ホーム創作日記

4/9 警察官よ汝を守れ ヘンリー・ウェイド 国書刊行会

 
 先に倒叙物「推定相続人」を読んだだけに印象が悪かったのだが、本作は
じっくりと読み込める警察小説であり、それでいてたしかに本格の良品であ
る。本格重視のシリーズとしては、こっちを先に訳してくれなきゃだわ。

 警察小説である以上、名探偵が快刀乱麻謎を断つ、というタイプの作品に
は思えない。プール警部の推理は隠されることなく逐一読者に知らされるか
ら、「その線は違うんだよぉ〜」ともどかしさを感じたりもする。   

 ところがそんな読者の思惑をいい意味で裏切ってくれるのだ。事件自体は
警察署内部の事件とはいえ、それほどの派手さは感じられず、ことさら大袈
裟に扱われるわけではない。仮説とそれを打ち崩す新事実の判明という繰り
返しなんだけど、それでも淡々と捜査は進んでいく。結構地味〜な雰囲気。

 ところがぎっちょん(死語?)、これって不可能犯罪ものなんじゃないか
な。意外にもラストの解明では、不可能犯罪の謎解きの醍醐味が味わえたり
するのだ。いきなりモードが切り変わったんじゃないかと思う位。凶器に関
する意外な謎解きが現れたのも結構感嘆させられた。         

 書き口に似合わず、がっしりとした本格。内部の犯罪ということで、常に
紳士的な態度をとり続けるプール警部にも好感を抱かされる。良質の本格ミ
ステリを読み上げた後の満足感が感じられた。採点は7点としよう。  

  

4/11 密室ロジック 氷川透 講談社ノベルス

 
 題名通り”ロジック”以外は全て不要と、すっきりきっぱりあっさりと完
全に割り切ってしまった作品である。しかし普段から「動機なんてどうでも
いい」と断言している私でも、全く言及無しってのはどうかと思うぞ。これ
また普段から「極論ではあるけど、小説でなくてもいい、ミステリパズルで
あっても構わない」と公言している私でも、これだけ割り切った作品を評価
出来るか、と問われればかなり答に窮するかもしれない。       

 一つには、この作品自体がミステリパズルとして、非常に美しいものとは
思えない。パズルとしての美しさを誇るには、やはり最低一つの”肝”とな
る要素が必要だし、それは読者(解答者でも構わない)が”なるほど”と大
きく頷けるものでなくてはならないだろう。それはロジックそのものの美し
さであったり、きっかけとなる手がかり、巧妙な伏線、ミスリーディング、
叙述上の仕掛け、結論そのものの意外性、など幾つもの美しさを産む要素が
あり得るはずだ。中でもこういう作品であるならば、やはり都筑道夫の言う
「論理のアクロバット」がどうしても欲しいではないか。       

 しかし、本作にそれにふさわしい肝は読みとれなかった。一応ロジックで
これしかないという解答は導き出されるのだが、それには一つの条件が必要
となる。第三者の意図的な証言隠しが鍵なのだが、その必然性が簡単に納得
いくものではない。こういったすっきり感に欠ける上に、デビュー当初から
指摘している”アクロバット性の弱さ”を抱え続けたままで、ロジックのみ
の純粋パズルに挑むのはやはり無理があったようだ。採点は6点低め。 

  

4/14 猫田一金五郎の冒険 とりみき 講談社

 
「言霊使いの罠」評で触れた「コミックCUE4号」を買い逃している京極
ファンがいたら、絶対に”買い”の一冊。とり・みきとの合作「美容院坂の
罪つくりの馬」は、漫画まで完璧にこなす京極のマルチ性を如実に見せつけ
ながら、画像と文学との融合の限界に挑戦したメタ傑作(誇張大(笑))

 さて京極話はここまでとして、とりみきをあまり知らないミステリファン
にこれがお薦め出来るかというとちょっと躊躇するかな。パロディではある
けれど、ミステリ・パロディというには無理がある。ミステリの世界の方に
踏み込んで、読んでなければ書けない秀逸な作品を、続々と産み出すいしい
ひさいちとは方法論が違う。キャラや道具立てを、自分の不条理の世界側に
引き込んで書き上げたタイプの作品である。だから、ミステリファン向けと
云うよりは、とりみきの不条理世界が好きな人向けか。ただし、道具立ての
世界で遊ぶと割り切った、ゆうきまさみとの共作「土曜ワイド殺人事件」
りはミステリファン向け度合いは高いと思う。採点は6点。      

 とりみきは基本的にミステリよりもSF向きの作家であろう。SF好きな
人には「SF大将」は絶対のお薦め。「不条理日記」他のあずまひでお以来
のSFパロディの秀作。ミステリとSFの融合型としては「DAI?HON
YA」シリーズがお薦めだろう。以上、2作品は星雲賞コミック部門の受賞
作でもある。映画パロディ「とり・みきのキネコミカ」もかなりいい出来だ
と思う。ミステリファン、SFファンがとりみきに触れるには、このあたり
から是非どうぞ。「とりみ菌!!」「裏とり」あたりも個人的には好き。

  

4/16 「密室」傑作選 ミステリー文学資料館編 光文社文庫

 
 SRの会の会員としては、買わざるを得ない作品。勿論そればかりではな
いぞ。山沢晴雄に狩久の短編、出版芸術社のハードカバーでしか読めなかっ
鮎川哲也「呪縛再現」の再録、同人誌「シャレード」でしか読めなかった
天城一の長編一挙収録、と大好きな作家オンパレードの豪華な内容。  

 創元の短編集「五つの時計」「下りはつかり」で鮎川本格短編の神髄を知
り、「りら荘殺人事件」にて本格ミステリのなんたるかを知った読者にとっ
ては、その原型である「呪縛再現」をきっと体験したくなるはず。「赤い密
室」「青い密室」
も併せて購入して頂くのが最高ではあるのだが、重なった
作品が余りにも多いため、本書を購入して貰っても充分かもしれない。 

 山沢「罠」は氏の難解さがいつもと違う形で発揮された作品。オチ的には
弱いが楽しめた。狩久「訣別」はやはり「落石」とペアで読みたい作品か。
乱歩「陰獣」の流れをくむ自分ネタ作品。豊田寿秋「草原の果て」も意外な
トリックが意表を突いて炸裂する。3編ともそれぞれに魅力ある作品。 

 しかしやはり一般書としては初掲載の天城「圷家殺人事件」が本書の白眉
だろう。密室派の氏らしいトリックも出てくるが、これは機械的であまり感
心できない。しかし、解決編に於いて、事件の様相・人物の印象が一変して
しまうのが見事。氏は小説として読み辛さを感じる作品が多いのだが、本作
は比較的読みやすく、充分に満足できる内容だったと思う。      

 雑誌復刊シリーズ中でも、作品の質はピカイチだろう。採点は7点。 

  

4/17 マレー鉄道の謎 有栖川有栖 講談社ノベルス

 
 久しぶりに正統で読み応えのある長編ミステリを読ませてくれた。勿論初
期の学生アリスには及ぶべくもないが、それでもこれだけの出来映えであれ
ば、本格ファンとして充分満足出来る水準だろう。作者自身の自信ぶりも、
あとがきの「ただの本格ミステリ」という一語に集約されている。   

 毅然とした態度で、自作を「本格ミステリである」と断言出来る作家が、
今どれほどいるだろうか? いや、正確には「である」というよりも「でし
かない」と断言出来る作家がどれほどいるか、だ。本格という薄衣をかぶっ
ただけの似非本格、あるいは本格であるにしても余計な粗雑物にまみれ、む
しろそれがメインである作品が世の中に溢れかえっている。      

 そういう世の動きの中で、新本格第一世代が再び始動しているのではない
か。「新冒険」以降の法月は明らかに本格回帰している。そして有栖もまた
ここに高らかに回帰宣言を放ったとも言える。”ただの”は勿論卑下した表
現ではない。「である」ことよりも「でしかない」ことの意味合い、むしろ
”誇り”と表現しても構わないだろう。これは強気の挑戦状なのだ。  

 本格飢餓状態に飽き足らなくなって登場した彼らは、似非本格過剰の混沌
の中で再び立ち上がろうとしている。状況は全く異質だとは云え、やはりい
ずれもがフラストレーションとなって、本格魂が呼び起こされるのだろう。
本物の本格を愛する身としては、彼らの帰還を歓迎しようではないか。 

 本作自体はロジックよりはトリック小説ではあるが、小道具の意味合いや
「何故あの人物が殺されたのか?」というWHYに対する解答やら、動機に
関しての考察やら、非常にきめ細かく構築されている。長い間培った小説観
と、氏本来の本格魂が比較的上手くまとまった秀作だろう。そしてこの流れ
が「スイス時計」につながっていくのだろうが、それはまた別の機会に。

 採点は7点。久しぶりに心地よく(?)褒められた有栖川作品である。

  

4/17 密室本 講談社ノベルス編集部編 講談社ノベルス

 
 密室本五冊に一冊貰える「メフィスト」座談会の収録本。全制覇の私とし
ては三冊頂きました。最後の一冊が送られてきたのは6月に入ってからだけ
ど、凄く時間がかかったものだなぁってのはどうでもいい話。     

 おまけだから文句は言えないけど、本誌掲載時そのままではなく、改題・
改稿後の作品名がわかるようにするなどの工夫が欲しかった。これはあの作
品のことなのかな、と推測しながら読まなくちゃいけない。受賞作はわかる
んだけど、その後これが受賞後のあの作品に結実したのか、というのがわか
った方がもっと面白く読めると思う。まあ、でもやっぱおまけだしね(笑)

 さて内容だけど、メフィストを購読していない身にとっては、初めて読ま
せて頂きました。自分の感想と似ていたり、似ていなかったり、さすがに編
集者という目があったり、個人的好みに偏りすぎていたり(笑) 本書につ
いては、とても採点対象に出来るものではないので、今回は採点はナシ。

 しかし考えてみると、このわずか数人の選択が現代の国内ミステリ界の大
きな潮流を作り上げてきたわけで、その功罪はともかくとして、このこと自
体はほんとにとんでもなく凄いことだと思う。編集者冥利に尽きるのだろう
なぁ。角川やカッパもフォロアーとして入ってきたこの世界だが、「なんで
もありありのエンタテインメント」はこの先どうなっていくのかね?  

 個人的には、法月有栖の原初的な本格回帰に見られるように、ジャンル
ミックスの時代だからこそ逆に、「本格」という精神への集約が進んできて
いる要素もなきにしもあらずだと思っている。そういう魂を抱えた作家に付
いていくつもりだし、そういう魂の作品を是非読ませて欲しい!    

  

4/18 ミステリの美学 ハワード・ヘイクラフト編 成甲書房

 
 原著53編のうちから代表的な22編(特に大作家の書いたものが優先さ
れているのかな)を選んだ訳したもの。以前研究社から「推理小説の美学」
「推理小説の詩学」として抄録で出ていたものと原本は同じ。今回の初訳と
しては6編が掲載。どうせなら2巻本でいいから全訳で出して欲しかった。
要望と売れ行き次第では続巻も出そうだが、本書の売れ行きはどうかな?

 初訳の中では、レックス・スタウト「ワトソンは女性だった」が最高! 
根拠自体は無茶苦茶なので「なるほど」というよりは、その荒唐無稽さを楽
しむ作品。「ピンク家殺人事件」「一件につき2ドル50セントの殺人」も
ファイロ・ヴァンス、ホームズへの皮肉が楽しい。サンドウのガイドも現代
としてどれほど価値があるかは別として、良く引き合いに出されていたもの
の現物が読めるのはミステリファンとしては嬉しいだろう。      

 著名な評論が一気に集められているので、ミステリファンならば必携の一
冊。「十戒」「二〇則」「密室講義」などなど、いつでも手元で参照出来る
し、セイヤーズ、フリーマン、チェスタトン、ガードナー、ハメット、チャ
ンドラー、クイーン、ライス等々の評論が読めたり出来るのだ。本棚の肥や
しでもイイから(いいのか?)是非是非一家に一冊「ミステリの美学」を!

 と、売れ行き増大に微力ながらも協力したところで(結果は別よん)、全
訳に期待。今回は全訳ではなかったので、採点は7点にしておこう。  

  

4/22 クレイジー・クレイマー 黒田研二 カッパノベルス

 
 あっ、バカミスだぁ。とんでもなくバカミスなのに、バカミス特有の突き
抜けた開放感が味わえないのは何故なんだろう? やっぱり氏特有の後味の
悪さが、本作でもじわじわとボディーブローのように効いているせい? 

 さて本作はサイコ・ミステリという惹句になっているため、本格ファンが
手を出しにくい雰囲気を醸し出しているが(だって装丁もね)、実は本格魂
炸裂な作品なのである。本格のロジック性というよりは、騙しや仕掛けにか
ける情熱を愛する本格ファン向け。もっとも近い傾向の作品を1作だけ挙げ
るとするならば、我孫子武丸「殺戮にいたる病」だって言っちゃうもんね。
ほら、そこの本格ファンのあなた、読みたくなってきたでしょ(笑)  

 ちょっと諸刃の剣的な紹介になってしまったかな。いろいろと強い不満は
あるけれど(マンピーの扱い方とか)凄い作品ではあるわけで、気を惹くた
めにはある程度匂わさざるを得ない。ミステリの紹介や書評は、書く側も読
む側もそういうジレンマを抱えざるを得ないものね。         

 個人的には氏の最高傑作は「ウェディング・ドレス」というのは揺るがな
かったが、一般的な表ベスト「硝子細工のマトリョーシカ」に対して、裏ベ
ストに数え得る作品なのかもしれない。作者がクレイマーの日常的狂気性を
どう描き出すのか、その描写力やエピソードの構築力に興味を持って手にし
たのだが、意外な方向での拾い物だった。採点は7点。        

  

4/25 死体のない事件 レオ・ブルース 新樹社
 
 さすがレオ・ブルース、見事なまでに人を喰った作品である。題名通り、
いつまでたっても死体の出てこない事件は、いったいどういう結末に辿り着
くのか。予想が付く付かないに関わらず、この着想とユーモア感だけでも、
最後まで読ませてくれるのではないだろうか。            

 さて本作について言いたいことは、全て解説の真田氏が語ってくれている
と言っても過言ではない。ユーモアについての分析、論理・伏線についての
分析、フェアプレイに対する不満、自分が感じていたものをきちんと分析・
評価して解説されている。私が付け加える部分などないようだ。    

 この探偵小説全集は品揃えの凄さは当然として、これら解説陣の質の高さ
も大きな特徴に挙げることが出来る。幻の作家の単純な紹介のみに終わるこ
となく、じっくりと解題された内容になっているのは高く評価出来る。 

 そしてやはり結論まで一緒になってしまったようだ。本格としての論理や
フェアプレイに欠ける要素はあるものの、この奇抜な趣向やユーモアで、傑
作と持ち上げてしまう誘惑に私もかられているようだ。        

 海外物にはちょっと甘めに付けるのが常なので、今回も8点いっとこう!

  

4/30 結末のない事件 レオ・ブルース 新樹社
 
 続けてまたレオ・ブルース。いきなりメタな記述でちょっと驚いてしまう
が、考えてみるとこれがこのシリーズの特徴なのかもしれない。バークリー
とは方法論が違うし批判色も薄いものの、このビーフ巡査部長物で作者が試
みているのも、やはり本格ミステリのパロディなのだと思う。     

 中でも特にミステリでも最重要要素の一つである、「名探偵」に対しての
皮肉が最も色濃く表れているのが特徴だ。デビュー作「三人の名探偵のため
の事件」
からして、一見名探偵とは正反対の特徴を持った存在として登場し
ているし、前作でもスチュート警部との対比にそれは表れている。   

 もう一つ「名探偵」に対しての皮肉を際立たせているのが、ワトソン形式
の使い方であろう。探偵であるビーフの推理力を最も信用していないのが、
記述者であるタウンゼンドなのだから。パターンのひっくり返しだよね。

 これらの名探偵への皮肉が作品として最も結実しているのが本書である。
メタ的な趣向として、「名探偵」という存在自体を脅かしてしまったのだか
ら。バークリーが何度も扱った趣向に近いが、後発としてのレオ・ブルース
は、もっと小説を飛び出た趣向として描き出したというわけなのだろう。

 しかし、ミステリとしては前2作よりも落ちる。採点は7点には到達せず
6点。「ロープとリングの事件」を含めてビーフ物4作を読んだわけだが
自分としての評価は残念ながら刊行順に落ちてしまうようだ。     

  

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