ホーム創作日記

 

10/4 幻影のペルセポネ 黒田研二 文藝春秋

 
 これはクリーンヒット。くろけんさんの代表作の一つに数えられてもいい
作品だと思う。最近ではネット界やバーチャルな世界をテーマにした作品が
増えてきているが、その仕組みを最大限に活かして、これだけの巧緻なトリ
ックを組み上げた例を私は知らない。高く評価したいと思う。     

 ロジック&伏線、中でも伏線の細かい張り巡らせ方は、氏の最大の長所で
あろう。それによって今回も、仮想世界と現実世界を結びつける仕掛けの解
明が、すっきりと理解出来る。                   

 特殊な設定を盛り込むのにも巧みな氏であるが、西澤SF新本格のように
新たな世界を創造するわけでなく、リアルにあり得るかもしれないあたりで
勝負をかけてくるのも、ミステリとしての好感度が高い。       

 更に今回は青春小説としても成立している。私が氏のもう一つの特徴で、
個人的には大きな欠点だと感じている後味の悪さから、今回は救われている
のだ。これらを兼ね合わせて採点は
7点。本年の収穫の一つ。     

 さて、次作の「霧の迷宮〜」(読了済み)まで含めて、氏の著作は16作
品になった。ランキング好きの私としては、ここいらで個人的黒田研二ベス
ト10を選出してみようと思う。結果はコレだ。           

  

10/6 パズラー 西澤保彦 集英社

 
 著者初のノン・シリーズ短編集。アンソロジー等で読んだ作品が多かった
ので、そういう人にとってのお得度は高くないが(ハードカバーだし)、全
体的な完成度は比較的高い作品集だと思う。             

 ただ「パズラー」という題名には、ちょっと引っかかりを感じてしまう。
特に、帯に謳われている「純粋論理」という言葉は、果たして西澤保彦作品
にふさわしい惹句なのだろうか?                  

 この辺に関しては、過去の書評で何度も繰り返し触れているが、西澤流ロ
ジックとは仮説先行型推理だと私は思う。特異な着想とシチュエーション設
定の巧さという氏の長所が、逆にロジックへの負荷になってしまっている。
ロジカルに着想への道を辿り直すことが困難で、いきおい「こう考えてみた
らどうだろう」的な、頂点から底辺へと向かうロジックになってしまう。

 ノンシリーズである本書では、仮説推理のバトルロワイヤルという要素は
少ないものの、それでもこの呪縛から逃れられているとは思いにくい。 

 もう一点。嗣子ちゃんシリーズで、氏の着想の方向性がトリックから心理
へとシフトしていく変化を私は感じているのだが、本書ではその両面の楽し
みを味わうことが出来る。トリックの着想で見せる代表格が「チープ・トリ
ック」であり、心理の着想の代表格が「アリバイ・ジ・アンビバレンス」で
あろう。もう一作、意外な犯人につながっていく「卵が割れた後で」と合わ
せて、ベスト3としよう。採点はギリギリの
7点。          

  

10/12 生首に聞いてみろ 法月綸太郎 角川書店

 
 実に十年ぶりの法月の新作長編。綾辻館物新作と並んで、国内ミステリ
ファンならば「これは読まずにいられまい」な、最高度の話題作。これで
の学生アリス物まで出てくれてたら、新本格界とびっきりの一年になった
んだろうけど、さすがにそこまでは無理だったか。有栖は来年に期待。 

「新冒険」「功績」で、まさしく本格のど真ん中に復帰した作者の待望の長
編は、客観的には期待通りのど本格で、満足の一品だろう。      

 含みを持たせたのは、手堅い本格ではあるのだけれど、自分としては若干
の食い足たらなさを感じてしまったため。(以下、微妙ながらネタバレがか
すかに薫る記述になっているかもしれないので、ご注意を)      

 生首に関しては、一番始めから「このフリなら、これっきゃないだろ」と
予想していたそのまんまだったし(執拗にフリを繰り返していたから、これ
に関しては読めた読者が多いのではないかと思う)。また「誰彼」の過去を
懐かしむ自分としては、もちっとロジックの充足が欲しかったなぁ。ゴリゴ
リくらいの押しのあるロジックが、若き法月の最大の魅力だったもの。叙述
トリックを捨てネタにした二重の叙述的仕掛けなんて、凄く新しめのテクを
駆使しているのに、埋没しちゃって全然目立たないのも惜しいところ。 

 しかしながらも、意外にシンプルな真相ながらも意表を突くという、最近
の氏の短編を長編化したようなプロットはとてもいい。総合的には満足すべ
き佳作で、「このミス」「本ミス」W1位もむべなるかな。採点は7点。

  

10/14 Play 山口雅也 朝日新聞社

 
 山口雅也は病気以降往年のパワーをすっかり失ってしまったかのようだ。
本作は「マニアックス」同様のホラー寄りの短編集だが、本格的に世界を創
造して読者を引き込むような要素には欠けている。じわりと怖いというほど
の不気味さもそれほど秘めていない。叙述トリックを仕掛けてきても、なん
だか弱々しい印象だ。総じてやはり物足りない。           

 遊びをテーマにしていたり、後半2作には共通の登場人物がいたりもする
が、それほど統一感のある短編集でもないようだ。事前に構想を持って編ま
れた短編達というわけではないのだろう。最終作が「ゲームの終わり/始ま
り」と改題してきた真意は、歌野晶午の作品にインスパイアされたことを、
敢えて告白しているのだろうか?                  

 力強さには全く欠けるが、取りあえずミステリとして仕掛けてきた「黄昏
時に鬼たちは」をベストとし、本作中では雰囲気が最も優れている「蛇と梯
子」を第2位としよう。採点は低めの6点。氏に復活の日はあるのか? 

  

10/16 方舟は冬の国へ 西澤保彦 カッパノベルス

 
 得意のSF新本格路線とはちょっと違って、縦筋はシチュエーション小説
からSFに至る流れ、横筋は日常の謎タイプの小ネタ本格。それらが実はな
かなか微妙に組み合わさって、全体としては家族小説(というジャンルがあ
るのかどうかは知らないが)を構成しているという雰囲気かな。    

 SFとしてはマンガチックで、パズラーとしてはひたすら弱っちい。こう
書いちゃうと、取り立てて言うことのない小品みたいなんだけど、雰囲気が
意外に良いのだ。読後感も清々しくて爽やか。            

 当初の構想ではもっと本格パズラー性の高い作品になるとこだったらしい
んだけど、路線変更も正解だったと思える。本格性の低さを評価するなんて
このサイトでは異様な事態ではあるけれど、このくらいが丁度いい。  

 作者としては異色路線ではあったのだけれど、気持ちの良いおとぎ話を読
ませて貰ったな、ということで比較的高レベルの
6点。コメディ路線であり
ながらも、何故かどろどろした読後感の悪い作品の多い作者だけど、たまに
はこういう作品も読ませてくださいね。               

  

10/19 剣と薔薇の夏 戸松淳矩 東京創元社

 
 この話を楽しめるためには、明らかに私自身の素養や度量が欠けている。
読者としての自分が本書に対して圧倒的に劣っているが為に、本書に対して
自らが正当と思える評価を下せそうもない。             

 とにかく時代描写や風俗描写が圧倒的。莫大な蘊蓄と共に、丁寧に丹念に
じっくりどっぷりと描かれている。そこが本書の最良の点なんだろうが、そ
ういう部分に重きを置かないばかりか、ほとんど興味を抱けない自分として
は、却って欠点となっている。ひたすら読み疲れることこの上なし。  

 新聞記者とは云え、市井の民間人が探偵となることもあって、結末に至る
まではまともな推理らしきものも出てこない。ミステリと云うよりは歴史小
説して楽しめなければ、この長丁場とてもやっていられない。    
..

 読者の力量によって、評価が大いに左右される作品。ミステリだけを求め
る本格至上主義人間には不向きだったのだろう。採点、順位付けを放棄した
方がいいのかもしれないが、主観評価こそが意味を持つと信じる個人サイト
としては、臆せず付けてみることにしよう。かなり低めの
6点だ。   

  

10/20 逆さに咲いた薔薇 氷川透 講談社ノベルス

 
 氷川透シリーズの一環なんだろうか。シリーズに登場したお嬢様探偵祐天
寺美帆が、スピンオフして探偵役を務める作品。シリーズ自体がぱっとしな
い状況の中で、こういう展開をさせることに価値があるのだろうか。  

 本作には氷川ロジックのあのひたすらなまでのねちっこさは見られない。
思いつき推理の方が妥当な作品を別に切り出すために、探偵役を分けたのか
もしれないね、というのは深読みのしすぎかな。           

 その思いつき推理での「鮮やかな論理的反転」ってのが肝なのだろうが、
それほど意外性は感じられなかったし、心理的にもどうかなぁといったとこ
ろ。それなりに面白くなくはないキャラだけど、そもそも氏の文体では、キ
ャラ萌えとして楽しめるようなものでもないしなぁ。         

 総じて魅力は乏しかったか。ほとんど記憶も薄れている。採点は6点

  

10/24 各務原氏の逆説 氷川透 トクマノベルス

 
 こちらは一転、ラノベ路線という新展開を目指したような作品。表紙絵か
らして明らかに狙いすましています(笑)              

 その割には全体的に地味。ラノベ風に軽ミステリかと思えば、それなりに
真っ当にミステリやってはいるし。                 

 個人的にはチェスタトン風の逆説を期待していたのに、あまりそういう味
には感じられなかったのが残念。逆説の提示というよりは、別の見方を提示
しているだけのように思えてしまった。氷川ロジックと同じように、パラド
ックスにもアクロバット性が欠けているせいだろうか。        

 中途半端な意味無し叙述トリックもどうなんだろう? 想定読者に対して
はちょっと不親切な感じもするんだけどな。             

 新シリーズとしてはまだ様子見な段階。「ポンド氏の逆説」のように、逆
説一つで短編ミステリとしてのケレン味を見せるくらいの、気合いが欲しい
ところ。この生ぬるさ具合が続くようでは、自分としては物足りなさを感じ
ずにはいられない。しかし、売上のためにはそういう方向性ではなく、ラノ
ベ路線で充実を図った方がいいのだろう。採点は
6点。        

  

10/24 Q.E.D.19巻 加藤元浩 講談社

 
 収録されている2作共に犯人当てではないのだが、人情味・トリック・パ
ズル性が比較的バランスの取れた巻かもしれない。採点はいつもの
6点

 まずは倒叙物「マクベスの亡霊」だが、シリーズで時折見かけられる「目
から鱗」系の意外な盲点トリック。「えっ、そうなの?」って一瞬あっけに
取られてしまった。                        

「賢者の遺産」は番外編のパズル系のネタ。漫画ならではのビジュアル・ト
リックが仕掛けられている、、って程じゃないか。解決で見せられるまでは
見えようがないものね。ミステリのネタよりは番外編ストーリーを楽しむ作
品。そういう意味では最後のコマは結構いい感じだよね。       

  

10/27 赤い霧 ポール・アルテ ハヤカワポケットミステリ

 
「本格ミステリ・ベスト10」投票〆切に向けた駆け込み読書の開始。まず
は翻訳物。これだけは欠かせまい。個人的順位では一昨年一位、昨年二位と
常にベスト争いをしている不可能犯罪の名手、ポール・アルテ。    

 根っからのマニアからミステリ作家になったことが、作品を読むだけでプ
ンプンと匂い立つ作家というものがいる。海外では「悪魔を呼び起こせ」
デレック・スミスなどがその代表格だろう。アルテもまさしくそういう類の
作家である。デビュー作からいきなりメタをやってくるあたりも、新人のが
むしゃらさよりも、明らかな計算高さが働いていた。         

 本作はミステリを読み慣れた読者を想定したと思える、ミスリードの手法
が幾重にも張り巡らされた怪作である。特に第一部のラストで、自分が予想
していた解決をまんまとひっくり返された人は、他のミステリでは結構真相
当てちゃうんだけどな、という人なのではないだろうか。       

 あの殺人鬼にあの名探偵という、ミステリファンを喜ばすための趣向も盛
り込まれている。単なる本格でもサスペンスでもない、一種異様な雰囲気を
持った作品だが、読み応えはあり。採点は
7点としたい。       

  

10/29 リピート 乾くるみ 文藝春秋

 
 駆け込み読書国内ミステリ版。今年度最大の要注目作品に続く、今年二作
目。この仕事っぷりはいったいどうしたってんだ、乾さん(笑) くろけん
さんが自サイトでコチラの方が好きだと書いてたりするもんだから、それは
読まないわけにはいかないでしょ。                 

 曲者乾くるみであるからには、時間物SFの傑作「リプレイ」を想起させ
る設定を持ってきても、そこから予想範囲内の展開などは見せてくれない。
いきなり始まる予測不可能の連続殺人(?) ここから本格に持ち込んでく
るのか、とちょっとびっくり。                   

 過去に例のない異様な事件にもたらされる「ホワイ」の解決。このインパ
クトはなかなかのもん。「イニ・ラブ」の後にお話伺う機会があったときに
「もうカラッポ」と話されていたのに、まだまだこんなストックを隠し持っ
ていたのね。「仕事しない作家」の汚名返上した現在、ミステリ界の注目作
家になっている今のうちに、も一つ、二つ、畳みかけて欲しいところ。 

 解決の後の冒険サスペンスはちょっと力不足は感じられたが、やはり真相
のインパクトは評価して、採点は
7点。               

  

10/31 アルファベット・パズラーズ
                 大山誠一郎 東京創元社
 
 出た! ついに出た! 満を持して登場してきたのは、今世紀最高(気の
早い表現だけどさ、この言葉を撤回する日は自分がこのサイト続けている間
には、訪れないのではないかって気さえするよ)の超大型新人ルーキー。剛
速球が手元で急激に変化する、ド真ん中の魔球。これまでに読んだ2作の中
短編も傑作だったが、それらをも凌駕し得る作品集で正式デビューだ。 

 芯に恐るべき奇想があり、ロジックと状況設定でがっちりと固めていく。
だから解決という逆算の段階でも、美しく華麗にして豪快剛胆。パズラーと
してド真ん中のド本格ながら、導かれた先には驚愕のド奇想。     

 ミステリパズルの書き手としては、鮎哲綾辻麻耶を越える史上最高の
名手かもしれない。あくまでパズラーであるから、一般の読者に対しては、
小説としての膨らみが今後の課題となるのかもしれないが、本格至上主義者
である私にはそういう余剰は不必要。とんがったままでいて欲しい。  

 最後の落とし所はありがちな趣向ですっきりとは喜べないが、誘拐に対し
てこんな奇想があり得たのかと驚愕の「Yの誘拐」がベスト作だろう。短編
集のオールタイムベストを選ぶ際にも、考慮されてよい作品集。麻耶の処女
作品集
にも充分匹敵。そういうわけで、こちらの採点も極上の
9点。さて、
この先氏がどんな長編を見せてくれるのか、それが楽しみだ。     

  

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