ホーム創作日記

11/5 しあわせの理由 グレッグ・イーガン ハヤカワSF文庫

 
 これまたアイデンティティを底辺にして、様々なアイデアを詰め込んだセ
ンス・オブ・ワンダーに満ちあふれた短編集。SFファンもSF初心者でさ
えも隔てなく楽しめる作品集でないかと思う。            

 特異なアイデアを機軸にした奇想話は、意外にも日本の古典ミステリ短編
における”奇譚”系の作品の味わいと、同じものが感じられるような気がす
る。このアイデア自体の導入先が全然違ったところであるわけだが。  

 更に「祈りの海」同様、SFハードボイルドといった作品も入っていて、
こういう意味でもミステリファンには入りやすいハードSFではないか。

 ベスト3は、まずは表題作。生理的要因からの幸福感の描き方は、アイデ
ンティティ・テーマのユニークな切り口であろう。「道徳的ウィルス学者」
はミステリ的なオチのもある作品。もう1作は「適切な愛」としよう。書き
込みはあっさりとしているものの、考えようによってはホラーとも取れる作
品は、イーガンの一つの作風を形成しているように思う。       

 本作も採点は7点。さて続いてはやっぱり長編も読んでみるべきか。 

  

11/10 依存 西澤保彦 幻冬舎文庫

 
 酔いどれ探偵ごっこ(?)シリーズの集大成的作品。但し、ストーリー的
に、という注釈は必要かと思う。このシリーズの”重さ”がずっしりと重厚
的に描かれた作品。タカチ篇「スコッチ・ゲーム」とタック篇の本編で、合
わせて一つとなり得る作品。「仔羊たちの聖夜」と「スコッチ・ゲーム」が
つながっていたように、シリーズとしての流れが明確になって、ここで一旦
クライマックスを迎えたとも受け取ることが出来るかもしれない。   

 ミステリ的には、幾つかの謎が提出されて解かれていく連作形式になって
いながら、それらが一つのテーマに結び合って中心となる主人公の謎が解か
れるといったもの。西澤保彦得意のパターンといったところだ。    

 しかし、それぞれの完成度からいえば、それほどのものとは思えないもの
ばかりだった。短編集的な面白味よりは、中心となるテーマを描くことに多
くが寄りかかっているせいだと思う。                

 では、そのテーマがどうなのかという点だが、さてどうだろうか? 「ス
コッチ・ゲーム」の感想でも書いたが、私にはやはり設定が上手く馴染めな
い。西澤保彦はどれほどのリアリズムを意識して本シリーズを描いているの
だろうか? 人間ドラマとしてのリアルさを目指しているのか、書き割り人
物に対しての特異な属性を設定しているだけなのか? そのどちらに対して
も、私は読者としての距離感をつかむことが出来ないでいる。     

 これはリアルですか、それともファンタジーですか? 作者自身よりは、
本シリーズの読者に問いかけてみたいように思う。採点は平凡な
6点。 

  

11/12 七月は織姫と彦星の交換殺人    
                   霧舎巧 講談社ノベルス

 霧舎氏のファン(と言い切ってしまおうではないか(笑))ではあるが、
別にあのイラストのファンではないので、プレミアム版ではなく通常版。但
しプレミアム同梱のトレカには、「霧舎学園ミステリ白書トリビア」が5つ
(プラス予告トリビアが1つ)もれなく付いているらしいので、誰か購入し
たお友達を見つけて、教えて貰うことにしようっと?         

 さて、今回の同時発売には当然意味がある。それは次作の感想に回して、
とまずはコチラ。ただ最初に書いておくと、今回の2作品はどちらも佳作。
そのうち本来のミステリとしては本作の方を買おう。犯人はわかり安いとは
思うが、題名に交換殺人を謳っておいての展開と解決はうまいと思う。 

 今回の物理的オマケはしおり。物理的であることの必然性がしっかりと盛
り込んであるところが流石。きっちりと推理の必然性に絡ませてくるとは、
脱帽しました! 12作もどうやるんだろうという大きな不安があったのだ
が、もうそんな不安は捨ててしまおう。霧舎はきっとやる!!!    

 一体次はどんな手で来るかってこんなにワクワク出来るシリーズなんて、
滅多にない掘り出しもんですぜ、お客さん。ミステリの遊び心を愛する人、
オマケ目的の仮面ライダーチップスやら玩具菓子やらにはまってしまう性格
のミステリファンにはお薦めだろう。採点は
7点!          

 ちなみに目次の最初の文字を、、、ってのはすぐ気付いたのだけど、これ
で真相わかる人なんていないと思う。これがトリビアの一つなのかな? 

  

11/13 八月は一夜限りの心霊探偵 霧舎巧 講談社ノベルス

 
 さあ、今回のメインイベント(笑)!  ミステリとしての多少のご都合
主義やら強引さやらは、どこぞに吹っ飛ばしてしまいましょ。こんな手まで
使ってくるとは、もう参りました、わたしゃあなたに付いて参りますぅ?

 この2冊”手に取って”読んだ人にしかわからぬ、この仕掛け。全く違和
感すら感じてなかった鈍感人間たる私は問題外としても、これを推理の中に
組み込めた読者なんているかしらん? 凄いぞ、霧舎、どんといけ!  

 とにかくこういう仕掛けやら小技やらが、最高潮に達した作品。ミステリ
としてどうのこうの以上に、シリーズとしての集大成的な意味合いを持つ作
品かもしれない。いよいよ《あかずの扉》研究会メンバーも直接登場を果た
したし。予言成就が大前提の上記シリーズとはちょっと趣が変わって、本作
では棚彦クンが孤軍奮闘しているわけだが。どういう形で成就するのか、こ
れまたやはり大きなお楽しみの一つだ。注目されたし。        

 水着ピンナップでの加点(嘘です(笑))を別としても、採点は7点

 集大成的意味合いを含めて、これまでのシリーズのベスト作品に選出して
おこう。しかし同時発売で買った読者は別として、ブックオフ等で買って読
んで売りを繰り返している読者には果たしてどうか? これから読もうとす
る方は是非お手元にシリーズ作品(せめて7月)を用意しておきましょう。

  

11/17 白銀荘の殺人鬼 彩胡ジュン カッパ・ノベルス

 
 二階堂黎人愛川晶によるサイコサスペンス本格の合作。合作者の正体当
てクイズが行われたことで有名。ちなみに私はヒントだけで勝手に推測し、
自分の掲示板で正解を予想していたのでした(ちょっと自慢)。読んでなか
ったことが逆に幸いしたのかもしれないけどね。正解者は233名中わずか
8名。くぅ〜出しときゃ良かったよ。ちなみに発表のページを覗いたら、正
解者の名前に「市川尚吾さん」 おお、さすがだぁと、ちと笑う。   

 さて本作の中身の出来だが、相当に強引な力業だろう。やりたいことはわ
かるし、多重人格の一つを記述者にするなど、なかなか新し目の工夫も折り
込まれている。しかしなぁ、さすがにちょっと不自然かなぁ。     

 あと判断に悩むのは、ある露骨な伏線に関して。おそらく新本格系の読者
であれば、「もう飽き飽きだわ」ってな露骨きわまる伏線に気付かざるを得
ないだろう。どうも本気で隠そうとしている雰囲気ではない。しかし、これ
が捨てレッド・へリングになっているわけでもない。2段構成になっている
ので「ここまでは読み切れなかったでしょ」という為なのだろうが、読み進
めるためにはこれがもどかしく思えて、マイナス要素だと感じられた。 

 非常に面白い作品ではあるけれど、「納得」させてくれるにはちょっと無
理があったり、心理的な不自然性が目立ち過ぎる。採点は
6点止まり。 

  

11/19 弥勒戦争 山田正紀 ハルキ文庫

 
 今更ながらだけど、読み逃していた著者のデビュー2作目。すっごく表層
的に捉えると、「仏教をベースにしたサイキック・ウォー」とも言えるだろ
う。敢えてこういう俗な表現を用いてみたのは、これが最近のOVA等で結
構良く用いられているモチーフではないかと感じたからだ。本書の底本発行
は76年というのだから、山田正紀のエンタテインメント性の先見性を、非
常に良く表していると思う。「神狩り」や本書や「謀殺のチェスゲーム」な
どをちょっと脚色してアニメ化すれば、かなり知的でスリリングで抜群に面
白いエンタテインメントになることだろう。             

 このエンタテインメント性は、「妖鳥」から始まるここ数年来の氏のミス
テリにおいても、重要なファクターとして機能している。本格ミステリとし
ての結構以上に、様々なアイデアやモチーフが持ち込まれているのが、山田
ミステリの大きな魅力なのだから。中でも「神」というモチーフはよく使わ
れているが、「神曲法廷」などで良くわかるように「絶対的な善」として描
かれることはない。こういう初期SFを読むと、それも納得だろう。  

 仏教からここまでのエンタテインメント性を引き出す力。釈迦の解釈など
驚嘆してしまう。光瀬龍の「百億の昼と千億の夜」などといい、日本SFだ
ってほんっと面白かったのになぁ。昔日の栄光よ、再び! 採点は
7点

  

11/22 他殺岬 笹沢左保 カッパノベルス

 
「ミステリーズ!」創刊号での特集に、むらむらと読みたい気分が高まって
しまった笹沢左保。「日本ミステリ・ベスト30」でも第16位に入れてい
るように、特に初期の頃の氏の作品は、本格・冬の時代の希少な存在感ある
作品群だったと思う。新本格が完全に受け入れられた現在こそ、まさしく再
評価されるにふさわしいのではないか。               

 さて紹介されていた作品を、町田ブックオフ(おそらく日本最大)の百円
棚で探したのだが、意外に入手出来なかった。読み捨てされる傾向にありそ
うな作者だから揃うだろう、と思ったのだが。そもそも読まれなくなってい
るということなのだろうか。ただ単に運の問題であればいいのだが。  

 ということで、まずは入手出来た「他殺岬」「求婚の密室」から。これは
シリーズとしてつながっていて、本作の誘拐物、2作目の密室物と、非常に
斬新なアイデアを盛り込んだ意欲作である。             

 特に本作にはシビれた。こんな着想が成立し得るとは。誘拐物としてのユ
ニーク極まる展開も興味深いが、こんな着地点があり得るのかってほど、可
能性を考えはしたが即否定した驚愕の結末に辿り着く。これだけミステリと
してのプロットが突出した作品は珍しい。底深い実力を感じさせる逸品。

 心理の描き方に物足りなさを感じたり、必然性の弱さが感じられたりした
ので、採点はギリギリ8点を逃す
7点とするが、大筋としてのプロットの妙
は一読に値する特異な秀作だと思う。大満足。            

  

11/26 家守 歌野晶午 カッパノベルス

 
 良かった、いつもの歌野だ。これまた驚愕の作品が紛れこんでいたり、
有栖のように本格の原点に回帰した作品が入っていたらどうしよう、と
ちょっとドキドキしてしまったのだった。さすがにそうそう人間は、一気に
豹変するもんではありません(笑)                 

 表題作の題名が象徴するように、「家」への妄執が薄らかなテーマとなっ
てはいるものの、これを連作推理小説として売るのは異議あり。明らかに短
編集でしょ、カッパ編集者様。連作と短編集では、読者の喰い付きが違うの
かしらん。これを「東京創元社効果」と業界では呼ぶ(嘘です!)   

 表題作はテーマを表明するために選ばれたのだろう。出来は他の作品の方
がよい。ベストは「埴生の宿」かな。たわいもない作品ではあるんだけど、
読み物としては最も面白い作品だろう。残り2作は「鄙」「人形師の家で」
前者は雰囲気とは合わないながらも、バカトリックが微笑ましい。後者は冒
頭のファンタジーの謎解きと失踪の謎解きという、二つのアイデアが盛り込
まれているのが好感が持てる。可もなく不可もない
6点。       

  

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