ホーム創作日記

5/6 新本格猛虎会の冒険 東京創元社

 
”ノリ”で大きな仕事が決まるっていうのは、どこの世界でもある話だと思
うが、本書はいかにもそういうノリで企画が決まったんじゃないかと思わせ
てくれる作品集。きっと最初の発端の場は、お酒が入ってたよね(笑) 

 さて、野球も阪神も大して興味はないスポーツ音痴な私だが、北村薫
、珍しく黒崎緑は夫婦で登場、いしいひさいちに外人助っ人ホックまで登
場、と来た日には、やっぱり買わずにいられませんって。       

 しかし、さすがに偏った企画本なので、阪神に思い入れも偏見もない身と
しては、それほどの感慨は抱くことの出来ない作品集なのだった。北村薫な
んて、悪癖(だと私は思ってる)である独りよがりさ(一般的とはとても言
えない自己の知識に寄りかかったもの)が存分に発揮されているし。まぁ氏
のおやじギャグという意外性が味わえるのは貴重かもしれないけど(笑)

 そんな中でトラキチでなくても楽しめる短編としては、白峰良介がベスト
だろうか。密室の解法はダメダメだけど、奇妙なWHYから意外な動機が導
き出される。次点は奥様。強引な推理の飛びは感じられるけど、しゃべくり
を聞いている(読んでいる)だけで、あたしゃ幸せ。3位は有栖。事件自体
はたいしたことないけど、最後の一行が結構うまくオチてるよね。   

 全体的にギャグっぽいネタになってるのは、やはり阪神は色物球団という
ことなのかな。自虐ネタになりやすいのも顕著な特徴。このまま素直に優勝
なんて事態にならない方が、かえって彼らの幸せかも。まぁ横から余計なこ
とは言わずに引っ込んどきましょ。非トラキチとしては低め6点。   

  

5/9 血文字パズル 角川スニーカー文庫        
       有栖川有栖麻耶雄嵩太田忠司若竹七海

 
 名探偵、ホラー、密室、アリバイに続く本作はダイイング・メッセージ。
メッセージが主テーマであるにも関わらず、無理なく素直に納得出来る解答
に辿り着けているのは一作も無し。作者が書くのは楽なのはわかるけど、わ
ざわざそういうお膳立ての企画を立てなくとも、と個人的には主張したい。

 一応ベストはやはり麻耶雄嵩。事件自体よりも、メルの相変わらずの性格
の悪さや、微妙にメタっぽく”名探偵”を遊び倒す辺りの趣向がいい。 

 次点は太田忠司。これまた事件自体よりも、伝奇風の味付けや、探偵コン
ビの秘密など、設定としての面白味が光っている。          

 3位は有栖。ネットで見た(のだろう)グッズから一本仕上げました、て
な作品。もっと関連性高い犯人の設定出来るはず、手抜きなのでは?  

 最後は若竹七海。ミステリを期待してるので、青春小説ではどうも乗れな
い。「クール・キャンディー」と抱き合わせの趣向も特になかったよね。

 全体の出来としてはこれまでで最低。限りなく5点に近い6点。   

  

5/12 越境する本格ミステリ 小山正・日下三蔵監修 扶桑社

 
 小説以外の映像系メディア(映画・TV・漫画・ゲーム)の中から、”本
格ミステリ”を探し出すための最適なガイドブック。通常、ガイドの類とい
えば、偏り具合が気になるものが多いものだ。「どうしてあれが入ってない
んだよ!」と声を大にして言いたくなってしまう。たとえば本書の監修者の
一人である小山正の「バカミスの世界」などは、定義の難しさもあってか、
突っ込みどころ満載だったりもした。                

 しかし、本書は珍しくもその困難さをかなりクリアしていると言っても良
いと思う。網羅度は抜群だ。私自身の「隠し玉」的な作品であった映画「テ
ラートレイン」(お薦めミステリ映画ベストテン参照)や漫画「聖バレンタ
インデー殺人事件」も、それなりのスペースで解説されているし。私が見る
ところでは、とにかく幅広く、きっちりと拾い上げているのではないかと思
う。非常に良質のガイドブック。本格ファンとしてはこれは絶対に”買い”
の一冊。一覧としての見にくさはあるが、必携本だろう。採点は8点! 

 ところで「サスペリア2」なんだが、私が持っているレーザー・ディスク
では冒頭のあのシーンが出てきそうなところで、カットが切り替わってる。
つまりは究極の映像トリックは成立していないのだが、本当のところどうな
のだろう?DVDでは映っているのか?誰か教えてください。しかし、もし
そうだとすると、レーザーでカットしたのはどこの大馬鹿野郎なんだよ?!

  

5/16 被害者は誰? 貫井徳郎 講談社ノベルス

 
「プリズム」が本来の本格としては期待外れに終わってしまっただけに、本
格ミステリ作家としてはどうなのか判断出来ない作者であったが、本作を読
んで実感。貫井さん、あなたはきっと根っからの「本格者」だよ。   

 マガーの趣向を踏襲した、被害者探し・目撃者探し・探偵探しといった、
それぞれの趣向を凝らした4編の短編集。しかし、そういう趣向が楽しいば
かりではない。敢えて言ってしまうが、叙述としての仕掛けが、見事なまで
にびっしりと敷き詰められている。しかも4編全てにだ。これは凄いぞ。

 全部をつなげる連作としての仕掛けはないのだが、単純な短編集とも言い
切れない。パターンの裏切りなどもあって、つなげて読んだ方がより意外性
を増すと云ったような、結構玄人好みの渋い演出も仕掛けられているのだ。
「本格の粋を極めた」という謳い文句も伊達じゃない。本格の「すい」と読
んでもいいし、「いき」と読んでもこれまたピタリと収まりますな。  

 しかし考えてみるとあのデビュー作なわけだし、この類の話は得意なのか
もしれないな。それでもその書きっぷりの実力に加えて、「探偵は誰?」で
のロジックを見れば本格者としての底力も充分。ユーモア感と読みやすさも
加わって、本格初心者から本格マニアまであらゆる本格者を惹き付ける魅力
を持った作者だろう。是非「こだわりの本格」を今後も書いて欲しい。 

 本書はとにかく本格の遊戯性を愛する人向け。「どんどん橋」あたりがお
好きな人には、まさしくお薦めの作品だろう。こういう稚気や遊び心って、
本格には欠かせないエッセンスの一つだものね。「わからない人はわからな
くて構わない。わかる人だけ楽しめばいいんだものねぇ〜」なんて、端から
見れば「本格の閉鎖性」を指摘されても仕方ない台詞を吐きたくなってしま
うほど。ちょっぴりおまけ気味だけど、8点進呈!上半期のベスト!  

  

5/19 山沢晴雄特集6 山沢晴雄 別冊「シャレード」67号

 
 待ち望んでいた山沢晴雄の短編集。「悪の扉」に続いて甲影会の同人誌。
なかなか商業ベースに乗らないものを発行してくれるのは嬉しい限り。 

 さて冒頭が、長い間私の隠し球の代表であった「仮面」である。自分でア
ンソロジーを組むならこれを入れようなどと、アマチャアであっても夢想す
ることは必ずあるはず。私が密室アンソロジーを編むならば、単純な密室物
ではなく、一風変わった密室ばかりを集めたい。その冒頭に入れるならこれ
だよなと思っていたのが、本作なのである。             

 紙片の密室という特異な着想。岩田賛「絢子の幻覚」に前例があるとはい
え、使われざるトリックという着想。「扉」という作品に改稿されて、わか
りやすくはなっているが、紙片という小さなものに凝縮されているこちらの
作品の方が効果が高い。この改稿のせいもあって、意外にアンソロジー収録
率の高い山沢短編の中でも、初出の「別冊宝石」以外では入手出来なかった
貴重性もあった。本書には更に中間バージョンである「さそり」も収録され
ていて、作者自身も相当な自信作であったことがうかがえる。     

 他にも山沢らしいアリバイ物「電話」(「悪の扉」の原型?)や「密室の
夜」、違う作風の作品なども併せて、ファンとしては大満足の作品集。氏自
身による「作者のノート」による解説や思い出話も、ファンは必見、、、な
んて書いてもいったい山沢ファンなんてどれくらいいるんだろうね?  

 8点付けるのはちょっと躊躇するかな。これが商業誌で一般に手に入る物
だったら、その嬉しさ込みで迷わず8点いくんだけどな。採点は7点。 

  

5/20 山沢晴雄特集4 山沢晴雄 別冊「シャレード」62号

 
 同じく甲影会の同人誌。こちらは「砧シリーズ13の謎」という副題にあ
るように、氏のシリーズ探偵である砧順之介物を集めた短編集。    

 冒頭の「砧最初の事件」は、「仮面」と同じ号の別冊宝石に掲載されたも
の。この2作を同時に読んだときの感激は、ミステリファン冥利に尽きるも
のだったなぁ(勿論リアルタイムではないですよ。大学時代の古本屋巡りの
目的の一つが別冊宝石漁りだったので、その時の出逢いというわけです)

 これも改定稿よりも宝石収録の初稿の方がいい。改定稿では途中で思わせ
ぶりな描写が入っていて、犯人の意外性が台無しになっている。失礼な言い
方であるが、氏は元々ひどく不器用な作家なのだと思う。難解さを整理しよ
うとして、本来の魅力を失わせていく改稿にもそれは表れている。手品文学
として、一般読者に媚びぬ情熱に溢れた素のままが氏の真骨頂なのに。 

 この難解で意外な伏線の遊び心にも満ち溢れたデビュー作以外にも、「銀
知恵の輪」の企みも凄いぞ。時間の常識を覆す、鬼の着想だろう。「死の黙
劇」でも、以前使った着想から全く別の驚きのトリックを創出している。

 以上3作はアンソロジーで読むことの出来た作品ではあるが、それ以外に
もデビュー作2作と同時に送られていた作品の改稿版や、短いコント、ラジ
オドラマの脚本なども収録されている。これまたファン必読の作品集、、、
って、ファンなんてほとんどいないでしょうけどね。これも同じく7点

  

5/22 完全犯罪 加田伶太郎 扶桑社文庫

 
 とかく文学者とは物事を深く捉え込む人種であるが故に、敢えて意識して
ミステリという形式を選び取るからには、その形式自身に対するアンチテー
ゼを示そうとしたり、さもなくば究極なまでに追い込んだ作品を提供してく
れるものである。そのためなかなかとんがった作品に出逢うことが出来る。

 中井英夫「虚無への供物」はがっしりとした本格ミステリでありながら、
壮大なアンチミステリたり得た大傑作だった。坂口安吾「不連続殺人事件」
は、心理の論理(ロジック)という、ミステリとして当然扱われるべきテー
マでありながら、意外に見過ごされていた課題を再発見させてくれた。 

 これらはミステリの限界であったり、過去のミステリが描ききれなかった
部分への不満がその根源にあるのだろう。形式批判的な色合いも読み取れな
いではない。これに対して福永武彦は、あくまでミステリという形式の中で
不満を作品へと浄化させている。最初に挙げた中で言えば、後者の「追い込
んだ」作品の最適な好例と言えるだろう。              

 従って本作は非常に端麗な”美しい”本格ミステリ短編集に仕上がってい
る。「本格って何?」という問いに対する回答を作品で示すとすれば、その
うちの一冊に数えてもいいのでは、と思えるほどだ。トリックとロジック、
そういうWHOとHOWに関する要素はきっちりと詰め込まれている。必要
十分条件をきちんと満たした上で、WHYに関しても意を用いている。 

 ベストはやはり表題作で、「幽霊事件」「温室事件」と最初の3作でベス
ト3になってしまうか。既読の作品集だったので、採点は7点とする。 

 さて最後に一つ謎解きを。「女か西瓜か」が都筑道夫の言うようにフェア
に解決出来るのならば、これが解答なのだろうと私は思うがどうでしょ?

  

5/23 「探偵実話」傑作選 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

 
 個人的には狩久「山女魚」が読めただけでも充分に価値のある雑誌アンソ
ロジーであった。私自身は大好きな作家だけに不思議に思うのだが、作品の
質の割に氏の短編はアンソロジーに収録されることが少ないように思う。中
でも本作は凄い着想の密室トリック(うん、こりゃあバカミスだ!勿論褒め
言葉だからね)で、何故今までアンソロジーに採られてないんだよってな出
来。「山沢晴雄特集6」で触れた私の幻の異色密室アンソロジーにも採りた
かった「虎よ、虎よ、爛爛と―101番目の密室」が収録されたのもつい最
近だし、個人作品集も編まれない。実力の割に不当な評価しかされていない
不遇な作家の一人だろう。日下三蔵さん、どうかお願いします!!!  

 さてその他に初読で気に入った作品は村上信彦「青衣の画像」 これぞ真
相と思われるようなビジョンを示しておいて、そこからまた更に何段かのど
んでんを持ってきている。ベスト3の残る1作は、横溝正史高木彬光・山
村正夫という豪華メンバーで書き連ねられた連作「毒環」 なかなか面白い
解答を導き出すことが出来ている。題名も結構いいではないか。    

 初読にこだわらなければ、当然中川透(鮎川哲也)「赤い密室」が最高。
これは日本ミステリ短編のオールタイムベストが選出されるならば、必ずベ
スト10の上位に選ばれるはずの作品なので、もしもまだ未読という、ある
意味幸せある意味不幸せな方がいれば、是非読んで欲しい密室短編の最高峰
(出来れば鮎川哲也の個人アンソロジーで読んで欲しい) 総合点は6点

  

5/25 Q.E.D15巻 加藤元浩 講談社

 
「ガラスの部屋」は加藤元浩版「ユダの窓」と捉えることも出来そうだ。目
から鱗な着想が時々見られるのは、本シリーズの魅力の一つである。しかし
使い方としてちょっと地味な筋立てになっちゃったかな。容疑者を消去して
いくロジックもそれなりなんだけども、やっぱり全体の魅力が乏しくて引き
立っていないかも。隠し場所トリック(?)の方は不出来だし。最後に出て
くる3文字は非常にいいのだが、人情物として全てをひっくり返すほどでは
ないかな。着想は良かったが、作品としては滑った印象かと思う。   

「デデキントの切断」の方は得意の人情物系統ではあるが、ちょっといつも
とは違う印象を受けた。Q.E.Dではない、というのが大きいのかな。ミ
ステリの通常は謎があって解答がないという展開のはず。読者にとってはそ
ういうミステリとして一応成立してはいるものの、実はここには謎はなく解
答が初めから存在している。しかし、それでも”答”が示されなくてはなら
ない。”人”ってこういうミステリをも成立させてしまうんだな、とちょっ
とだけ考えさせてくれた。魅力的な作品というほどではないけども。  

 毛色は微妙に違うが、いつもと同程度の出来かな。採点は平凡6点。 

  

5/27 「新青年」傑作選 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

 
「宝石」と「新青年」は、日本の古典短編ミステリの歴史そのものといって
も差し支えないのではないだろうか。従って誰もが知っているような作品が
ゴロゴロしているのが本来の姿である。そのため何度もアンソロジーが編ま
れている。私は角川文庫版「新青年傑作選集」全5巻で真髄に触れたのだが
(日本の古典ファンはきっとそういう人が多いだろうと思う)、その他にも
立風書房版全5巻などもあるようだ。単独作品として一般のアンソロジーに
採られているものは、もう無数と言ってもいいくらいだろう。     

 本書には有名作品はなく有名作家も少ないので、「新青年」って有名な雑
誌のはずだけど、と疑問に思う人もあるかもしれない。しかし、上記のよう
にサルベージし尽くされているような雑誌なだけに、「まだこれくらい面白
い作品が残っていたのね」というのが的を射た感想だろうと思う。   

 しかし、さすがに本格系の作品はそんなには残っていなかったようだ。珍
しいアンチミステリの平林初之輔「犠牲者」、執念の産む奇譚かと思わせて
理に落とす小酒井不木「印象」、悪意と執念の書き込みが素晴らしい赤沼三
郎「寝台」を個人的なベスト3としよう。              

 他にも乱歩風の意外性の持田敏「遺書」、奇妙な味わいでは本書中一の勝
伸枝「嘘」、強引過ぎるので減点したが意外性はピカイチの戸田巽「第三の
証拠」等も印象に残った作品。また「監獄部屋」があまりにも強烈すぎる故
に、この作品以外読めなかった羽志主水の短編が読めたのも嬉しい。  

 作品選定は難しかったろうなとは思うが、7点は辛いかな。採点は6点

  

5/30 ある日どこかで リチャード・マシスン 創元推理文庫

 
 本書を購入した人のほとんどが、あの映画を見たことがあるのだろう。ク
リストファー・リーブ、ジェーン・シーモア主演の同題の映画である。もし
貴方がそうなのなら、きっと貴方はロマンチストなのだろうと思う。まさか
外れていることはないと思うが、どうでしょうか?          

「自分に”ロマンチスト”なんて要素はあるわきゃあない、ああ〜背中むず
がゆい」なんて方には、全く不向きな本である。きっと退屈で笑止千万、無
駄な時間を過ごすだけだろう。そもそも読み通すことすら出来ないかも。

 逆に言えば、貴方がロマンチストなら(”永遠”という言葉が存在し得る
と考えることが出来たり、想いが伝い合えるだけで身が震えるほど幸せに思
えたり、最後に「愛は勝つ」なんててらいもなく言えたり(ふ、古〜))、
もしそうならば本書は貴方に幸せな時間を提供してくれるかもしれない。

 簡単に言ってしまえば、本書のテーマは「時間を超えた愛」である。それ
のみを描いたものだと言って差し支えない。ただそれだけを読ませてくれる
のだ。でも、きっと物足りないなんて思うことはない。貴方が本書の読者に
ふさわしい人ならば、きっと忘れられない経験を与えてくれるだろう。 

 映画で唯一不満だったのは、ラストシーンだった。中途半端にハッピー・
エンドっぽいシーンなど見たくなかった。本書にはそういう無駄な大衆迎合
性は描かれていない。本書こそがやはり本来の「ある日どこかで」なのだ。

 ジャック・フィニィが好きな人は必読の一冊、必見の映画。逆にこの本や
映画が好きならば、フィニィ(特に短編集「ゲイルズバーグの春を愛す」)
は間違いなく必読なので、是非どうぞ。採点は迷うことなく8点。   

  

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