ホーム創作日記

2/7 真昼に別れるのはいや 笹沢左保 集英社文庫

 
 ささやかなマイブームの続き。紹介されているような作品が意外にブック
オフで入手出来ず、充実の初期に書かれていた作品をピックアップ。しかし
残念ながら、ちょっと凡作という印象を受けた。           

 ミステリとしてのクライマックスは、かなり奇妙な形式でのアリバイ崩し
である。捻ったアリバイの提出なのだが、やはりあまりにも基盤が脆弱すぎ
る。これは幾らでも打ち崩せそうだと読者が思った時点で、アリバイ崩しも
のの魅力は半減してしまうだろう。見せるアイデアとして非常にユニークで
興味深いのだが、ちょっと構築が物足りなかったようだ。       

 しかし、氏の描く心理ってかなり意地悪だよなぁ。本作でのエゴへの落と
し方などにも良く現れている。本格ミステリの単純な功利性や愛憎劇の構図
に慣れきっていると、氏の描く心理の多面性や嫌らしさに違和感を感じてし
まうほど。でも、逆にそこが氏の作品の魅力でもあるわけだろう。書き割り
のミステリばかり読んで麻痺してちゃいかんよね。わかっちゃあいるんだけ
ど、今日も今日とてガチコチの本格ばかり読んじゃってるんだよね。  

 ストーリー展開や心理の綾や粋な題名など、充分読ませてくれる作品では
あるけれど、採点はやはり
6点止まり。高いレベルを期待しすぎか?  

  

2/12 KILLER X クイーン兄弟 カッパ・ノベルス

 
 パートナーを愛川晶から黒田研二に変えての、二階堂黎人合作シリーズ第
二弾。前作から読んだ方がちょっと楽しいかもしれない。しかし、衝撃度は
単独でも変わらないと思うので、こちらだけでもOK。但し、本作から前作
に戻るのはちょっと感心出来ないかも。               

 先程衝撃と書いたけど、いやあ、こいつは凄いよ。サイコ・サスペンスと
仕掛け本格の融合なのは前作と同じだけど、更にパワーアップ。アンフェア
すれすれのギミックまで盛り込んで、数段のオトシ技を仕掛けてくる。傑作
や力作が集中した驚異の一昨年度の発表だから目立たなかったけど、例年だ
ったらもっと注目されても良かったのでは。             

 売り方にも問題ありそうかも。もっと仕掛けものとして意外性を強調して
も良いのではないだろうか。とにかく「吃驚(びっくり)」を楽しみたいと
いう、サプライズ・ハンターな方々は決して見落としてはなりませぬぞ!!

 ちなみに作者当てクイズとしては、あまりにもあんまりでは。目隠しあり
とはいえ写真付きでは、内容読まなくてもいいやん! 前作に引き続いてだ
し、二階堂黎人は一目瞭然。ということは、この頃はくろけんさんはまだ容
姿までは知るまい、ふっふっふっ、な状況だったわけね。はっ、今もか?

 ずるっこいところはあるけれど(わかるか、あんなん!)、完璧に手の中
で踊らされたりもしたので、思い切って
8点! あの感動充実の2002年
度にいてさえベスト5に選出。もっと早く読んでおけば、としばし後悔。

  

2/16 詐欺師ミステリー傑作選 小鷹信光編 河出文庫

 
 小ネタの詐欺物が大好きなので、こういうアンソロジーには目がないはず
なのだが、何故だか買い損ねていたようだ。オフ会の席の貰い物。   

 さて詐欺物でアンソロジーを組むというのも、叙述トリック傑作選(さす
がにそういうアンソロジーは知る範囲では存在しないが)みたいなもので、
始めからある程度ネタバラシしてるようなところがある。それだけに意外性
よりは、とぼけ具合のおかしみやらアイデアの秀逸性などが、評価や個人的
なお気に入り度合いのポイントになりそうに思う。          

 というわけで私のベスト作品は「博愛主義的数学口座」となる。なんで今
更O・ヘンリーなんだと思わなくもないが、お馬鹿な展開からそう来たかと
思わせて、最後の最後に繰り返しギャグのように張った伏線を回収、と見事
な作品。やっぱり短編小説の天才だよなぁ。脱帽。          

 ミステリ界からはやはり短編の名手ジャック・リッチー「転職への道」を
選ぼう。これはテーマ別アンソロジーでないところで読みたかった作品。巧
妙さではこれが一番のロバート・ヴァラック「黒い帽子の男」でベスト3。

 ところでこれを読んで思ったのだが、ネット・バンキングで家にいながら
にして金も動かし得る現在、子供をさらって(口先だけもいいかもしれない
が)相手の家に乗り込み、その場で振り込みさせ相棒が下ろしてドロン(死
語かも?)という、わずか数時間の効率的かつ失敗の可能性の少ない誘拐事
件も可能なのではないかな。何しろ金が確実に入手出来るまで、被害者の一
挙一動を自分の目で確認出来るわけだからね。警察の介入もあり得ない。顔
を合わせることにはなるが、うまくすれば人相まではつかめないようにも出
来るはず。狙った相手がネットで幾ら動かせるか、という見込みさえ正しく
ビンゴすれば、ぼろい犯罪なのかもしれない、、、          

 なんて犯罪示唆(ちゃうよ!ミステリとしてのネタの話ね)はここまでと
して、小コラムもそこそこ楽しいし、甘めの採点だとは思うが
7点。  

  

2/18 ソルトマーシュの殺人 
            グラディス・ミッチェル 国書刊行会

 
 連作「警察官に聞け」などで名前は知られてはいたが、ほとんど黙殺され
てきた作家。黄金期の作家で66冊ものミステリの著作がありながら、邦訳
長編は1冊っきり(「トム・ブラウンの死体」ポケミス)で、しかも絶版。

 巻末の解説を読むと、その原因の一端は黒人蔑視や近親相姦などの社会的
タブーを作品の中に取り入れているせいかもしれない。猥雑な作品が主流と
も言い得る時代もあった我が国だが、それとは逆に”お堅ぁ〜い”時代も確
実に存在したと思う。ちょうどその頃にこういうテーマを扱う彼女やら、ふ
ざけてると言えなくもないバークリーやらが、ぶち当たってしまったのだろ
うか。で、フランシス・アイルズ名義での犯罪心理系や、お堅い度合いがぴ
ったりとマッチするセイヤーズ「ナイン・テイラーズ」などはもてはやされ
たと、、、但し、これはあくまで個人的想像であって、時代検証などは全く
していないので、鵜呑みにはしないでくださいね。          

 また「盛り上がるべきところで盛り上がらず、本来なら盛り上がるはずの
ないところで、突如、盛り上がったりする面白さ」と解説されている彼女の
作風自体も、受け入れにくかったのかもしれない。クリスティのリーダビリ
ティーとは全く異質。正直に言えば、私もちょっと苦手かも。斜め方向から
ミステリを見据えた作品が多い、現在の読者には受け入れられるだろうが、
この作風自体を素直に賞賛しようという気にはなれんなぁ。      

 論理性とはちょっと違うように思えるが、作品の構築や意外性の置き所な
ど結構ユニークで面白味は高い。ラスト一行の冷たい幕切れも良いので作品
自体は
7点とするが、あまり追いかけて読みたい作家とは思えなかった。

  

2/20 日本ミステリーの一世紀(中巻)
           長谷部史親・縄田一男編 廣済堂出版

 
 時代順に並べられたアンソロジー全3冊の真ん中。結構微妙な時期であっ
たり、特に本格系を意識していない編集だったりして、過去のミステリ短編
の傑作を3冊に凝縮するにしては、個人的には非常に物足りない。ミステリ
としての結構が優れている作品ではなく、特殊な状況設定に秀でた作品が集
中的に選ばれている傾向があるようだ。風情や情感が重んじられているよう
にも思う。上巻はかなり納得の布陣だったのだが、この中巻や下巻では自分
ならば同じ作者だとしても、全く違う作品を選ぶと思う。       

 ちなみにこのアンソロジーの母胎になっているのが、小説新潮の89年の
臨時増刊「昭和名作推理小説」である。収録作品が重なりすぎているのが残
念な点の一つ。一部は作品差し替えられているんだけどね。      

 さて、あまり本格色の強くない作品集の中でベストを選ぶとすれば、山村
正夫「獅子」になるだろう。歴史ものとしての極めてユニークな不可能状況
の設定から、意外性のある解決まで、さすがに元々は犯人当てとして書かれ
ただけのことはある秀作。ベスト3の残り2作は、ありがちな真相かもしれ
ないがなかなか展開が面白い有馬頼義「謀殺のカルテ」、秀作が多くてどれ
を選ぶかは確かに人それぞれ違いが出るであろう、都筑道夫「なめくじ長屋
捕物さわぎ」からの一編「小梅富士」としよう。           

 やはり本格者としては、全般的な物足りなさから、採点は6点とする。

  

2/21 Q.E.D.16巻・17巻 加藤元浩 講談社

 
 16巻の感想を書き忘れていたので、ここでまとめて書いておこう。ちな
みに、なんと17巻はノリリンの絶賛帯付き。「本格ファンを自認する者、
すべからく『Q.E.D.―証明終了―』を読むべし。」ということなので
本格ファンの方々、自己責任において(笑)お試しアレ。       

 まずは16巻。ミステリ要素の面白味よりは、燈馬自身の展開が興味深い
点と言えるだろう。「サクラサクラ」での峰岸の質問に対する彼の答、「死
者の涙」での大胆な行動など、シリーズファンにとっては気になる展開。逆
にファン以外の読者にとっては、あまり旨味のない巻だろう。
6点。  

 続いて17巻。パズル作品に人情物というお得意のカップリング。「災厄
の男の災厄」は、パズルの手順や解答の提示の仕方はなかなかの出来だが、
最後のありかが見つからないはずはないよなぁ。アランくんももちっと別の
方向で金使って欲しいもんです。「これ以上関わらないこと」なんて約束さ
せられてるけど、今度はどんな計画に巻き込んでくれるのだろう?   

「いぬほうずき」はアリバイトリックよりも、ちと目から鱗な密室トリック
が微妙に乙なもの。採点は
6点だが、シリーズの平均よりは上の出来。 

  

2/24 七度狐 大倉崇裕 東京創元社

 
 本格ミステリ大賞候補作品。それに値するにふさわしく、ちょっと歪(い
びつ)ではあるが、真っ当な本格作品。クローズド・サークル内での連続見
立て殺人という骨太の縦筋。これに様々な要素を絡ませて堂々とした本格作
品を構築した。この構築度合いは昨年度ミステリ界のベストだろう。  

 またミステリは組み上げるだけでは成立しない。その建築物がいかに優れ
たものであろうと、それが組み上げられる様が読者に筒抜けであっては意味
をなさない。また最後に唐突にその建築物だけを見せられても、その存在理
由や構築原理が伝わらなかったら、それもまた無価値となってしまう。 

 実は本書の最大の魅力はここにあると思う。壮大な建築物の間隙を抜くよ
うに埋め込まれた伏線の回収。読者はたしかに建築物の一部を見せられてい
たのだ。でも、それらだけで全体像を脳裏に再現出来る読者は稀だろう。し
かし最後に構築物を見せられ「ほら、あの時あなたが見たのはここだったん
ですよ。そしてここも見ましたよね」と言われれば、充分になるほどと頷け
る。このお仕事の仕方が、いやはやご立派。             

 見立てに関しても、自分で勝手に創作した物ではなく、実際にある落語を
基に、それを補完して充分に創作落語になり得るものを創造しているのだか
ら、これまた本書の凄さの一つに数えられるだろう。         

 突き抜けるほど「好き」にはさせてくれなかったが、本格パズラーの見逃
せない佳品の一つ。採点は
7点としよう。              

  

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