ホーム創作日記

11/7 服用量に注意のこと ピーター・ラブゼイ ハヤカワ文庫

 
 ラブゼイの短編に関しては「ミス・オイスター・ブラウンの犯罪」の書評
に書いたとおりだ。今回もやはり、洒落たクライム・ストーリーに彩られて
いる。ただ、今回は読者として比較的想像しやすい方向で、サゲが付いてし
まう短編が多かったような気がする。そのため、これまでの短編集の中では
残念ながら一番お気に入り度の低いものになるだろう。        

 好例のベスト3といくならば、順不同で以下の3作。なるほどそう落とす
のね、というラストが微笑ましい「殿下とボートレース」。訳者注があって
初めて、ブラックながらも洒落たクリスマス・ストーリーに仕上がった「プ
ディングの真価」。不思議な題名がラストにぴたりと決まる「ウェイズワー
ス」。「勇敢な狩人」「大売り出しの殺人」が次点の作品。採点は6点

  

11/10 生存者、一名        歌野晶午 祥伝社文庫
11/10 PUZZLE        恩田陸  祥伝社文庫
11/14 なつこ、孤島に囚われ    西澤保彦 祥伝社文庫
11/15 この島でいちばん高いところ 近藤史恵 祥伝社文庫


 お得なのか、損なのか、ちょっと判断は保留しときたい祥伝社の400円
文庫。重厚長大の電車通勤筋肉疲労本に対して、この狙いは確かにマーケッ
ティングとしてはいい線突いてると思う。それなりの作品レベルが揃えば、
ある作者に触れるためのお手軽な入門書としてはお得かもしれない。1冊だ
けのコスト・パフォーマンスとしては、ちと物足りない感じは受けるが。

 さて、取りあえずはやっぱり競作「無人島」でも読んでみよう。アンソロ
ジーにしてくれれば、半額ですむのにぃ〜というのは置いといて、と(笑)
ランキングの好きな私としては、やはり順位を付けておく。珍しく歌野がダ
ントツのトップ。以下、2位:恩田、3位:西澤、4位:近藤の順。奇しく
も読んだ順になってしまった。採点は近藤5点、その他は6点。    

「生存者、一名」…オウム事件をまんま下敷きという安直さや、ややテーマ
に対してストレート過ぎる感はあるものの、無人島物としては意外に面白い
心理展開も見られる。リドル・ストーリーにする必然性は感じられなかった
が、題名を生かしたラストは上出来。この捻り具合なら、合格点なのでは。
まあ「この程度でトップ?」という思いはあるが、他の作品が悪すぎ。 

「PUZZLE」…「象耳」書評で書いたような、長所が行き着いた果ての
彼女の短所が、剥き出しに露呈された作品。これはどう贔屓しても、論理で
薄くメッキされた想像力に過ぎない。本格の着ぐるみを着たファンタジー。
すっぱりと未練を断ち切って、本格の文法から脱却した彼女を見たい。本作
の芯にも感じられるように、自由に羽ばたく彼女は素晴らしいのだから。

「なつこ、孤島に囚われ」…う〜ん、ただの変態小説とすら言い切っていい
かもしれないお話。通勤時に読むと、傍目が気になってしまうこと必至。変
態だけど仕掛けが効いてるのかと思いきや、割とどうってことない結末で拍
子抜けだし。中途中途の”変態推理”や、変態な実在キャラを楽しむべきも
のなのだろうが、ふむ。いかん、いかんぞ、西澤保彦、帰って来〜いよ〜。

「この島でいちばん高いところ」…登場人物の誰一人として感情移入できな
い、という相性の悪さをひしひしと感じたデビュー作以来、久しぶりに読ん
だ近藤史恵。今回は登場人物に魅力がないわけではないのだが、やはり感じ
る居住まいの悪さ、いたたまれなさ。テーマに対して、何ら解答を与えてい
ない気がするのも大きなマイナス。無人島というテーマに、無条件にミステ
リを期待してしまう私と、そんな必要性など感じない作者ということか。

  

11/18 クール・キャンディー 若竹七海 祥伝社文庫

 
 同じく祥伝社文庫だが、競作ではないので別個に。私が見かけた反応の中
では、今回大量に放出された第1弾の中で、最も評判の良かったもの。たし
かに「無人島」4作よりは、出来のいい作品だと思う。そう、さすが若竹七
海らしい、底に毒のあるお話。明るい雰囲気ですいすい引っ張っていって、
こう落とすか(苦笑)。本サイト初登場なので、長くなるが彼女の印象を。

 性差別のつもりはないのだが、表面に表れない陰湿な底意地の悪さを描く
のは、明らかに女性作家の得意とするところだと思う。特にそういう女性を
描くことにおいては、圧倒的に女性作家に分がある。国内でも海外でもだ。
しかし、やはりその描き方には、それぞれの個性が表れてくる。    

 最初からどろどろとした澱みたいのものを、じわじわと描き込むタイプの
人もいる。溜めて溜めて溜めて、引っ張っておいて一気に畳みかける人もい
る。日常的な何気ない描き方がされているのに、最後にゆらりと悪意がかい
ま見える、そういう描き方をする人もいる。             

 そして私の印象での若竹七海は、最後のパターンを得意とする作者であり
本作はその特徴が良く現れたものじゃないかと思うのだ。”日常派”とひと
括りにされてはいるが、日常の中での”善意”から派生する謎を得意とする
人と、”悪意”から派生する謎を得意とする人がいて、彼女はやはり後者な
のだと思うのだ。私のような甘々派にはちと辛いかも。        

 殺人のミステリをこよなく愛してるくせに、だって?いやいや、本格ミス
テリの動機って、結構割り切れたものが多いよね。金や、せっぱつまった状
況など、いわばデジタル的。手に入れるか、なくすか、助かるか、つかまる
か、境界がはっきりしている。極端に言えば、動機あり・なしの1ビットで
すんでしまったりする。犯罪的には重くても、それほどの重さは実は感じず
にすむ。甘々派だって躊躇せずゲームに参加出来るのだ。それに比較して、
たとえ地味であっても、アナログ的な悪意が蓄積していった先の、底意地の
悪いどろどろとしたものなんて、私の望むミステリの爽快感とは別物。 

 あまりにもなカタルシスの無さに、逆にカタルシスを覚える場合もあるの
か。そういった類の描写の力強さや描くテーマの重さなどに”圧倒される”
という文学的な自虐的快感もあるのだろう。しかし、私にとっては「騙され
たぜ、くぅ」というようなゲーム的自虐的快感こそが、やはり重要なのだ。

 しかし、その両者は実は完全に相容れぬものではない。そう、ここで再び
若竹七海に戻ろう。彼女は比較的その両者共に足をかけた作者である。前者
としては重さよりも軽みの中に、嫌らしい悪意を見事に描いてみせる。後者
も彼女のデビュー作や本作などを読むと理解が容易だろう。そういう意味で
は結構貴重な作家なのかもしれない。今回の採点は6点の上位。    

  

11/16 露西亜人形殺人事件 天城征丸・さとうふみや 講談社
11/23 怪奇サーカスの殺人 天城征丸・さとうふみや 講談社

 
「魔犬」以降は、ブックオフで見かけたら購入している金田一くん。たまた
ま2週連続で入手出来たので、まとめて感想いってみよう。      

 天城征丸が自ら自信作と書いているとおり、「露西亜」の方はなかなかの
出来。大技と云うより、小技の組み合わせがいい。ちと問題はあるけどね。
暗号はなかなか面白いんだけど、完全に狙いを解け切らなくても、最初の思
いつきを適当にこねくり回すと解答に辿り着ける。密室トリックも面白くは
あるけど、完全にわからなくてもどういうことが行われたかは自明。金田一
が仕掛ける”騙し”も、有名すぎるネタをアレンジ無しで登場させるのは、
ちょっと興ざめ。「安楽椅子探偵」を思わせる映像伏線や、状況・舞台設定
(姿見はエッチでいいかもって変態か、わしは)、因縁の彼との推理合戦、
動機の嫌らしさなど盛り沢山で総合点は高いだろう。6点だけどね。  

「怪奇」は普通の出来。これ又どういうことが行われたかは充分に想像がつ
くんだけど、実際に解明のところを読むと面白くはある。モロバレではある
けれど、関係なさそうなところで伏線張ってる精神は気持ちよいしね。謎の
メッセージもダイイング・メッセージじゃないところが気に入った。証拠の
メインになってしまうのはちとアレだが、こういうこねくり回し系のネタは
サブとして使って正解。採点はやっぱりいつもの6点。        

  

11/22 ペルソナ探偵 黒田研二 講談社ノベルス

 
 プロとしての資質が試される、受賞(っていう気はあまりしないけど、賞
なんだよね?)第1作だが、くろけんさん、まずは無難に乗り切ったという
ところだろう。1冊目の破天荒さこそないものの、やはりせっせせっせと伏
線を張り巡らしているのはさすが。意外性を重視するならば、最終章のポル
ックスの視点での伏線がくどい気がするが、過剰に詰め込んだ逆転に次ぐ逆
転を、スムーズに読者に理解させるためには、痛し痒しといったところか。

 短編集としては2話目の「殺人ごっこ」が傑作。これだけで1冊になって
も面白いんじゃないかってほど。マーダーゲームとしては「日曜日の沈黙」
よりも百倍はいい(おっと、こちらの感想は後日)。ジョークの要素を多分
に含んだ巧みな騙しが実にナイス(死語?)。こういう技が光ってると、全
体の印象がぐっと良くなるんだよね。                

 ただ今回は、謎として読者を引っ張る力は薄かったと思う。そのためにか
最終章の逆転の連続も、ミステリ的カタルシスにはあまりつながってくれな
かった。インタールードでの読者への誤誘導のテクニックなど、通好みの実
に憎い巧さが隠れてはいるんだけど、それもなかなか伝わってこない。充分
に面白い作品を提供してはくれたけど、採点としては6点かな。    

 ところで、「このミス」のバカミス・コーナー担当者さま、今年のバカミ
スに「ウェディング・ドレス」が入ってないなんて、どういうこと?お粗末
過ぎやしませんか?海外物中心の人なんだろうけど、信頼度大幅ダウ〜ン。
でも、「バカミスの世界」は絶対購入しますので、苦言のほどお許しを。

  

11/27 ラグナロク洞 霧舎巧 講談社ノベルス

 
 乱れ飛ぶダイイング・メッセージという謳い文句で、トホホな展開を覚悟
したのだが、なかなかやってくれたぞ。反ダイイング・メッセージ派の狼煙
を挙げるような快作で、一読共感、愉快痛快な気分にさせてくれた。思わず
同盟を組みたくなったほどだ(って私には何の力もないけれどさ)。  

 大胆な論理展開も気持ちよいものがある。「現実にダイイング・メッセー
ジがあることが、すなわちそれがダイイング・メッセージではない証拠だ」
という感じの逆説的言辞が、メタな雰囲気を充分に意識して語られていて、
一種のアンチ・ミステリとして成立しているのだ。ダイイング・メッセージ
自体やトリックにも、もっとパロディ性があれば面白さがぐんと増す気もす
るが、そこまで望むのは私がバカミスを愛するせいなのかもしれない。 

 デビュー作でも、クローズド・サークルもののお約束を逆手に取る展開に
妙味があった。本格をわかってる上でのパロディ性、こういった方向をもっ
て突き詰めていってくれると、面白いシリーズに仕上がってくるかも。今回
はユイの登場が遅いせいもあってか、ラブコメもそれほどには鼻につかない
し、一目でわかる図版のトリックや犯人当てにも工夫は凝らされていて、過
去3作の中では、私の評価はベスト。7点に近い6点で、今後も期待大。

  

11/29 悔恨の日 コリン・デクスター 早川ポケット・ミステリ

 
 延命は残念ながら、前作1作限りだったようだ。ついにモース警部シリー
ズはここに終わりを告げた。がちがちの本格ファンにとっては、75年「ウ
ッドストック行き最終バス」に始まるこれこそが、20世紀終盤の最良の本
格シリーズであったのではないだろうか。クロスワードパズルの鍵作りチャ
ンピオンである作者らしく、複雑だがスマートに絡み合った謎が、幾度もの
逆転に次ぐ逆転を経て解けていく様は、ミステリの愉悦に満ちていた。 

 商業的に自己矛盾している、10月の意欲作出版ラッシュと年末恒例のベ
スト選出の締め切り時期の重なりの為に、昨年度の各種ランキングでは無視
されてしまったが、本来なら当然上位に喰い込んでいる作品である。  

 モース最後の事件にふさわしく、彼自身が関わる謎の構成や、それの産み
出す感動が押し付けがましくもなく胸を打つ。事件自体もこのシリーズらし
く、一見単純な構造に見えながら、何度も逆転の構図を見せてくれる。 

 中でも、ルイス部長刑事がモースの思考をトレースするシーンは本書の圧
巻。モースは基本的にひらめき型探偵である。一見単純な事件を、わざわざ
複雑化させるような着想を次々に盛り込み、好き好んで逆転を産み出してい
るように見えてしまうことさえある。しかし、たとえ突飛な発想に見えても
そこに論理的な根拠があることが、改めて再認識出来るシーンであった。結
果だけ見たら、何でこんなにという飛躍が見られるが、こうして思考過程が
トレースされると、たしかに納得がいく。ワトソン役がホームズ役の推理課
程を正しく追うのは、ミステリ的にも珍しいシーンではないだろうか。 

 さらばモース!これまで与えてくれた感動を若干加味して、採点は8点

  

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