ホーム創作日記

1/8 第三の銃弾(完全版)        
            カーター・ディクスン  創元推理文庫

 カーの中短編のベストを問われれば、短編全集の記述の影響と思われるが
「妖魔の森の家」と「パリから来た紳士」を挙げる人が多いようだ。たしか
に前者の出来は素晴らしい。短編ミステリの一つのお手本になるような作品
であろう。しかし、後者は最後の趣向のみで、隠し場所ネタという、それほ
ど興趣の沸かない話だと個人的には思う(実は「火刑法廷」に関しても、同
様な感想を持っているのだが、これは数限りない論敵を作りそうだし、ここ
では止めておくことにしよう)                   

 さて、「では、お前なら何を挙げるのか」と問われれば、迷わず答えるこ
とが出来る。それが「第三の銃弾」なのである。段階を追って行われる謎の
提示とその不可思議性。3丁の銃と3つの銃弾。単純化された極めて即物的
な道具立てで、これほどファンタジックな謎(ミステリ)を提示することが
出来るのだ。これこそミステリの至福ではないか。          

 そして当然、ロジックで解決される真相。単純だが意外な着想が、ファン
タジーの幕を切り払って、明快にパズルは解かれる。この瞬間に立ち会う快
感を、ミステリ以外の何が与えてくれるだろうか。左脳をぐりぐりと刺激さ
れながら、ミステリの快楽(けらく)に酔い痴れるが良い。そしてやはり最
後には、本作のラスト同様叫ぼうじゃないか。「探偵小説万歳!」   

 この作品がこうして新たな形で読めたことに感謝。カーの最良の中短編と
して、基本的部分は既読作品だが、採点は9点にふさわしい。     

   

1/10 銀座幽霊 大阪圭吉 創元推理文庫
1/16 とむらい機関車 大阪圭吉 創元推理文庫

 
 日本の古典短編、中でもトリッキーな作品を愛する人にとって、大阪圭吉
はひときわ愛すべき作者であることだろう。乱歩は、怪奇・論理・意外の三
要素中の論理のみに力点を置いた作風と論じているが、なかなかどうして怪
奇性、意外性、物語としてのロマンすら兼ね備えた作風であると私は思う。

 たしかに山前さんの指摘するように、謎の提示に関する不器用さはある。
しかしそこに結実した作品は、巽氏が見事に看破したように、人と物とを、
童話性とリアリズムとを、そしてまた謎と論理とを、同一の地平上で描写し
ているのだ。全てが渾然一体となった本格世界。それがここにある。  

 国書刊行会「とむらい機関車」(92年刊)で、やっと主要作品が1冊に
まとまり、ミステリファンを狂喜乱舞させてくれたわけだが、既に絶版にな
ってしまっている現在、増補もされているこの2冊が今後の決定版になるで
あろう。日本の本格を愛する人々の必携作品集である。主要作品が国書に収
められていた点を差し引いて、採点は8点。本来は9点付けたいくらいだ。

 さて恒例のベスト選びだが、好きな作品が多いので今回はベスト5。ベス
ト・オブ・ベストは「灯台鬼」 不可思議な謎が到達する怪物の正体とは?
謎と論理と怪奇と叙情性が1点に収斂する傑作。ミステリとしての確かさを
構成の面白さと共に示した「坑鬼」「三狂人」でベスト3。ロジックの先に
叙情性が浮かび上がる「寒の夜晴れ」「とむらい機関車」でベスト5。 

 最後に一つ、とっておきの情報。「圭吉の部屋」というサイトにて、幻の
処女作「人喰ひ風呂」が公開されてます。初期作品がドイルと比較されるこ
とがよくわかる人を喰った(あっ、こてこて?)作品です。是非どうぞ!

   

1/17 捩れ屋敷の利鈍  森博嗣  講談社ノベルス

 
 はっきり言って、袋とじが邪魔くさいぞ。薄い本だからっちゅうことで、
立ち読みですませようとする奴を予防する目的以外のなにものでもないな。
せこい、せこいぞ、講談社。それに全部ってなんやねん!、、、って、推定
八千人は本屋で脳内突っ込み入れてるよな。まさか、綺麗に破くことが困難
な袋とじで、ブックオフに売る際の商品価値を落とさせることで売る気を阻
害し、古本市場に出回ることを阻止するといったような、深謀遠慮まである
んじゃなかろうな、、、というのは邪推のしすぎなので却下(苦笑)  

 装丁への文句はここまでにしといてと。さて、中身だが、個人的には充分
満足のいく内容。Vシリーズとしてはベスト級の作品。まず、やはり屋敷の
形態が楽しい。密室の構成方法もどちらも単純明快で意表を突いている。前
者は内出血の密室で説明つきそうな気もするのだが、ちょっと思考実験する
精神力の余裕がないや。                      

 しかし「探偵が犯人を言い当てる原理」云々は、ちょっとそりゃないぜベ
イビー(死語)な内容。パズラーでありながらパズル部分なんてどうでもい
い、とでも言いたげな突き放し方は、いかにも森的ではあるのだけれど。

 そしてもう一つ。またもやこんなラストを持ってくる。これまた、そりゃ
ないぜセニョール(だから死語だってば)な思わせぶり。保呂草が引退する
までは待てるかもしれないけど、森博嗣の引退までは待てないからね。きっ
ちり片を付けて貰おうじゃないかい、ええ、森さんよぉ。       

 7点を付ける程の決め手はないけど、それに近いレベルの6点。   

(と、書き上げた後で、他の人の感想を見に行ってみた。そこでVシリーズ
の根元を見事に解き明かしたページを発見して、猛烈に感動!今回のラスト
の意味合いがはっきりとわかりますし、本作がシリーズとしては特異な作品
であったことが明々白々になります。森博嗣自身の筆で驚きを味わいたい人
は絶対に行ってはいけませんが、そこまで待てないせっかちな方は、是非是
非アイヨシさん、たけいさん、フジモリさんの3人で運営されているサイト
「三軒茶屋」 の捩れ屋敷書評へレッツゴー!(ってのも意外に死語?))

   

1/24 グランギニョール城 芦辺拓 原書房

 
 とにかくプロットがユニークで力が入っている。注意深い読者は、目次の
段階でプロット上の仕掛けに気付いたかも知れないが、私はあの場面変換で
楽しくなることが出来た。これで一つ得点。             

 また、「あえてメタ的構成に挑戦するとどうなるか」という、作者のあと
がきにおける自信のこもったコメントのように、虚実並行の世界でこそあり
得る仕掛けもふんだんに盛り込まれている。双方の違いをうまくつくことで
片方ではあり得ないという事実がもう片方の目くらましになったり、相違し
ながらも共通につながっていったり。これでもかこれでもかのサービスは、
相変わらずの凝り凝りぶり。一気に2得点追加。           

 しかし、やはりプロットにこだわり過ぎたあまりに、トリックや犯人の整
合性などはガタガタ。作中作の犯人をこの人物に持っていくにのは、あまり
にも動機は不自然だし、単独の小説としての面白味があるとも思えない。あ
くまで虚実重ね合わせた場合にのみ、真価を発揮する仕掛けだろう。  

 トリックに至っては、更に弱みを感じる。まだ2番目の墜落死は少々笑え
るからという意味合いのみで良しとしても、最初のはなんだかなぁだし、最
後の密室は虚実共にまともに成立するとは思えない苦しさ。      

 プロットとその他の要素とのアンバランスな隔たりで、これまでの得点を
全て帳消しにしてしまう3点減点。しかし、全てを期待するのは、読者とし
て望み過ぎなのだろうな。それよりもやはり、こういうタイプの作品にもサ
ービス過剰にチャレンジしてくれる精神に、共感と同時に感謝を送ろうでは
ないか。キャラクタや蘊蓄や正軸をずれた要素だけに力が入った作品が多い
中、こういうミステリ本来の技のみに力点を置いた作品を産み出してくれる
作者は貴重である。ロスタイムギリギリの得点で、採点は高めの6点。 

   

1/29 今日を忘れた明日の僕へ 黒田研二 原書房

 
(ちょっとネタバレ気味なので、読後に読まれることをお薦めしときます)

 うーん、なんとも後味が悪い。心理的な側面がどうしても個人的にイヤ〜
な感じがあって、読後感が悪かった。                

 ミステリ的にも,この手記が”簡単に改竄可能である”という点が、くろ
けんさんにしては珍しく筋の悪さを感じずにいられない。記憶の蓄積が出来
ない、という大きな縛りがあるのに、ここで唯一の拠り所まで信用するにあ
たらないとなれば、読者として推理の置き所がなくなってしまう。   

 勿論、本格を知り尽くしている作者なだけに、この辺の処理をおざなりに
すませることはない。そこはやはりさすがではあるのだが、それでも”だっ
てなんでも出来ちゃうよなぁ”感を払拭させてはくれなかった。    

 しかしながら、仕掛けを成立させるために仕込まれた伏線にテクニックの
数々は、相変わらずお見事と言う他はないだろう。細かく作り込んでいる。
早くも、”あくまでも人工型の”騙りの第一人者としての地歩を着実に築い
ているのではないだろうか。人工型であることを括弧でくくってはみたが、
本格ミステリの世界では私自身は決して欠点になるべきものではないと信じ
ている。是非このまま真っ直ぐに突き進んで欲しいものである。    

 今回は上記で書いたような心地悪さがあって、採点は6点。     

   

1/31 QED式の密室 高田崇史 講談社ノベルス

 
 やはり現代の謎と歴史の謎を分割して考えた場合、圧倒的に現代の方の解
決が弱い。この種の小説ではほぼ例外なくそういう傾向ではあるが、趣向の
統一などで頑張ろうとしていた本シリーズとしては、いつにも増して弱い。
某有名作家の超絶的デビュー作のような趣向を使ってはいるのだが、思わせ
ぶりだけでもいいから、いつもの如くなんらかの具体的な「病気」としての
可能性を示唆する、というようなことは出来なかったのだろうか?   

 現代に関してはまた、二つの大きな難点で、へなへなになってしまう。歴
史の謎とこじつけられてはいるんだけど、その要素を持ってくる必然性がな
いのが、その一つ。そんなんを持ってこなくても、充分に成立しちゃってる
のよね、物理的にも心理的にも。で、もう一つが、それを除いてしまうと、
ミステリ初心者の中学生でも考えそうな単純な構成でしかないこと。  

 批判はここまでにしておこう。だって、しかしながら、歴史の謎の方は充
分に面白いのだから。事前に伏線という形で、まさに解答そのものを張って
おいて、最後に回収するという手法は効果抜群、お見事!よくよく冷静に考
えてみると、そんなんで怪異と受け止められるかぁってな気がするっちゃあ
するが、それでもこれだけの説が展開できるのは流石。一つの解釈としては
成立していると納得させられた。やはりミステリとしての総合点は6点にせ
ざるを得ないが、この解釈だけで充分に満足点ではある。       

   

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