ホーム創作日記

5/9 スタジアム 虹の事件簿 青井夏海 創元推理文庫

 
 弱さから書くべきか、良さから書くべきか、書き出しに少々悩むタイプの
作品。基本的には好きな作品に入る。多くのミステリ好きに対して、読書の
心地よさを感じさせることの出来る作品だろう。新保さんも書いているよう
に「ちょっといい本を読んだよ」って、友人に手渡したくなるような1冊。
この”ちょっと”が、やはり本書にふさわしいし、意外に”ちょっと”は伝
染しやすいのだ。「読まなきゃいかんぞ」の輪はきっとどっかで途切れちゃ
うんだけど、「ちょっと読んでみて」の輪って深く静かに潜行したりするよ
ね。本書が同人誌から、新保氏、北村氏を渡って出版されたのも、そういう
性質に寄るものかも。                       

 純粋なミステリとしての観点からは、やっぱり飛躍しすぎ。おそらくほと
んどの読者が感じるのではないかな。「なに妄想してんねん」と、関西弁で
突っ込みたくなってしまうような無理からさがなくはない。心理的な無理を
感じる点もある。乱暴を承知でくくるならば、女性作家特有のロジカルさを
無視した推測が行われている。「女の第六感」って奴なのだろうか。  

 しかし、「そんな固いこと言わんと」って自分にフォローしたくなるんだ
よね。”あばたもえくぼ”というのか、そんな欠点すら可愛らしく思えてし
まう雰囲気。野球ミステリなのかと敬遠している人があったら、特に気にす
る必要はないと言っておこう。推理(憶測?)への絡め方は、ど素人の立場
から見たもので、ほのぼの路線。全然野球を知らなくても、いつの間にかレ
インボーズを応援してしまっているだろう。ラストの締め方も、押し付けが
ましくなくて心地よい。採点は6点だけど、ちょっといい作品だよ。  

  

5/16 眠りの牢獄 浦賀和宏 講談社ノベルス

 
 これは”あり”なんだろうなぁ。うまく持っていったな、という小気味よ
さがある。トリックの性質自体に関して、今回はそんなに不快感は感じなか
った。しかし、この中心となる意外性は、あくまで読者に対してのみにしか
作用しないもの。しかも本筋を大きく左右するものではない。従って、これ
”だけ”の作品であったならば、評価に値しないのだが。       

 そう、”だけ”ではないのである。外部で進行するメールによる交換殺人
計画がいったいどうクロスしてくるのか、そしてそこに隠れていた意外性は
一見の価値がある。あと、やはり「切断の理由」、これも実にいい。帯に書
きたくなる気持ちはわかるが、書かれたことでそこに意味がある、と読者に
わかってしまうのも問題あるよなぁ。出版側としてもジレンマがあるのかも
しれないが。私自身は、最初の官能シーンに当てられたため(嘘度70%)
帯のことなどすっかり忘れきっていて、あっそう来たのか、と純粋に驚かさ
れてしまった。                          

 ミステリなんだかどうだか良くわからない気がして、「記憶の果て」以降
安藤シリーズは読んでないのだが、本書は充分にミステリしている。私同様
に手を出し辛く感じていた人も、この1冊だけなら読めるはず。姑息な手段
だけに頼らず、ちゃんと複合した仕掛けを作っている。重厚長大ばやりの中
で、この薄さもいいじゃないか。採点は6点だけど、比較的上位の満足作。

  

5/22 謎亭論拠 西澤保彦 カッパノベルス

 
 酔っぱらって推理する。酔えば酔うほど推理が冴える。JDCかジャッキ
ー・チェンかっていうような(嘘度35%)、酩酊推理でご存じのタック・
シリーズである。言われてみると、「謎」って「めい」とも読むんだよね。
その割りに「謎探偵」って書いて「めいたんてい」って読ませる、なんてネ
タを今まで読んだ気がしないなぁ。見逃してるだけ?         

 てなことはともかく、キャラクタ設定的にはコメディ路線だし、特に事件
の発端はそういうシチュエーションが多いにも関わらず、シリーズ的にはど
っぷりと重い話が多いこのシリーズ。あの嗣子ちゃんシリーズにすら「夢幻
巡礼」
なんて話を書いてしまうくらいだから、よっぽどひねくれてます、西
澤保彦(本気度40%)。                     

 今回も発端はちょっとした変な話だったのが、最終的にはイヤぁ〜〜な心
理に辿り着くってな話ばかり。選んでみたベスト3も「見知らぬ督促状の問
題」「消えた上履きの問題」「印字された不幸の手紙の問題」で、やっぱり
陰湿な心理でヤな気分になる、後味すっきりしない話ばかり。     

 たしかにパズラーとしての面白味はある。けども、数人で酔ってたかって
(”寄って”だってば(笑))あれこれと推理しまくった挙げ句に、真相が
ポンと出てくるってのが西澤流。段々と真相に収束していくとか、どんでん
どんでんの果てに辿りつくとかいうよりは、発散した推理が四方八方に飛び
散って、そのうち一つがピタリと的に命中、といった感じなのよね。すっき
りとした爽快感が味わいにくいのは、これも原因の一つかも。採点は6点

  

5/26 根津愛探偵事務所 愛川晶 原書房

 
「創元推理」に掲載された犯人当てを中心に編まれた作品集。なんといって
も「だって、冷え性なんだモン!」が傑作。ロジックの美しさとアクロバテ
ィックなパラドックスが、巧妙にシンクロした優れものの犯人当て(横文字
が多くてゴメン) 愛川晶の本格センスの素晴らしさが実感できる。  

 勿論これだけではない。その他の作品だって、存分に楽しめる。「カレー
ライスは知っていた」もレシピ通りにカレーを作ると真相が見えるっていう
着想がユニーク。こういう遊び心こそ、ミステリの神髄の一つだもんね。

「密室殺人大百科」の中でもベスト級の作品だった「死への密室」も、やは
り遊び心に溢れながらも、本格の仕掛けと驚きを味あわせてくれた傑作。ち
なみにこの密室ミステリアンソロジーは、基本的には書き下ろし集でありな
がらも、傑作集に勝るとも劣らない出色のアンソロジーでお薦め。   

「コロッケの密室」も、これまたユニークな発想、大胆な伏線。倒叙もので
ありながらも、読者への挑戦状が付くにふさわしい内容。       

 おまけの「スケートおじさん」だって、ちょっと面白い仕掛けあり。 

 いやあ、楽しめた。長い間、積ん読にしてしまっていたのを後悔。「どん
どん橋落ちた」
「法月綸太郎の新冒険」「メルカトルと美袋のための殺人」
などに並ぶ、近年の本格の大きな収穫の一つ。滅多に出さない点数なんだけ
ど、この作品の採点は迷わず8点。これだけの価値あり!       

「雪密室」の発表があるまでは買わずにいた(最優秀は逃したし、笠井氏の
総評でも全く触れられなかったけど、優秀賞は頂きました。でも残念ながら
優秀賞は図書カードだけ)「巫女の館の密室」を買いに行きましょ。  

  

5/30 恋恋蓮歩の演習 森博嗣 講談社ノベルス

 
 今回は保呂草大活躍の巻といったところだろうか。暗躍、密約、出ずっぱ
りで大忙しである。それにまた、紫子ちゃん全開の巻でもある。Vシリーズ
のファンにとっては、可哀相やら可愛らしいやらでポイントゲットだろう。

 つまるところ、基本的にキャラクタ小説である本シリーズにとって、いか
にも”らしい”作品と言える。ミステリとしても、トリックにしろ、意外性
にしろ、今回は全てキャラクタによるものばかりなのだから。     

 清々しいほどのキャラクタ小説で、そういう意味ではVシリーズの代表的
長編とも言えるだろう(済みません、これっぽちも本気で書いていません。
心のこもらない書評で申し訳ないことです)             

 意外性もあることだし、採点は6点。読んで面白い本です。キャラも立っ
てます。森博嗣って凄い人です。エトセトラ、エトセトラ… しかし、もう
あまり本シリーズについて、私は語る言葉を持たないようです。    

  

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