ホーム創作日記

2/4 悪の扉 山沢晴雄 別冊「シャレード」51号

 
 甲影会の同人誌に掲載された作品。SRの会報で見かけて購入してから、
長い間積ん読になっていたもの。この感想を書くのを機にHPを訪れてみた
ら、なんと山沢晴雄特集号が続々と出されていたではないか。しかも既に品
切が多数。うう〜、不覚。購入可能な号から2冊注文したけど、氏自身が代
表作に推す「砧自身の事件〜ダミー・プロット」を読んでみたかった(泣)

 これを読んでいる皆様、「山沢晴雄、再刊せよ!!!」とのメッセージと
共に、どうか是非是非別冊「シャレード」をお買い求めください。   

 さて本作だが、さすが山沢晴雄!という、氏の特徴が存分に発揮された佳
作。いつもの如くストーリー的には面白くもなく、事件自体も地味な印象。
しかしながらそこには難解で、極めてパズル的に構築され尽くしたトリック
が仕組まれているのだ。基本的にアリバイ派の氏であるだけに、犯罪自体が
密室であっても時間的な密室として解かれる。この手の込みようときたら!

 ミステリをエンタテインメントとして捉える人にはお勧めしないが、特に
ミステリの中でもパズラーを嗜好する本格偏愛派の人には、機会があれば是
非読んで欲しい作者と作品である。中でも「離れた家」に感動すら覚えた人
であれば、確実に読む価値のある作品。採点は自信を持って7点としよう。

 しかしながら本作もやはり品切になっているわけで、どうかやはり再刊希
望メールと、買える作品の購入のほど、よろしくお願いします!    

  

2/7 半落ち 横山秀夫 講談社

 
「このミス」での1位をはじめ、昨年度の話題の作品である。たまたまML
のオフ会で借りることが出来たので、本格偏愛者である私だが読んでみるこ
とにした。もともと「泣ける話」には弱いってこともあるし。     

 おそらく本作の読者は、二つの視点から楽しむことになると思う。一つは
ミステリとしての謎そのもの。空白の二日間の意味合いである。もう一つは
職業小説あるいは組織小説としての側面である。           

 本作を高く評価する人は、その二つの視点のいずれをも、最後の最後まで
しゃぶり尽くすように楽しめた人なのだろう。しかし、最初の視点であるミ
ステリとしての謎は、全てがここ一点に収斂されているにしては、弱いと思
わざるを得ない。私はかなり終盤ではあったが(弁護士の章)、かなり早い
時点で気付いた人も多いのでは。作者の思い通りに最後まで引っ張られてし
まった読者は幸福だろう。これが本書のミステリとしての弱点である。 

 しかし、もう一つの視点である職業小説としての視点は楽しめた。それぞ
れの職業に対しての誇りを各人が抱いている部分など、皆が同一人物みたい
な印象を受けてしまうという弱さはあると思う。しかし、構成の妙味とリー
ダビリティーは、なるほどベストセラーと思わせる確かさを感じられた。

 しかし、総合的にはやはり一点だけで引っ張る謎の弱さで、高い評価は付
けられないように思う。期待したよりもはるかに小粒な作品。また、こうい
う解決が焦点になってしまうことで、もっと難しげな問題にもなりかねない
介護問題がなおざりになったしまったようにも思う。採点は平凡な6点

  

2/10 プリズム 貫井徳郎 創元推理文庫

 
 どこでどういう潮流が巻き起こったのか良く理解していないのだが、世は
秘かに貫井徳郎ブームである。あちこちの本屋で氏の文庫本が、一等地の平
積みになっている。貫井氏の収入が上がることは、加納朋子ファンの立場と
しても大いに嬉しいことだが(どういう観点やねん(笑))、ちと不思議。

 さて氏の作品の中でも異色の部類に入るであろう本書だが、毒入りチョコ
レート形式だということは知っていたし、「究極の推理ゲーム」「本格ミス
テリの極限に挑んだ」などと書かれている。期待しない方がどうにかしてい
る。しかし、どうして謳ってないんだ!これがアンチ本格だってことを!

 やはりこれから読む人は、本書がアンチ本格であることだけは、事前に覚
悟して読んだ方がいいと思う。違う意味での意外性を感じずに済むために。

 本格として充分に面白くはあるのだ。全編が本格の醍醐味に溢れていると
言ってもいいくらい。但し、過程のみの本格性、それが本書である。  

 章毎に変わる被害者像などの小説としての見所は確かにあった。構成とし
ての構築美もある。だけど、それでかえって最後の解決の予測は付くし、し
かもそれが一番面白味がなく無理も感じられる。せめてこの章がもっと本格
のダイナミックなロジックか何か、ケレンの感じられる内容だったらなぁ。
作者の意図に則ったものではないが、本格系の読者としては強く感じた。

 中途ではこれは7点確保かなと思っていたのだが、最後まで読むと6点

  

2/11 MISSING 本多孝好 双葉文庫

 
 言い尽くされているのだろうが、やはり村上春樹の影響が色濃く読み取れ
た。そのうえその文体も、英語名の表題も、もっと気取った風にも感じられ
る。人によっては最初嫌悪感を感じる人もいるかもしれない。また、この人
をミステリという範疇で語るのは、ふさわしくないという印象も受けた。ミ
ステリ色は徐々に薄まっているし、最後の「彼の棲む場所」に至っては、ミ
ステリとしての結構を敢えて意識して放棄しているようにも感じられた。

 先程題名について触れたが、本書に関してはなかなか洒落ていると思う。
たしかに失いつつあるもの、失っていく過程がここに描き出されている。失
うものを描くなら、やはりそこに差し伸べる手も描くのが小説であろう。本
書もそれに従ってはいるのだが、ちょっと意地悪だ。差し伸ばしながらもそ
のまま掴まずにいたり、そっと引っ込めてみたりする。差し伸ばしたフリで
実はサヨナラと手を振っていたり。ミステリ色とは逆に後半になるほどそん
な傾向が強くなっていくようだ。読後感は悪くないのだが。      

 恒例のベスト3だが、個人的ベストは「祈灯」である。この設定もいいし
余計とすら思えるくらいミステリであったりもするのだ。2位は「瑠璃」。
子供の頃不思議だったものが大人になって理解出来てしまう。嬉しさばかり
じゃなくて、時に切なくもあって。そんなことを考えさせてくれた。3位は
「蝉の証」。意地悪なエゴの視点。採点はやはり6点。この人はミステリと
いう枠では無い場所で、自分だけのカラーを見つけ出して欲しいと思う。

  

2/13 赤ちゃんを探せ 青井夏海 創元推理文庫

 
 相変わらず妄想推理健在(笑) そんなとこまでは推理出来ないでしょう
ってとこまでお見通し。それでも当たってしまうのはこれがミステリだから
、、てなわけなのでこれを逆手に取って、シュロック・ホームズばりのユー
モアミステリに挑戦して頂くというのは如何でしょう?(本気度35%)

 でも青井さんはこれでいいんです。ですよね、皆様? デビュー作でも書
いたけどやっぱり彼女の作品って、ちょっといい作品をちょっと楽しみたい
というのに最適。ちょっと疵があったっていい、ちょっと期待を満たしてく
れて、ちょっと気持ちよくなれればいい。やっぱり自分にとってはこれが彼
女のキーワード。「”ちょっと”の青井」って呼ぶことに決〜めた。  

 そんなわけなのでデビュー作がちょっと気に入ってた人は、そのままどう
ぞ本書にお進みください(たっくさんだった人には言うまでもないものね)
前のは気に入らなかったんだけどって人は、そんなに変わり映えはしないか
ら駄目かも知れないけれど、どうかちょっとだけお試しください。   

 3作のうちベストは悩まず「お父さんをさがせ」 こんなとこまでつなが
ってて、こんなことまで考えてたのかってな感じで。良いでしょ。   

 キャラクタ造形は前作と全く違うのに、妄想推理同様心理的になんだかち
ょっと納得いかないところがあるのも同じ。今回はやはり最後の作品の心理
が、なんだかちょっと理解できない。採点はやっぱりちょっといい6点

  

2/20 顔のない男 ドロシー・セイヤーズ 創元推理文庫

 
 セイヤーズ3度目の挑戦は短編集。ピーター卿の事件簿の2冊目である。
妻が比較的最近購入していたものに手を出したので、最初の事件簿は未読。
1冊目にめぼしいところが取られ過ぎたのか、セイヤーズの短編は全般的に
それほど切れ味鋭い作品がないのか、あまりミステリ的にそそられる短編は
無かったというのが正直なところだ。その中ではやはり表題作がピカイチ。

 しかしその代わり、短編以外の2編は素晴らしい出来で楽しめた。特に現
実の事件の論考である「ジュリア・ウォレス殺し」は本書の白眉だろう。証
拠に対しての一つ一つの考察が、実に念入りに行われている。こういった論
証だけではミステリとしての面白味には欠けるし、意外な結論が示唆されて
いるというわけでもないのだが、ミステリの原初的な楽しみ、もしくはある
一部の極端な誇大化みたいな感じで、非常に興味深い読み物であった。 

 現在では様々な形で総括が行われているため、必ずしも”価値”として読
むべきかどうかは別として、「探偵小説論」もまた魅力的な読み物である。
歴史的名評論と呼ぶにふさわしい力強き論考。本書の総合点は6点とするが
この2編だけは、結構必読の部類に入れてもいい作品かも知れない。  

 最後に「探偵小説論」の結びの言葉を紹介して終わりとしよう。   

   人間とは何という存在だろう、こんなものを面白がるとは!   
   そう、本当に不思議――それこそ、ミステリである。      

  

2/25 ウェンズ氏の切り札 S・A・ステーマン 現代教養文庫

 
「六死人」「殺人者は21番地に住む」「マネキン人形殺人事件」で有名な
(?)ステーマンの中編2作が収録されている。クエスチョンマークを付け
たのは、”一部の本格マニアには”という注釈が必要かも知れないからだ。
古典という枠内で語られることも余りなく、手放しで傑作と褒めちぎるのは
難のある作品ばかり。昨年度はアルテが話題をさらってくれたが、基本的に
フランス・ミステリに”本格”という名称はあまり似つかわしくない。だか
ら、誰かと一緒に語られると言うこともなかったわけだ。       

 しかし本格マニアの間では話題になったように、本格ミステリとしての設
定や、シンプルで大胆なネタの仕込み振りは、一読の価値のある作家といえ
るだろう。その割にはストーリーテリングで引きつける面白さを欠け気味な
のが、もっとメジャーに読まれることのない原因の一つかも知れない。この
設定でこのネタなら、もっとべらぼうに楽しませてくれてもいいよね。 

 表題作はそういう氏の特徴が色濃く浮き出た作品。シンプル・大胆なネタ
の仕込みはピカイチかも。代表作に挙げられることがあるのも納得。  

 併録の「ゼロ」の方は意外にストーリーテリングに重きを置いた(のであ
ろう)作品。最初の予言がどう実現されるのか、探偵役は誰なのか、という
部分などパズラーとしてよりそれ以外の要素が楽しめる作品。     

 総合点はそれでも6点かな。こういうところがやっぱりステーマン(笑)

  

2/28 詐欺師入門 デヴィッド・W・モラー 光文社

 
 映画「スティング」の元ネタとも言われているが、まさしくあの映画のメ
インの筋立ては、全てこの中に書かれているといって過言ではない。あそこ
まで創り込んでいてさすが映画だなぁ、なんて思ってたらとんでもない。ま
さにあんな”ビッグ・コン”が平気で現実に行われていたわけだ。   

 本書は非常にリアルで、しかも密である。古今東西の詐欺を集めた、話の
ネタ本みたいなものばかりしか読んでなかったのが、馬鹿らしく思えた。

「騙された」ってのは詐欺じゃないんだね。詐欺だとしたらきっと低級。ほ
んとの詐欺って、詐欺られたことさえ気付かないものなんだ。たとえ大金を
スったにしてもだよ。次回も同じように詐欺に引き込まれる。どうしてそん
なことが可能なんだろうとちらっとでも思ったら、本書を読む価値がある。
また、自分は詐欺に引っかかったりしない、だからそんな本読む必要ない、
なんて思ってる人がいたら、そういう人こそ読む価値があるかも知れない。

 詐欺の(主にビッグ・コン)歴史や、手口、そして何よりもその”本質”
が、本書には描かれているのだ。だから古きアメリカでの出来事だから、と
つまらなく思えることはない。傾向的には我々が日常で出逢うようなもので
はないにしても、きっと非常に興味深く、面白く、夢中で読める。   

 言語学者が書いた物だから、隠語や専門用語がふんだんに出てきて、巻末
の言語索引をひっきりなしに参照しながら読む羽目にはなるのだが、それの
楽しいこと、楽しいこと。正真正銘の名著だと思う。採点は文句なく8点

  

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