ホーム創作日記

6/6 君にしか聞こえない 乙一 角川スニーカー文庫

 
「夏と花火と私の死体」のヘタウマホラーなイメージが大きい作者だったが
この文庫では「せつなさの達人」なのだそうだ。”せつなさ”なんていうフ
レーズにクラッときて読んでみたのだが、うん、これはなかなかの出来。

 センチメンタルなファンタジーが好きな人には薦められる作品集だろう。
時間テーマの手法で描かれた表題作。空想の電話でつながった孤独な二人。
時間のズレがあることがせつないドラマを作り上げる。たしかに予想範囲内
の終着ではあるのだけども、ドラマの構成がうまいよね。       

 ほかにも、他人の傷を自分の身体に移し替える能力を持った少年の痛みを
描いた「傷」、少女の顔を持つ花の歌声に主人公は何を感じるのかをある意
外性を込めて描き出した「華歌」、以上3編のストーリーを収録。   

 たしかに「せつなさの達人」と呼ぶにふさわしい作品を生み出している。
SFファンのみならず、ミステリファンをも喜ばせる趣向も用意してあって
ここで取り上げるにふさわしい作品だと思う。年間順位の対象からは外すけ
れど、採点はちょっとおまけして7点。せつなさ系に弱い人は是非どうぞ。

  

6/6 ぶたぶたの休日 矢崎存美 徳間デュアル文庫

 
「ぶたぶた」「刑事ぶたぶた」に続く第3弾。ぶたのぬいぐるみなんだけど
オヤジ。占い師だったり、定食屋の手伝いだったり、刑事だったりするんだ
けれど、ぶたのぬいぐるみ。でもやっぱりオヤジ。そう、まさしく文字通り
ね。3編の短編をつなぐインタールードは「お父さんの休日」なんだもの。

 さて、これまでの2作を楽しんだ方なら、もちろんこの作品も満足される
ことだろう。まだの方は是非、1作目の「ぶたぶた」を手にとってみられて
はどうだろうか?せっかく前2作とも文庫になったことだし。手に取ってみ
て、何か響いてくるものがほんの少しでもあったら、どうかそのままレジに
連れていってあげてください。何も感じるものがなかったら、そのまま元の
場所にお返しくださって結構です。それで何かを損するわけじゃない。 

 そう、特になんでもない話なんだと思う。何かを期待して手にする本では
ないかも知れない。ぶたぶたがいなくたって、あなたの世界はきっと何一つ
変わるものじゃない。                       

 でも、もしも、あなたがぶたぶたに出逢ったら、、、        

 ぶたぶたってきっといるんだよ。こんなこと言うと気恥ずかしいけどさ。
うん、でもいる。3作読んだ後に、あなただってそう言うかも知れない。そ
れでいいじゃない。だって、ぶたぶたなんだよ。ぶたぶたなんだもの。 

  

6/12 真説ルパン対ホームズ 芦辺拓 

 
 技巧派(私は”行き過ぎた技巧派”と呼んでいるが)としての芦辺氏の本
領発揮。こういうテクニックが必要とされる作品集を出すには、間違いなく
日本で最も適した人物だろう。                   

 内容もその期待に違わず。単純にパスティーシュやパロディをやろう、な
んていう志の低いことは決してやらない。「鮎川哲也読本」での3人の編者
の作品を読み比べれば、歴然と判明するだろう。きちんと1作1作にトリッ
クや驚きを用意して、作品として成立させてくれている。       

 そのおかげで、表面をなぞっただけの気の抜けた贋作集じゃなくて、きち
んと骨太のミステリ作品集として評価できる本に仕上がっているのは流石。
本格にかける心意気は相変わらずご立派である。素直に賞賛したい。贋作で
ありながら、ミステリとしての工夫を凝らした満足作として、採点は7点

 さて、ベスト3だが、まずベストは「百六十年の密室」 モルグ街の矛盾
点の指摘、新解釈の提示にしびれた。過去の名作密室に新たな解決を付ける
という企画は、是非続行して欲しいものだ。残り2作は、上でも触れた「田
所警部に花束を」と「黄昏の怪人たち」 前者は真相への迫り方のパズル的
な興味。後者は叙述の仕掛けの面白味。芦辺拓、やはり多才な人である。

  

6/13 マニアックス 山口雅也 講談社ノベルス

 
 自分でも意外なのだが、山口雅也を取り上げるのはこれが初めてとなる。
だからといって、私の評価が低いわけでは決してない。むしろ凄く評価して
いる。おそらく誰もが認める通り、彼の本格的デビュー作「生ける屍の死」
は、90年代を代表する本格傑作であろう。ねじれた設定の世界でこそ生き
得る、ホワイを主軸に据えたパラドックスのロジックに興奮したものだ。

 短編集としても、ロジックに満ちた「キッドピストルズの冒涜」は、短編
集のベスト選出の際には考慮されるべき作品だと思うし、「ミステリーズ」
も作者のミステリに対する、皮肉な愛情に溢れた好短編集だと思う。  

 そもそも本格デビュー以前からも、彼の著作に惹かれていた。石川喬司と
共に著した「名探偵読本 エラリー・クイーンとそのライヴァルたち」は、
ほんとに長い間私のバイブルの一つだったし、古書価が高騰していることで
も知られる、ゲームブック「十三人目の名探偵」も発売当時に買った口だ。

 さて、本作は上記の「ミステリーズ」と対をなす短編集だが、大きくホラ
ー寄りとなっている。彼の本格を期待するには、非常に不向きな作品集であ
る。そういうわけで、私の採点は平凡な6点。ベストは、じわりと怖い不気
味さを秘めた「割れた卵のような」 ブラック・コント「モルグ氏の素晴ら
しきクリスマス・イヴ」と、作者のシニカルさが色濃い反密室物、「人形の
館の館」でベスト3としよう。                   

  

6/15 サイロの死体 R・A・ノックス 国書刊行会

 
 有名すぎる「十戒」と、長編「陸橋殺人事件」、短編「密室の行者」、一
般にはノックスと云えば、これらが知られているだけであろう。これに加え
て「密室の百万長者」や「消えた死体」(ポケミスじゃない方)まで抑えて
いるとしたら、、、、きっと貴方はマニアですね(笑)        

 そして今、もう1冊、本書が加わったわけであるが、これが嬉しいことに
こてこての本格なのである。大胆きわまるトリック、大量の手がかり索引、
小技の数々と、本格ミステリファンを嬉しがらせてくれる趣向が満載。 

 これらに関しては、真田氏による解説に詳しい。本書について、私がいい
たいことのほぼ全てが書かれているように思う。ユーモアや稚気をキーワー
ドに、ノックスの諸作(勿論「十戒」を含めて)を語られてているのも、非
常に的確で、私自身も大いに共感を感じるところ。          

 そういうわけで、ここで私が駄文を続ける必要もないだろう。是非、読了
後に真田氏の解説を堪能されたし。採点は7点。ある程度、ミステリ(特に
古典)を読み慣れたファンにうってつけの作品のように思う。     

  

6/23 月長石の魔犬 秋月涼介 講談社ノベルス
 
 今回は、けなしモード・レベル高にセットされています。不快感を感じる
可能性がありますので、身体に合わないと感じた方は、すぐに服用をおやめ
ください。ピンポーン!(薬のCMで注意喚起のために必ず流される音)

 おそらく本年度のワースト1作品。いや、まず間違いなくそうだろう。メ
フィスト賞の中ですら、最低ランクの作品(”ですら”って言い方になるの
も、仕方ないよね。基本的には好きなんだよ、メフィスト賞は。好きだけど
やっぱり、認めざるを得ないところは認めなくっちゃね(笑))    

 なにしろ本作は、ミステリとしては全く成立していない。トリックが実現
し得ないとかそういうレベルの話じゃなくて、ミステリの皮をかぶっただけ
の雑文でしかないのだ。思わせぶりな状況だけを作って、必然性も論理性も
なく、単にお片付けしただけのものをミステリとは呼べまい。     

 せめてそれでも意外性に留意しているのならわかる。たとえば「先生」と
いう存在。先生と呼ばれる人物を多数配置して、そこからどんな着地を見せ
てくれるかと、大多数の読者が期待するはず。先生に殺されたいという願う
少女の存在にしても、どんな解決を用意するのか?作者がその期待に報いた
と自身で考えているとしたら、ミステリの読者経験がないのかもしれない。

 本格がわかっていないどころの話ではなく、ミステリそのものを理解して
いるのかが不明。漫画と同人誌だけ読んで育った青年が、生まれて初めてミ
ステリだと意識して「ハサミ男」を読んでしまい、思わず触発されて書いた
ような作品。その計算性も理解せぬままに。イメージのみで構築された空虚
な作品。久々に吐き捨てるように4点を付けましょう。この先ミステリが書
けるとは思えないので、次作は絶対に買いません。          

  

6/23 本格ミステリーを語ろう!(海外編)  

芦辺拓有栖川有栖小森健太朗二階堂黎人編著 原書房

 
 ミステリ狂の人間ばかりが集まって、ミステリ話題縛りで、ひたすらミス
テリを語り合う。こりゃ、面白くないわけがないっしょ。本書は、まさしく
そんな状況を、まんま本にしてくれたようなもの。本格ミステリファンなら
これは参加したかったよぉ、と言いたくなってしまうのではないか。  

 とはいえ、そう言いたがる人間は、きっとそれなりの年齢なのではないだ
ろうか。やはり時代と共に読書の履歴は、大きく様相を変えてしまう。ポプ
ラ社やあかね書房から入門し、そこから向かう先はやはり古典しかない、と
いう長い長い時代があった。4人の編者達も私も、そういう時代にミステリ
を読んできた人間達だから、読書履歴はおのずと似通っている。だからこそ
強く共感したり、それは違うよぉって心の中で突っ込んだり、つまりは参加
意識として大いに楽しめるわけである。               

 幸か不幸か(勿論大きくは幸なのだが)、ミステリの出版点数は今や大き
く増え、読むべき物があふれかえっている。これらを読むだけで、自分が持
っている時間の全て以上を費やしてしまう。特に大きな流れであった新本格
以前・以降で、おそらくかなりの数の読者の読書履歴が、変わってしまった
のではないだろうか?履歴という点に限って言えば、新本格(あるいは京極
などの新本格以降)が、古典に置き変わったとも言える。       

 そして入門に関しては、今度は金田一、コナンに代表されるミステリ漫画
の台頭。もはや”ポプラ社→古典”という流れは、”漫画→新本格”という
図式に塗り替えられてきている。いや、新本格と限るのはおかしいな。”新
本格”は既に没ジャンルとして埋没している。というより、ジャンル自体が
実体を持たなくなってきているのが現状だ。全てを含んだ広い意味でのミス
テリー(私が普段使用する”ミステリ”とは別)なのだろう。これもそろそ
ろ別の言葉に置き換わるかも知れないが、現時点では”漫画→ミステリー”
という新しい途を辿る読者が、ごく自然に増えつつあるのだろう。   

 さて、では本書がそういう若き読者に対して、古典へと導くガイドブック
としてうまく機能しているかというと、ちょっと疑問符。やはり懐かしき良
き古典本格の思い出話に浸ろうよ、というのが本書を読む醍醐味だろうと思
う。昔のルートを辿った(苦笑)ミステリ読みにこそお薦めの本。勿論、私
個人は大いに楽しめたので、採点は7点。              

  

6/27 バカミスの世界 小山正とバカミステリーズ編 美術出版社

 
 声を大にして言っても構わない。私は「バカ」が好きである。こよなくバ
カを愛している、とすら言ってもいいだろう。では「バカミスとは何か?」
それを定義しろというのは非常に困った事態である。それこそ本書冒頭の言
葉「私がバカミスと思ったものが、バカミスなのだ」、これに尽きるかも。

 但し、個人的には「バカミス」と「トンミス」とを区別したい。「トンミ
ス」とは、主に作者の思いこみや勘違い(「これは傑作だ」という作者の自
画自賛があるものに、この傾向が強い)から生まれたトンデモ系ミステリを
指す。これと、バカミスとはやはり別のものとして扱いたいのだ。唾棄すべ
き対象と愛すべき対象が、一つの言葉でくくられると混乱を産む。本書の対
象は後者だと思うのだが、一般の受け止め方では両者が混同されているので
はないだろうか。このことへの言及が欲しかった。          

 さてもう一つ。「何故バカミスなのか?」という問いかけもあるかもしれ
ない。何ゆえにバカミスを愛するのか?それについては私なら、こういう極
論をもって答としてみよう。「ミステリはすべからくバカミスなのだ」と。

 というのは半分冗談ではあるが、つまりは残り半分は本気でもある。やは
りミステリの最重要な本質は”意外性”にあると思う。いかに読者の予想範
囲を越えた解決が用意できるか。それはWHOであったりHOWであったり
WHYであったりするわけだが、それを驚きを持って迎えられることが、ミ
ステリ読みとしての最大の醍醐味だと私は思うのだ。当たり前過ぎてはいけ
ない。どれだけ外していけるか。これってやっぱりバカになっていくってこ
とじゃないのかな。バカになることが本質的に運命づけられた文学。ミステ
リを愛することは、すなわちバカを愛すること、、、云々。      

 本書の第1章「バカミスの歴史」は、まさしくこのことを表現していると
言ってもいいのではないか。ミステリの歴史はバカミスの歴史。優れたミス
テリの多くが、やはり優れたバカミスでもあること。なんでもかんでもバカ
ミスにしちゃってるよぉってな感じを受けるが、きっとそれで正解なのだ。

 ということで、バカミスを愛することに引け目を感じる必要など、何もな
いのだ。第4章のリストでも抱えて、今日から貴方もバカミステリスト!

 本書の採点は8点といいたいところだが、海外物に偏りすぎて、明らかに
日本のバカミスについては弱々な内容なので、そのぶん減点の7点。  

  

6/29 探偵の冬あるいはシャーロック・ホームズの絶望
                     岩崎正吾 創元社

 
 横溝正史、クイーンに続いて、10年ぶりに出版された第3弾は、お馴染
みのホームズである。パロディとしての導入の設定は、なかなか面白い。し
かし道徳家の私としては(真実度約70%)、主人公の妻とワトソンとの関
係に馴染めなかった。これを初めとして、どうもユーモアとシリアスさのバ
ランスに居心地の悪さを感じてしまう。この感覚はシリーズ全部を通じての
共通なもののような気もする。                   

 パロディとしては、うんわかる。ホームズものだもの、こういう押さえ方
なんだろうなと思える。でも、ミステリとしてはね、やっぱり苦しいんだ。
はっきり記憶しているわけじゃないから断言は避けるけど、この苦しさもシ
リーズ共通なもののような気がする。押さえ所は押さえられてて、ミステリ
ファンとしてはニヤニヤ楽しめるんだけど、パロディとしてもミステリとし
ても収まりきれてない印象がある。いっそどっちかに徹してくれた方がすっ
きり楽しめるのかも知れないとも思うのだけどな。          

『「マダラノヒモノ」ってひねりなくそのまんまやん』てな不満もあるので
採点は平々凡々の6点。しかし、やはり完結編「探偵の春あるいはさよなら
明智小五郎(仮題)」も読ませていただきます。           

  

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