人事件 天城征丸・さとうふみや 講談社

 
 久々の金田一くん復活。コミックスが話別に変わった最初の「魔犬の森の
殺人」
が結構な傑作だったので、こういう区切りとかスペシャルには、つい
つい期待してしまう。で、嬉しいことに期待は裏切られなかった。   

 トリックに手掛かり、ストーリー性とどれもそれなりに見応えのあるもの
が揃っている。まずは犯人の決め手。単純ながらも心理の綾を突いてくる。
ビジュアル的で漫画にこそふさわしい手掛かり。この安っぽさが、かえって
いいんだよね。小説ではきっと効果は現せないもの。         

 八方ふさがり状態から、新たな糸口が飛び出してくるのかと思ってたら、
意表を突かれたメイン・トリックもいい。う〜ん、ひょっとしたら驚いたの
は少数派なのかもしれないけど、自分は結構驚いてしまったのだ。   

 吸血鬼伝説という必然性に絡んでいるのが、またいいじゃないか。そこか
らストーリー性にもつながってまずまずの出来。まあ、動機なんてモチーフ
にしたい素材から、逆算でいかようにも作れるものではあるんだけどね。

 しかし細かいこと言えば、ラストシーンの手紙、どうやってこんな事件の
可能性を予測できるっちゅうねん。まぁそれならそれで受け入れるとしたら
今度は君だよ。そう、金田一くん、なんか危ないってのがわかっていながら
美雪ちゃんを巻き込んじゃいかんでしょ。会いたいなら安全な場所で会いな
さい、ってお約束に突っ込んじゃいかんか。ギリギリ7点を切る
6点。 

  

1/12 御手洗潔対シャーロック・ホームズ 柄刀一 原書房

 
 ホームズのパスティーシュとしては、かなりの物足りなさを感じてしまう
だろう。どちらかと言えば、パロディの方に組み入れるべきかもしれない。
まあ、ホームズと御手洗を出逢わすためには、無理無理な設定を作り上げる
しかなく、それ故に本家とは別物という言い訳も成立するのだが。   

 ところがその分を充分に取り返してたっぷり元が取れるほど、御手洗物の
パスティーシュとしてはもう文句なしの出来映え。最初の「青の広間の御手
洗」からいかにもありそうな展開。近況報告的な御手洗凄いぜエピソードと
ミステリとは言いにくい小ネタとのカップリング。ふと気をゆるめたら、本
家読んでるつもりになっていたこともしばし。            

 更に「シリウスの雫」「巨人幻想」になると、島荘らしい幻想的な謎と大
仰なトリックを見せつけてくれる。少なくとも04年度の作品で比較するな
らば、本家よりもこちらの方が上出来だろう。            

 御大の悪乗りセルフ・パロディというお得な付録付きで、採点は7点

  

1/14 ステップフォードの妻たち
 
            アイラ・レヴィン 創元推理文庫

 長い間それとなく探していた作品だったが、すっかり忘れていた今頃にな
って文庫を発見。映画化を機の文庫化だと思ったら、発売は03年度だった
のか、知らなかった。ネットで著作リストの検索をかけて知ったのだが、こ
の作品、過去にも一度映画化、TVドラマ化は3度もされているようだ。な
るほどラストのチープさは映画よりもTV向きか。          

 ちなみに今回の映画、最近の傾向に倣ってか、原題そのまま英語読みした
だけのもの。どうもこの傾向が安直でけしからん、と普段から思ってしまう
のは自分の中の強いオジサン属性のせいなのか。           

 しかも本作の場合、複数形だと格好悪いから単数形表記になっちゃってる
けど、意味合い的にはやっぱり複数形でなくっちゃね。単純な題名だから敢
えて別の題名にするのもどうかと思うんで、結局この訳書通りが一番良かっ
たんじゃ?、、って思ったけど、そうか、それはそれで「おんなたち」って
読まれて、高島礼子の顔がちらついちゃうってことなのか(笑)    

 映画の話題ばかりになってしまったが、本書の中身は意外にもギャグ・サ
スペンスSF。「笑っちゃう」ってのが正しい対処法なのだろう。あっ、ち
なみに高校時代の理想の女性像は、森谷幸子という少女漫画家の「恋や恋 
おかしな恋の物語」の主人公エリナ・モルガンだったりする私としては、結
構「ありっちゃあ、あり」かも(誰も知らんでしょうが、めっちゃ大和撫子
なんですよ。そうか、本書は古風な日本男児向き?) 採点は
6点。  

  

1/17 ゲッベルスの贈り物 藤岡真 創元推理文庫

 
 自称バカミス愛好家の自分としては、いつか読まなくてはと思っていた作
品。近々四年ぶりの新作が出るということで、ナイス・タイミング。  

 さて、一口にバカミスと言えども千差万別なのだが、大きくは二つに分類
しても良いのではないか。作者が意図してバカミスに仕上げたものと、作者
の意図に反して読者から見ればバカでしかないもの。後者には敢えて名称を
避けたように、個人的には”バカミス”と云えば前者のみを指す。「バカミ
スの世界」の感想でも書いたように、前者を「バカミス」、後者を「トンミ
ス」(友人の命名)として区別したい。               

 勿論、本書は正真正銘のバカミスである。そもそも総毛立つような意外な
結末を書きたくて、作家になったと後書きで書いているだけあって、こだわ
りどころが全然違う。とにかく読者を驚かせたいという意欲が満タン。ここ
まで一本気にバカミス道を邁進する姿勢、嬉しいじゃないか。ちょっと独特
っぽいユーモア感もバカミスにマッチしているので良し。       

 ふっふっふっ、殺し屋の章は読めたぜ、とか、ゲッベルスの贈り物はモン
ティ・パイソンのアレにインスパイアされたのかな、ってのもあるが、やは
りここまで突っ走ってくれたら、採点
7点進呈しなくちゃいかんでしょ。

  

1/18 有栖川有栖の鉄道ミステリ・ライブラリー
                  有栖川有栖編 角川文庫

 鉄道ものでアンソロジーを組むというのは、実はそう簡単なことではない
ように思う。メジャーな作品は既に採られているだろうし、「鉄道」という
縛りのある中で、どうバラエティ感を出すかなど意外に難しそうだ。  

 そう考えるとこの有栖のセレクトは上手い。本格、ファンタジー、スリラ
ー、ホラー、ショートショート、漫画、エッセイ、犯人当て企画など、バラ
エティに富んでいる。しかもそのそれぞれが、分散させるために無理矢理選
んできたというものではなく、充分な面白味をはらんでいる。フリーマン、
アイリッシュ、ディック(同題短編集もあり)なども、メジャーとは言い切
れないギリギリのところでうまくヒットしている。          

 ベストは「高架殺人」 たしかに映画一本見た気にさせてくれる。アイリ
ッシュ=ウールリッチの作劇の巧みさを実感できる名品。続いて小池滋「田
園を憂鬱にした汽車の音は何か」を選択しよう。エッセイでありながらうま
過ぎる落とし所につながる推理が絶妙。これを選択した編者の慧眼も立派。
第3位は雨宮雨彦「泥棒」 谺健二やその他にもこの原理を応用したトリッ
クがあるが、このとぼけた味がいい。犯人当て企画である上田信彦・有栖川
有栖「箱の中の殺意」も悪くない。難易度は低めの設定。       

 内容以上に、アンソロジストとしての意外な辣腕を評価して7点進呈。

  

1/21 最後の一壜 スタンリイ・エリン ハヤカワポケットミステリ

 
 ヴィンテージ・ワインのように(と素知らぬ顔で表現してみるが、実際に
そういう高級品を飲んだことがあるのかと聞かれれば、きっぱり「NO!」
と答えよう。でも、エリンにはやっぱりこういう比喩が順当でしょ)熟成さ
れた豊かな味わいを、心ゆくまで堪能できる名品。          

 さすがに第一短編集、第二短編集に比較すれば、レベルダウンは否めない
が、どれを取っても〆切前2週間で慌てて仕上げましたという感じを抱かせ
るような作品はない。一年に一作を本当に丹誠込めて、じっくりと仕込まれ
仕上げられている様子が滲んでいる。枕元に置いて、寝る前に一日一短編だ
け読んでいくような、贅沢な味わい方をしたくなる作品集(勿論、実行はし
ないんだけどね。いつも通り通勤電車という小市民な場所さ)     

 どれも読み応えある作品ばかりなのだが、恒例のベスト3を選ぶとすれば
表題作、「画商の女」「拳銃よりも強い武器」の3作となるだろうか。 

 本書の元本発行以降も書き連ねられた作品は存在している。残りも是非ま
とめて読ませて欲しいものだ。それと少し気になったのが、唯一抜けている
74年。邦訳されている短編で該当しそうなものはないので、版権の問題と
いうわけでもなさそう。この年は何かの事情で書かれなかったのかな? 

 素敵な作品集だから、採点はちょっぴりオマケ気味の8点。     

  

1/25 時間のかかる彫刻 シオドア・スタージョン 創元SF文庫

 
 サンリオSF文庫「スタージョンは健在なり」の改題作品。愛の力は偉大
だということを証明するかのように、女性との出逢いを機に極めて短期間の
うちに書き上げられた作品群。さすがに傑作選と比較すると明らかに分が悪
い。いきなりの中編が読みにくいことこの上ないし、とても初心者向けでは
ない。他の作品集に触れてから、手を出した方がいいだろう。     

 個人的なベストは「箱」かな。厳しすぎると敬遠していた大人が、実は自
分達のことをすごく理解して支えていてくれたことを知る。子供の成長物で
あり、冒険物。とても良いお話で小説としての完成度はピカイチ。   

 続いては、バカSFの佳作「<ない>のだった?本当だ!」を選択。同じ
ようなアイデアから、別の展開を見せた短編も同時収録されているが、シリ
アス路線にも踏み入れたそちらより、バカを貫いたこちらが断然良い。 

 ベスト3の残り1作はやはり表題作。不思議な雰囲気と叙情性に充ち満ち
ていて、スタージョンらしさが飛び抜けている名品。         

 短期間に良くここまでの作品を、とは思うが、採点は6点止まり。  

  

1/28 QED鬼の城伝説 高田祟史 講談社ノベルス

 
 久しぶりに王道系のネタ。ミステリーランド「鬼神伝」からも想像できる
ように、鬼伝説(あるいは温羅伝説とその一環としての桃太郎伝説)は氏が
本当に書きたかった素材の一つだったはず。「式の密室」から連なる作品群
龍馬を除く)を踏まえて、満を持してのご開帳というところだろう。  

 ただし、それだけの周到な準備が、かえって仇になった要素もある。一連
の作品を読んできた読者にとっては、最終的な落ち着き所が容易にわかって
しまうのである。数作を経て驚きが薄まってしまった。そこから一歩先に進
む、意外性が用意されていたわけではなかったのが残念。       

 現実側の事件も久しぶりに凝ったネタで攻めてきたのではないかと思う。
動機は納得いきがたいが、事件の様相はなかなかにすさまじい。ダイイング
・メッセージの処理の仕方も好感が持てる。             

 どちらも王道系で読み応えあり、シリーズとしては上等の部類だが、物足
りなさは否めないか。採点は
6点止まり。ところで、前作ラストのフリだっ
た「津山三十人殺し」って全然関係なかったよね。          

  

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