ホーム創作日記

3/2 QEDベーカー街の問題 高田崇史 講談社ノベルス

 
 百人一首六歌仙から、ホームズという転換は虚を突かれて、GOOD!
同じ路線だったら手を出さなかったかも知れないが、これにはやられて購入
してしまった。ただ、やはり発想の面白さは若干落ちてしまうか。さんざん
食い尽くされている題材なだけに、ここで展開される説は、どうも聞いたよ
うな気がしてしまって斬新さが薄い。二つの説の組み合わせにすぎないと思
えてしまった。論理展開はそこそこだけど、焼き直しに見えてしまうのは、
意外に損な題材かも知れない。                   

 一方、現実の殺人の方だが、シリーズ通して「趣向の統一」を貫いている
のは好感が持てる。但し、その効果に関しては評価は別。今回は突飛性が低
くて「知らんやん、そんなん」レベル止まり。「知らんけどオモロイ」レベ
ルまで行かないと、この狙いは駄目だよね。             

 さて、この要素を除く肝心の解決に関しては、評価は分かれるところだろ
う。怒る人もいるだろうが、これはおそらく歴史物と現実物との絡みに関す
るものなのだ。「どうだ、こう絡んでいるんだぞ」と押し出さずに、控えめ
にしているのが、天の邪鬼な私の好みには合うので、この辺はネタバレ書評
で書いてみることにしよう。とは云え、歴史物としても趣向統一のトリック
も弱々であることにはかわりはなく、巻を追う毎に評価の下がる6点。 

  

3/7 名探偵水乃サトルの大冒険     
           二階堂黎人 カッパノベルス

 
『私が捜した少年』ではハードボイルド作品の題名、『名探偵の肖像』では
古典ミステリ作家のパスティーシュと、あれこれとパロディ精神を発揮して
いる作者だが、今回もやはりパロディ系になるのだろうか。      

『ビールの家の冒険』は当然のごとく西澤作品。『ヘルマフロディトス』は
不明だが、我孫子の『ディプロトドンティア・マクロプス』なのだろうか?
『『本陣殺人事件』の殺人』は勿論横溝作品。『空より来たる怪物』は題名
の由来は不明だが、内容は完璧に津島誠司。と、こういうパロディ系の4作
品が詰まった短編集。私は新作だと思って買ったのだが、実は単行本のノベ
ルス化だった。                          

 さて、圧巻は何と言っても『本陣』。横溝作品中のとある小道具に関する
矛盾を指摘し(なるほどこれはその通りだ)、なおかつそれをそのまま別の
密室トリックの小道具として使用するのはお見事。なんだかぱっとは理解で
きなかったし、脱出経路はトホホだけど、あの作品に別の解答を提示し、し
かも「矛盾点の逆利用」という解法の美しさを見せてくれたので、大いに満
足。立派、立派!                         

 但し、他の作品は弱い。『ビール』の矛盾のポイントは面白いが、ネタは
どこかで聞いた話。『空より』もネタがわかりやすくて、本家津島みたいな
突き抜け度が低い。採点はやはり6点。単行本時に買ってなくて正解。 

  

3/13 ひまつぶしの殺人 赤川次郎 角川文庫

 
 某MLでの読書会用に読んだんだけど、全く題名通り”ひまつぶし”にし
かならないなぁってのが正直な感想。”謎”と”解決”はあるけれど、”解
決を導く道筋”ってのが存在していないんだもの。たしかに話やキャラを組
み立てるのはうまいと思うよ。でもねぇ。              

 誰でも生涯に一つはミステリが書ける、なんて言葉がある。たしかにトリ
ックやプロットの一つや二つは誰だって思い付く。トリックのネタ帳作った
人も、一杯いるはず。それに肉付けをして、ストーリーとして仕上げる、こ
こまでは多少の苦労をすれば、誰だってなんとかなるんじゃないかと思う。

 ここから大きな障害が二つあると思う。一つは、ミステリに限らないんだ
けど”実際に書くこと”。この障壁は限りなく大きい。”書く物が出来上が
っている”ことと”書き上げる”ことの間にあるものは、三蔵法師が天竺に
辿り着くまでの距離や障害に匹敵すると思うもの。但し赤川次郎のこれには
何も文句は言うまい。軽妙で書き込み過ぎない。適度にドライで、深く入り
込まずにさっとかわす文体が、リズミカルに種々の登場人物を渡り歩く。軽
さを欠点とさせない潔さとうまさはさすが。             

 しかしもう一つ。これこそがミステリ独特のものだけど、”解決への道標
をつけてあげること”。それもセンス良く。読者を悩ますだけではミステリ
にはならない。ミエミエだと面白さゼロだし。ここをいかに持っていくかが
ミステリとしての非常に大きなポイントだと思う。クイーンや初期有栖のよ
うに論理で導ければ、それだけで大きく作品としての成立性が高まるしさ。

 この作品はそれをすっ飛ばしてる。これが量産のテクニックの一つなのだ
としたら、やはり赤川作品はミステリではなく、大衆文学だとしか私には思
えないのだ。ミステリとしての難しい部分をスキップするのだからね。まあ
こんなことを赤川次郎に望んでしまう方がいけないんだろうけど。   

 さて、ストーリーに関しては、ネタバレにて。採点は低いレベルの6点

  

3/19 九人と死で十人だ J・ディクスン・カー 国書刊行会

 
 別冊宝石で出ていたきりの作品。入手困難本が多かったカーの中でも、最も
困難だったものの一つ。同様な状況だった『かくして殺人へ』も完訳で出版さ
れ、新刊!『月明かりの闇 フェル博士最後の事件』もついに書店に並んだ。
カーファンにとっては、続々と驚喜すべき出来事が続いている。安定している
クイーンやクリスティに対し、10年以上の周期で不遇、厚遇の時期が繰り返
されるカーだが、現在は久しぶりの絶頂期。素直にこの流れに乗るべし! 

 ただたんに稀覯性の高さだけの喜びだけではない。内容も充実しているぞ。
SRの会の99年度のベストでも第4位になったのも、ちゃんと理由がある。
(加算ではなく平均点で行われるSRの採点では、どれほどの人に読まれたか
という要素よりも、いかに”面白く”読めたか、が忠実に反映される)  

 現実の事例に想を得ているとはいえ、このトリックの不思議さと単純さは充
分に虚を突かれて面白い。十八番の一つである作者注(105頁)を書くとき
の、カーの嬉々とした思いは想像に難くない。それ以上に読者から犯人の正体
を隠すテクニックの面白味も存分に楽しむことが出来る。トリック自身よりも
いかにもカーらしいひねくれたテクニックが、さりげなく多重に仕掛けられて
いたことを読者は知ることだろう。8点を付けるに全く遜色のない佳作。 

 しかし、改題されてしまったのは何故?『九人と死人で十人だ』という、は
るかに語呂の良い邦題が既にあるのに。理解に苦しむほどのセンスの悪さだ。

  

3/31 盤上の敵 北村薫 講談社

 
 意外な真相があるとは聞いていたが、意外な形で現れてきてびっくり。こ
ういう意外性だとは思いもしなかった。まあ、これを予想するのは、ほとん
ど無理だとは思うのだが。                     

 では、まずミステリとしての”詰め”の話からしてみよう。白側の戦略が
さすがに相当に厳しいものにならざるを得なかったのが非常に残念。苦肉と
しかいいようのない感じで、取りあえず詰めはしたものの、好手とは言い難
し。これではおそらく、没収試合になってしまう運命を感じさせる。しかし
確かに、あれほどの意外性を、すっきりと問題なく消化し切る困難さは推し
て知るべし。さすがの北村氏でも、ここまでといったところなのだろう。

 さて本作において私が最も注目していたのは、『悪意』の描かれ方であっ
た。今頃読んだために、多くの人の感想を先に見る機会があったのだが、北
村作品において、初めて「徹底的な悪意」が描かれていることに、一様に驚
きの声が挙がっていたからである。いったいどう描かれているというのか?

 しかし残念ながら、計算尽くではあろうが、底に流れるものにほとんど何
も触れられないのは、個人的には読後感の悪さにしかつながらなかった。こ
ういった人の心を解きほぐすことこそ、『日常の謎』派の真骨頂なはず。敢
えての選択だということはわかるが、基本的に性善説を取る甘チャンの私と
しては、これで終わるのは非常に耐え難いのだ。           

 こういう話なので、いまいち文体の心地よさも味わいきれないまま。意外
性以上に、やはり詰めの不完全性が気にかかり、採点は6点にとどめよう。

  

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