ホーム創作日記

2/2 月は幽咽のデバイス 森博嗣 講談社ノベルス

 
 ミステリファンにとっては、今回のシリーズは非常に喰い足りない気がし
てしょうがない。事件自体は単なる舞台設定に過ぎないようにすら思えてし
まうのだ。まるで取り替え可能な要素のような。その舞台の上で、めぞんな
奴らのどたばたや会話を描いている、そんな作品。          

 今回はトリックも稚気には溢れているものの、なんだか不満は残る気がす
る。水に関して突っ込みたいこと多々あるし、「まんまかい!」とバシッと
突っ込み入れたい要素もあるし。                  

 理論と現象、真面目さと非真面目さがなんだかちぐはぐ。もちろん、この
ちぐはぐ感は意図された狙いによるものだろうけど、なんだか中途半端なフ
ラストレーションが、じわんと残っている。いっそもっともっと突き抜けて
くれた方が、読者としてはありがたい。このトリックならもっとバカ話にし
て欲しいような気もするし、どたばたならどたばたで、もっとファルス味を
強くして欲しいように私は感じる。                 

 このシリーズ、いったい自分は何を読んでいるのだろう?作者が書き、読
者が受け取って初めて、「作品」は完結するものだと私は思う。感動や共感
喜びや悲しみ、、、それらの感情や思考が、「作品」としての完結になると
思うのに。何も生まないとしたら、「作品」はどこへ行く?      

 採点はギリギリの6点。この調子が続くなら、次は5点を付けるかも。

  

2/8 安達ヶ原の鬼密室 歌野晶午 講談社ノベルス

 
 実は「もし、この作品が駄目だったら、もう歌野の長編読むのはやめにし
よう!」と思って手にした作品だったのだ。「わかっとるわい!」と日本中
の読者に突っ込まれたであろうデビュー作『長い家の殺人』以来、出る作品
出る作品、どうも私的には評価し辛い作品ばかり。基本的にトリック小説で
あるのに、その肝心のトリックの弱さを感じてしまうのである。『死体を買
う男』『ROMMY』あたりで、作風の転換を行って評価を上げたのだが、
代表作とされる『ROMMY』は、”いい加減にしてくれ”なネタを剥き出
しに使用していて、個人的には”いただけない”作品なのである。   

 トリック小説の書き手であるからという理由で、それなりに読み続けては
きたものの、そろそろ完全な歌野不要論に傾いたところで、最後に(なるか
もしれないと)手に取った作品が、本書だったわけである。      

 ・・・で、やられました。いい意味で。見事にツボ。        

 本書は4つの話で構成されている。オープニングの童話、サイコキラーの
話、鬼密室の話、展望風呂殺人事件。着想自体は古典的パズルなんだけど、
それをこういう構成にしたのが非常に粋。最初にある事件が解決された瞬間
に、そういうことかと基本的な共通点が、すぅ〜っと見通せる爽快感。感嘆
の溜め息を吐かせてもらえました。森博嗣『月は…』と同様「まんまかい」
と突っ込みしたい要素はあるが、この基本ネタをここまで津島誠司風味に組
み上げたのも立派。もう「歌野のトリック」という言葉を、けなし言葉とし
て使用したりしません(笑)採点は7点。本年度ベスト10入りは確定だ。

  

2/13 ミステリーな夜 綾辻行人有栖川有栖 ABCテレビ

 
 昨年の10月に関西のみで放映された番組。『綾辻行人・有栖川有栖から
の挑戦状 安楽椅子探偵登場』という題名が付いている。詳しくはここ
をご覧になってください。但し、SOLUTIONのコーナーに入っては
駄目です。真犯人ばらしてありますから。              

 ストーリー原案を、綾辻、有栖川が共同で担当し、問題編2時間、ダイジ
ェスト&解決編2時間の堂々超大作。放送は1週間あけて行われ、その間に
視聴者からの解答を募集、優勝者には30万円が贈られるという、「関西人
うらやましかったぞ」な企画だったのだ。              

 某MLで回して貰って見たのだが、出来は上々ではないだろうか。綾辻・
有栖川が組んだだけあって、こみいった仕掛けが用いられていて、それほど
真剣に取り組まない限りは、結構面白く感じられるのではないだろうか。

 真剣に取り組んだ場合には、どういう感想になるか不明。推理力は勿論必
要なんだろうが、それ以上に視力(笑)を必要とするような内容なのだ。し
かもわざとかもしれないが、全体的に照明が暗い画面ばかりで、それが2時
間分の問題編なのだから、目と労力を酷使する羽目になる。そして解決編で
は「そんなところまで見てられっかよぉ〜」と叫びたくなるような伏線まで
もが、推理の根拠に使用されてしまうのである。           

 そういうような「映像ならでは」という要素にこだわりすぎて、難解さが
知力よりも視力に偏っている点と、あまりにもな長さが減点対象だけど、こ
ういう企画ものとしては成功だと思う。次回は、是非是非全国ネットで!

 最後に、もともとの狙いはなんだったのか、の予想をネタバレ感想で。

  

2/22 どすこい(仮) 京極夏彦 集英社

 
 京極夏彦のギャグ小説集である。と来ると、安直に”抱腹絶倒の”と付け
てしまいそうになるだろうが、、、ちょっと待て待て(これは個人的な意見
ではないだろうという強い自信があるのだが)笑えるかと問われれば、実は
”笑えない”というのが正直なところなのである。センスある笑いを期待し
てたら、これは完全に”どたばた”。はぁ〜、疲れてしまった。    

 面白さという点でいうならば、人それぞれ見るべき部分があるかと思う。
力士という目の付け所、女性編集者を始めとするキャラの誇張性、オリジナ
ルに対するパロディ性(これを強く期待すると、肩すかしとなるだろうが)
など、やはりきっと何らかの面白味を見つけだすことは出来ると思う。 

 あまり評価していないような物言いだが、実はもう一つの評価軸”凄さ”
という点でいえば、結構凄いかも知れないと思うのだ。特に小説作法上のメ
タ的な実験など、漫画ではとりみきや唐沢兄弟あたりがよくやってるような
ネタだが、小説版は珍しいではないか。『脂鬼』の尾籠なネタなど、ピタリ
とはまる凄いのもあるのだが、全編を覆うギャグが煙幕となってほとんど凄
さが伝わらない。疲れてしまうほどのギャグの洪水で、やはり採点は6点

 ところで北村薫綾辻なんかも欲しかったな。『空飛ぶデブ』『番付上の
デブ』あたりかな。『十角力の殺人』なんかピタっとはまるしさ。古いとこ
ろなら、小栗『国技館殺人事件』中井『デブへの供物』鮎川『黒い大銀杏』
高木『人気行司はなぜ殺される』自作ならばやっぱり、、、『デブめの夏』
・・・はっ、これって、いしひさいちがやってた(笑)        

  

2/26 象と耳鳴り 恩田陸 祥伝社

 
 恩田陸の”本格”への憧憬がよくわかる作品集。でも、本格にこだわれば
こだわるほど、残念ながら違和感がにじみ出てしまう作品集でもあった。

 ストーリーテラーであることが、本格性を阻害してしまうこともあるのだ
な。おのおのの「謎」が本来持っている解決のベクトルを、彼女は凌駕して
しまうのだ。おそらくそこに物語性を見いだせるが故に。       

 わかり辛い表現なので補足しておこう。「謎」というものは、そこから導
き得る解決の範囲というものを、自ずから限定してしまうものだと思う。そ
こから優れたミステリたり得るには、少なくとも二つのアプローチがある。
謎から容易に導き出し得るはずの解決(これが短いベクトルに当たる)から
いかに読者の目を目眩ますか、これが一つ。あるいはその謎に対して読者の
予想を大幅に越える解決(これが長いベクトルとなる)をいかに与えるか、
これがもう一つ。                         

 しかし後者の場合、予想し得ない範囲(長過ぎるベクトル)にまで解決が
及んでしまっては、それは正しい”本格の文法”とは呼べない。一見本格の
形式ではあるが、”可能性の一つが提示されているもの”に過ぎないのだ。
たとえそれがいかに物語的に優れていても、である。         

 彼女にとっては”本格”は憧れかも知れないが、それは同時に”枷”にも
なってしまう。彼女はそんな枷を離れて、自由に飛んでいる方が魅力的なの
だと思うよ。本格の文法としての視点から批判的な文章になってしまったか
も知れないが、物語の愉しみはやはり与えてくれる作家。採点は6点の上。

  

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