ホーム創作日記

12/1 マイナス・ゼロ 広瀬正 集英社文庫

 
 自分好みに違いないという確信があるにも関わらず、何故だか読み逃して
いる作家というものは、結構あったりするものだと思う。私にとってのその
代表格の一人が、この広瀬正である。「タイムマシンのつくり方」を比較的
最近読んだだけで、これが初長編となった。             

 うん、やはり予想通りいい。リリカルな時間物やロジカルな時間物を愛す
る私の、両方のツボをうま〜く押してくれる名作。これに加えて飄々とした
ユーモア精神と、戦後の風俗の描き方の絶妙さまで加わっているのだから、
タイムトラベル小説の最高峰と謳われるのも当然。さすがに今ではロジカル
な部分の落ち着き先は予想が充分に付くのだが、手練れのマジックを見てい
るような、安心できる恍惚感を得られる作品であった。        

 採点はやはり8点だろう。残り4作の小説全集も、当然揃えるつもりだ。

 最後に、私のお薦めの時間物を幾つか。まず、時間物のリリカル短編の代
表格が「愛の手紙」ジャック・フィニィ。時を隔てた手紙の切なさが胸を打
ち泣けます。好きなSF短編を一つだけ選べと言われたら、私はこれを選ぶ
でしょう。そして、もう1編。「たんぽぽ娘」ロバート・F・ヤング。時を
越えた愛を描く、一つの叙情詩みたいに、素敵で温かな短編。日本からは、
やはりこの人。「時尼に関する覚え書き」梶尾真治。短編集としては「美亜
へ贈る真珠」などが入った「地球はプレインヨーグルト」が一押し。  

 長編は、言わずもがなの「夏への扉」ハインライン。ロジカル時間物短編
の極致「輪廻の蛇」「時の門」もさすがだが、やはりこの長編がベスト。も
一つエンタテインメントとして楽しめる「リプレイ」ケン・グリムウッド。
日本からは「タイムリープ」高畑京一郎。ロジカル時間物の思わぬ拾い物。

 映像からは、映画「ある日どこかで」。余計なラストが玉に瑕だが、まる
っきりフィニィの世界を映像化してくれたロマンティックな作品。   

 最後の最後に、検索で見つけた時間物に関する優れたHPを無断で紹介。
http://www2.wbs.ne.jp/~osami/timetravel.htm
http://www.asahi-net.or.jp/~YE8S-TKT/time/time.html

  

12/5 「ぷろふいる」傑作選        
         ミステリー文学資料館編 光文社文庫

 昨今のミステリ・ブームはいろんな形で波及しているようだ。必ずしも歓
迎すべきことだらけではないのだが、こうして古い作品にもスポットを当て
て貰えるのは、無条件に歓迎の意を表したい。「幻影城」での特集を古本屋
で入手して以来20年近く、久方ぶりの「ぷろふいる」特集である。  

「新青年」「宝石」「幻影城」これらに関して触れられた雑文やアンソロジ
ーは、比較的目にすることが出来るのだが、それ以外の雑誌についてはあま
りよく知られていないのが現状だろう。小説以外にも、雑誌に関するエピソ
ードや、作品からではわからない当時の作家の素顔なども知りたいものだ。
巻末の「プロファイリング・ぷろふいる」のようなコーナーをもう少し充実
させて貰えるといいのだが、一般受けではないのだろうな。      

 また、収録が有名作家ばかりなのが少し気になるところだが、該当雑誌に
掲載されたものという限定条件があるため、逆に普段では読めないような作
品が多くなるのも、古い国内物ファンにとっては嬉しいところだろう。 

 恒例のベスト3は、海野十三「不思議なる空間断層」、大阪圭吉「花束の
虫」、木々高太郎「就眠儀式」の3作。総合的に幻想譚ばかりのような感じ
を受けてしまうが、企画自体を評価して、採点は7点としよう。    

  

12/11 螺旋階段のアリス 加納朋子 文芸春秋社

 
 私がもっとも楽しみにしている作家の一人、加納朋子の新作である。あく
までも”本格”にこだわりを持つ、純にミステリを愛する私が、何故彼女の
作品をこんなにも愛するのだろうかと、ちょっと自己分析してみた。  

 一つにはやはり何度も書いているように、淡いクレパス画のような文体だ
ろう。もう一つは、ファンタジー性である。新本格の書き割りのようなアン
リアル性とは全く異質の、一種のおとぎ話を紡いでいるような印象を持つ。
これが文体と見事にマッチしているので、心地よい読後感が得られるのだ。

 では、ミステリとしてはどうか。たしかにその点でも秀逸だと持ち上げる
わけにはいくまい。しかし、ミステリで通常トリックで行うはずのところを
弱くはあるが彼女は決して省略しているわけではない。そして時には、更に
新たな要素を持ち込もうとしてくれる。これが弱さを補うに充分な役割を果
たすことが多いのだ。決して文章の心地よさだけが、彼女の全てではない。

 例えば本作においては、推理の先に心理を置くという手法を取っている。
これもたしかに一つの方法論であり、しかも決して容易な道ではないのだ。
私の判断では充分に成功していると思うのだがどうか?このおかげで、各作
品の真相はたわいないものの、その先に用意された心理が、実に”さわっ”
と読者の心を撫でるのだ。この柔らかなくすぐったさが心地よいと感じられ
るかどうか、これが彼女の読者足り得る一つの指針なのではないだろうか。

 恒例のベスト3は、この手法がはまっている作品として特に秀逸な「中庭
のアリス」「最上階のアリス」の2作と、もう1作「螺旋階段のアリス」。
採点はやはり7点。そしてまた、次の新作を心待ちにすることにしよう。

  

12/15 日曜日の沈黙 石崎幸二 講談社ノベルス

 
 メフィスト賞久々の「6とん」系?この素人臭いおちゃらけた文章(下手
というのとは違うかも?)に付いていけるかどうかで、評価の方向性は変わ
ってくるのだろうな。文章にはこだわらない旨常々明言しているので、これ
に関してはこれ以上は突っ込まないけれど、どうかお察しください(笑)

 さて、ではネタの話と。「究極のトリック」これまでミステリの中では、
何度も取り上げられているネタである。大体は見せ球だけで、幻のままで終
わってしまう。まあ、それも当然。「究極の」なんて作者自身が大言壮語し
て、「おお、こりゃ、たしかに究極だ(真剣な目)」なんて読者が思ってく
れるはずなどないのである(あり得ないとは言わんし、そういうものが出て
きてくれれば嬉しいこと限りないのだが)。「ああ、こりゃ、まったく究極
だ(遠い目)」なんてトホホな気分になること、まず間違い無しである。だ
からやっちゃいけないんだって、、っておいおい、やっちゃってるよ(笑)

 笑わせておいて最後はホロリと、という見え透いたパターンを楽しめるに
は、どちらの要素も弱すぎ。また、リアリティーのかけらもないマーダーゲ
ームはお粗末。一般に成立し得る展開じゃなくて、作者の創造上のご都合の
上にしか存在し得んよね。『ペルソナ探偵』で秀逸なものが読めた後ではな
おさら。まったく、連続して出さんでも良かろうに、講談社様(苦笑)。

 つまるところ、あまり見たくない絵柄で描かれた漫画(う〜、漫画ならも
っと失う時間は少なくて済むのだが)。「○の○さん」だけは笑えたのでギ
リギリの6点。有望な新人が続いたところでの、箸休めだね(失礼!) 

  

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