ホーム創作日記

 

11/1 魔王城殺人事件 歌野晶午 講談社ミステリーランド

 
 昨年度はまさしく「歌野晶午の年」と言っても構わないほど、評価独り占
めだった氏。今年も初頭から仕掛け物系の「ジェシカ」を出してきて、すっ
かりそういうイメージが定着してきたような感がある。        

 というわけで、こちらでも何かやってそうな匂いがプンプン。比較的中盤
で怪しい相手が見えてくるから、きっとうっちゃりが待っているだろうと思
っていると、そのまんまで決着。余計なことを期待したばっかりに、ちょっ
と拍子抜けしてしまった。でも子供向け冒険物としては、悪人風に思えたの
に実はそうでなくてとかその逆だとか、期待するのが当然だよね。   

 そういう意味ではちょっと物足りなさはあり。嫌らしいダークさはないか
ら、叢書中では充分子供向けらしい作品なんだけどね。基本的にはトリック
小説で、マジックみたいな密室の謎がメイン。普通の出来の
6点。   

  

11/4 サム・ホーソーンの事件簿III
       エドワード・D・ホック 創元推理文庫

 
 実に手堅い。まさに燻し銀の技巧といったところか。第1作ほどの完成度
には至らないものの、安定した筆力で匠の業を存分に見せてくれる。  

 シリーズとしてこのまま最後まで出して欲しい作品集。翻訳の手間だけで
編集の苦労のないシリーズで、本ミスでも常にランキングに入っている。そ
こそこの売上はあるのだろうな。このまま期待しておこう。      

 編集の苦労と云えば、おまけにふさわしい作品を探してくるところだろう
か。いや、豊富なストックのあるホックなだけに、探してくるのは簡単。ど
の一作にするのか絞り込むのが困難だろう。今回の「ナイルの猫」もホワイ
の意外性が抜群の傑作。オマケ目当てでも充分楽しめるかも。     

 採点は安定の7点。恒例のベスト3は「ハンティング・ロッジの謎」「防
音を施した親子室の謎」「真っ暗になった通気熟成所の謎」としよう。 

  

11/5 未来のおもいで 梶尾真治 光文社文庫

 
 時間物叙情SFの名手といえば、梶尾真治にとどめを刺す。その氏がど真
ん中の時間物に挑んでいるのだから、これはハンカチどころでなくタオル必
携かと身構えてしまった。しかし、あまりにも素直な直球過ぎ。    

 カジシンの時間物と云えば、一作一作に斬新なアイデアが必ず盛り込まれ
ていたはずだが、これはあまりにも単純で一直線。”いい話”というだけで
なく、そういうプラスαのセンス・オブ・ワンダーがなくっちゃ、カジシン
らしいとは言えないよ。「一切ガジェットの出てこない作品」を書きたかっ
たせいだろうが、やはり少なからず物足りない。           

 もっと相手のことが気になるだろう、もっと幾らでも調べようがあるだろ
うってもどかしい当たりも、せっかちできっちり事前調査型人間(勿論A型
さ)としては、少なからずマイナス要素。              

 SFなので採点対象外だが、6点程度の出来。出版社の「黄泉帰り」の余
波狙いだけならまだしも、氏自身の自信ありげなあとがきがあったからこそ
の期待だったが、宙ぶらりんな気分のままで終わってしまったのが残念。

  

11/9 願い星、叶い星 アルフレッド・ベスター 河出書房新社

 
「虎よ、虎よ」「分解された男」に興奮したのも、もう随分と昔。唯一翻訳
されている短編集「世界のもうひとつの顔(「ピー・アイ・マン」改題)」
も既に記憶の彼方だ。ベスターと云えば、タイポグラフィーの実験小説的な
試み(文字の連なりをビジュアル化したもの)が最も印象に残っている。そ
の記憶からもっと斬新な短編を期待したのだが、そこまではなかったか。

 そういう意味では、代表作ともされる冒頭の「ごきげん目盛り」での、人
称の入り交じる狂った文体が印象的。全体的には意外にきっちりと”オチ”
のついた作品が多いのにちょっと驚いた。              

 本書の個人的ベストは中編「地獄は永遠に」である。この迫力には圧倒さ
れる。狂った掛け合いがブラックなユーモアを生み出している「昔を今にな
すよしもがな」と、スマートなオチ物「時と三番街」でベスト3とする。

 本書は一応採点対象に含めておこう。採点はギリギリ7点。     

  

11/11 鬼に捧げる夜想曲 神津慶次朗 東京創元社

 
 鮎哲賞最年少新人の登場。これも綿矢リサブームの余波だったりして。
に影響された少年が、真似っぽい文章を駆使して、横溝正史風ミステリに
挑戦してみました、というような雰囲気の作品。           

 その頑張り度合いや空回り具合は、このサイトでの評価の埒外なので置い
といてとしても、本作には突っ込みどころや物足りないところが満載である
ことは確かな話だろう。                      

 しかし、それら全てのどんな欠点をもすっぱりと跳ね返す、とてつもない
魅力が本作にはある。中盤で明かされるとんでもないトリック。この壮絶さ
はただこの一点だけを持ってしても、それだけでミステリ史上に残るべきも
の。「このトリックは凄いぜ!」と声を大にしても良い。       

 完璧に一点豪華主義作品なので、総合採点としては6点。この類のトリッ
クがそう続くものとは思えないので、今後の期待はそれほどでもないかな。
しかし、もし次作でもとんでもトリックが炸裂するようなら、一気に要注目
作家の仲間入りもあり得るかも。まだ才能は未知数だ。        

  

11/14 密室の鎮魂歌 岸田るり子 東京創元社

 
 もう一つの鮎哲賞。いっぱい”お勉強”して、頑張って”本格”ミステリ
書きました、という雰囲気の作品。端正にまとまっていて、完成度も高いの
だが、優等生が精一杯背伸びして不良グループと付き合ってみました、とい
うような無理っぽさがにじんでいる。自分では気付かないけど、ちょっとズ
レてるんじゃないのぉ〜、な感覚。このままミステリの書き手にはなり得る
かもしれないが、本格の書き手にはなりそうもないと思う。      

 プロットもそうだが、特にトリックにおいてそういう感触がざわざわ。そ
れぞれの処理の仕方もそうだが、メイントリックがアレ。「誰もが考えるよ
うなトリックなんだけど、誰も書かないよなぁ」なトリックを、久しぶりに
ミステリで読んだ気がした。コナンならまだしも。          

 決して悪い作品ではないのだが、鮎哲賞でデビューすることがこの人にと
って、将来価値を持ち得るのだろうか、という疑問を持ってしまった。本格
に固執しない道を選んでいく人だと思う。採点は
6点。        

 しかし今回2作とも改題されているわけだが、編集部のセンスなのか、ど
ちらも似たような雰囲気でありがちで地味。どうにかならないものか。 

  

11/17 くらやみの速さはどれくらい
 
           エリザベス・ムーン 早川書房
 
「21世紀のアルジャーノン」と評される作品。たしかに筋立てだけを抜き
出してみれば、非常に似通った部分が多いのだが、本質的には全く違う作品
だろう。しかしまあ、キイスの作品が好きな人と嫌いな人とが手に取った場
合、圧倒的に好きな人の方の支持を受けることは間違いないと思えるので、
この売り出しの仕方もあながち間違いとは言えまい。         

 本作はSFに分類されているが(しかも本家同様ネビュラ賞すら受賞して
いるが)、描写としては一般小説の味わいそのものである。設定の一部が近
未来のものであるが、それを除いては非常にリアル。自閉症者の視点から描
かれたフィクションの形式を採っていて、その描写が驚くほど自然。作者の
子供が自閉症なので、日常的に接していく中で細やかな部分まで理解してい
ったのだろう。勘違いしている人や無理解の人が多い自閉症だが、こうして
フィクションの形でも触れる価値はあるかもしれない。        

 本書のラストは単純には括れない。アイデンティティの領域にまで踏み込
んで、問いかけをされているような感じだ。SFを読んだという充実感は最
後まで無かったが、考えさせる余韻だろう。採点対象外だが
6点。   

  

11/19 水の迷宮 石持浅海 カッパノベルス

 
 これまでの3作共にそれぞれ全く違う手法を用いて、個性的な閉鎖状況を
作り上げているところが非常に好感度大。              

 個人的にはこれまでの中で一番好きな作品かもしれない。ミステリ度とし
ては一番弱い作品だとは思う。1作目ほどのロジックの充実感はないし、ス
トーリー的には2作目のユニークさに負けている。しかし、非常にバランス
は良いのだ。手がかりやロジックは小粒ながらも良く練られている。  

 ストーリー的にもなかなか味がある。2作目同様、サスペンス性はやはり
生ぬるいのだが、中途で予感していたよりも意外性のあるプロットが浮かび
上がってくる。帯にある「胸を打つ感動」というのも、なかなか壮大な着想
で心地良いではないか。                      

 残念なのはやはり最後の決着のさせ方だろうか。前作もそうだが、あえて
論議を巻き起こすような結末にしているような気さえしてしまう。勧善懲悪
という単純なミステリとしてのカタルシスに、疑問を持っている人なのかも
しれない。そういえば「本格推理」時代には地雷物一本で挑戦していたが、
これも一概に善とも悪とも括れない問題なのだろう。そういう作者の意識が
こういう方向性を生んでいるのだろうか。採点は
7点としたい。    

  

11/25 ケルベロス第五の首 ジーン・ウルフ 国書刊行会

 
 うーん、さっぱり良さがわからなかった。単純なエンタテインメント性を
期待するのとは、全く正反対の方向性の作品。あの読み辛い2部をやっと乗
り越えて、3部で文学的カタルシスを味わえるかと思ったら、どひゃあ難解
至極。じっくりと読み込んで、どれがどれ、誰が誰に呼応しててと、パズル
を組み上げるがように頭の中に構築しなくてはいけない作品。     

 世界の設定を事前に知って読んだせいか(後書きで興を削ぐので先に読む
なと書いてある部分だが、初読である程度の理解まで進みたい人は、忠告を
無視して最初に読んでおいた方がいいのではないかと思う)、完全に理解不
能のちんぷんかんぷんという程でもなかったとは思うのだが、この難解さが
心地良いかと云えば、個人的には全く受け付けられなかった。     

 ミステリ読みの自分としては、やはり解明のカタルシスは抜きには語れな
い。東野圭吾の「どちらかが」「私が」とは事情が違う。はっきりと理解可
能な説明が明示されている保証などどこにもないのだ。本書の専門サイトが
あるほど、難解で(おそらく)未解決の本書。単純に「話題だから」等の軽
い気持ちで試みるんじゃなくて、それなりの覚悟を持ってお臨みください。

 殊能のサイトなどを読むと、非常にミステリ的な解釈も可能な本書。これ
は採点対象内なのだろう。愚かな私にとっては、せいぜい
6点低め。  

  

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